5 彼女に似合う服
馬車でやってきたのは冒険者向けの衣料品店。ストームゲートは砂漠の真ん中に位置するオアシス都市だから、売っている商品は他の都市とはだいぶ違う――と言っても、僕だってムクドリ共和国以外はほぼ知らないんだけどね。
まず、軽装が多い。
鉄製の鎧はごく少数で、関節や身体の重要な部分を守るだけの革製プロテクターが主流だ。
これはストームゲート周辺のモンスターが比較的弱いことも影響しているんじゃないかな。
そしてカラーリングは、圧倒的に白が多いんだ。
陽射しが強いからだ。
壁が白いのもそうなんだと思う。その証拠に、外を歩いていると陽射しが――重いくらい。
すぐに暑くてじっとりと汗をかくんだけど、屋内に入るとすごく涼しい。
暗いけどね。陽射しを吸収し、熱が建物に浸透しないよう白い外壁なんだ。そうなると服も同じ原理になる。
「――あんなんじゃァ、リンゴも哀れってもんだ」
僕らは更衣室の前にいた。
ポケットの中は息苦しいとごねるので、僕が羽織っている白いマント(さっき買った)、そのフードに潜り込んでいたモラが言う。
「哀れってなんだよ。リンゴが僕らについてきたいって言ったんだから、従ってもらわなきゃ。っていうかモラは……リンゴとやたら親しいよね。どうして? 会ったばかりなんだよ、僕ら」
「俺とお前ェだってそう変わらねェだろ」
「僕らは一応、目的が一致してるじゃないか。協力関係にある」
ちょっと偉そうに言ってみた。
協力関係。
ふふ、大人みたいじゃない?
僕とモラの目的は「難攻不落の遺跡の踏破」。これに尽きる。
踏破することの「目的」――なぜ踏破するのかという「理由」は異なるけれど。
僕は鼻が利いて危険を回避しやすいし、モラには魔法の知識がある。なかなかいいコンビだと思う。モラの言うとおり、出会ってからまだ1カ月とそこそこだけどね。
「俺っちがリンゴと親しく見えるってェのは――そうだな、ま、感じるんだよ。俺の魔力を」
「魔力? モラってカエルになったからほとんど魔力はないんじゃないの」
「全盛期の100分の1ってとこだな」
それは「ほとんどない」ってことだよ……。
ていうか1/100ってひどいな。
前100回使えた魔法も今は1回だけってこと?
「懐かしィ……って感じかもしんねェなァ。ま、リンゴは悪いヤツじゃァねェよ。大体、お前ェみてェなガキにくっついてくよりトウミツの屋敷にいるほうがナンボもマシだろォが」
確かにねぇ。
損得勘定ができるなら僕のところになんて逃げて来ないよねぇ。
「それにしてもオートマトンにマジックジュエルをはめ込んだら人間になるとか初めて知ったんだけど」
「あァ、特殊なケースだろォな」
「でもあり得るってこと?」
「ないではない。だが――ん……ま、なんでもねェ」
「…………」
「…………」
「…………モラ」
「な、なんでェ」
「言いにくいことも言って。僕と旅に出るときに約束したよね?」
竹を割ったような性格のモラが言葉を濁すということは、なにか言いにくいことがある証拠だ。
お互い、言いにくいことも言う。
言葉に出さなければわからないから。
僕は鼻が利くけど、ニオイで相手の考えはわからない。
「うんむ…………なァ、ノロット。リンゴにゃァ言うなィ。ありゃァな、禁法だ」
「キンホー?」
確か、使っちゃいけない魔法の類だった気がする。
「あのオートマトンにゃ、生命の種になるような素材が使われてた。おそらく、実際の人間の皮膚、骨、髪、爪……オートマトンの作り手は、“亡くなったリンゴをこの世によみがえらせたかった”んだろォな」
ぞくり、と僕の背筋が冷たくなった。
モラの言葉に、僕はもうひとつの可能性を思いついていた。
亡くなった――のではなく「殺した」のでは……?
誤って殺した。自分の思い通りになるように殺した……。
いや、止めよう。
確証もないことを考えたって意味がない。
「俺っちの全盛期に魔力を込めた魔法宝石だからなァ。結構な無茶も現実のものになっちまう」
「どんだけすごかったの、モラの全盛期って。ていうかちょっと盛ってない?」
「盛ってねェよ、バァカ」
「その……身体の一部が残っていたからそこから肉体が再生したってことか」
「信じらンねェか?」
「まあねえ」
「よォく考えてみろィ。治癒魔法の使い手は、とんでもねェレベルになると“もげた”腕くらい再生すんだぞ」
「治癒魔法自体がレアじゃないか。ていうかモラって治癒系得意なの?」
「…………」
「ほらー」
「ほらじゃねェ。そんなに得意じゃねェってだけだ。やってやれねェこたァねェよ。マヒ解除も石化治癒も解毒もお手のもんだ」
「無理しないでよ。焦熱に毒、地殻系の魔法でしょ。モラが得意なのは」
リンゴの肉体は、オートマトンと人間とが混在しているのだろう。
それは人間なのだろうか?
