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42 黄金の煉獄門 最奥

 数えたら22段の階段だった。階段の下には木戸。鍵のついていない単純な木戸。押しても引いてもびくともしないけど、どうやら蝶番の部分がバカになっているみたいだ。タックルするつもりで押し込むと、中へと開いた。

 かちり。

 それでなにかスイッチが入ったのかもしれない。室内に明かりが点った。


 木製のテーブルにイスがあるだけだった。ホコリが積もっている。

 壁面に、絵画が掲げられていた。

 なんだかわからない、黒や紫といった色で彩られた絵だ。絵心のない僕が見てもよくわかる……つたない絵。


 奥の間へは扉がなかった。周囲に警戒は怠らない。テーブルをぐるりと迂回して僕は奥へと向かう。


「…………」


 そこは——なんと言えばいいんだろう。

 書斎。実験室。趣味の部屋。なんでも当てはまるし、どれもぴったり来ない。

 壁面には書棚があった。でも本はかなり雑な装丁のものばかりで、素人が作った自家製本。

 もう片側の壁には大きなデスクがあって、金属の破片やなんらかの粉、枯れた植物に羽ペンといったものが雑多に置かれてある。

 中央には小さなテーブル。

 書きかけの紙と、飲みかけ——だったのかもしれない、カップ。


 ミイラが座っていた。


 紫紺の、見た目からして重そうなガウンを着ている。

 装飾品はなくて、かなり質素なものだった。

 髪はまばらに残っている。

 僕のいる入口へと目を向けたまま——死んでいた。

 この人物がジ=ル=ゾーイであることを疑う理由はなかった。


 こんな施設を造ってまで広めたかった教えとはなんだったんだろう。肝心な教義はどこにも書かれていなかった。第1階層の絵も、この遺跡の踏破方法だけがあった。


「……ここにたどり着いた者にだけ、教えるつもりだったのかな。でもジ=ル=ゾーイが生きているうちに誰かが到達することはなかった……」


 って、待て待て。感傷に浸っている場合じゃない。

 僕が探さなきゃいけないのは魔法宝石だ。

 デスクにはそういったものはない。抽斗にもない。

 僕はふと、壁に掛けられた布の向こうに空間があることに気づく。


 通路があった。

 ひんやりした冷たい空気が流れている。

 ……なんだろう。これと同じ空気をどこかで感じたことがあるような。

 ともかく、先に行こう。

 通路は分岐していて、正面の道はまだ先に続いている。

 右手は、すぐに部屋につながっていた。


 その部屋は——2メートル四方の小さな空間だった。

 明かりはなかったけど、視界に困ることはなかった。

 壁に埋め込まれた宝石は、ダイヤモンド、エメラルド、ルビー……様々だ。そのどれもが光っている。

 ゆらめくような光を持つ宝石は、魔法宝石である証拠だ。

 標本のように整列しているけれど、もちろん展示品なんかじゃない。

 この魔法宝石が、動かしているんだ。

 魔法宝石が生み出すエネルギーが遺跡を維持している。壁面の保護も、トラップも。

 僕は詳しくないからわからないけど、大気中に微量ながら漂っている魔力を吸収できる魔法宝石もあるみたい。それがあれば、200年だろうと700年だろうと魔法宝石の魔力を維持できる。


 ここの宝石、いくつあるんだろう……。

 僕が翡翠回廊から持ってきたよりもはるかに多い。粒の大きなものもある。売ったらきっと、一生かかっても使い切れない金額に違いない。

 逆に言うと、これ以外に金目のものはない、と言えるかもしれない。

 268年もの間、何百何千という冒険者が命を失うだけの価値は——この宝石にあったんだろうか。命を賭けるほどの価値が?


「いやいや、だから。今は感傷的になってる場合じゃないって!」


 魔法宝石はあった。

 でも問題がある。


「……これ、取ったら…………崩壊したりしない?」


 可能性はある。

 遺跡は地中にあるはずだよね。だから小さな部屋で構成されている第2階層や第3階層はたぶん大丈夫だ。

 でも、第1階層は?

