57 青海溝(4)
「シーゴーレム。さすがに大きいわね」
「リベンジ……復讐……やられたらやりかえす……」
「え? ちょっとオートマトン? なんか目怖いんだけど」
前線に立つエリーゼとリンゴには割と余裕がある。
プライアパーティーも同様だった。
「おお、初めて見るぜ」
「こいつに刃は通用するんかなあ」
「ぶっ壊すにゃぁ〜」
ひとり変な話し方の人物がいるが、亜人の冒険者だ。
「プライア様は私の後ろに」
「みんな、気をつけて!」
セルメンディーナがプライアをかばうように立つ。
まず防衛2名がシーゴーレムと接触した。
「!!」
ゴーレムの振り下ろしの一撃。
全身を隠すほどの巨大な盾でロンが防ぐ。
だが、ゴーレムの拳は——拳と呼んでいいのか、岩石は、ロンの身体をたやすく吹っ飛ばした。
凹むシールド。
背後に10メートルほども押される。
背を反らしてなんとか体勢を整える。転ばなかったのは素直にすごいと思う。
「く、バカ力め……正面から防ぐのは無理だ! 俺たちはかわせそうにないメンバーのカバーにだけ入る! ツム! お前らはなるたけかわしながら攻撃を加えろ!!」
ツムと「にゃあ」と言っていた彼女は、ゴーレムの振り下ろしが届かない位置に展開する。ニャアさんは鉄球付きのチェーンをぶんぶん振り回す。
僕の頭くらい大きい鉄球だ。しかもイガイガがついている。結構な腕力。
「にゃああああああ!」
やっぱり気合いを入れるときはその声なんだ!
鉄球がゴーレムの胴体へと飛来する。
鈍い音が鳴った。でも、ゴーレムはどこ吹く風といった体で、チェーンを腕で挟み込む。
「にゃ!?」
「手を離して!」
僕は叫んだが間に合わなかった。
ゴーレムの巨体が、まるでワルツでも踊るみたいに軽やかに回転する。
巻き込まれたチェーン。
なまじつかんでいたためにニャアさんが遠心力で振り回される。
手を離すと彼女の身体は石でも投げるみたいに飛んでいき、壁に激突。3メートルほどの高さから落ちてバウンドする。
「おおおおおおおお!!」
その間にツムがゴーレムとの距離を詰めていた。
両腕に槍を持った、気合いの突きをゴーレムに食らわせる。
重量・速度・武器の切れ味と三拍子そろった会心の一撃だ。
先端が岩にめり込む。
ゴーレムの右腕を構成する一番大きな岩石にヒビが入る。
「はっはははは! 攻撃は通じるぞ——」
慢心は危険だ。
ゴーレムはたやすく腕を引くと槍をつかんだツムは前のめりに突っ込んでしまう。
そこへ、左腕の振り下ろし——。
「あ————ふごっ!?」
黒い影が滑り込んだ。
横からリンゴがツムに蹴りを食らわせる。ツムが転げる。
振り下ろされる岩石を、リンゴは紙一重で避ける。メイド服のスカートの一部が巻き込まれてちぎれる。
「何度も、同じ相手に不覚を取るわけにはいきませんので」
シーゴーレムさんとは初対面ですよリンゴさん。
「そおおおおおいっ!」
槍がめり込んだままの右腕に、飛びかかる影はエリーゼだ。
大剣を振り下ろす。
岩石のヒビが広がる。
「あ——ダメです、破壊するときは距離を取らなければ」
プライアが口走る。
破壊……岩石を? 破壊するときは距離が必要?
