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45 1日デート

 あれよあれよという間に連れて行かれたのはストームゲートの中心市街だ。

 露天商の集まる市場(バザール)のすぐ隣、乾燥に強い木々が木陰を作っている広場があった。


 ここで待ってろと言われて10分経過。


 なんか……アレです。カップルとかいっぱいいるんです。

 あぁ~手とかつないでねぇ~。あらまぁ、ちょっとあのふたりベタベタしすぎじゃぁないんですかね。ストームゲートは性に奔放すぎじゃないですかね。15歳の僕には刺激が強すぎるんですけどね。

 ……ええ、ええ、僕なんか冒険者の格好だからね。「これからデートでござい」というスタイルからはほど遠いですよ。ごわごわで分厚い布地を使った旅装ですからね。足下もがっちりしたブーツですからね。

 見るな、見るな! こっちを見ない、そこのカップル! あっ、そっちのカップルも! こっち見ない! 見世物じゃないんですよ! こんな場所に僕がふさわしくないことくらい僕が一番よくわかってるんですよ!


「……ノロット」


 と思ったら後ろから声をかけられた。

 来た――。

 ピンク色のくねりんくねりんする化粧お化けエリーゼが来た。


「――あれ?」


 振り返った僕は、拍子抜けした。

 そこにいたエリーゼは――ドレスも着ていなければ化粧もほとんどしていなかった。

 空色のワンピースに、露出した肩をぐるりと保護する白い布。

 プラチナブロンドの長髪は後ろでひとつにまとめられていて、もみあげから下りている髪はくるんと縦ロールを巻いている。


 化粧は……ほとんどしてない、のか、まったくしてないのか、僕にはちょっとわからない。

 でも、彼女の素顔は――ほとんど前髪を下ろしていないので額が見えていて、細い眉が左右に流れている。

 一重だからぱっちりとはしてなくて、どこか眠たげにも見える目元はぱっとしない。でも、だからこそふつうの、ちゃんとした女の子――女の子?

 小ぶりの鼻はちょこんと上を向いている。薄い唇は不安げに尖っている。


「な、なに……そんなにじろじろ見て。やっぱり変!? 変なんでしょ!? コーデリアに騙されたわっ。あいつ、『姫はこうしたほうがいいんですよ』とか言ってたけどやっぱり騙された!」


 エリーゼが手にしていたハンドバッグを開くとそこには大量の化粧用品が……。


「違うから!」


 あわてて手を伸ばしてハンドバッグをつかむと、ぎょっとしてエリーゼが僕を見る。


「違うから。変じゃないから」

「……う、ウソだ」

「ウソじゃないです。コーデリアさんは正しい。今の方が……その、ほら…………いいんじゃないですかね」


 イケメンはこういうとき「似合ってる」とか「素敵」とか言うんだろうけど僕には無理。

 無理無理。


「……ノロットがそう言うならそれでいい」


 ふー……。化粧お化けは回避できたようだ。

 あとは僕の貞操が略奪されないように気をつければいいんだ。



「っていうかエリーゼさんって――」

「“エリーゼ”」

「え?」

「“さん”じゃない。もしくは“姫”」

「……じゃ、じゃあ、エリーゼで」


 姫って呼ばれたいのか。呼ばれたいのか!


「うんっ」


 そのとき、ふとこぼした彼女の笑顔に――それはとても無邪気な笑顔で。

 僕は思わず目を奪われた。


「それで、なに?」

「――ふぇ?」

「ノロット、なにか言おうとしてたじゃない」

「あ、ああ。そうだった。エリーゼって何歳なのかな――ふぉっ!?」


 ぎしぎしぎし……。

 この音、どこから来たでしょう?

 正解はエリーゼが握りしめた拳でしたー♪


「す、すみません、レディーにそういう質問は失礼でした」


 鬼だ。

 鬼がおる……。


「にじゅ……」

「?」

「………………に、21歳よっ、どうせババアで悪かったわね!」


 べーっ、と舌を出してエリーゼは歩き出した。


 ……え、21歳?

 思ってたより全然若くない?

 化粧をしたせいで逆におばさんくさくなったってこと?




「…………」

「…………」


 エリーゼが前を歩く。僕はそこについていく。

 さっきから10分ほど、こんな状況。

 なんなの? 僕やっぱりどこか裏道に誘い込まれて身も心もめちゃめちゃにされちゃうの?

