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41 黄金の煉獄門 第3階層


 誰かに信じてもらえたことなんて僕には数えるほどしかない。孤児院のそばに住んでいたニルハちゃんから「将来結婚しようね」と言われたとかそういうのしかない。

 まあ、そのニルハちゃんともすぐに離ればなれになって——僕が、里親と言う名の働き手が欲しいだけの料理店オーナーに引き取られたせいだけど——僕を信じてくれる人なんていなくなった。

 疑われたことはいっぱいあったよ?

 店の売り上げをちょろまかしたんじゃないか、とか、食材を勝手に売り払っただろう、とかね。そんなお金があったら僕はもうちょっとマシな生活をしてたっていうのに。


 だからさ、僕はうれしかったんだ。

 モラが僕に冒険への手を差し伸べてくれたこと。

 最初はおんぶにだっこだったけど、最近ではちょっとはマシになってきた。


 モラが僕に頼んだんだ。頼ってくれたんだ。


 怖いものなんてないよ。


 …………って思ってたけど。


 第3階層。

 階段を降りてすぐ、例の部屋。


 僕が手にするランタン明かりが照らしているのはゴーレムよりも巨大な存在。


 ——すでに骨だけになっているが、全身を分厚い金属鎧で守っている。おそらく魔法鎧(マジックアーマー)だ。聖水は効かない。攻撃魔法は効かない。武器による攻撃も通らない。行動は俊敏にして力も強い。逃走しようとしても追いかけてくる。


 ガラハドの言葉を思い出した。そう、そいつ。どう考えても「攻略無理じゃね?」ってヤツ。そいつが今僕の目の前にいる。

 ……っていうか、聞いてなかったよ。


 目が紫色に爛々と光ってるんですけども!


 左右に巨大な剣を握ってるんですけども!!


 ごくり。

 僕の喉が鳴る。膝が笑う。ヤバイ。こいつはヤバイヤツだ。絶対近寄ったらいけないヤツ。ガラハドは「逃走しようとしても追いかけてくる」とか絶望的なこと言ってたし。

 それでも僕は、一歩踏み込んだ——。



 ギランッ!



 キィィェェェエエエエアアアこっち見たァァァアア!!

 い、いやいや、落ち着け、落ち着け僕。そりゃ動くよ。動かなかったらウソだよ。そんなことでいちいちびびってられな



 ガション!



 動いたァァァアアア!!

 無理! もう無理! 無理無理無理こんなのひとりで立ち向かうとか絶対無理! カチャカチャ音がすると思ったらね、僕のね、手にしてるね、ランタンが震えてるからね、まあね、僕が震えてるんだけどね!


 ——逃げてください、ご主人様。


 ふとそのとき、リンゴの声が耳元に聞こえた。


 ——しょうがねェなァお前ェは。ヤベェ相手ならとっとと逃げろィ。


 ふとそのとき、モラの声が耳元に聞こえた。

 たぶんふたりなら……そう、言う。言うんだよね、あのふたりなら。どんなに自分がつらくてもさ。


「……まあ、それってのは、僕じゃあ無理と言われてるにも等しいわけで……」


 魔法鎧を着た骸骨——守護者は「?」みたいな顔をした。気のせいかもしれないけど。いきなり僕が変なことつぶやいたからかな。


「……僕としては、目指してるわけですよ。一流の冒険者を。これでも……」


 きっ、と守護者を見返す。

 負けてらんないよ。700年以上生きてる魔剣士にも、とんでもない身体能力を持ってるオートマトンにも。

 ギランッ、と向こうもにらんで来た。……怖いよ! 怖いって!


 それでも僕は進んでいく。心臓がばくばくいってる。気を抜いたら笑ってる膝からカクンといって転んじゃいそう。

 それでも。

 僕は。

 進んでいく。


 守護者の手前で立ち止まる。ギリギリギリ……って音がするからなにかと思ったら、守護者が剣を握りしめてる音だった。へー、剣って握りしめたらこんな音がするんだー。……なんて思う余裕ないからね、マジで。僕の奥歯カタカタいってるからね。視界がにじんで泣きそうだからね。


 そして守護者が動き出す——。


「ははーっ!!」


 直前、僕は動いた。

 膝が笑うのに任せて身体を沈めた。

 両手を床につけた。ついでに額も床につけた。

 そう、これがかの有名な土下座である!


