50 オークション本番
オークションが行われる会場に案内された。
オペラでもやるような舞台があって、そこに壇があり競売人がいた。
競売参加者はそれぞれの席に通されるけれど、さっきアナウンスで紹介された上級貴族やダイヤモンドグレードの冒険者といった面々は1段高い特別席に案内される。
広々としているところに、僕とエリーゼのふたりだけがちょこんと座る。
「オークションって参加したことある?」
「ないわ」
ないくせに、自信たっぷりに言い切っている。
うう、不安だ。
オークションが始まった。オークショニアの呼び出しに従って競売品が運ばれてくる。
マジックアイテム。
1点ものの装備。
石像。
古代金貨。
稀覯本。
僕からするとどれにどんな価値があるのかわからなかったけれど、数十万ゴルドから、高いもので1,000万ゴルドで落札されていく。
僕の支払える最大額は一応4,000万ゴルドと考えているから多分大丈夫。
手数料もあるから余裕を持たせている。
『続いては、「魔女の羅針盤」』
僕は思わず腰を浮かせた。
『では10万ゴルドから——』
15万、20万、35万……そんな声が上がっていく。
どうしよう、どこで声をかけたらいいんだろう。
『55万ゴルド……それ以上の方はいらっしゃいませんか』
「ちょっとノロット、早く手を挙げなきゃ!」
「あ、は、は、はいっ!!」
エリーゼに急かされて手を挙げると、オークショニアが固まった。
あ、あれ? なんか変なことした?
『はい、おいくらでしょうか』
あっ、金額言わなきゃいけないんだった……恥ずかしい。
「100万ゴルドで」
ざわっ……と会場内がざわついた。
ええー、また僕変なこと言った?
「……55万からいきなり100万まで吊り上げたらおかしいでしょう」
額に手を当ててイスにもたれるエリーゼ。
おっしゃるとおりです……。
『上がりましたね。100万ゴルド、他にはいらっしゃらないですね? では——』
「200万」
そのとき、上乗せした男がいた
ダイヤモンドグレード冒険者、ゲオルグだ。
「さ、300万」
「400」
「500万!」
「600」
「700万……」
「1,000万だ」
僕らがどんどん値をつり上げていく。会場にいる全員だけでなくオークショニアまでぽかんと口を開けている。
わかってる。
これ絶対適正金額をはるかにオーバーしてるよね?
「1200万!」
「1400万」
「1800万!」
「2,000万」
「2,500万!」
「3,000万だ」
おいおいおいおいおいおい! どうなってんだよお。
吊り上げるだけ吊り上げて嫌がらせしてんの?
僕が降りたら全部払うことになるんだよ?
ちら、とゲオルグのほうを見る。
う、うわあ……めっちゃこっちにらみつけてる。
しかもその後ろには執事みたいな人が控えていて、木箱を持っていた。
中には、金貨の山がある……。
ああ、もうこっちの限界だよ——。
「4,000万ゴルド!」
僕は叫んだ。
エリーゼは蒼白になった。
参加者は失神した。
オークショニアは崩れ落ちた。
ゲオルグは笑った。
「5,000万ゴルドだ」
それからどこをどうやって宿に帰ったのか覚えてない。
競り落とせなかった……手に入れられなかった……競り落とせなかった……手に入れられなかった……モラがずっと探していたアレを………………。
抜け殻になった僕をエリーゼが励ましたりけなしたり誘惑したり叩いたりしながらようやく宿まで連れていってくれたらしい。
「買えなかっただァ!?」
モラはびっくりして口をがばりと開けた。
そのまま仰向けにぶっ倒れるのかと思ったけどそこまではいかなかった。
「ごめんなさいー!!」
僕はひたすら謝った。
せっかく「黄金の煉獄門」を踏破して手に入れた報奨金があったのに。
せっかくこんな遠いところまでやってきたのに。
モラの期待に応えられなくて。
「……ノロットォ」
僕の心臓が跳ね上がった。
うつむいたままモラの顔が見られない。
嫌われたよな。憎まれたよな。怒らせたよな。わかってる。わかってるよ。ごめん、ごめんなさい、モラ……。
「しょうがあるめェ。顔上げろィ」
「……え?」
「いつまでもくよくよすんなィ。『魔女の羅針盤』が世界にひとつだけしかねェわけじゃァあるめェし」
「嫌ってない?」
「ねェよ」
「憎んだでしょ?」
「ねェッて」
「怒ってるんでしょ? わかってるんだよ僕」
「ねェッつってんだろォが!」
ほら、怒ってる!
「これはお前ェがうじうじうじうじ言うからでェ、ドアホ! 大体そのゲオルグとかいうヤツァ最初からお前ェに“勝つ気しかなかった”んだ。『魔女の羅針盤』のオークション落札価格は平均で40万ゴルドだぞ」
「はあ?」
40万?
400万でもなく?
「モラ様のおっしゃるとおりです。わたくしとモラ様で、先ほど冒険者協会に行き、過去の落札価格を調べていたのです。ノロット様に勝つという目的以外でそのような高値をつける理由は考えられません」
「なんで僕なんかに対抗意識燃やしたんだろ……」
「さァなァ。お前ェ、なんか無礼でも働いたんじゃァねェのか?」
「してないよ!」
……まあ、ダイヤモンドグレード冒険者という肩書きに泥を塗った可能性はあるけど。紹介されたときパスタ食べてたし。
とそこへ、宿の人間がやってきて僕に封書を渡した。
「先ほどゲオルグ様とおっしゃる方のお使いが参りまして、これをノロット様に届けるようにと」
そこには、魔女の羅針盤が欲しければゲオルグの泊まっているホテルに来い、と書かれていた。