 ……まあ、それは冗談としても、こんなふうに無言のまま町を歩くのはちょっと……なんていうか……その……。


 時間の無駄。


 だって、今日までなんだよ。僕、ストームゲートにいられるの。

 食べたかったけどまだ食べてないお菓子とか、屋台料理とか、ジュースとか、いろいろあるんだ(全部“食”にまつわるものだけど)。


「……の、ノロット」


 すると、いきなり立ち止まった。

 ギギギと油を差してない蝶番みたいな音を立ててエリーゼが首だけ振り返る。


「わ、わたくし、お腹がスキマシタワー」

「…………?」


 スキマシ・タワー?


「ですから、そろそろ、時間が……」

「あ、もうお昼か」

「そそそ、そういえばこのあたりに、カジュアルにい、い、いただける、ストームゲート料理のレレレストランが」

「なんで棒読み?」

「別に棒読みなんかじゃないって! ……ぼ、棒読みデハアリマセンワー」


 エリーゼは手に、なにかの書きつけを持っていた。僕がそれを奪うと、


『エリーゼがノロットくんをめろめろにするためのデートプラン』


 とか書かれていた。

 ……とか、書かれて、たんだよね……すんごいカワイイ字で。脱力するよ、マジで。


 その下には、行くべきレストラン、誘うときの口調、散歩コースにふさわしいルート、今開催されている美術品展覧会、おいしいジェラートのお店、きれいな夕焼けを見られるカフェ……と、立て続けに今日の予定が記されていた。

 僕も21歳になったらこんなことするんだろうか?


「な、なによその呆れたような顔はっ!」

「…………」

「しょうがないじゃない、でで、で、デートなんてっ、したことないんだもん……!」


 僕だってしたことないけど、ここまで対策というかなんというか。


「コーデリアはこれでバッチリって言ってたのに……」

「ああ、コーデリアさんがこれを」

「書いたのはリリーよ」


 マジで。女戦士は女子力が高い。


 やれやれ。まあ、デートという条件を呑んだのは僕だしね。

 昏骸旅団には飲み水を分けてもらったこととゼルズさんのこととで借りもある。


「――っえ!?」


 僕はエリーゼの手をつかんだ。

 彼女を引っ張り、先に立って歩き出す。


「行こう。このルート全部回るなら、急がなきゃ時間足りないよ」

「え――えぇっ!?」

「そのレストランなら僕知ってる。いいニオイがするなって思ってたから……一度行ってみたかったんだ。行かないの?」


 立ち止まる。

 エリーゼを見る。

 彼女はそっと顔を伏せ、


「……行きます」


 と、か細い声で言った。




 レストランは大人気だったので入店まで結構待たされたし、料理が到着するのも遅かった。そして空腹のあまりに僕がいっぱい食べるものだから(こう見えて僕は美味しいものならいくらでも食べられるのだ)エリーゼはびっくりして、「そんなにいっぱい食べるのに――」と言いかけたけど、その後って「どうして背が低いの?」だよね? わかってるよ? 傷ついたよ?


 お腹がふくれたあとはゆるやかにカーブする道を散歩だ。ストームゲート内でも高級住宅地のようで、街路樹がぽつりぽつりと植えられ、人通りも少ない。そこで僕は、「黄金の煉獄門」の第2階層以降のことについて話した。トラップがすごかったこと。僕がひとりで最奥に挑んだこと。治癒術師がいなくて苦労したこと。……え? デートでそんな話するなって? むしろ逆に問いたい。なにを話せばいいのかと。僕、遺跡のことくらいしか自信持って話せることないんだよ? いやいやだって、エリーゼがなにも話してくれないんだもの!


