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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第1章 トレジャーハントには調査と仲間が必要(凶暴なメイドを含む)
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3 侵入者、その名は

「うおおおおおおおあああああああああ!?」


 それからの僕は素早かったよ。マジで。バルコニーからジャンプして逃げたからね。ここが3階だって忘れてたけど。下が2階のバルコニーじゃなきゃ危なかった。鼻がよくても骨は余裕で折れる。


「おおおおおおおお!!」


 パニクると僕は叫ぶクセがあるんだ。そんなのはクセと言わない? じゃあなんて言うの?

 ていうか、なんだったんだ、今の! どうしていきなり服脱いだの? 僕、女の人の裸なんて――すごく小さいころに近所に住んでたニルハちゃんとお風呂に入ったときに見たくらいで、こんな、年齢のちゃんとした、っていうか、ナイスバディ、っていうか、あの、胸も大きかったし、腰のくびれとかすごくて、それに、あの、腿の付け根の――ってフホホ、な、なにを僕に言わせるんですかね、デュフフ。


 そんなこと考えてる場合じゃない。

 ああいうのはヤバイ。いきなり目の前で裸になってくる女の人が、まともなワケない。

 こういうときは逃げるべきだ。


「――え?」


 でももっとパニクる事態が迫っていたんだ。

 2階に飛び降りたせいでじんじんする足を引きずる僕の前に、ふわりと、彼女が降り立った。

 素っ裸じゃない。白いレースを身に纏う、っていうか、バスタオルみたいに身体に巻きつけてた。


「!? あ!? う!?」

「これですか? 裸で外に出るのもお見苦しいと思い、拝借しました」

「そこじゃないって!? なんなの!? 僕を騙してどうしようと!?」

「騙す気などございません。騙されるのでしたら……それも悪くありませんね。騙されてめちゃめちゃにされて捨てられて……うふふふふ」


 僕からそっと目をそらして頬を染めている。ああ、この人は肌が白いだけじゃなくてちゃんと血が通っていて――じゃない。


「オオオオオーケー、落ち着いて」

「わたくしはこれまでにないほど穏やかな気持ちです。それもそのはず。ついに仕えるべきご主人様を見つけたのですから! そう、あなた様――」


 僕は彼女に背を向けて走り出していた。このバルコニーは隣の部屋のバルコニーに続いていたので、手すりに足をかけてぴょんと隣に移って猛ダッシュ。誰かを部屋に忘れてきてる? 金色のヤツを? ああ、そうかもね。でもカエルなら逃げられるよ。小さいし。隠れられるし。仮にも元魔剣士だし。僕だけ逃げられればそれで、


「ご主人様は身のこなしもなかなかですね」


「ふぅおぅっ!?」


 と思ったら目の前に降ってきた――降ってきた?

 降ってきたよ! この人!


「!? !?」


 パニクって前と後ろを見る僕。後ろにはもちろんいない。もう目の前に彼女は移ってるから。


「瞬間的に脚力を増加させ、跳躍しました」


 瞬間的に脚力を増加させ、跳躍した。

 は? なにさらっととんでもないこと言ってるの?


「おかげでバルコニーの床に穴が開いたようですが……」

「ふぇっ!?」


 ほんとだ、ジャンプするときの踏み込みで穴が開いている。穴の開いた階下の部屋から「なんだ!?」「天井が……」とか聞こえてくる。


「些細なことですよね」

「些細じゃない!」


 怖いこの人!


「どうしました、ご主人様。わたくしはこれほどまでにあなた様のことを想っておりますのに」

「ああああいにく、天井に穴を開けて平気でいられる人とは、心穏やかに向かい合えない」

「天井はいくつでもありますが、ご主人様はひとりしかおられません」

「特にうまいこと言ってないし、どうして得意げな顔をするかな?」

「それよりも、部屋に戻りましょう、ご主人様。みなこちらを見ております」


 散々騒いだせいだろう、2階部屋の宿泊客はあちこちで目を覚ましており、バルコニーに出たり窓から顔を出したりしている。そして彼らは、僕はともかく彼女を見てぎょっとしている。全裸じゃないけど半裸、いや、七割裸だから。


「あ、あわわわ……どうしよう、目立たちたくないのに」

「左様ですか。モラ様もそう言っていました」

「え? モラのこと知っ――」

「では、部屋に戻りましょう」

「――え?」


 そうして彼女は僕の両腕をつかむと、


「ちょ、ちょっ!?」


 床に穴を開けてジャンプした。

 2階のバルコニーから3階まで。

 だから……目立たないようにしてってのに!!




