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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第4章 3人のダイヤモンドグレード
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63 青海溝 最奥(後)

「63番設計室」は小さな部屋だった。

 入ると、10人くらいで食事ができそうな巨大なテーブルが置かれている。

 壁に設置された戸棚は開かれていて中はカラッポだ。

 正面壁面には海底炭鉱の全図が掲げられている。


「なんもねぇな……」


 きれいさっぱり、なにもなかった。

 ゲオルグが持ち帰ったせいだろうか。

 プライアがちらっと言っていた、お金になりそうな機械の類は見つからない。

 製図のための定規などはあったけれど、それとて少量だ。


「ここで終わり? マジかよ。なんもねえじゃねえか!」


 ツムが怒るのも無理はない。

 ここまで苦労してなにも得られないのだ。

 ただ、もちろん、先に踏破した人間がいるのだから当たり前と言えば当たり前かもしれない。


「…………」

「どうしたの? ノロット。そんなところに立っちゃって」


 僕は海底炭鉱の全図の前に立っていた。

 横にエリーゼがやってくる。


「やっぱりだ……ニオイがする」

「ニオイ?」

「この炭鉱図の“向こう”から」


 僕は壁に掛かっていた炭鉱図のフレームに手をかけた。

 がこん、と音がして、


「あ、あっ!」

「なになになに!?」


 倒れてきた、こっちに。

 べしゃんとふたりつぶされたけど、めちゃくちゃ重いわけではなかった。


「ちょっとぉ、なんなのよ――」

「ごめん、まさか倒れてくるなんて――」

「…………」

「…………」


 無言になってしまった。

 倒された炭鉱図の下、倒れている僕の鼻先にエリーゼの顔がある。

 エリーゼも驚いたような顔でこちらを見ている。

 彼女の顔をまじまじと見たのなんて久しぶりだった。こんな間近で見るのは初めてだ。

 意外と……って言ったら失礼なんだろうか、ちゃんと可愛らしくて。

 昏骸旅団なんて言ってたころの厚化粧がなければ、彼女はやっぱり育ちの良さをうかがわせる女性で。

 オークションのときには思いがけず僕も目を奪われてしまって――。


「ノロット様、お怪我はありませんか」


 軽々とリンゴが炭鉱図をどけたので急に明るくなった。


「あ、は、はい! ありがとリンゴ」

「…………」


 あわてて僕とエリーゼは立ち上がって距離を置く。

 いやいやいや、なにドキドキしてるんだ僕……エリーゼは年上の女性だから、僕より6つも……ん、6つくらいたいしたことないのか? いやいやいや、そもそもなにを基準に「たいしたことない」とか考えてるんだ……。


「……り、リンゴさん? これなんですか?」


 僕の背後からリンゴが腕を回してくる。


「いえ、なんとなく」


 なんとなく!?

