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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第4章 3人のダイヤモンドグレード
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49 3人の邂逅とダンス・ダンス・ダンス

 オークション会場の控え室で用意された服に着替えた。

 髪はオールバックで整髪料で固めた。

 シャツに蝶ネクタイを締め——僕は初めてネクタイなんてものをつけたけど、ほんとうにこれは首が絞まってきつい——タキシードを着込む。


 姿見の前で僕はつぶやく。

 うーん。全然似合ってない……。

 敵地にひとりで乗り込むスパイとか僕には絶対無理だな。正式に招待されてるのに不安で不安でしょうがないもの……。


 連れて行かれた先は大広間。

 サンドイッチや前菜などがテーブルにあり、勝手に食べてもいいというスタイル。

 シャンデリアから降り注ぐ光は明るく、きらびやかなドレスに身を包む参加者は食事に手をつけず談笑していた。


 えー、誰も食べないの? もったいない……。

 時間も時間だからお腹が空いてきた。

 すんごくいいニオイなんだ……この燻製の魚。冷燻(れいくん)だ。身は生を保っているのに香りはスモーキー。

 ああ、ヨダレが……。


「どうぞこちらをお使いください」


 ささっとやってきた係員が僕にフォークとお皿を差し出してくれる。

 えっ、いいんですかぁ? 食べちゃいますよ? 食べちゃいますよ?


 ぱくっ。


「う、うま……」


 口の中にあふれる魚の脂。ちょうどいい塩気と鼻に抜けるスモーキーな香り。

 バクバク食べちゃう。あ、サンドイッチもイケる。なんでこんなにパンが柔らかいんだ。

 来てよかった!

 胃が元気になったよ!


『ご来場の皆様、本日はヴェムルガント侯爵主催パーティー&オークションにご来場賜りまして御礼申し上げます』


 魔法で増幅された声が空から降ってくる。

 よくよく見るとシャンデリアの上、天井はかなり高いところにある。半球を描いていて、天使と空が描かれている。

 広間の一隅を占めていた弦楽団が演奏を始めると、広間の中心部はダンス会場になった。


 ほえー。優雅なワルツ。

 僕には関係ないけども——あ、このサラミ半端なく美味い。


『本日お越しくださった来賓をご紹介申し上げます』


 声は続いている。


『ディラント伯爵……』


 すると、天井のどこに設置されているのか、光が降り注いでその——ディ、ディラント……? 伯爵が照らし出される。

 にっこりと笑って会釈する伯爵。ヒゲがダンディーである。

 まあ、とか、わあ、と言った声とともに拍手が起きる。

 続いて貴族が順に紹介される。すでに踊っている人も中にはいて、動きに合わせて光が動いている。

 追うのも大変だ。がんばれ、光で追う人。


『グレイトフォールでこの方のお名前をお知りにならないかたはいらっしゃらないでしょう——ダイヤモンドグレード冒険者プライア』


 え、冒険者?

 僕は口にパスタを突っ込んだところだった。

 口いっぱいに広がる海の香りと、オリーブオイルとガーリック風味が効いていてとってもおいしくて——。


 光が降り注いだのを見て僕は驚く。

 金髪。

 僕と同じくらいの背。

 ドレス着てるし、女の人だ!

 しかもあの耳——長い。エルフだ!


 うわー、初めて見たよ、エルフ。

 いるんだなあ。しかも冒険者だって。ダイヤモンドグレードだって。

 シャンパングラスなんて持ってる。おっしゃれー。


『続きまして同じくダイヤモンドグレード。先日「青海溝」において唯一の伝説級遺跡であった「63番ルート」を踏破した冒険者ゲオルグ』


 うおっ。

 聞いた聞いた。伝説級を踏破したっていう人!


 光が降り注いだのは壁際。

 壁にもたれて両腕を組んでいる男。

 でかい……。

 めっちゃ筋肉質。

 マントみたいな毛皮を羽織っている。

 誰も近づかないな。なんか威圧感あるしな。


 そうか……。

 この町にいるダイヤモンドグレードの冒険者は全員そろっているってワケか。


 ん。

 っていうことは。


『最後に、本日グレイトフォールに到着された、若き天才。ダイヤモンドグレード冒険者ノロット』


 パスタを口に突っ込んでいる僕に、光が降ってきた。


 まぶし! まぶしいって!

 う、うわああ〜……。

 みんな見てる。こっち見てる。

 

 逃げようと歩き出すと光がついてくる。

 仕事しすぎ! 光、もういいから!

