46 さよなら、ストームゲート
ホエールシップ乗降場には、タラクトさんにラクサさん、レノさん、ゼルズさん、それにタレイドさんが来ていた。
モラはタラクトさんに乗っていたけど、ぴょーんとジャンプしてこっちに移ってきた。
どうやら「砂漠の星屑」に挨拶に行っていたみたい。リンゴではなく、タラクトさんといっしょに。
「……あれ、ノロットくんはもしかして……」
ニヤニヤしながら僕と、僕の後ろにいるエリーゼを見てくる。誤解を解くためにエリーゼがここにいる経緯を説明すると、
「おィ……ノロットォ。聞いたらリンゴがどう思うか、それがわからねェお前ェじゃあるめェ」
「う、うん、わかってるけどさ……断り切れなくて……。で、そのリンゴは?」
「ああ、アイツァここにはいねェ」
「どうして」
「このホエールシップ、運航権をトウミツが取ったらしィからよォ」
「――は?」
ホエールシップがトウミツさんの所有物になったってこと?
それって――この都市からの出入りをトウミツさんに監視されるってことじゃん!!
「だからリンゴを乗せるにゃ、ちィッとばかし頭をひねることにした」
「それってどういうこと?」
「――これはこれは」
とそこへ、ウワサをしていた相手であるトウミツさんがやってきた。
背後には使用人たちを始め、10を超える警備兵もいる。
ゼルズさんたちが僕を守るように立ち、タレイドさんがトウミツさんに対応する。
「夜分にこんなところまでどうしましたか、トウミツ殿」
「なぁに、伝説級の遺跡踏破を成し遂げた英雄が、こそこそと都市を出て行こうとするので、気になっただけです」
「こそこそ……? 言葉を選ばれてはいかがか」
「見送りも数人という状況で出立するのであれば『こそこそ』と言わずなんと言いますか。いやはや、まるでなにかを隠しているようにも見えますなあ」
うわー。リンゴのことだ。リンゴのことだそれー。
「すべての積み荷を今チェックしておりますからな、これで妙なものが出てくれば、乗船拒否ということもあります」
「積み荷ねぇ」
「船内もチェック中」
「船内ねぇ」
「ずいぶんと余裕でいらっしゃる。まあ。彼女をストームゲートに残しているのなら、そのほうが私には好都合だが」
高笑いしつつ去っていく。
怖いなー、なんか、大人ってさ。気にくわないことがあるとあらゆる手を使ってつぶしにこようとするじゃない? 大人のほうがむしろ子どもより自制が効いてないよ。
「……行ったかァ?」
僕のマントに隠れていたモラが出てくる。
「なにあのデブ」
貴族の令嬢とは思えない口調でいらっしゃいますよ、エリーゼ様?
「で、大丈夫なんだよね、モラ」
「をん? そりゃァ、当然よ。積み荷になんかしちゃァねェ。大体それじゃァリンゴがかわいそうだ」
「なら、どうやって?」
「どのみちもうすぐわかるんでェ。あとは結果をご覧じろォ」
うーん。まあ、モラが大丈夫だって言ってるし、信じるしかないかな……。
「……もう、行ってしまうんだな。リーダー」
「はい。ラクサさんにこれ、返しておかなくちゃ……解錠ツール」
「せっかくだ。持っていってくれ――いや、リーダーみたいな立派な冒険者に、俺の使い古しを渡すなんて失礼かもしれないが……」
「なに言うんですか! 解錠についてはラクサさんにいっぱい教わって感謝してるんですよ」
僕とラクサさんが話している横で、僕の肩に載ったモラとタラクトさんたちが話している。
「すまなかったな……魔剣士モラ。俺は、自分のミスでパーティーを崩壊に追い込んじまった……」
「止せやィ、謝罪は何度も聞いた。これ以上口にすンのは無粋ってもんだ。いいかァ、ゼルズよ。今回はノロットが踏ん張ったからよかったンだ。次はお前ェさんの番だ。お前ェさんがどっかのパーティーに入ってよ、ピンチになったら踏ん張れよォ」
