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44 隠されし真実

「ん……」


 目が覚めた。だいぶ寝過ぎたかもしれない、ちょっと頭が重い。

 僕がいるのはホテルの一室――ほら、初日に泊まったあのホテルだ。

「黄金の煉獄門」を踏破した“英雄”をどうしても泊めたい、と支配人が言うので仕方なく泊まっている。


 うん……あの人、僕のことクズでも見るような目つきで見てたのにね……(まあ僕の「買春」発言も悪かったんだけど)。

 これが有名な手のひらクルーってヤツか。


 ストームゲートに帰ってからというもの、僕とタラクトさんとラクサさんはとにかくとんでもない歓待を受けていた。

 リンゴはトウミツさんに見つかっちゃまずいので、モラとともに隠れている。

 トウミツさんは……さすがというべきか、僕が英雄になってしまったので表立った捜査の手は入れてこない。安心はできないんだけどね。


「冒険者協会」ではタレイドさんが半泣きでタラクトさんを抱きしめていた。

 受付のお姉さんは最後まで僕が遺跡を踏破したことに半信半疑だった。僕はまだまだ一流の冒険者じゃないらしい……。


 ストームゲートを統治する自治政府の首領にも呼び出されて直々に歓待を受けた。

 すんごいパーティーだった。

 ムクドリ共和国のパーティーもすごかったけど、ストームゲートはまた違った意味ですごい。

 特に食事。

 交易都市なものだから、いろんな国から集まった食材が――って解説すると長くなっちゃうから、いいか。


 それからストームゲートで読まれている新聞社や雑誌社からの取材。

 治療院に行ってゼルズさんのお見舞い(めっちゃ元気になって、僕に謝ってくれた)。

 公文書館でのジ=ル=ゾーイが遺した日記の報告。

 魔術師ギルドで「黄金の煉獄門」最奥直行用リングと魔法宝石の報告。


 そんなこんなでもう5日が経過していた。

 めまぐるしくて、おいしいものをいっぱい食べた5日間だったよ。

 ……僕、ちょっと太ったかも。




「おォ、ノロット。なんだ、久しぶりってェ感じがするなァ」


 この日は1日なんの予定も入れなかったので、僕はようやくモラとリンゴに会うことができた。まあ、いろんな人の目が光っているからこそこそと、なんだけど。

 モラとリンゴは目立たない宿を取っている。「砂漠の星屑」はトウミツさんにまだ監視されているらしい……。


「……お前ェ、太ったか?」

「ま、まさか。そんなわけないよ……」

「お前ェ、あちこちでメシ食わしてもらってンだろォ」


 ……モラってなに? 記憶を読む魔法でも使えるの? それとも僕のことずっと監視してた?


「ノロット様はもともとお痩せになっていたのですわ。今くらいがちょうどいいのです」


 だよね! リンゴはいいこと言うなあ。

 ちなみにリンゴはまたイメージを変えて、商人風の格好をしている。変装である。


「そんじゃァ、行くとすっかァ」


 この日、僕らはただ会っただけじゃない。予定が――やらなくちゃいけないことがあった。

 貧民街(スラム)

