38 黄金の煉獄門 第2階層(4)
モラはよく寝ていた。じっと座って目を閉じているだけなんだけどね。
その姿ときたら――たぶん、700年以上も翡翠回廊に放置されたときの姿と同じなんだろうなあ、とか思うと……うぷぷぷ、笑えてくる。
ともかく、モラの望みは「魔女の羅針盤」だ。
この遺跡に「魔女の羅針盤」そのものがなくても、悪魔の心臓がある可能性がある。悪魔の心臓は邪教で使われることがあるからね。
さて、がんばるかー。
第2階層は想定していた以上にずっと時間がかかった。
トラップのある部屋を抜け、ぐるりと通路を回ると元の部屋に戻ってきたりする。
しかもその部屋に戻るルートは、もともとなかった入口だったりする。
ルートを切り開く条件が、トラップ部屋の通過なのかもしれない。
「リーダー……今何時だ」
「昼の3時ですけど、どうかしましたか、ラクサさん」
「……いや、時間の感覚がちょっとおかしくなって」
僕だって懐中時計をちょいちょい見なければわからなくなる。大金はたいて買ってよかった、懐中時計。
それにしても、ガラハドにもらったマップは正確だった。もちろん、さっき言ったように通路が完全にオープンってわけじゃないからあちこちうろうろさせられるんだけど、これがなければかなり苦労したと思う。
「あと少しで第3階層のはずだけど……」
僕のつぶやきに、応じるかのように前を行くラクサさんが声を上げる。
「――小部屋。いや、大部屋だ」
マップによると、今までの小部屋を四つつなげたくらいに大きいらしい。
ちょっとした舞踏会でも開けそうなくらいだよ。冒険者と死者のロンド。うわあ、自分で想像してバカみたいな気分になったよ。
「モラ、魔法は?」
「をん? ――どォやら使えるようだ。ここァいつもどおりの休憩スポットってわけだ」
休憩スポット……。
最初のトラップ部屋でそんなふうに落ち着いたところで、刃が迫ってきたところがあったのを思い出す。うう。イヤだイヤだ。悪いことを考えると現実になっちゃうからね。気をつけなきゃ。
僕らは休憩スポットで休憩することにした。
荷物を下ろして、つかの間の休息。特に先頭を行くラクサさんは神経を使うからぐったりしている。
部屋は、正方形になっていて、正面に通路があった。
中心に置いたランタンの光は、部屋の隅にまでは届かない。タラクトさんが部屋の四方を確認しにランタンを持って歩いている。
「ふむ……ここが僕らのいる部屋か」
と僕がマップを見ていると、リンゴがやってきて、
「ずいぶんと進んだのですね」
「あとトラップ部屋は1つってところかな。この正面の道を行けば、第3階層はまではすぐなんだけど」
言いながら、僕はあるニオイに気づいていた。
この部屋に入って初めて嗅いだニオイ。そう、
それはある予感だ。
第3階層をクリアするために必要な手段はそろいつつある。
「ん……」
そんなとき、遠くからタラクトさんの声が聞こえた。
「どうかしましたかー?」
僕は口に手を当てて声を張り上げる。
「いや、ちょっと気になるんだけど……壁際に結構ガレキが落ちててさ。ちょっと部屋が崩れているみたいなんだ――」
タラクトさんは僕らへと向いて、親指で壁を指している。
「あ――」
「なんだろうな? やっぱり保護の魔法が途切れて――」
「タラクトさん!! 後ろ、後ろッ!!」
僕は叫んだ。
タラクトさんの背後に、ゆらりと影が浮かび上がっていた。
見上げるほどの巨躯。
その生命体はガレキによって構成されている――。
「ゴーレムだ!!!!」
ハッとして振り返ったタラクトさんに振り下ろされる一撃。
至近距離、回避はできない――。
『防げ!!』
モラがとっさに古代ルシア語で短縮詠唱する。
タラクトさんとゴーレムの間にそびえる岩壁は遺跡を構成する砂岩と同じもの。
ゴーレムの豪腕は岩壁を破壊して砂塵を巻き上げる。その間にタラクトさんは走って逃げる。
僕が魔法弾丸の起動につかった短文詠唱と、この短縮詠唱はまったく違う。マジックアイテムの起動は簡単なワードで済むようあらかじめ設定しておける。
一方、短縮詠唱は、古代ルシア語だ。
古代ルシア語は精霊使役の効率がよい言語だけど、日常で使われることはほぼないので単純に言葉としてすぐに口に出てこない。訓練すればもちろんできるけどね。
それに短縮詠唱はスペルを短くでき、通常詠唱と同等の魔法を実行できるものの魔力消費がきわめて激しい。今回くらい、ぎりぎりでない限りモラは短縮詠唱を使わない。刃が迫ってくるトラップのときですら、ヴィリエ語の詠唱をしていたくらいだし。
床に這いつくばって――カエルだからずっと這いつくばってるようなものだけど――モラはゼエゼエと息を吐いている。
「な、な、なん、なんなんだー!!」
「ゴーレムですよ! 魔力が滞留して生まれた魔導生命体です!」
ゴーレムの姿がはっきりとわかる。
巨躯の中央に、ガレキが集中している。その周囲を大きめのブロックが骨格として構成され、両腕両脚が生えていた。
顔は、ない。
体長は3メートル以上ある。天井すれすれだ。
一歩進むごとに地響きのように震動が僕らまで伝わってくる。
「チィッ、1体程度なら片づけるぞッ! リンゴは直撃食らわねェよう走れ、その間に俺っちが特大の魔法をぶち込んでやる!」
「かしこまりました」
「戦うの!? っていうかモラ、魔力使って大丈夫なの!?」
「今使わねェでいつ使うんだィ! 俺っちァこう見えて地殻魔法にゃァ一家言あるんだ――ゴーレム相手ならいくらでもやりようがある。ラクサ! お前ェさんは援護を頼まァ!」
「…………」
「ラクサ! 聞いてンのかァ!」
ラクサさんから返事がない――僕やモラがそちらへ視線を投げた。
「奥……」
ラクサさんは人差し指を通路の奥に向けていた。
僕らが来た方の逆――第3階層へ続く道。
「もう1体いる」




