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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第4章 3人のダイヤモンドグレード
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55 青海溝(2)

「青海溝」に僕らは入っていく。

 坑道は意外と整備されていた。

 足下は平らで、上下の階段もある。

 左右は人がふたり歩いても十分な広さで、ところどころ、支柱や石が積まれていて補強されていた。


 岩盤は白っぽい。

 黒い筋が入っているところは石炭なんだろうか。


 ひんやりと湿った空気が身体を包んでいた。

 気をつけないと服がびしょびしょになるので、1時間おきにたき火で服の表面を乾燥させながら進む。

 濡れると服は重くなるし、動きにくいからね。


 時折広い空間にぶち当たる。

 掘削が行われていたんだろう、ぼろぼろのツルハシなんかが落ちていたりする。


「このルートは比較的安全です。問題は『63番ルート』に入ってからなので」


 セルメンディーナが言うには、僕らが歩いているルートは「29番ルート」で、その先で二叉に分岐する。

「30番ルート」と「63番ルート」に。


「『30番ルート』は非常に短く、完全に調査が済んでいます。一方、『63番ルート』は――」

「あ、ちょっと、止まってもらえますか」


 僕は言った。

 先頭を行くのはプライアパーティーの隊長ともうひとり。「防衛」担当者だ。

 その後ろにローグ2名、次に僕とセルメンディーナという順番。

 プライアはリンゴと並んで僕の後ろにいた。


「――なんだか、妙なニオイがします」


 言うと、隊長が「はあ?」と言う。

 でも仕方がない。変なニオイがするんだもの。

 なんだろう……生ゴミが腐ったような、不快なニオイは。


「敵だ!」


 ローグのひとりが前方をにらんで叫ぶ。

 通路に固定の明かりは設置されていない。光は僕らが持っているカンテラだけだ。


 暗闇の奥からこちらに迫ってくる。


 どっしりとした胴体の上に、2メートルほどの長さの触手がびっしり生えている。

 1本ずつが僕の腕ほども太い。しかも色が肌色という気色悪いヤツ。

 ナメクジのようにずるりずるりと身体を引きずって歩く――。


「サウザンハンズだと! こんなところまで出張ってくるとはよ」


 防衛2名が盾を構えた。僕の身長ほどもある盾だ。

 サウザンハンズは確かに「63番ルート」に出現するモンスターだけど、「29番ルート」に出ることはないはずだった。

 討伐難度は高い。


「どけ!」


 突き飛ばされるように僕はどかされ、後列にいた魔法攻撃担当者が出てくる。

 ローブを着ているから魔法攻撃だろう。

 男と女、1名ずつ。

 なるほど。狭い通路で武器を振り回せないから魔法で仕留めるのか。

 それにしても僕を突き飛ばすことはないんじゃないかな? 痛かったよ?


「ご主人様、お怪我は」

「これくらいなんともない。それより戦況は――」


 防衛はすでにサウザンハンズと接触していた。

 触手――と言っても、のろのろ動いているものを想像してはいけない。


 速い。


 ムチみたいにしなって繰り出される。

 金属製の大盾に当たると、ビタゴォォン……とすごい音が聞こえた。

 あんなの身体に食らったらアザじゃあすまないよ。


 うっ。

 ていうか……臭い。めっちゃ臭い!

 あいつからなんか、もう、鼻がひん曲がるようなニオイが漂ってくるぅぅぅぅ。

 最初に僕が感じたニオイってこれかよ!


