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43 砂漠の星空

「――主人……――ノロッ――ご主人様…………ノロット様!!」


 ぱちり、と目を開ける。

 そこは暗いまま。


「……ご主人様?」

「リンゴ、元気になったんだね――よかった」

「――――」


 僕が目を開けるとすぐそこにリンゴの顔がある、っていうの、ほんとによくあるよな。

 今も、そう。

 でもそれはそんなに悪い気分じゃなかったりするんだ。もちろん驚くけどね。


 リンゴの顔はほんとうに整っている。“元”人形だっていうのはだてじゃないなと思うくらいに。

 そんなリンゴの顔が、くしゃっと歪んだ。

 目尻に涙が浮かんでつつーっと垂れていく。


「ごしゅじん、さま……ご主人様ぁ…………どうしてそんな無理をなさったんですか……」


 ずきんと両手に痛みが走って思い出す。そうだ、僕は両手をひどい火傷にやられたんだっけ。

 見ると包帯でぐるぐる巻きになっている。ご飯食べたりおしっこしたりするのも苦労するレベル。

 まあ、今のところどちらの欲求も高まっていないので問題はないんだけど。


「すまねェな、ノロット。俺っちァ治癒魔法だけは……どォにも苦手でよ。やってやれねェことはねェが、時間がかかる上に効果も薄い。その上またぶっ倒れちまう」

「いいよ。――僕、どれくらい気を失ってた?」

「1時間そこいらだ」

「リンゴはもう大丈夫なんだよね?」


 涙目でリンゴはうんうんとうなずく。どうやら魔力の充填で傷も回復できるみたいで、モラが魔法宝石をいくつか使ってリンゴを回復させた。


 とはいえ魔法宝石に詰め込まれている魔力というのは相当な量だ。それをいくつか使わなければならなかったというのは、リンゴの治癒に必要な消費魔力はめっちゃ大きいってことだ。

 単にふだんの活動だけなら問題ないんだけどね。


「で、なにがあったのか、(おせ)ェてくんなィ」


 僕はこの通路を出発してひとりで最奥へ至ったことを伝えた。たぶん、話を聞くより実際に行くほうが早いから、みんなで行こうと提案して。


 ただ、僕が“やらかした”ことだけは先に話した。


 宝箱の解錠が難しいと判断した僕は、1分でも早く魔法宝石を届けることを優先した。

 採った手段は――爆破だ。

 陳列している遺跡維持用の魔法宝石はすぐにでも取れるようになっているのだから、宝箱にトラップが仕掛けられていることはない、と僕は判断したんだ。

 で、魔法の刻まれた特殊弾丸をパチンコに装填。短文詠唱とともに発射――。


「……そしたら、宝箱がとんでもなく燃え上がって」

「トラップかァ?」

「たぶん。や、だってさ、トラップなんて仕掛けられてないと思うじゃん……」


 燃え方は尋常じゃなかった。おそらく引火性の高い液体が瓶かなにかに詰められていたんだと思う。

 一瞬の爆炎のあと、目をこらすと、燃えさかる炎の底にいくつもの宝石が見えた。

 炎程度で宝石が壊れることはないと思いつつも、その炎の正体がわからないから僕は不安になったんだ。


 ひょっとしたら魔法宝石の魔力を消費するような特殊な炎かもしれない。

 ひょっとしたら魔法宝石自体から炎が噴出して魔力を消費しているのかもしれない。


 僕はカンテラを腰にくくりつけ、上着を盾に炎へと突っ込んだ。

 上着越しにかき集められるだけの宝石を手にして脱出したけど、液体は宝石にたっぷりかかっていたものだから鎮火はせず、がっちりつかんだ僕の手を焼き続けたというわけで……。

 痛かった。

 泣きそうになった……っていうかすっごく泣いた。涙出て止まらなかったよ……。


「それで……この有様です」


 両手の包帯を見せた。

 はぁ~~~……とモラが深いため息をつく。


「無鉄砲なヤロォだ……だがまァ、今回ばっかしはお前ェの無鉄砲に救われたらしい」

「ご主人様。もう今後はそのような無茶はなさらないでください」

「でも」

「わたくしが強くなります。無敵になります。ご主人様には二度と無様な姿をお見せしません」


 リンゴの決意が怖い。今もうすでにだいぶ人間界では無敵の領域にいると思うんだけど。

 ゴーレムにも負けたくないってことだろうか……確かにゴーレムも、人形っぽいところあるしなあ。




 僕らは「香」を身体にまぶして(一度使ったせいなのか、だいぶ出が悪かった)、再度第3階層を通り過ぎ(タラクトさんとラクサさんは守護者を前に顔を真っ青にしてた)、ジ=ル=ゾーイの間へとたどりつく。

 この部屋で僕らは3時間を過ごした。そしていくつかの発見をした。



 ジ=ル=ゾーイの自家製本は、すべて彼の日記だった。


「……トラップの研究、それに空間転移の魔法を始めとする高難度魔法の研究、成果が収められてンなァ」

「その研究成果を使えば空間転移施設が簡単に作れるの?」

「いンや、魔力効率は相当に()りィ。魔法宝石をいくつもぶっ込めば作れるが、それでも転移距離はそんなに伸びねェ。1日歩けば行けるところに魔法宝石を使うのかってェ話だ」