それとも機械?
僕には難しい。わからないよ。
「お待たせいたしました」
とか考えているうちに、更衣室からリンゴが出てきた。
僕は思考を切り替える。
目の前のリンゴはリンゴだ。リンゴの肉体や過去は、気にしないようにしよう。
「あのぅ……いかがでしょうか?」
僕は、すぐさま言葉を接げなかった。
ほんとうなら女性が服を試着したら「キレイだよ」とか「よく似合ってるよ」とか言うべきなんだよね? それはわかってる。でもね、僕が渡したのはそんな言葉とは無縁の代物だった。
だって、“男性用の服”だもの。
厚手の布地で作られた上下一体型のツナギにはポケットがいっぱいついている。膝下で切れていて、足下はくるぶしまで覆うブーツ。
そして僕と同じ、身体全体を覆える薄く白い布を2枚重ねたマント――たぶん、冒険1回でボロボロになるだろうから使い捨てだ。その上にはつばの広いハット。
これで身体のラインも顔も隠せるはず、男になっちゃう! というのが僕のもくろみだった。
違った。
だって、ぎゅっとベルトで絞った腰からお尻のラインも、隠しきれない胸の膨らみも、帽子でぎりぎり隠しきれない官能的な唇も――めっちゃ「女」を主張しているんだ。
「……どうしよ、モラ」
「どうしようもねェだろォ……」
僕らは途方にくれた。
結局そのままにした。
豊かな髪だけマントの下に隠すようにして、帽子は目深にかぶる。遠目で見れば……まあ、男に見えるだろう。上背あるしね。でも近くで見ると……。いや、大丈夫。きっと大丈夫。
それから僕らが向かったのは――「黄金の煉獄門」、じゃないんだ。
実は遺跡踏破にはいろいろとステップがある。それは「いち冒険家としての生き様」にも書いてある。
まずやるべきは「資料に当たる」こと。
埋蔵金専門の発掘家に言わせると「お宝を掘る前に資料を掘れ」らしい。財宝を埋めた人間が、財宝に関する記述を残していないか徹底的に研究する。やたらめったらスコップで掘り返すのでは時間がいくらあっても足りないから。
迷宮タイプの遺跡攻略も同じなんだ。その遺跡を造った本人が遺した文献ならそれが一番いいけど、こういうのはほとんどない。あったらとっくに踏破されてる。
次に当たる文献だけど――「黄金の煉獄門」に挑戦した冒険者は数知れず。命を落とした人も多いが、生きて帰ってきた人も多い。そういう人たちのうち、もう二度とここに来ないと思った人は、手記を書くんだよね。中に入るとどうなっていたか。どこにトラップがあったか。どうして攻略を断念したのか――。
ああ、勘違いしないでね? 次に攻略する人たちのためを思って残すんじゃないよ? こういった手記は――売れるんだ。それこそ次に攻略する人たちも買うし、だけじゃなく、一般の人たちも読む。
僕が愛読している「いち冒険家としての生き様」なんかは10カ国以上、少なくとも2種類以上の言語に翻訳されてるほどの大ベストセラーなんだよ。
そんなわけで僕らが最初に向かったのは――まず、図書館、と言いたいところだけどストームゲートに図書館はなかった。書店はかなり規模が小さくて、「黄金の煉獄門」について書かれていたのは3冊ほど。それは買っておいた。
じゃあ、あとはどこに「黄金の煉獄門」について書かれた手記があると思う?
――という質問を、僕はリンゴに向けてみた。
「うーん……そうですね。わかりません。わたくしは家事に関する知識が多くて……」
「あはは。だよね。正解はね、公文書館なんだ」
「こうぶんしょかん?」
「本来は公式の文書を取っておく場所なんだ。自治体の発行する文書の写本なんかもあるね。でもそれだけじゃない。1点ものの手記だとか、貴重な書籍も保存している」
と言ってもこれは「いち冒険家としての生き様」の受け売りなんだけどね。
「なるほど。さすがはご主人様。博識でいらっしゃいます。ではこれからその公文書館に――」
「違うんだ。行く前にやらなきゃいけないことがある」
「と、おっしゃいますと……」
「僕らのようなヨソ者に、公文書を閲覧させてはくれないよ。だから、身分を証明するようなものが必要になる」
そう、ただの旅行者でしかない僕らを相手にしてもらうために必要なもの。
「この先にあるよ――あれだね」
僕は指差した。
大量の張り紙のある掲示板。大きく開かれた入口からはひっきりなしに人々が出入りする。
看板に書かれていた文字は――「ストームゲート冒険者協会」。