「ああ。きっとそうする。もう二度とあんなバカはやらねえ」
「その意気だィ。――ときにタラクトよ。お前ェさんはまたあの遺跡に行くのかェ」
「もちろん。『黄金の煉獄門』研究チームが今組織されてる。俺たちは、希望すればまず間違いなく組み込まれるだろうからな。第1階層で……ちゃんと死者を弔ってやりたい」
「そうかァ。――レノ」
「は、はい」
「びくびくすんなィ。お前ェさんのクロスボウ、なかなかの腕だってェ話じゃねェか」
「え? そ、そうかな? まあそれほどでも……あるけど」
「吊った『生命の燭台』を撃ち抜いたんだろォ? てェしたもんだ」
「あ!? あ、あ、あれは、あの、その…………すみませんでした……」
「カッカッカ。ちっとばかしからかっただけだァ。俺っちだって第1階層はずっと寝てもんだからよォ、他人様のことァ言えねェや」
タレイドさんは、僕とラクサさんの話が一通り終わったところで話しかけてきた。
「ノロットくん……いや、冒険者ノロット。今回の褒賞についてなんだが」
「褒賞?」
「『黄金の煉獄門』にかけられていた懸賞金だ。――200万ゲムになる」
「にっ……!?」
にひゃくまんげむぅぅぅうううう!?
「ちょ、ちょっと高過ぎやしませんか? ああ、でもいいのか。パーティーメンバーで割るんですよね? そうなるとある程度許容できる金額に……いや、それでもかなり多い……」
「価値を考えれば高い金額だとは思わない。なぜなら、『黄金の煉獄門』踏破の情報はもう各地に伝わり始めている。遺跡が踏破され、安全が確認されれば観光地として脚光を浴びることになる。向こう数十年に渡って観光客がもたらす金額を思えば、200万ゲムなんて安い」
そういうものなのかなあ……僕にはちょっと、想像もできないや。
「それと、これはタラクトたち4人の意見だが……200万ゲムはノロットひとりに渡す」
「…………」
え?
「ええええええええええええええええええええええ!?」
「声が大きい」
「や、でも、だって、その」
「タラクトたちは、今回の冒険でほとんど足を引っ張っただけだと言っていた。だから、君たちこそが懸賞金を受けるにふさわしいと」
「そう……なんですか、ラクサさん?」
「……ああ、問題ない。金は、あるに越したことはないから、持っていったほうがいい」
正直、「黄金の煉獄門」への挑戦でかなりのお金を使った。
魔法宝石は魔術師ギルドに預けたから換金できなかったし。
それでも手持ちが残ってからグレイトフォールへ行くくらいはなんとでもなったんだけど――向こうに着いたら「オークション」があるからなあ。
お金は多いほうが確かに心強い……。
「じゃ、じゃあ……ありがたくいただきます」
「うむ。これを持って行きなさい」
タレイドさんが渡してくれたのは、キンキラキンのプレートだった。僕の手のひらに載るくらいのサイズで、冒険者協会の署名と――青色の光が漂っている。
「どの都市でも構わないが、冒険者協会に行けば、200万ゲム相当の現地通貨と両替してくれるはずだ。冒険者協会でのみ使用できる魔法暗号がかけられていて、複製できない」
「へぇ~……」
「……じろじろ見るのは後にしなさい。ここは人目もあるからな。奪われることもありうる」
「あ、そ、そうですね」
僕はあわててバックパックにしまった。
……急にバックパックが重くなった気がするよ。
ホエールシップ出航の時間が近づいてきた。
乗客は、ほとんどがもう乗り込んでいる。僕らの周囲は見送り客ばかりだった。
「じゃあ――そろそろ行きますね」
「達者でなァ」
僕と、僕の肩にいるモラはタラクトさんたちに告げると、タラップを伝ってホエールシップの甲板に上がった。