 ああ、胃が痛い……急にキリキリしてくる……。


「あら、ほんとうに若くていらっしゃる」

「あんなに召し上がって……」


 くすくすと笑い声。


「……なんだ、本物なのかあれは」

「……卑しいヤツだ」

「……よその町のグレードはアテにならんな」


 中にはそんな声まで。

 もうね。

 恥ずかしくて消えたくなったね。

 光はまだ僕を照らしてるしね。

 胃も痛いしね。


 光は消えたけども。

 ああ……こんなことならやっぱりひとりで来るんじゃなかった……。

 あとがっついて食べるんじゃなかった……むしろそっちのほうが悪い。



「なによ! ノロット様は正真正銘、実力で『黄金の煉獄門』を踏破したのよ!」



 そのとき、声がした。


「『魔剣士モラの翡翠回廊』とあわせて1000年もの間踏破されなかった遺跡を踏破したんだから。1つだけでもダイヤモンドグレードになれるのに、2つよ? とてつもない快挙よ」


 僕の横に立っていたのは——。


「エリーゼ!?」


 髪をアップにして金色の髪留めでまとめている。

 ワインレッドのイブニングドレスに身を包んだ彼女の胸元には、3連ダイヤモンドのネックレスが光っていた。


「どこの令嬢だ?」

「いや、しかし見事な着こなしだ」


 いや、しかし見事——ほんとだよ。僕びっくりした。

 エリーゼがエリーゼじゃないみたい。

 これだけ上流階級の人たちに囲まれても堂々としてるし、ほんのかすかにだけ化粧を施したその顔は——年齢相応の魅力を放っていた。


 っていうか、ふつうにキレイなんだけど。

 ほんとに、この人結婚できなかったの? こんなだったら引く手あまたじゃないの?


「……いつまで食べてるの」


 とエリーゼは僕の皿を取り上げる。ああ、僕の車エビ……。

 そして彼女は、ちょんとスカートをつまんで膝を曲げると、言った。


「サパー連邦ロンバルク伯爵の次女、エリーゼ=レティカ=ロンバルクですわ。ノロット様、1曲、わたくしと踊ってくださいませんか?」


「……や、僕ダンスとか全然無理——」

「……そこは『喜んで』って言うところでしょうが、もうっ」


 エリーゼは僕の手を引くとダンス会場へと向かう。

 ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと! 僕ほんとにダンスとか無理なんだけど!?


「あたしに合わせてくれればいいから。見よう見まねでいいの」


 ぐい、と僕がリードする側のはずなのにリードさせられていた。


「サパー連邦のロンバルク伯爵だと?」

「あの高名な伯爵令嬢がなぜここに」

「お近づきになれないか」


 そんな声がちらほら聞こえる。

 エリーゼ、実はすごくいい家の出なんだ。知らなかった。

 サパー連邦ってムクドリ共和国も含まれている連邦国家なんだよね。


 とか思っていると、エリーゼの身体が密着した。

 ふわっ、とバラの香水の香りがする。


「どうしてエリーゼが……」

「どうしてもこうしてもないでしょう。ノロットが……ひとりじゃ心配だったのよ。あのメイドオートマトンでさえ『陰ながら支えてください』って言ったくらいなんだし。こういったパーティーとかの経験あるの、あたしだけだから」


 うう。

 結構みんな僕のこと心配してくれてたのか……。


「って言っても、ピンチというより、バカにされてたようなもんだったけどね」

「それ、あのオートマトンに言える?」


 リンゴに伝えたら、「不届き者には天罰が下るでしょうね。ちなみにどこのどいつですか?」と真顔で聞かれる未来が目に浮かぶ。

 その晩のうちに、何者かが彼らの家を襲撃する……。


「……ほんとはもうちょっと早く来たかったけど、町のどこになにがあるのかわからなくて、遅れちゃったわ。お化粧も軽くしかできなかったし」

「遅れてよかった……」


 厚化粧ダメ。絶対。


「……どういうことよ」

「えっとなんでもないです。でも、そのドレス似合ってるよ。見違えた」

「あ、ありがと。ノロットも……すごく素敵」


 エリーゼさん。そのデュフフって笑い方止めたほうがいいですよ? いろいろ台無しな感じですよ?


「家も有名なんでしょ? だったらいろんな貴族に誘われそうなもんだけど……」

「……旅団に入ってから訓練したのよ。剣術とか」

「うん?」

「……大変でしょ、訓練って」

「うん、それが?」

「…………………………痩せて、ね……」


 あ、ああ〜……なるほど。

 太ってたのか、エリーゼ。今は全然そんなふうに見えないけど。


「あのころは結婚が決まらなくてヤケ食いして、なんとか細く見せようとして化粧したけどうまくいかなくて」


 それ絶対、厚化粧したでしょ? したよね? それでだよ! だから余計に男が逃げていったんだよ!

 いろいろミスしたとかタイミング悪かったとか言ってたけど絶対そっちの理由だよ。



 そのとき僕は視線を感じた。

 や、この場にいるかなりの人数が僕らに注目していることはわかってたんだけど(「3人目のダイヤモンドグレード」「どう見ても未熟な冒険者」「伯爵令嬢」という注目だけどね)——その視線は違った。


 ひとりめは、「青海溝」の伝説級遺跡を踏破したばかりのダイヤモンドグレード冒険者、ゲオルグ。

 僕を、射貫くような——明らかに圧迫するような視線をこっちに飛ばしていた。

 なに。なんなの。僕悪いことしてないよ。ていうかむしろ初対面だよ。

 見ないようにしよう。そっちは見ないように……。


 ふたりめはエルフのダイヤモンドグレード冒険者、プライア。

 僕が彼女に視線を走らせると、向こうもこちらを見ていた。

 目を細めて微笑む。

 思わずどきりとするような美しい笑顔だ。


「ノロット」

「ほぇー……」

「ノロット!」

「は、はい!」

「ダンス中に他の女に目移りするとはいい度胸じゃない」


 ひぇぇ、鬼を怒らせてしまった。


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