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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第4章 3人のダイヤモンドグレード
62/186

61 vs 王海竜(後)

2/2

 満ちていた湿気も凍りついて白い光の粒になる。

 地面も壁も、白く凍りつく。

 水気を吸った僕のマントも凍りつく。

 汗をかいた髪、眉毛、まつげに白い霜が降りる。


 カチカチカチ……変な音が聞こえた。

 僕の奥歯だった。

 気がつけば震えていた。身体が重くて重くて仕方がない。でも、わずかな熱を求めて奥歯が鳴っていた。


 王海竜の身体もまた、体表が凍りついていた。だけれどそんなものは無視するように身体を動かすと、パキパキパリンと氷は剥がれ落ちる。

 直接の魔法攻撃は通らないはずだ。だから周囲を凍てつかせた結果の、体表の温度変化だから氷が張ったのだろう。


「あ、く……ぉ……くそ……」


 真っ白な息が口から漏れる。

 声が出ない。足が地面に貼り付いている。

 湿気を吸ったせいで服のほとんどが凍りついている。


 得意げな顔で王海竜が僕らを見下ろしている。

 口を開く。

 まさか――この状況で、使えるのか? 海水砲撃を?


 僕らの仲間内で真っ先に動いたのは――プライアだった。


『――め、女神ヴィリエよ、この地に安らぎの光をもたらしたまえ。光は恵みの光。光は温もりの光。その母なる御手にすがりし稚児らを救いたまえ……』


 魔法だ。


 身体が、軽くなった。

 奪われた体温が戻り、気温までも上昇していく。

 どんな魔法かわからないけれど、周囲全体に効果を及ぼす回復魔法。


「ひゃあっ!」


 海水砲撃が狙いを定めていたのはエリーゼだった。

 回復がぎりぎり間に合って、エリーゼは間一髪でかわす。


「また来るぞ!」


 王海竜の周囲に魔法陣が浮かぶ。


「負けませんっ……」


 プライアが再度広域回復魔法を詠唱する。


 これほどの大規模魔法がぶつかるところを、僕は見たことがなかった。

 空洞の半分を凍てつく空気が支配し、残り半分を温風が支配している。

 空気のぶつかる境目に白い蒸気の壁ができあがる。


「ど、どうすんだよこれ!」


 人間側に、僕らは全員避難していた。

 王海竜は魔法を止めず、プライアも魔法を詠唱し続けている。

 どちらの魔力が途切れるのが先か――。

 少なくとも、楽観できる状況じゃなかった。

 すでにプライアは滴るほどの汗を垂らし、祈る指先が震えていたからだ。


「どけ、お前ら!」


 そのときロンが声を発した。

 海水砲撃。

 すでにぼこぼこになっているカイトシールドに、水しぶきが当たって跳ねる。

 そう、王海竜は魔法を詠唱しながら海水砲撃ができるのだ。


「撤退だ! プライア様を守って全員撤退しろ!」

「な、なに言ってんだロン! お前、その魔法使ってりゃ動けねぇだろ!」

「蒸気の壁で敵はこっちが見えちゃねえから同じとこに水をぶっ放してる。防御音が響いている間は、繰り返すはずだ。プライア様の魔力が切れる前に逃げるんだ――細い通路に入れば追ってこられねえ」

「お前はどうすんだ!」

「俺の仕事は雇用主を守ることだ、命に替えても」


 ゴォォォン……と海水砲撃がシールドに当たる。離れたところに立っている僕の足下まで響くような衝撃だ。

 それを耐えているロンは、第一級の冒険者だ。


「敵は手負いです。押し切るべきでは?」


 言ったのはセルメンディーナだ。


「ドアホォ、止めとけ。竜がどれほど魔力を残してンのかわからねェ。それに飛び道具はもう残っちゃねェだろォ? 直接攻撃をするにゃ、いずれにせよ酷寒の向こう側へ行かなきゃなるめェ。あんな寒いところじゃ人ァ動けねェ」

「そ、それは……そうですが。大体、あなたは何者なんですか!」

「魔剣士モラ。今んとこ700歳超えだァな」


 モラの突然の告白に、全員が唖然とする。

 ダイヤモンドグレードの冒険者パーティーともなると、モラのことを知っていたみたいだ。

 どうしてカエルなのか、とか、どうして金色なのか、とか、聞きたいことは山ほどあるだろうけど、それを聞いていられる状況でないことはみんなわかっていた。


「……私と彼女は加護の魔法が使えます。2名なら、加護の魔法で向こう側に行くことが……」


 セルメンディーナは女性の魔法使いを指差した。


「何秒もつ」

「……5秒がせいぜい」

「話にならねェ」

「でも! ロンを置いていくわけには!」


 するとロン本人が怒鳴る。


「セルメンディーナ! 俺に執着するな!! お前の使命はプライア様を守ることだろうが!!」

「っく……」


 酷寒の世界。

 走っても、王海竜にたどり着くまで3秒以上かかる。

 往復はできないし、その上、王海竜は海水砲撃が――。


 ……待てよ?


