56 青海溝(3)
「お手並み拝見だ」
「プライア様、我々は下がりましょう。連中が言い出したことです」
「でも——」
「63番ルート」から出てきたのはエルダーバットだった。
「なによアレ。変な鳥」
「鳥ではなくコウモリというのです。そんなことも知らないのですか」
ぽきぽきと指を鳴らして歩いていくエリーゼと、背筋をピンと伸ばして歩いていく——こんなところでもメイド服を着込んでいるリンゴだ。
やる気満々である。
「え、あ、ちょっ……!? 『63番ルート』のモンスターって魔物専門冒険者でも倒すの大変なんじゃないっけ!?」
「あたし、地元のロンバルク領にいたモンスターハンターよりずっと強かったから」
「問題ありません。岩でなければ倒せます」
エリーゼはさらっと怖いことを口にし、リンゴはいまだに「黄金の煉獄門」で倒せなかったゴーレムのことを気にしているようだった。
エルダーバット。
顔はブタ鼻で、耳のような、角のようなものが2本生えていた。
見た目はコウモリだ。デカイだけの。
ただ爪がすごい。曲刀ほどもあって、それが左右に三本ずつあるのだ。
羽を広げると血管が浮かび上がる。
青色の血管。
気持ち悪い。
「——焼いて食べたら、焼き鳥になるわね!!」
エリーゼが大剣を手にして走る。
まるで射出された矢だ。
とんでもない速度でエルダーバットに接近。
しかしエルダーバットは宙に浮いている——。
「てええいっ!」
地面を蹴って空へと跳ぶ。
人間離れした跳躍力。
真下から斬り上げた一撃はエルダーバットに突き刺さる——はずが。
エルダーバットは前方に飛んで逃げた。
見かけによらず素早い。
「鳥ではなくコウモリだと言っているでしょう」
逃げた先にはリンゴがいる。
え? っていうくらい跳んでいる。
実に3メートルくらい。
エルダーバットの正面だ。
ぐるんっ。
リンゴの身体が回転するや、水平に蹴りが繰り出される。
見事エルダーバットの羽にヒットする。
しかし音が変だ。動物を蹴ったようなくぐもった音ではなく、金属板でも叩いたような音だったから。
それでもダメージは通っている。墜落するエルダーバット。待ち受けるは大剣を構えたエリーゼ。
「せええええええいっ!!」
フルスイングの一撃はエルダーバットの胴体にめり込んだ。
エルダーバットは吹っ飛んで、天井に当たると落下した。
頭から落ちた。
そうして動きを止めた。
「なによアイツ、固すぎるんだけど。あーあ、刃こぼれしちゃったよ……」
エリーゼが残念そうにつぶやく。
むしろ残念なのは、今の人間離れした的な立ち居振る舞いなのでは……。
「ふふ……うふふ。あはははは! すばらしい戦い振りです。ノロットさんがダイヤモンドグレードであることを、これで疑う人間は誰もいなくなりましたわ」
プライアが笑った。
プライアパーティーの面々は、リンゴとエリーゼの戦いにあっけにとられていた。
それからはプライアの言ったとおり、他のメンバーからの扱いは変わった。
いい人たちなのかもしれない。
え? そんなんで判断するのはさすがに安直?