 他の並びと同じ、ぼろぼろの長屋に入ると、前回来たときと同じように――違っていてもわからなかっただけかもしれないけど――大量の紙が散らばっていた。

 ガラハドの家だ。


「こんにちはー……?」


 昼でもうっすらと暗い、奥へと声をかける。

 返事はない。静かだった。外を走り回る子どもの声が聞こえる。


「……いないね、ガラハド」

「チッ。これァ――確かに、お前ェの言うとおりだったな、ノロット」


 そう。

 僕は“あること”を予測していた。

 それは「黄金の煉獄門」最奥で嗅いだニオイ――冷たくしっとりとしたニオイと、ガラハドの家で嗅ぎ取ったニオイが“同じ”だったことから推測できたんだ。


 僕らはガラハドの家の奥へと入っていく。

 第2階層のマップを見せてもらい、いろいろなことを検討したデスクがある。

 相変わらずとっちらかったままだけど、


「いくつかなくなってる?」

「なにがですか。ご主人様」

「うん……なんとなく、だけど…………大切なものを持っていったのかな」


 デスクを迂回してさらに奥へ。

 長屋の裏手に出るドアの手前、板敷きの台所があった。土間がほとんどのこのストームゲートで板敷きというのは珍しかった。

 案の定、と言うべきだろうか。

 板をリンゴが持ち上げると、そこには狭いながらもちゃんとした“階段”が現れた。


 僕はその階段を降りていく。“冷たいしっとりとしたニオイ”が漂っている。

 ランタンがなかったので蛍光石(ライトストーン)を取り出した。地下1階くらいの深さに到達したところで通路が延びていた。

 その通路は、5メートルほどで途切れていた。地下の地層とはまるで違う“砂岩”で塞がれていた。


「見覚えのある岩だなァ」

「……やっぱり、“そう”だったのかな」

「あァ、お前ェの推測は正しかったってェことになる」



 ガラハドは、ジ=ル=ゾーイの教えを広げる役目を負っていた――。



「どうしてご主人様はそのようにお考えになったのでしょう?」

「疑った理由はいくつかあるんだ。誰も興味を示さなかったジ=ル=ゾーイの“教義”に興味を持っていたこと。第1階層の壁画を模写するよう念を押したこと。これらは『黄金の煉獄門』を踏破するのに絶対的に必要なことじゃないか? それに……第3階層。あそこはさ、かつて守護者と冒険者が過去に何度か戦ったはずだよね。なのに、血の汚れがなかった――誰かが“掃除”したんだよ。あとは香とか……あの手の香は、時間がたつとニオイが消えていくから定期的に“補充”する必要がある。つまり、あの遺跡自体が“手入れ”を必要とするものだったんだよね。外部に協力者が必要なんだ」

「まさかのまさかだァな。ガラハドの家の地下から“遺跡に転移できる”たァな。ジ=ル=ゾーイのリングと(おんな)し、守護者やトラップを回避するリングでも持ってたんだろォ」


 ガラハドはこの通路を塞いだ。

 調査はここで切り上げる。砂岩を取り除いても転移装置は破壊されているかもしれないから。

 僕らが最奥まで到達したことをガラハドは知ったんだろう。

 僕らの手に寄ってジ=ル=ゾーイの教義が日の目を見ることになれば、ガラハドは晴れてお役御免というわけ。


「……ではそのガラハドは、どこに行ったのでしょう?」

「さァな。真実を知りつつ冒険者を送り込み、みすみす死なせた……それァ罪に当たるかどうかは知らねェが、恨みを買うことはある。どっかにドロンしたんだろ」


 モラはそう言ったけど、僕は違うんじゃないかと思っていた。



  ジ=ル=ゾーイは死人をたたえた。

  そのため死後の人に生を与えた。

  ジ=ル=ゾーイは死こそ幸せだと唱えた。

  そのため死後の人に聖人と敬われた。

  ジ=ル=ゾーイは山の奥に籠もった。

  そのため死後の人はそこへ通った。


  ……町に疫病が訪れた。

  ジ=ル=ゾーイは山から現れた。

  ……町の人の多くが死んだ。

  ジ=ル=ゾーイは死者のためにと祈った。

  ……彼とともに、死者たちが町から去った。

  ジ=ル=ゾーイは死者を残した。



 ガラハドの知っていた歌。

 歌の最後にある。ジ=ル=ゾーイが残したのは「死者」だ。

 ガラハドはすでに死んでいたんじゃないだろうか? 彼は、家の地下の通路を塞ぐと、遺跡へと――教主たるジ=ル=ゾーイの元へと向かった――。


 どっちにしろ僕がガラハドと会うことは二度とないだろう。




「さて、と――ノロットォ、この町は今夜出る」

「え? だいぶ急だね」

「トウミツは今こそ俺っちたちを放置してるが、裏でなにを仕組んでるかわからねェ。動かれる前に動きてェ。それに……『魔女の羅針盤』が見つかった」

「え――」


 ええええええ!?