「え、ええと……あなたは……」

「はい、名前はございません」


 十回くらい言ってようやく、ドレスを着てくれた。


 彼女は今、テーブルを挟んで僕の向かいに座っている。ランプの温かな光が彼女を照らし出す。

 ちょんとイスに腰掛けて、両手を膝の上で重ねていた。

 背筋はすっと伸びた姿はりんとしている。

 そのくせ前髪が軽く巻いていて、口元には妖艶な笑み。

 アレです。魔性の女です。


「あのー……僕、全然あなたに見覚えないんですけど」

「そう、ですか……」

「おいおいおいおい、情けねェヤローだなァ。手前ェでツバつけた女のことくらィ覚えとけってんだィ」


 ぴょこんとテーブルに現れたのはモラだ。


「ツバなんてつけないって! っていうかモラ――この人のこと知ってるの?」

「当たり前ェよ。お前ェも今日会ってる」

「はあ? 今日会った人なんて、宝石店とトウミツさんくらいじゃん」

「それよ」

「はあ?」

「なんでェ、馬鹿面晒して。ほんとにわからねェのかィ」

「わからないってさっきから言ってるじゃん。それにこの顔は生まれつきなんだ。バカとか言わないで」

「このドレスも覚えてねェッてのかィ」

「こんなドレス――」


 あれ? 見たことあるな。


「……確か、トウミツさんのお屋敷で」


 言うと、ぱぁっと彼女の顔が輝いた。


「そうですわ! わたくし、あそこにおりましたの!」

「…………」


 今の僕、どんな顔してるかな?

 つるんとしたガラス玉でも飲まされたような妙な顔だと思う。


「あのー……あの応接室? には、お人形が置かれていただけで……」

「人形、とはちょっと違います」


 彼女の笑顔は変わらなかった。


「わたくし、自動人形(オートマトン)ですから」




 オートマトン、とは、カラクリで動く人形のことだ。

 ゼンマイ仕掛けで動いて、お茶を運んだり、銅鑼を叩いたり、簡単な動作を行う。

 複雑な動きはできない。そりゃそうだよね。そんなことができるなら、世の中もっとオートマトンだらけになってるはずだから。料理も洗濯もオートマトンにやらせればいいわけで。

 だから、この人がオートマトンだなんてことは、あり得ない。



「……ノロット様、信用してくださいませんね」

「……あいつァ頭固ェとこがあるからなァ」

「……どうしましょうか、モラ様」

「……根気よく説得するしかあるめェ」



「あのさ、なんでふたりは旧知の仲みたいな感じになってるの? 僕の名前とか教えたのってモラだよね?」

「をん? そりゃァそうよ。だってこいつにゃ、俺っちの魔法宝石(マジックジュエル)がはめ込まれてっからな」

「ああ、なるほ――」


 ど!?


「な、なに? なんなの? なにさらっと重大発言してんの?」

「わかんねェ野郎だなァ。そういやお前ェは魔法はからっきしだったっけか」


 やれやれとカエルがため息をつく。相変わらずムカつくカエルだ。


 トウミツさんは僕から買った宝石を人形に埋め込んだらしい。人形の中にはオートマトンもあって、それらのうち、彼女だけは魔力の込められたオートマトンだった。

 魔法宝石と魔法自動人形が組み合わさった。

 その組み合わせは奇跡だった。

 彼女に、命が吹き込まれたのだから。


「……あり得なくない? だって人形は人形でしょ――」


 とまで言ってしまったところで、彼女が眉をひそめる。


「あ、ごめんなさい。悪い意味では……」

「ノロット様がそう思われるのも無理はありません。そう、ですよね。信用できませんよね。もし信じられたとしても、気持ち悪いですよね……。わたくしのように、命を吹き込まれた、オートマトンなんて……」