 開催中の美術品展覧会は大盛況だった。……まあ、大盛況過ぎて入場規制があったんだけど。列に並ぶこと1時間、ようやく中に入ると屋内は人人人人人人……と大混雑で、とんでもない熱気だった。早歩きですり抜けて出た。


 ジェラートの美味しい店も大盛況だった。また並んだ。並んでる間って、なに話せばいいの? 他のお客さんは女の子ばっかりで、きゃいきゃいきゃぴきゃぴしゃべってたけど聞いていてもなに言ってるのか耳に全然残らなくてわけがわからない。彼女たちは鳥かもしれない。さえずっているのかもしれない。「きゃいきゃい」「なにか言った、ノロット?」「……いえ」そんな感じで手に入れたジェラートだったけど、いざ食べようとした瞬間エリーゼがぼとんと下に落とした。アレだ。もう食べられないやつ。泣きそうになった彼女に僕は自分のぶんを差し出したけど、頑として受け取らなかった。涙をこらえて足早に去っていく彼女を追って、僕はジェラートを口に詰め込んだものだから味はさっぱりわからない。



 で、もう夕暮れどきだった。


 周囲には夕闇が迫っている。

 美しい夕焼けが見られると評判のカフェはそこそこ距離があるので、着くころには真っ暗だろう。ていうかどうせそのお店も入るのに並ぶんでしょう?


「…………」

「…………」


 さっきから黙りこくったエリーゼが僕の前を歩いている。

 僕はその後ろをとぼとぼ歩いている。

 建物に遮られて夕陽も見えやしない。


「……わかってんのよ。あたしは、とにかくうまくいかない女なんだって」


 立ち止まったエリーゼが、いきなりそんなことを言った。

 周囲に僕ら以外は誰もいない。

 家々から、炊事の煙が漏れていた。


「ジェラートのこと言ってるの?」

「それだけじゃない。……誰かがお膳立てしてくれても、あたしは失敗する。お茶のカップも落とすし、階段では転ぶし、食中毒になったこともある。今まで転んだことのない場所で転んだのよ、重要なときに。食中毒だってそう」


 タイミングが悪い人って確かにいるよね。エリーゼの場合はタイミングもそうだけど、なんか、本番に弱そうだよね……。


「16のときには毎週毎週あちこちのパーティーに呼ばれてたけど、結婚相手はなかなか見つからなくて……18を過ぎるとそれもめっきり減って……気がつけば20になってて……それでも独身の貴族令嬢なんて呼んでも気まずいだけだからパーティーにも誘われなくなって……気がつけば誰もあたしのこと見ていなかった」


 僕が知る世界じゃないけど、貴族はほとんどが家の都合による結婚だと聞いたことがある。エリーゼだって貴族なんだから、多くの結婚候補を薦められたんだろう。

 どうして結婚できない“婚外”旅団になったのか。単に暴力振るうせいかなとか思ってたけど、どうやらそうじゃないみたい。


「ごめん……。今日一日いっしょにいて、つまんなかったでしょ」


 振り返ったエリーゼは、苦笑いした。

 皮肉っぽい笑顔は、僕、そんなに好きじゃない。


「ほんとうは……あなたみたいなふつうの人が相手なら、ヘマを打たずに済むんじゃないかって思ってたの。遺跡を踏破した英雄だから貴族的にも体面は悪くないし」

「…………」


 おーい。本音晒しすぎ~。


「でも――ダメだね。悪いのはあたしなんだ。わかってたけど認めたくなかった……なのに、今日ははっきりとわかった気がする。あなたといっしょにいる間も、あなたを楽しませなきゃって思うのになにを話していいかわからない。食事くらい美味しそうに食べられればかわいげがあるのに、ジェラートだって落とすし。今が何時なのかもわからなくて夕焼けのキレイなカフェだって行けない……一番行ってみたかったのに…………あたし、いいとこない……全然、まったく、これっぽっちも……いいとこないんだ」


 くるりと僕に背を向けた。


「ご、ごめんね。もうつきまとわないから安心して。あと、ありがとう。あなたにとっては最低な一日だったと思うけど、あたし、あたしね……こんなふうにエスコートして、もらって……デートしたの、う、生まれて、初めて、だったから……楽しかった…………。すごく、楽しかったの、これでも……もう、二度と、あなたの前に現れないから…………さよなら」


 声が震えていた。

 彼女が去っていった足下に、染みがぽつりぽつりとできていた。


「待って」


 追いかけた僕は彼女の手をつかむ。

 振り向いたエリーゼは――そりゃもう、涙でべちゃべちゃだよ。


 あーあー。ふつうにしていればふつうの女の子なのに。台無しだよ。


 空を見上げる。群青色の空だ。

 僕は指差す。そこに立つ建物――と、建物の隙間。

 そのずっと向こうに見える、朱色の空。


「じっとしてて」

「ふぇ?」

「そっち見て」

「……………………あ」


 夕陽が、じわりと姿を現した。

 複数の建物の隙間を通してほんのわずか、射し込んだ光。

 エリーゼの顔に、光の線が入る。


「……うまくいかないことなんて僕にだっていっぱいある。でも、見方を変えればそれはすばらしいことだ、って思うんだ。だってさ、僕にできないことがあるなら、誰かがやってくれたらいい――」