さて、僕らは「63番ルート」へと本格的に足を踏み入れた。
先ほどのサウザンハンズは本来「63番ルート」にしかいないモンスターらしい。それが出てきていた……同じくエルダーバットも。
プライアたちはゲオルグのせいだと考えているらしい。
ゲオルグはモンスターと戦うことなく遺跡を踏破できる。だけど、100%確実に痕跡を残さず踏破したわけではない。ゲオルグのかすかな存在に気づいたモンスターが彼を追って、出てきたのではないかと。
モンスターを連れて逃げる、いわゆる「トレイン」というヤツだ。
「黄金の煉獄門」に比べて「63番ルート」はいくつも違うところがある。
楽なのは、水を運ばなくていいことだ。
精霊魔法で水を精製できる。海底炭鉱だからね。常に湿ってるくらいだもの。
一方で炎熱魔法は使い勝手が悪い。海底炭鉱だからね。
地殻魔法も崩落の可能性があるからあまり使わないほうがいい。海底炭鉱だからね。
ルートは複雑なのであちこちから空気が流れている。そのため僕の鼻はよく役に立った。
敵の居場所が正確にわかるのだ。
「29番ルート」より道幅は広くなっている。このせいで、大型のモンスターでも通行可能。
こっちも戦いやすいから善し悪しではある。
歩いていくに連れてモンスターの数が増えた。
今のところ最大で3体まで出た。
サウザンハンズとエルダーバットの混成だ。
1体はリンゴとエリーゼが片づけ、2体を防衛が1体ずつ引き受け、魔法や物理攻撃で倒す。
ツムはロンとともにこっちに絡んできただけあって、戦闘になると喜んで武器を振るった。相当の長さがある槍を振り回す。
ツムとエリーゼの戦い方は少し似ている。スピードならエリーゼだけど、パワーならツムだ。
「俺、さる国では騎士団長より強かったし、ナンバーワンのモンスターハンターだったんだが……」
エリーゼを見て複雑そうに言っていた。
「しかし君の鼻はすごいな」
「おい、君だなんて失礼だぞ」
「あ、大丈夫ですよ。僕のほうが冒険者としてはずっと新米ですし」
その間にも僕はローグ2名と仲良くなっていた。
片方は亜人だ。30代半ばとおぼしき男性なんだけど、頭の上にネコミミがぴこぴこしている。
精悍なネコミミ。
アンバランス。
なんのかの言ってやっぱり僕はローグ向きなんだろう。
そもそもパーティーの「リーダー」っていうのは特定の職種ってわけじゃない。
ギルドで依頼を受けるときにリーダーの認定グレードが高いほうが割のいい依頼を受けられるというだけで。
「おふたりは経験長そうですね」
「冒険者としてはそうだな。こいつと組むのは2度目だが……」
「俺たちは所詮“雇われ”。残りの連中は“お抱え”。ローグは交換可能だと思ってるんだろう」
そうそう。
プライアのパーティーは、基本的にプライアに雇われているメンバーという形みたいだ。
依頼の達成に応じた功績も、パーティーメンバーが10人いたとしたら10人で頭割りになり、1人あたりが薄められる。
認定グレードを上げていくには功績をひとりに集中した方が効率がいい。
ゆえに、プライアにだけ集中させてダイヤモンドグレードに到達させたみたい。
でも固定のパーティーはローグ2名をのぞく面々だけのようだ。
僕は最初ひとりで——モラはカエルなので冒険者になれないし——行動してたから功績も独り占めだった。
「黄金の煉獄門」はパーティーを組んでいたけど、途中で脱落した2名は功績を辞退したので僕とタラクトさんとラクサさんの3人で割った。リンゴは冒険者認定証を持ってないからね。
タラクトさんとラクサさんは一気にジュエルグレードに到達したらしい……と、これはただの余談。
「あまり鼻が利きすぎるのも考え物だな」
ネコミミローグさん(30代男性)が言った。
サウザンハンズの悪臭のせいで僕は戦いのたびに鼻をつままなきゃいけなかったからね。
つらい……。
モンスターがうじゃうじゃいることは間違いなかったけど、僕らは順調に「63番ルート」を進んでいた。
出現モンスターはサウザンハンズとエルダーバットが手強いくらいで、他の小物は他のルートにも出るようで、相手にはならなかった。
とはいえ、油断はやっぱりできないのだ。
「63番ルート」に進み始めてから3日が過ぎた。
「——ご主人様。わたくしの前にはけして出ないでください」
リンゴが、全身に緊張感をみなぎらせる。
そこは左右に全員が広がっても十分あるける通路——というより巨大な道路。
天井も高く、大広間みたい。
ずぅぅん……ずぅん…………。
僕の鼻も、ニオイをとらえていた。
強烈な“磯”の香りだ。
「黄金の煉獄門」で見かけたヤツよりも1.5倍くらい大きい——シーゴーレムが現れたのだ。