「え、えと、そこまでは――」


 よろりと彼女は僕に背を向けた。


「……わ、わたくしっ……うれしかったんです…………自由に動くことが、できるって、わかって…………それがすべて、ノロット様のくださった宝石のおかげだから…………だから、せめて……少しでも、恩返しがしたくて……!」


 声が涙声になっていく。


「それが、こんなふうに嫌われるくらいでしたら……来なければよかった……死んでしまえばよかったんです……!!」


 両手で顔を覆ってわぁっと泣き出した。そうしてわんわん泣き声を振り絞る。


「あ、ああああ! ちちち違います! 嫌ってないです! 嫌わないです!」

「わたくしはせめて、お役に、お役に立てればと……ご迷惑ですか……!」

「めめ迷惑じゃないです! だから、お願いですから泣かない――」

「ほんとうですか!?」


 くるりと振り返った彼女は“満面の笑顔”だった。


「では、わたくしをノロット様のおそばに置いてくださいますね?」


 涙なんて一筋も流れてなかった。


「ぎゃーっはっはっは! 騙されたなァ、ノロット! 女ってのは怖えーぞォ。たとえオートマトンであってもな!」

「あ、ノロット様。勘違いなさらないでくださいね。わたくしにも涙を流すという機能も一応ございますよ」

「聞いて、ないです、そういうの……」


 なんかどっと疲れた。

 ぐったりする僕の横でモラと彼女が話を続ける。


「わたくしがどなたの手によって造られたのかは記憶しておりません。ですが、もともと誰かに仕えるために造られたようです」

「家事オートマトンってわけかィ」

「左様でございます。しかしうまく動作しなかったのでしょうね。わたくしは特に使われた形跡もなかったようです。ただ使命感だけが残っていて……どなたかに仕えるべきだと、こう思っております」

「トウミツじゃァいけなかったのか」

「…………」


 彼女は少し黙ってから、


「あの方は……わたくしを手に入れるとき、元の所有者を騙しました。その方はわたくしを造ったのではないのですが、大事に飾ってくださっていましたわ。トウミツ様とは仕事で付き合いのある間柄でした。だからお互いに信用していた――のですが、トウミツ様は商売相手としてではなく、わたくしの所有者としてしか見ていなかったのです」

「最初から……“お前ェさんが目当てだった”ってことかィ」

「はい。いつも交わしている契約書を、ある時期に切り替えたのです。わかりづらい条項を入れ込み、契約違反が発生するように仕組み、わたくしを無理矢理奪ったのです」

「……ひでェな」


 それは僕も同意だ。トウミツさんの印象が変わったよ。


「トウミツさんがイヤだってことはわかったけど……魔法宝石自体はモラが作ったものだよ。モラがご主人様になるんじゃないの?」

「もちろんモラ様でもよろしかったと思いますが、魔法宝石自体に、ノロット様の感覚が強く刻まれていまして……わたくしにはめこまれた瞬間から、身体の中心に、うずくようなノロット様の体温が……あ、ああっ、今も熱くてっ……」


 なんか熱っぽい目でこっちを見てくる。怖い。今後、魔法宝石を握りしめたりするのは止めよう。


「ですので、このホテルにいらっしゃることもすぐにわかりました!」


 なにがどうなったら「ですので」なのかわからない。オートマトンはみんなそういうことができるの? 犬なの?