「でもさ、逆に言えば、急流を挟んだ対岸とか、そういう場所なら使えるんじゃない?」

「まァなァ。だがそれを考えるのは俺っちたちじゃァねェ。偉いヤツらに任せるさ。タレイドのオッサンにでも渡したらうまいことやるだろォ」


 こうして、ジ=ル=ゾーイの研究内容はストームゲート冒険者協会に託されることになった。




「リーダー、この指輪なんだが」


 タラクトさんが見せてくれたのは、錆びた金属製の指輪で、なにか文言が彫り込まれている。


「どうもこの遺跡の『通行証』みたいなものらしい」

「通行証?」

「ジ=ル=ゾーイが書いている内容だからほんとうかどうかはわからないが……この指輪を所持している人間は、この部屋に直接転移で入り込めるようだ」


 これは後になって確認してわかったことだけど、「黄金の煉獄門」の名前の由来になった「遺跡の入口」があるじゃない? 指輪を所持している人間は、あの遺跡の入口を通ると第1階層ではなくてこの最奥の間に直接転移することになるみたい。

 ジ=ル=ゾーイが遺したものへの研究がはかどるね! まあ、そのときには僕らはいないんだけど。




「…………」


 ラクサさんがじっと見つめていたのは僕が爆破した宝箱(鎮火済み)のある部屋だった。


「なにかありましたか?」

「……そうだな。この壁に埋め込まれた宝石だが……無理に引き抜くとこの部屋ごと木っ端微塵になるような仕掛けがある」

「へぇー」


 ……はい?


「どどどどどういうことですか!?」

「よく見ると魔法回路が描かれている。つながる先はひとつの魔法宝石――ダイヤモンドだ。かなりの魔力が蓄積されている。壁の内部から遺跡の各地にあるトラップに魔力が送られているとして、このダイヤモンドは独立している。魔法宝石の1つでも外されると、一気に力が解放される……そんな気がする」

「……この宝石たちは観賞用ってことですかね?」

「おもしろい表現だな。……だが、素人は手を出さないほうがいいということだ。


 爆弾処理班の到着が求められる。

 鎮火済みの宝箱に残っていた魔法宝石はスタッフ(ラクサさん)がしっかりと回収しましたとさ。




「ご主人様、そろそろ行きましょう。お怪我が心配です」


 リンゴの言葉で、僕らはこの最奥の部屋を後にした。

 僕が魔法宝石を見つけた部屋。その通路は奥へと伸びている。

 僕はこの先にあるのがなんなのか、もうわかっていたんだ。ニオイがしたからね。


 砂漠の、ニオイだ。


「わあ……」


 空間転移で外に出たときには、夜だった。

 入るときも急だったけど、出るときも急だ。

 黄金色に輝く2本の石柱は――つまり入ったときに通ったあの門と同じ場所――静かに光を放っていた。


「迎えが来るのっていつだっけ?」

「……明日じゃないのか」

「明後日だろ、ラクサ」

「そうだったか……? タラクトの言うことは信用できん」

「おいおい。ひでえ言いようだな。ともかく――今晩は野営だな」


 見上げると満天の夜空に無数の星が瞬いている。

 崩れかかった家屋で僕らは野営をすることにした。

 結構寒い。

 中に戻るにしても指輪は1個しかないし、ようやく抜け出た遺跡にまた戻りたいとは誰も思わなかったんだ。


「やった……んだな」


 タラクトさんがぽつりと言った。

 たき火に照らされた顔は、出発のときよりずっと汚れて、無精ひげも生えていたけど――ずっと精悍になっていた。

 ラクサさんが応じる。


「そうだな」

「もっと、こう、達成感みたいなものがあるかと思ってたよ」

「……そうだな。そんなに、ないな」

「…………喜んでくれるかな、アイツらは」


 死者として第1階層をさまよう仲間を思い出したんだろう。

 タラクトさんは泣き出した。ラクサさんはその隣で、タラクトさんの肩に手を置いていた。


「なァにのほほんとした顔でヤツらを眺めてるンでェ」

「え、えー? のほほんとなんてしてないよー?」

「油断してンじゃァねェぞ。帰り道にだってモンスターは出る。そもそも迎えの馬車だってトラブルで来られねェかもしんねェ」

「もう、わかってるよ。モラってばお母さんみたいだよね」


 まあ僕はお母さんとか知らないんですけどね! と自虐ネタ。


「んなっ!? お前ェ……口の減らねェヤロォだ」

「ノロット様。モラ様もノロット様のお怪我を心配していらっしゃいます。傷が化膿すると重篤な症状になるかもしれませんから。帰ったらすぐに治療院に行きましょう」


 わかってるよ、リンゴ。

 僕もモラもなんだか照れくさくてふいっとそっぽを向いた。

 でもさ、そういうところも含めてお母さんみたいじゃない? 天下に名を轟かせた魔剣士のはずなんだけどねえ。


 身体中がくたくただった。火傷も熱を持っていて、僕の身体は熱病にかかったみたいだった。

 寝転がって、破れた屋根から夜空を見ていた。

 無数の星がにじんだり大きくなったりしてて――気がつけば僕は眠りに落ちていた。




 翌日、昏骸旅団のメンバーも乗せた馬車が僕らを迎えにやってきた。

 僕らが「黄金の煉獄門」を踏破したと伝えると、「やったじゃん」みたいな感想を漏らした旅団メンバーとは裏腹に、馬車の御者はてんで信じちゃいなかった。

 だけど、大量の魔法宝石といくつか引き抜いてきたジ=ル=ゾーイの日記を見て顔色を変えた。


 来たときの倍くらいのスピードで馬車はストームゲートに戻った。

 リンゴは見つかっちゃまずいからこっそりとした帰還だったけど――「黄金の煉獄門」が268年という時を経て、ついに踏破されたという情報はその日のうちにストームゲート全域に伝わった。

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