 僕はそのとき、あることを思いついた。


「あの、僕に加護の魔法をかけてもらえませんか」

「……ノロット? お前ェ、なに考えてる。爆炎弾丸は使い切ったろォが」

「うん、そうだよモラ。でも撤退するならひとつだけ試したい。いいでしょ? セルメンディーナさん」

「えっ、と、でも――」

「急いで。時間が惜しい」


 僕は無理に言って、セルメンディーナさんに魔法をかけさせた。

 身体がほんのり白く光る。これが加護か。


「……ご主人様、わたくしは反対です」

「ノロット、なにする気なの? 止めたほうがいいよ」


 リンゴとエリーゼは心配そうだ。そりゃそうだろう。僕だってあんな寒いところ二度と行きたくない。


 でも、思いついてしまった。

 みんなが無事でいられるかもしれない方法を。


 すぐに戻るから、と言って僕は押し切った。

 目の前には蒸気の壁。

 熱風と寒風の境目だ。


 心の中でカウントを刻んでいる。

 さっきからロンへと放たれる海水砲撃は、決まった間隔になっている。

 魔法を展開しながら連射することはできないのだろう。


 3、2、1――。


「おおおおおおおっ!!」


 僕は蒸気の壁へと突っ込んだ。




 驚いた。

 想像していた以上にここは――氷の世界だ。

 壁も足下も真っ白になっていて、雪でも降ったあとのようだ。


 あっという間に靴底が地面に貼り付く。

 王海竜が僕に気がつく。

 わかってる――そう、このタイミングだ。


 お前が、撃つタイミングを待ってたんだ。


「命じる。酷寒弾丸(ブリザードバレット)よ、起動せよ」


 僕が手にしていたのは酷寒弾丸。

 残りの全部、3発。

 一気にまとめて起動させる。



「凍りつけええええええええええええええ!!」



 パチンコを撃った。

 青色の軌跡を描いて王海竜の口に吸い込まれる。

 海水砲撃が発射される――。


『!!!!!!!!』


 王海竜の口がふくれあがった。

 海水を丸ごと凍らせる。

 口の周りから頭部にかけてすべてを凍てつかせた。

 よろける王海竜。

 氷結魔法が解除され、熱風がこちらに入り込んでくる。


「今だ! 王海竜を仕留めるチャンス!!」


 なにが起きたのかわからないパーティーメンバーは、僕の声でハッとする。

 そして一気に王海竜へと迫る。


「顔の周りに氷結魔法を重ねがけして!」


 魔法使いたちが、僕の意図に気づいて詠唱を始める。

 竜鱗でなく、凍りついた表面になら氷結魔法はかかる。


 周囲が零下の温度になっているにもかかわらず、王海竜は海水砲撃が可能だった。

 口が高温なのではないと僕は踏んだ。白い息を吐いていなかったからね。海水砲撃をぎりぎり撃てる程度の温度なのだろうと推測した。

 連発できてなかった、というのもある。

 だから、凍らせるのはそう難しくない――。


 幸運だった。

 まさか、魔法も解除されるとは。

 せめて海水砲撃さえ封じることができれば、全員で逃げられると、それくらいしか僕は考えていなかったから。


 王海竜はあわてて首を振って壁に叩きつけるけれど、それくらいで氷が砕けるほど酷寒弾丸は甘くない。さらには氷結魔法の重ねがけで、硬度はますます上がる。


「はああっ」

「でえええええいっ!!」

「せあっ!!」

「ニャアアアアア!」


 リンゴが、エリーゼが、ツムが、ニャアさんが攻撃を加える。

 予想外の反撃に王海竜が身じろぐ。

 そして、


「あっ――逃げるにゃ!」


 王海竜は身を翻すと、背後の穴にどぼんと落ちた。

 派手なしぶきが上がる。


 あとに残されたのは――静けさだった。


「……勝った」


 誰かがぽつりと言った。


「おおおおおお勝った! 勝っちまった! 竜に!」

「すごいにゃあ!」


 歓声が響き渡る。

 と同時に、僕はその場に座り込んだ。


 竜に勝ってしまった。


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