 彼女の顔は「褒めて!」と言っている犬みたいだ。尻尾でもついてれば振ってそう。


「ま、よかったじゃねェか。こいつがいりゃァ、いろいろやってもらえることもあるだろうよ」

「……ちょっとモラ、本気で言ってるの? 僕らは旅してるんだよ? 遺跡にだって潜る。彼女を連れて行くわけにはいかないよ」

「お前ェこそなに言ってやがんでェ。こいつァすげェ力持ってるんだぜ。お前ェの小せェなりじゃ、届かねェところもちょちょいとジャンプでひとっ飛びだ」


 なるほど……。


「それにしても、ご主人様はどうしてわたくしの接近に気づかれたのですか?」

「ん?」

「先ほど、わたくしがご主人様の寝床に飛び込もうとしたことですわ」


 さらっと夜這いを告白するなよ。


「…………ニオイだよ」


 もう、この人はついてくる気満々のようだし、言ったところでなにがあるわけでもないから、僕は教えてあげた。

 嗅覚が優れていることを。


「……あれ? でも変だな。さっきとニオイが違う」


 さっきは金属と油のニオイがした。今になって思えばこのニオイってオートマトンそのものだよね。


「なんだろう……さわやかで甘い、果物のような香り……トウミツさんのお屋敷で嗅いだニオイだ。でも、応接間では嗅げなかった」

「わたくし、外に向けてこの香りをずっと発していたんです。その香りにつられて元のご主人様が捜しに来てくれるんじゃないか、って……」


 もともと少しは動けたみたいだ。

 幾日も幾日も、応接室で、外へと向かってニオイを飛ばし続ける日々――それを想像して、少しだけ、彼女に同情した。


「でも変だな。応接間ではニオイを嗅げなかったよ?」

「ほんとうに誰か来たときには一度香りを断つからですわ」

「どうして?」

「元のご主人様でしたら、わたくしの姿を見ればすぐにわかるでしょう?」


 それもそうだ。


「それで今は機械っぽいニオイがするけど」

「わたくし、動き出した最初に、機械の身体と生命とが折り合いませんで、身体の中でぐっちゃぐっちゃになっていたのだと思いますわ。それだから機械のニオイが漏れていたのでございましょう」「そ、そういうものなの?」

「はい!」


 さらっとグロイこと言うなー。

 同情消えるわ。


「ノロット様のお感じになったニオイのことですが……この赤色の髪を染めるのに、ある地方で穫れる果物を素材として使っているそうですわ」

「へぇ……なんていう果物?」


 僕は単純に、その果物を食べてみたいと思った。

 きっとすばらしい香りがするだろうから。



「確か――『リンゴ』、と」



 聞いたことのない果物だ。

 するとモラが、


「リンゴかィ……確か、数十年も前に、絶滅したはずの果物だ」

「えええ!? そうなの?」

「おォ。戦乱で焼けて、その後の悪天候で最後の一本まで枯れたとか。他のカエルに聞いたわ」


 すごいな、カエルネットワーク。


「……左様でございますか」


 彼女は瞳を伏せた。


 ああ、そうか。彼女には「ルーツ」がないんだ。

 記憶は、トウミツさんの前の所有者のころからしかない。

 自分を造った人もわからない。

 自分を造る一部だった果物ももう存在しない。

 だからかもしれない。僕に仕えたいとか強く言ってくるのも。誰かにつながっていたいから――。


「リンゴ、ってどうかな」


 僕は気づけば、言っていた。


「……その、あなたが、名前がないって言っていたので…………あなたの名前に、どうかなって。たとえ果物そのものがなくなっていても、あなたはこうして新しく命を授かったんだから」


 見開かれた彼女の目。

 びっくりしたのかもしれない。


「あ、えーと、その、イヤだったらいいんだよ。気に入らなかったら別の――」


 でもすぐに、変化は訪れた。

 両目には透明な液体があふれて――涙となってこぼれ。


「ノロット様ぁあぁああああああ!」


 彼女が僕に突っ込んできた。思いっきり胸に抱きつかれた。


「すごく、すごくいい名前をいただきましたわ!!」

「あ、う、うん……喜んでもらって、うれしいよ」


 抱きつかれるとめっちゃ当たる。当たるよ、胸の柔らかい――ところの中にごりごりした歯車の感覚が!! 台無し! ほんと台無し! オートマトンなんだねマジで!

 泣きじゃくる――たぶんこれはほんとに泣いている――彼女の頭を、そっとなでてみた。

 ほのかにリンゴの香りがした。


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