 だから冒険者はパーティーを組む。


「――おしゃれなカフェで見る夕陽はキレイだと思うよ。でも、こうして見える夕陽だって同じ夕陽だよ。ここの夕陽は一瞬で終わるけど、ここで夕陽を見たのは僕たちしかいない。それはそれで素敵なことなんだと僕は思う」


 人を慰めたりするの……僕は苦手だ。

 僕は自分に自信があるとは言えないから。嗅覚は自信あるけどね?

 だからエリーゼに言えたことは……言いたかったことの半分も言えなくて。我ながら下手くそな言い方だと思っちゃった。


 夕陽が消えていった。


「……ありがとう、ノロット」


 ぽつりとエリーゼは言った。


「なんか、あたしのほうが全然年上なのに……ノロットのほうが全然立派なんだね」

「そんなことはないよ。ていうか立派とか立派じゃないとか……年上とか年下とか、たいした問題じゃない。僕だっていっぱい失敗するし、後悔だってするもん。ただ、そのたびに立ち止まってたら冒険なんてできないから、転ぶにしても前向きに転ぶ。転んだらすぐに立ち上がる。そんな感じ」

「そっか……そうだね」

「うん、そうだよ」


 涙でまつげを濡らしたエリーゼと僕はなんだかわからないけど小さく笑った。

 泣いた女の人をどうしていいかなんて全然わからなかったけど、なんとかなった……気がする。

 遺跡を攻略するよりずっと難易度高いよ、これ……。




「さて、と。ノロットは今夜にはストームゲートを出発するんでしょ?」

「知ってたんだ。そうだよ。8時にホエールシップ乗降場(ステーション)

「あとちょっとは時間があるのね。それまでどうするの?」

「タラクトさんとかラクサさんとか、冒険者協会に挨拶したり……くらいかなあ。荷物はもう送る手配してあるし」

「ふーん。それじゃ、行きましょ?」

「ん?」


 ……え?

 さっき、「さよなら」とか「もう二度と現れない」とか言ってなかったっけ……?


「ん、ってなに」

「いや、あのー、『行きましょ』ってどういうことかなと。帰るんだよね? ムクドリに?」

「ううん」

「『ううん』!?」

「ノロットのおかげで元気出た。あたしも転んでも前のめりに転ぶわ! あなたを追いかけて、追いかけて、いつか振り向かせて見せるんだ」

「えええええええええ!? それってなに、ついてくるって……いやいやまさかねえ」

「ついていくけど?」

「ダメでしょ!? コーデリアさんとかどうするの!」

「あー。もともとコーデリアは今日だって『姫の好きなようにしてきてください。今晩は帰らなくてもいいし、ずっと帰らなくてもいい』って言ってたし」


 あの人が一番の策士だ!


「ふつつか者ですがよろしくお願いします」

「よろしくお願いしません! なんでもう僕らが許可した前提なの!?」

「ふふーん。そんなこと言っていいのかなー? あたしなー、使えるんだよなー、治・癒・魔・法。実は使えるんだよなー」


 え……? そ、そうなの?


「……切り傷治すくらいだけど」

「しょぼっ!」

「しょ、しょぼくないもの。これから勉強すればもっと使えるようになるもの」

「と、とにかくダメ。ダメです。荷物もなにもないでしょ。それに僕らの旅は危険だから」

「この世界に完璧に安全な場所なんてないわ。だったら――す、好きな人のそばにいることを、あたしは優先したいの」


 恥じらったような笑顔を見せたエリーゼは、まるで僕よりもずっと年少の少女みたいだった。

 思わずどきりとした僕だった――けど。


「これがハネムーンになっちゃったりして……きゃー!」


 こんなこと言ってバシンバシン僕の背中を叩いてきたから全部台無しだった。



 こうして僕らのパーティーに治癒術師(エリーゼ)が仲間になっ――ってダメだよ! 絶対ダメ! いろいろ危険な気がするから!!!!


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