 あの石柱だけであの空間を支えられるんだろうか?

 気にせず取ってもいいんだろうか。

 第1階層……タラクトさんたちのパーティーメンバーもいまださまよっている。


 宝石を取り出すのをためらっていると、僕は壁の下のほうになにかがあると気づいた——魔法宝石がないところなので暗くて気づかなかった。

 箱がある。

 カンテラを取って戻ると、カギ穴のついた箱。


 宝箱だ。


 どくんと僕の心臓が跳ね上がる。

 もうさっきからずっと緊張のし通しだけど、今はマックスだ。

 この部屋の宝箱なら、魔法宝石の「あまり」が入っている可能性がある。


 ランタンを下ろして箱に手を触れる。四方を金属で補強した横に50㎝程度の長細い箱。

 カギ穴は小さい。

 呪文の類は彫り込まれていないので「触ったら爆発」とかそういうものじゃない。

 持ち上げたら作動するようなトラップもなさそうだ。

 持ち上げられるか?

 僕は両手で持って踏ん張ったけど、ぴくりとも動かなかった。地面に固定されている。


 僕はまず、正攻法を試すことにした。

 ラクサさんからもらった解錠ツールの出番だ。二本の細い金属棒を突っ込んでカチャカチャとやる。


 ……触ったことのない形状のカギ穴だ。

 開けられるのか? わからない。


 僕は考える。

 1つ目の選択肢は、このままカギ穴を開けられるかどうか挑戦する。この場合安全だけど時間がかかる。また、魔法鍵だった場合は時間の無駄だ。

 2つ目の選択肢は、ラクサさんを呼びに戻る。時間のロスはあるけど、確実だ。まあ、ラクサさんでも魔法鍵だったらダメなんだけど。

 3つ目の選択肢は、賭けに近いけど——。


「……僕が今やらなきゃいけないことは」


 急ぐこと。


 今は1分でも早く帰るべきだ。モラも、リンゴも、危ない状況なんだから。







「はっ、はっ、はっ、はっ、はぁっ、はっ」


 僕は走っていた。

 全力で。


「——ノロット!?」

「リーダー!!」


 ラクサさんとタラクトさんの顔が見えたときには思わず泣きそうになった。腰に結びつけたランタンが揺れまくって何度転びそうになったことか。


「それは——魔法宝石!!」

「いや、それよりも、その傷——」

「いいんです。それよりモラを」


 滑り込むように僕はモラの脇にひざまづく。

 両手に抱えた宝石たちをばらばらばらと床に下ろすと、それ自体が発光している魔法宝石は光の粒のように散らばった。


「モラ、モラ! 持ってきたよ、モラ」


 うっすらとモラが瞳を開く。


「ノロッ、ト……お前ェならやると思ってた……」

「どうしたらいいんだよ、これを!」


 僕がつまんだのは翡翠だ。多面体にカットされているけど、翡翠はそもそも透明度のない宝石。

 それでもほんのりと明るく光っている。

 つまむ指が震える。


「俺っちの、口に……」


 僕はモラの口に、翡翠を突っ込む。

 もご、もご、とモラの口が動く——。


 止まった。

 止まった……?

 え、ダメだったの? これじゃ?


「わっ!?」


 いきなり、カッ、とモラの身体が金色に輝く。

 目を開けていられないほどの光——でもそれは一瞬で。



「いよっしゃァ! 魔剣士モラ、ここに復活でェ!!」



 ぴょーん、と跳んだモラがペッと翡翠を吐き出した。

 僕はウソみたいな光景に言葉を失った。

 でも、わかったこともある。

 よかった……ほんとうに。

 ただの魔力不足の症状だったんだ。


「よォし、魔法宝石をかき集めろィ! そいつをリンゴのところに持ってこォ!! ……ん、どうした、ノロット、おィ、ノロット!?」


 僕は壁に背をもたれる。

 身体中が熱くて、悪寒が走る。


「おィ……ノロット、お前ェ、その手はなんだ!?」


 僕の両手は――血まみれで、ただれていた。

 火傷しているのだ。

 もう動くこともできなかった。

 僕は目を閉じた。

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