エリーゼはすでに甲板にいた。暗い表情だ。コーデリアさんたちに、ほんとうになにも告げずに出てきたからね……。
「ねえ、エリーゼ。……いいの?」
「……うん」
ちっともよさそうじゃないけど、エリーゼはうなずいた。
そこまで固い決意なら、もう僕にどうこうできることじゃない。
これからどんどん離れていく。彼女の故郷から。
故郷では貴族でも、冒険の世界じゃみんな同じ“ただの人間”だ。
「おィ、タラクトたちがなんか言ってるぜェ」
すでにマントに潜り込んで、他の乗客の目を避けているモラが言う。
僕が甲板の手すりに近づくと、眼下に、両腕を振っているタラクトさんたちが見えた。
「元気でな! 死ぬなよ!!」
「また絶対いっしょに冒険しようぜええー!!」
「お、俺も、もっとクロスボウ上手くなってるからよー!」
「リーダー。たゆまぬ研究を」
そうか……もう、会えないかもしれないんだ。
トレジャーハンターには出会いと別れが必ずついて回る。
僕がこの先の人生で、もう一度ストームゲートに来る確率は、かなり低い。
初めて僕はそのことに思い当たった。
『間もなくぅ~~ホエールシップ、出航いたしますぅ~~』
ずずず……と足下が揺れる。
ホエールシップが動き出す。
ブオオオオオオンンンンン……と砂塵を吹き上げてサンドホエールが曳航を始める。
「タラクトさん! ゼルズさん! レノさん! ラクサさん!」
気づけば僕は叫んでいた。
「また会いましょう! きっと、どこかの遺跡で!! タレイドさん――」
ストームゲート冒険者協会の専務理事は、大声を上げたりはしなかった。
ただこちらに向けて拳を突き出し、親指をぐっと立てた。
それがなにを意味するのか――「幸運を祈る」「旅の無事を」「がんばれ」そのどれかかもしれない。全部かもしれない。
「僕、もっと立派な冒険者になりますから!!」
叫ぶと、声は聞こえたんだろう、タレイドさんが破顔し、タラクトさんたちが横でジャンプする。
ホエールシップのスピードが上がっていく。
タラクトさんたちが早歩きで追って、小走りになって、ずっと手を振っている――。
「……あ」
そのとき僕は、
「エリーゼ!!」
叫んだ。
びくっ、としたエリーゼは甲板の中央辺りにいた。
「な、なに……?」
「こっちへ来て、早く!」
「なに、なんなの?」
「いいから早く!!」
なにがなんだかわからないふうでエリーゼは僕の隣にやってくると、
「!!」
彼女は、すぐに気がついた。
タラクトさんたちの後ろ――走ってくる人影。
「姫ぇぇぇぇ~~~~~~」
コーデリアが、リリーに肩車されている。
っていうかリリーすげぇ。コーデリアを肩車してあの速度で走れるのかよ……。
「その様子だと、うまくいったみたいですねぇ~~~」
間延びしてるけどちゃんとコーデリアの声が届く。
「ごめん、コーデリア……! お別れも言えなくて……!!」
「いいんですよ~~なんか、今回はうまくいくよーな気がしてましたしねぇ~~」
もうサンドホエールはすごい速度で泳いでいる。人間の足では追えない。
コーデリアは両手を口に添えた。
リリーも立ち止まって同じようにする。
「「幸せになれぇーっ!!」」
コーデリアとリリーの声が重なって聞こえてくる。
「うんっ……うん!! あたし、絶対幸せになってやるから!」
はためく風がエリーゼの髪をばたつかせる。
彼女のこぼした涙が宙に舞った――。
「……おィ、ノロットォ。まるでお前ェ、結婚したみたいなんだが……」
「……そんな約束してないけど……」
「……相手はその気なんじゃァねェのか……」
「……な、ないよ、ないない……」
ないよね?
エリーゼはすっきりとした満足げな顔をしていたけど、正直僕は怖かったです。