「——爆発する」
マントの中でモラが言った。
ビシッ。
岩石に一気に亀裂が走る。
目の前に着地したエリーゼの前で、岩石が割れる——。
岩石が爆発し、中から海水が噴き出す——瞬間、
「命じる。酷寒弾丸よ、起動せよ」
僕はパチンコで特殊弾丸を放っていた。
青色に輝くその弾は、ゴーレムの右腕を直撃するやエリーゼの鼻先から2メートルほど向こうへと押しやる。
爆発とともにあふれる海水は、弾に込められた魔法によって一気に温度を低下させる。
しぶきが凍りつく。
きらきらとした光が中空に舞う。
爆発した岩石はそのまま転がっていった。腕には戻らない。
槍が刺さったまま凍りついたそれは、フォークで肉団子を刺したみたいだ。
サイズが桁外れだけど。
「爆発させれば破壊できる!」
「魔法だ!!」
プライアのパーティーメンバーである魔法使いふたりが詠唱を始める。
氷結魔法だ。
氷結魔法は酷寒魔法よりワンランク下の魔法である。
だけど氷結魔法で十分凍らせることができるだろう。
「ぷ、プライア様……痛いにゃ」
「じっとしてください」
ツムが運んできたニャアさんの腕は完全に折れていた。
横たえられる。折れた部分にプライアがそっと手を当てる。痛みに、ニャアさんがびくんと動く。
「――女神ヴィリエよ、この者に恵みの力をもたらしたまえ。生命の光をもたらしたまえ。我が力をあなたに捧げます。この者の傷を癒し、さらなる祝福と希望を与えよ――」
手のひらが光る。
温かな光だ。
僕が回復のスクロールで使った詠唱とはまた違うものだった。
「いかがですか」
「やっぱりすごいにゃ! ぴんぴんですにゃ!」
ぴょんとニャアさんが跳ねる。
さすがの回復力だ。治癒魔法を行使したプライアもけろっとしている。
「でも武器がないにゃ……」
「あとはロンたちに任せましょう」
ニャアさんの武器——鎖鉄球は、シーゴーレムに絡みついたままだった。
ニャアさんが動けなくなっても特に問題なく、その後の連携はうまくいった。
爆発する直前、防衛の2名が入り込んで仲間をガードする。
他の部位は氷結魔法で凍りつかせる。
僕の特殊弾丸は数に限りがあるので、それ以降は撃っていない。
やがて、シーゴーレムは半分ほどの身体を凍りつかせ、そのまま倒れた。
走っていってニャアさんが武器を回収した。
「……納得がいきません」
リンゴが珍しくムスッとしていた。
彼女としては正面からシーゴーレムと戦って、勝ちたかったらしい。
総力戦で勝利! では納得いかないのだ。
「そォいうことは気にすンじゃねェや。冒険者は生き残ってナンボなんだしよ」
「ご主人様の活躍が無にされるのも納得できません」
さっきの戦い。
貢献度で考えると一番は向こうの魔法使い、次にエリーゼとツム、そして防衛という感じで、プライアパーティーのメンバーは評価しているようだ。
リンゴの蹴りではヒビが入らないし、ましてや隠し刃など折れてしまう。
僕は僕で弾丸を温存したからね。
「別に僕は、戦闘で評価されなくていいと思ってるよ。エリーゼが危なかったから助けただけだし」
「……も、もう、ノロットったら、こんなところであたしにのろけないでよ」
今のどこにのろける要素があったのか問いただしたい。
「にしても先は長げェなァ」
僕らは広い空間で休憩していた。
もう夜の10時なので、食事をして寝る時間である。
プライアたちとは仲良しこよしではないから20メートルくらい離れたところで休んでいる。
だからモラもふつうにしゃべっていた。
僕らは眠りに就いた。
深夜、僕はふと目が覚める。
ニオイに気がついて。
「ご主人様」
「……どうしたの、リンゴ?」
「プライア様がお話しになりたいと」
やっぱり。このニオイはプライアのニオイだ。
すぐそこに立っていた。
花のようなふんわりと優しい香り。
まあ、プライアは戦闘要員じゃないし、ひとりだけお湯を作って身体を拭いたりしてたからね。
遺跡の中でも、休息場所と水さえあればそれくらいの贅沢はできる。
エリーゼはよく眠っている。
マントの中から小さく「すぴー」と聞こえてくるのでモラも眠っている。
「こんな時間にすみません。セルメンディーナが寝てくれるまで時間がかかったので」