 …………。


 死のような沈黙が降りた。


 僕はあと1秒後に死ぬかもしれない。

 凶悪極まりない剣を持った骸骨を前に、視界を塞いで土下座スタイルである。上から剣が降ってきたら僕の身体は真っ二つ。謝罪とかそういう概念がない世界にお住まいの骸骨さんに土下座して死ぬとか冒険者の死に様としてどうなんだ。

 でも僕は、信じていた。

 ……「信じていた」っていうのはすこしカッコよすぎるかもしれない。「すがっていた」のほうが正しい。


 僕とモラが見つけたこの第3階層の攻略法。

 第1階層の絵にあった——最後の絵。

 ひれ伏した冒険者。



 ドシンッ! ドシンッ!



 ひぇっ、と思わず声が出そうになった。だって僕の真横に、剣が突き刺さってるんだ。2本とも。たぶん守護者的には剣を置いたってことなんだろうけどそれにしたところで心臓に悪すぎる。おしっこちびりそう。正確に言うとちょっとちびった。


『——・・・————・・・・・・・』


 え……? なにか、しゃべった?

 顔を上げたかったけど、上げるのははばかられた。いきなり「不敬罪!」とか言ってげんこつが降ってくるかもしれない。守護者のげんこつだけで僕の頭はトマトみたいに割れる。


 全神経を集中している……と、僕は視界の隅——視界のほとんどは床だったけど——に、紫色のきらきらした光が降りてくるのを見た。


 ガション、ガション、ガション、と守護者が遠ざかっていく。ちなみに剣も持っていった。


 ……終わり? 終わりなの?


 たっぷり1分は待ってから僕は顔をゆっくりと上げた。

 異変は、先ほどと比べるまでもなくわかった。


 部屋中にうっすら紫の光が満ちていた。

 僕の身体をはっきりとわかる紫色の光が包んでいた。


 部屋の壁面に張られたきらびやかな布——ただ、経年劣化でかなりぼろぼろになっていた。冒険者が戦ったせいもあるかもしれない。それでも秩序はあった。

 床はあちこち削れていたけれど、汚れはほとんどなかった。

 奥には例の——無限ループする通路が見えていた。


 守護者は部屋の中央、またも祭壇のようなところにいる。祭壇では金属製の茶器のようなものから湯気が立っている。そう、その湯気のせいだろう——この部屋は今までの部屋よりもずっと湿度が高い。湿度が高いと言っても、気温は低いから、かなりひんやりした冷たい感じだけど。


 祭壇にはぽっかりと空洞が空いていた。

 守護者は立ち尽くしている。

 そのぽっかりと空いた空洞——下へと続く階段へと進むよう促しているかに見える。


 立ち上がったばかりの僕は、すでに崩れ落ちそうだった。歩くのさえ危うい。ばしんばしんと膝を叩いて活を入れる。

 僕とモラの推測は当たっていたんだ。

 鍵は「香」にあった。

 守護者からも香のニオイが発せられている。冒険者の手記に残っていた香のニオイは守護者と接触した際についた香だろう。僕じゃなければ気づかないほどうっすらとしか残っていなかったけど。

 つまり守護者は守護者と同じ香のニオイを持つ者——「最も難しい、志の高き者へ」の道をクリアし、なおかつ守護者やジ=ル=ゾーイに敬意を示せる、「ひれ伏すことのできる者」を、待っていたのだ。


 ジ=ル=ゾーイが認めた者を。


 僕は、268年もの間、数々の冒険者が挑戦し、そのことごとくがたどり着けなかった第4階層——おそらくジ=ル=ゾーイの居室へと歩を進めた。


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