47 どのようにしてリンゴは無賃乗船したか
で、問題はリンゴだ。
トウミツさんがなにも言ってこなかったってことは、積み荷にリンゴはいなかったんだろう。
船内の調査もしたみたいで、何人かの警備兵がトウミツさんに報告してた。
首をかしげながらもトウミツさんは部下を引き連れて帰っていったっけ。
「そろそろ教えてよ、モラ。リンゴはどこなの?」
甲板に人はいなくなりつつある。
夜の砂漠は冷えるからねえ。
「をん? じきに来るぞ」
「来る、って……来るわけないじゃない。砂漠の真ん中にステーションがあるわけでもないのに」
「カッカッカ。おもしれェこと言うなァ。でも当たらずとも遠からじだ——ほれ、あそこ」
モラが言ったのはサンドホエールが泳いでいく先——。
「ん?」
ぽつん、と小さな点が見えた。
「んん?」
その点はやがて大きくなってくる——。
「んんん……」
黒色のワンピース。エプロン。ヘッドドレス。
仁王立ち。
「アイエエエ!? メイド!? メイドナンデ!?」
変な口調で変な声が出てしまった。
と、ともかく、それくらい僕は驚いた——んだけど。
驚くのはここからだった。
サンドホエールはメイド——リンゴに突っ込んでいく。
その後ろにはホエールシップだ。
「ああああ! ああっ、危ないい!!」
砂中を泳ぐサンドホエールがリンゴに迫る。
——と、リンゴは走り出した。
こちらへ向かって。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ————」
サンドホエールが泳げるくらいだから足場は悪い。
そこを、馬鹿力で突っ走る。
サンドホエールが泳ぐ、もこもこ揺れている地面を蹴る。蹴る。蹴る。
そして、
「ああああああああああああああ!!」
ホエールシップがリンゴにぶつかる——瞬間、跳んだ。
蹴った地面に円形の衝撃波が走った。
ああ——あれはホテルの天井を突き破るほどのパワーがあるんだっけ——。
びゅおうっ、と黒い影はホエールシップの甲板を飛び越えると、僕らの背後に降ってきた。
ドシン!!
という衝撃とともに甲板に着地。
僕らの足下も揺れた。
「お待たせしました、ご主人様」
息ひとつ切らしていないリンゴが、そこにいた。
あり得ない。どう考えても。あんな無賃乗船、あり得ない。
甲板には僕ら以外にも何人かいたけど、リンゴの登場を目撃した人たちは一様に目をこすると、
「目の錯覚だ」
「最初からメイドはそこにいた」
「メイドは空から降ってこない」
「俺は疲れているのかもしれないな……」
と自己完結して船内に入っていった。僕だってリンゴを知らなければそうしていたよ……。
「な? 名案だったろォ?」
「名案もなにも、力技じゃないか……」
「誰も考えつかねェからいいんだよォ」
僕らも船内に入っていた。
来るときは2等船室——つまりは部屋もなにもないだだっ広いスペースに雑魚寝——だったんだけど、今回はタレイドさんが手を回してくれて特等船室だった。
つまり船内で一番いい部屋ってこと!
「……で、なぜあなたがここにいるんです?」
「……メイドになんであたしが説明しなきゃいけないわけ?」
いやー、広いなあ。ベッドもふっかふかだし。
なによりすごいのがさ、ガラスの窓がついているんだ。
「……メイドとしては主人にまとわりつく害虫を駆除するべきかと」
「……そう? あたしからしたらアンタのほうがよほど害虫に見えるけど?」
ガラスだよ、ガラス。あの気泡がぷくぷく入ってるヤツ——じゃなくて、このガラスはすごい。
数センチはあると思うんだけど、表面は平らに磨かれていて気泡はほとんどない。
つまい室内から外の様子がわかるんだ。
「……はぁ、誰が害虫ですって? わたくしはノロット様に一番近い存在ですよ?」
「……あぁ? アンタ、ノロットとデートしたことあるわけ?」
「……今日は呪術師のような化粧はよろしいのですか?」
「……すっぴんのほうがノロットがいいって言うからねえ?」
さーて、それじゃあ食堂に行って夕飯を——。
「って待てェ、ノロット。お前ェ、なに女ふたりのバトル勃発直前にひとりディナーとしゃれこもうとしてるんでェ……。もとはと言やァ、お前ェがまいた種だろうが」
うぐっ。
部屋の中央ではリンゴとエリーゼがにらみ合ってる。
リンゴが見下ろして、エリーゼが見上げて、っていう構図だけど。
「ご主人様のお情けだったデートにどれほどの価値があるんでしょうね?」
「使い勝手のいい家事オートマトンがなにを図に乗ってるのかな?」
「あ、あのぅ……僕食べてないからそろそろ夕飯を食べたいなーって……もう9時ですし……」
「ご主人様は黙っていてください。ご主人様に決断できないのならば代わりにわたくしがこの害虫を駆除します」
「ダーリンは黙ってて。優秀なメイドならあたしが選ぶから」
え、ええぇ……もう僕のこと関係なくケンカしてない? それにダーリンってなに? いつの間にそんな呼び名になったの?
「ダーリンなどと……いつの間にそんな呼び方をするようになったんですか。図々しいにもほどがある」
と思ってたらリンゴが聞いた。
「デートの流れでいっしょについていくことになったんだから、これはまだデートの途中みたいなものでしょ? だったら女性が男性をダーリンと呼んでなんの違和感もない」
違和感しかないです。
「違和感だらけです」
「オートマトンにはちょっと難しいかー」
けらけらと笑うエリーゼ。
なんかさ、エリーゼってリンゴと話してるとやたら生き生きして見えるんだけど。
案外仲がいいんじゃないの、このふたり。
「……なるほど、そうですね。あなたに言葉で言っても通じるわけがありません」
「……ようやく気づいたの?」
ふたりは無言で歩き出すと室外へと出て行った。
「え?」
なに、なにが起きたの?
「——ノロット、追えェ!」
「え?」
「手遅れになる前に! 巻き添えで被害者が出るぞ——」
僕はダッシュすると甲板に飛び出した。
ちょうどエリーゼが拳を握りしめてリンゴに飛びかかるところだった——。
それからふたりはことあるごとにケンカしたし競い合った。
甲板での決闘について僕が本気で怒ってしかりつけたところ、力に訴えることはなくなったけど……。
持ち込んだトランプでの勝負。
どちらがマッサージが上手か(被験者は無論僕だ……)。
借りてきたチェスでの勝負。
毎日よくもまぁ見つけられるなと思うくらい勝負ポイントを見つけては勝負していた。
そのせいで、毎日飽きずに過ごせたけどね……。
勝敗は49勝49敗の五分だった。
記念すべき50勝を賭けた戦いをなににするかと彼女たちが火花を散らせていたころ——。
「そろそろ見えてくるぞォ」
僕らの旅は1週間を過ぎたころだ。
ホエールシップはとっくに降りて、馬車に乗り換え街道を進み、港町から船に乗った。
「あれ……なの? モラ」
「おォよ。俺っちが来るのァ700年ぶりだが、ずいぶん変わったもんだ」
大海原のど真ん中。
次なる目的地——海中都市グレートフォールに僕らは到着しようとしていた。