『――叡智を司る魔神ルシアよ、理を超えし力を我に授けよ。神の起こせし業は奇跡、人の抗う跡は連理、仇敵を貫く矢よ、ここに至れ――』


 魔法使いのふたりが同時に詠唱する。

 おおお、完全に声が重なってる。

 魔法使いは詠唱をする際、精神を集中する必要がある。

 ふたりの魔法使いが互いに詠唱し合うと、お互いの詠唱によって精神力が乱されることが多いとか。


 そこでこの、同時詠唱ですよ。

 同じ魔法の詠唱ならば文言は同じ。精神力は乱されない。


「隊長、避けるぞ!」

「おおよ!」


 詠唱が終わるかどうかというところで防衛の二人は通路のぎりぎり左右に避けた。


 直後、魔法使いふたりの手から放たれた紫色の光。

 矢となってサウザンハンズに襲いかかる。


 矢――とは言っても、丸太のようにデカイ。

 サウザンハンズの触手を断ち切る。

 胴体に突き刺さる。


 とんでもない威力だ。

 確か、魔神ルシアの力を借りる魔法は精霊使役とは違う。

 純粋な魔力による一撃。

 魔力消費は激しいけれど、使い勝手が非常にいいとか。


「一気に押すぞ!」


 隊長ともうひとりは、右手に持った剣でサウザンハンズを突く。

 黄色の体液が飛び散る。

 それから4度ほど魔法を繰り返した。

 サウザンハンズは切り刻まれて、事切れた。


 そして僕は、サウザンハンズの体液から発せられる悪臭で、吐いた。




「……だ、大丈夫、もう」


 そこはまたしても広々とした空間だった。

「63番ルート」に続く分岐地点である。

 ローグ2名が先行して先の様子をうかがいに行っている。

 さっき魔法を使ったふたりもゆっくり休んでいた。やっぱりかなりの魔力を消費したようだ。


 リンゴの膝枕からようやく僕は立ち上がる。水をもらって飲むと、少しはスッキリした。

 プライアパーティーの中には、僕がリンゴに膝枕をしてもらっているのをうらやましそうに見ている人もいたけど、ほとんどは軽蔑の視線というところだった。


 いやいや、みんなが変なんだよ。

 あんなひどいニオイだったのに……。


 隊長と槍を背負った男がこちらに歩いてくる。


「お前よ、ほんとうにダイヤモンドグレードなのか?」

「え」

「あんな戦いで失神してりゃあ世話ねえよ」


 あー。そうか。

 戦闘がショックで気絶したとか貧血起こしたみたいに思ってるのか。

 うーん。どうやって説明したらいいかな。


「ご主人様を愚弄する人間は、誰であれ許しません」

「ウチのノロットになに言ってくれてんの?」


 リンゴとエリーゼのふたりが僕の前に立ちはだかる。


「足手まといは置いていきたい。正直、連れて行くくれえならプライア様と俺たちだけで行ったほうが踏破の成功率は高い」

「だな。足手まといに治癒魔法をかけるなんてもったいない」


 男ふたりが言うと、


「いっしょに行って欲しいと泣きついてきたのはそちらでしょう?」

「治癒魔法くらいあたしだってできるんですけど?」


 エリーゼさん。

 あなたの治癒魔法、切り傷治せるくらいじゃなかったでしたっけ。


「おお、おお。ずいぶん大口叩くんだな」

「弱い人間ほどよく吠えると言いますね」

「……てめえ……顔がちょっとばかし整ってるからって調子に乗るなよ」


 隊長と男が武器に手を伸ばす。

 リンゴとエリーゼも同じだ。戦闘体勢に移行する――。


「止しなさい!!」

「止せっ!!」


 声を同時に発した。

 プライアと、僕が。


「聞いていれば、なんですか……ロン。それにツム。恥ずかしいです。せっかくノロットさんが協働に賛成してくださり、私たちはこれから協力しなければならないのに」

「リンゴ、エリーゼ。僕がふがいないから前に立ってくれたのはありがたいけど、僕はそういうのを求めてない。ケンカしてうまくいくわけがないじゃないか。遺跡探索をぶちこわしにしたいの?」


 プライアと僕がそれぞれ言うと、ロン、ツム、リンゴ、エリーゼの4人はうなだれつつも、憤懣やるかたなしといった表情。

 子どもか。


「でもな、プライア様。こいつらが役に立つかどうかは確かめたほうがいいと俺たちは何度も言ったよな?」

「ツム……あなたは、まったく。ダイヤモンドグレードの冒険者に対して、役に立つかどうか? 同じ言葉を私に向かって言われたら、どう思うのですか」

「そりゃあぶちのめすだろ」

「野蛮な振る舞いは嫌いです。大体、先ほどの動きを見ていなかったのですか。私たちのローグたちが気づくより前に、ノロットさんはサウザンハンズの接近に気づいたんですよ。ロン、あなたは当然この事実、わかっていますね」

「……まあ、そうだが……うちのローグの出来が悪いってだけだろ」

「ノロットさんの特徴は『嗅覚』。私たちの誰ひとり、持っていないきらめくような才能です」

「…………」

「謝罪しなさい」

「いや、しかし――」


「待ちなさい」


 そこに待ったをかけたのは、リンゴだ。


「わたくしたちの能力に疑問を感じているというのなら――」

「――次に出てくるモンスターはあたしが倒してやるわ」

「いえ、わたくしです」

「はあ? あたしだけど?」


 リンゴとエリーゼが言い合いを始める。

 さらっととんでもないことを口にした気がする。


「! 敵だ」


 そのとき僕は、また違うニオイを嗅ぎ取っていた。

 こちらに走ってくるローグ2名――偵察に行っていたふたりだ。

 そして、圧倒的なケモノ臭。


 人間よりも大きなコウモリ――エルダーバットだ。


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