「ビッグニュースじゃん! どこ!? どこにあるの!?」

「そうあわてるんじゃァねェや。タラクトがよォ、俺っちが探してることをタレイドのオッサンにしゃべったんだ。そうしたらオッサンは、冒険者協会に連絡があったっつって教えてくれたんだ。どうやら、さる都市の冒険者協会が主催する“オークション”に出品されるらしい」

「オークション?」


 って、あの、どんどん金額が上がっていく、アレか。


「その都市は――“グレイトフォール”」


 海中都市グレイトフォール。

 聞いた瞬間、僕は思わず叫びそうになった。

 だって。

 だって!

 グレイトフォールって言ったらトレジャーハンターなら誰でも知ってる都市だよ!!


「海中都市グレイトフォール……海中都市グレイトフォール……!」

「……おィ、リンゴォ。ノロットのアホがアホ面してるぞ」

「そんなご主人様も魅力的ですわ」

「あァ、コイツもアホだったィ」


 その都市は海のど真ん中にある。

 都市から多くの“海中鉄道”が出発していて、都市周辺に点在する、古代遺跡にして海底ダンジョンでもある“青海溝”へとつながっているんだ。

 世界でも屈指の遺跡都市なんだ。さらに言うと青海溝には希少な宝石も多く眠っているから、宝石ハンターも多く集まっている。

 くぅ~~~そんな場所に行けるなんて!


「……ったく、お前ェはよォ、あんなに危ない目に遭ったってェのにもう次の遺跡に行きてェのかィ」

「うん。不思議なんだけど……怖い思いもいっぱいしたけど、それ以上に、ワクワクしたんだ。『黄金の煉獄門』に潜ってたときの不安、恐怖、ひりつくような緊張感……そういうのを超えた先にある、好奇心。町に戻ってきたらさ、いつになったら次の遺跡に行けるんだろうって逆に不安だったくらいだよ」

「こいつァとんだ冒険バカだァ」

「さっきから僕のことアホとかバカとかひどくない?」

「くっくっく。褒め言葉だよォ」

「ふぅん? なら……いいけど。とりあえずグレイトフォールに着いたらまずはオークション、ってことだね?」

「そうとも。で、お前ェのことだ……遺跡に潜りてェんだろ? それくらいは付き合ってやらァ。お前ェの気が済んだらアラゾアを探しにいく」

「うん、そうだね!」

「……の前に、治癒術師もパーティーに入れてェな」

「…………うん、そうだね……」


 今回はほんとケガに苦労した。まぁ、薬草だけじゃどうしようもないんだよね……。治癒魔法のスクロールもかなり高価だし。

 治癒術師、きっとグレイトフォールにもいるよね? 遺跡都市だもんね?


「それで何時? 何時のホエールシップで行く?」

「おィおィ、そう焦るんじゃァねェや。何時っつっても1便しか出てねェよ。夜の8時。遅れンなよ」

「大丈夫だよ。僕の予定なんてないし」

「をん? 予定はあるだろォが」

「なに言ってるの。――ああ、タレイドさんたちに挨拶してこようかな」

「そうじゃァねェよ。おっ、ちょうどいいところに来た」


 モラがぴょーんとジャンプした相手は、


「そっちは終わったのかなー?」

「おお、ちょうど終わったところでェ」

「そっかそっか、よかったー。こっちもお待ちかねだよー」


 “昏骸旅団”のコーデリアだった。


 ……ぞくり、と、僕の背筋に悪寒が走ったんですが。

 なんですか、この、僕だけが知らない展開は。

 リンゴさんがすごい顔して「ペッ」とかつば吐いてますけど。メイドがつば吐いてますけど。


「ノロットォ……お前ェよォ、まさか女と男が交わした約束をキャンセルできるだなんて思ってんじゃねェだろォなァ?」


 にたり、とモラが笑った。


「さァさ、約束だ。エリーゼとデートしてきなァ」


 え――。


「えええええええええええええええええええええええええ!?」


 空約束でいいとか言ってたのはウソだったんだ!

 騙された……騙された……カエルごときに…………。

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