 なんとなくでそういうことされるとですね、その、僕の後頭部にですね、リンゴさんの胸にある柔らかい物体が当たってですね……。


「ちょ、ちょっとリンゴ、離れてよ。みんな見てるし――」


 と言いかけて、気がついた。

 プライアたちがじっと一点を見つめている。

 それは炭鉱図の剥がされた壁。

 いや、壁があるだろうと思っていた場所、だ。

 ぽっかりと空間が空いている――隠し通路だ。




 僕らは隠し通路を先に進んだ。同じように整備された通路だ。

 その通路はそう長くはなかった。


「……扉?」

「とてつもない魔力を感じます」


 プライアが言う。

 僕らの正面に現れたのは両開きの扉だった。

 金属……だろうか。

 周囲に青色の光がこぼれていて、扉自体が魔力を帯びていることがわかる。

 扉の表面にはかなり細やかな加工が施されている。文字だ。呪文が刻まれているのだ。


 その文字は……冒険者認定証の裏面にある文字列とひどくよく似ていた。


 僕は扉のすぐ横、落ちている手袋を発見した。

 さっき僕が嗅いだニオイ……それは、この手袋のニオイだった。


「ご主人様、なんしょうか、その手袋は。あまり古くはないようですが」

「……ゲオルグさんのだよ」

「え?」


 みんなが驚いた顔でこちらを見る。

 だけれど間違いない。彼がここに残していったものだ。


「どうして手袋が?」


 プライアが聞いてくる。


「わからないですけど、“俺もここに来た”っていう証、とかじゃないですかね? 手袋ですからもう片方を持っていれば証拠になるんじゃないかなと」

「なるほど、ノロットさんがそこまでたどり着いたという証明のために残していったのかもしれませんね。――それにしてもこの扉はなんなのでしょう……」

「プライアさん、読めませんか? この文字って失われし技術(ロストテクノロジー)に関するものですよね?」

「はい。いくつかわかる単語はありますが、ほとんど意味をなしていないように感じます」


 プライアがローグに目を向ける。


「トラップの類はないと思いますが、魔法トラップだった場合はなんとも」


 報告を聞いてプライアがうなずく。

 彼女は扉の前まで歩いていく。


「プライア様、危険があるかもしれません。お下がりください」

「いえ……大丈夫です、セルメンディーナ。私はこの魔力に、懐かしさのようなものを感じるのです。敵対しているような感覚はありません。ノロットさん、モラさんはいかがですか?」

「そう、ですね……。特に変な感じも、毒物のニオイもないです」

「うゥむ、俺っちの知らねェ魔法のようだ。攻撃魔法が仕込まれている感じはしねェが……なんだろうな、扉をロックしているのか」


 プライアはそっと手を伸ばした、淡く青色に光る扉に触れる。


 そのときだった。


 声が――聞こえたのだ。

 僕ら全員の頭に、直接響くような声が。


『……よくぞここまでたどり着きました。選ばれし3人よ、扉を開きなさい』


 女性の声だ。

 懐かしく、温かい――僕はふと、これが母親の声なんじゃないかって思った。


「……ぇぐっ、ふにゃあ……」


 見るとニャアさんも泣いている。

 ロンやツムですら目を赤くしている。

 エリーゼだってハンカチを出して目元をぬぐっていた。

 やっぱりみんな、同じように思ったのかもしれない。とはいえ僕は本物の母親を知らない。だから他の人たちよりも感動が薄いんだろうか。


「“選ばれし3人”……」


 一方、プライアは冷静だった。


「なにか心当たりがありますか」


 僕が問うと、彼女は小さくうなずいた。


「……ただの推測です。ノロットさんはお笑いになるかもしれませんが……」

「笑いませんよ。聞きたいです」

「この扉は……“新たなる遺跡”への入口ではないでしょうか?」

「ん? どういうことですか?」

「それは……」


 プライアの言葉を僕らは待った。

 彼女は、一瞬ためらってから口を開いた――。



「『女神ヴィリエの海底神殿』――通称、“神の試練”と呼ばれている遺跡です」



 ぱち、ぱち、ぱち。

 小さな拍手が背後から聞こえてきた。

 ぎくりとして振り返ると、そこにいたのは、


「さすがだ。この短時間でよくそこまで見抜いた」


 ゲオルグだった。


「ど、どうやってあなたはここまで……」


 言いながら僕は自己解決する。

 マジックアイテムだ。ゲオルグは今も背中に白い毛皮――雪豹の幻影(スノー・ファントム)をかけている。

 発動すれば何者にも気づかれずにここまで来ることができるのだ。


「俺もこいつが“女神ヴィリエの海底神殿”だと感づいた。だが、俺ひとりでは扉を開くことはできなかった。町に戻ってからもここをどうにかして攻略したいと考えた。俺はツイていたよ。この町に、お前がやってきたんだからな……ノロット」


 え? 僕?


「すみません、話が見えないんですが……」

「ノロットさん。ゲオルグはこう言いたいのです。“扉を開くための3人”がそろったのだと」


 さっきの声か。

 選ばれし3人……それが、ゲオルグと、僕と――プライア?


「これほど整備された通路も『神殿』の一部であれば納得できます。それに先ほどの声――温かな声は女神の声だと考えれば納得できます。この魔力を懐かしいと感じたのも、私が女神ヴィリエの恵みをもたらす治癒魔法の使い手だからではないでしょうか」

「でも扉を開けるための方法がわかりませんよ。3人って言ったって、プライアさんはパーティーを組んでるわけですし」

「チッ」


 苛立ったようにゲオルグが舌打ちした。

 え、ええー。舌打ちされるようなこと言った? 僕。


「お前だって持っているだろうが、こいつを」


 ゲオルグが取り出したのは冒険者認定証だった。

 僕と同じ、ダイヤモンドのはめ込まれたカード。


「この認定証にかけられている組合(ギルド)魔法と呼ばれているが……この呪文が、扉を開くカギだ。さあ、お前らの認定証を出せ。俺は“神の試練”に挑む」


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