37 モラの昔語り
「そもそもなんで遺跡を……いや、あンときに俺っちが考えていたのはダンジョンだ。ダンジョンを創りてェと思うか、わかるかィ」
モラの話はそんな言葉から始まった。
モラは、魔剣士として有名になっていた。使い切れないほどの金とねたまれても仕方がないほどの名声を得た。。
人間、そうなると欲しがる選択肢は少なくなる。
モラが考えたのは、
「俺っちが死んだら、俺っちが集めた金やアイテムはどうなんのかってことだィ」
自分が認めた人間にアイテムを遺してやりたい。そう考えるようになった。
となれば造るしかない。ダンジョンを。かつて自分自身がいくつものダンジョンを踏破してきたように。
目をつけたのは、とある山脈にある廃坑だった。
過去に金鉱山として栄えたものの、金が枯渇して放置されていた。モラはそこを改造した。
モラが得意とする焦熱、毒、地殻系の魔法のうち、毒と地殻系魔法との相性がよかったのが翡翠だ。だから廃坑のあちこちに翡翠をふんだんに使ったマジックトラップを設置した。
まあ、モラのトラップは体よく冒険者をダンジョンの外に放り出したり、死ぬぎりぎりまで追い込む程度の毒が中心だったみたいだけど。
ついた名前が、ご存じ「翡翠回廊」ってわけ。
「そんな、大工事のようなことをひとりでやったというのか?」
タラクトさんの問いに、モラは微妙な顔をする。
「ゴーレムを使った。あとは、マインゴブリンなんかの亜人系モンスターだ」
「召喚の魔法を使えるのか?」
「いンや……違う。俺っちは魔女に頼んだ。そいつがすべての……間違ェの始まりだった」
魔女の名を、アラゾアという。
目元のほくろは泣きぼくろ。きめ細やかな初雪のごとき白い肌。
プラチナブロンドの髪は常に長く彼女の背で揺れていた。
流し目ひとつで10を超える男が彼女に心酔したとか。
アラゾアは魔剣士モラに入れあげていた。モラが一生に一度の大工事で、人手が足りないとぼやいたのを聞いた彼女は是非手伝わせて欲しいと申し出た。
あ、正確に言うと「人手が足りない」んじゃないんだ。モラはお金はうなるほど持っていたからね。
欲しかったのは人手なんだけど、秘密を確実に守れる人手なんだ。
だってトラップだってダンジョンだって誰かが造るものだし、造った過程を知られれば簡単に対策されてしまう。
僕らがいるここ「黄金の煉獄門」は、秘密を守るために死者を使役したんだろうしね。
ともかくアラゾアは、召喚に魅了という2つの魔法に超絶詳しかった(それでもモラにはなぜか通用しなかったみたいだけど、その辺のことはモラは教えてくれなかった)。
で、モラを手伝って見事「魔剣士モラの翡翠回廊」は完成した。実に12年かかったらしい。
「アラゾアは俺っちとの愛の巣だとか言いやがったが、もちろんこっちにァそんな気はねェ。俺っちは金を払うからいくら欲しいかと聞いたが、アイツァ怒り狂った」
「前から思ってたけど、モラってそういうところ、なんていうか残酷だよね……」
「うるせェ、15のガキにゃァわからねェよ」
「男女の機微ってヤツ?」
「違わァ」
モラはそっぽを向いた。アラゾアのことについて聞くと、モラだってかなり怒りっぽくなる。
「アラゾアは本気で俺っちの命を取りにきた。黙っていろいろトラップを仕込んでやがったんだ」
その熱っぽい口調に、聞いている僕ら――僕なんてこの話は3回目だけど――思わず身を乗り出してしまう。
魔剣士と、魔女の戦い。
熱いじゃないか!
「だがなァ、それがわからねェ魔剣士様じゃねェや。全部返り討ちにしてやった」
おお……ため息みたいな歓声がラクサさんとタラクトさんから漏れる。
「俺っちの前には気絶したアラゾアがいた。やるべきことァ決まっていた。高い金を出して買ったスクロールでアラゾアがこのダンジョンを忘れるようにした。忘却魔法ってェやつだ」
「う……それは、その」
タラクトさんが言葉に詰まる。
「放っておいたら俺っちが殺されるんでェ。こちとら金をちゃんと払うと言った。だが向こうが聞く耳もたなかったんだからしようがねェだろ。ちゃあんと革袋にダイヤモンドを詰め込んで、あいつの腰紐にくくりつけておいたんだ。料金としちゃあ申し分ねェだろォ」
「それはそうかもしれないが……自分を好きになってくれた人を」
「お前ェさんはあのアラゾアを見たときがねェからそんなのんきなことを考えるんだ。アイツは……怖ェーぞ。俺っちが本気を出してぎりぎり勝てたぐれェだからな」
モラがぶるっと震えると、僕とタラクトさんもぶるっと震えた。
そこへリンゴが、
「――それで、どうしてモラ様はそのようなお姿に?」
たずねる。リンゴには事情を軽く説明したけど、詳細は話してなかったからね。
「…………」
モラは言いたくなさそうだけど、話した。
翡翠回廊の最奥には財宝以外にも多くの食料やお酒があった。部屋は、時間経過がきわめて遅くなる魔法がかかるようになっていたから、いつ行っても食料が新鮮なまま保存されている。ちなみに僕が翡翠回廊を踏破したときですら野菜は新鮮なままだった。キュウリをかじったらみずみずしかったんだ。驚いた。
「その魔法だけでいったいいくらかかるんだよ……」とラクサさんがつぶやいたけど、ほんとにそうだよね……。時間をねじ曲げる時空魔法の使い手は大陸に1人か2人いるかどうかってところだからね。
アラゾアを体よく追い払った(放り出した)モラは上機嫌で酒杯を傾けたらしい。
で、見つけたのだ。
アラゾアもモラに断りなく勝手にお酒を入れていたのを。
まぁ、アラゾアは「愛の巣」のつもりだったから、好みのお酒を持ってきたんだろう。
水晶瓶の中に、蛇やトカゲが透けて見えるものもあれば、宝石が埋め込まれた陶器製のものもある。
モラはその中のひとつ、カエルの形をした銀色のボトルを見つけた。
――アラゾアのバカめ。俺っちになまなことしやがるからだ。
モラは一息に、そのボトルに入っていた酒を飲んだ――。
「……気がついたら、カエルになってた……。ダンジョンのそばにある山中にいた……」
「アラゾアの罠だったということでしょうか?」
「順当に考えればそうだろォな。俺っちの魂を吹っ飛ばし、身体を抜け殻にしやがったんだ」
「では、もうお身体存在しないということに――」
「さっきも言ったろォ。あの部屋は時間経過が遅くなるようになってる。……まだ身体が残っていて、魂を移すことで戻れると俺っちは踏んだ」
で、モラは相方を探した。翡翠回廊をいっしょに挑戦してくれる相方を。
何人もの冒険者を連れて行った。
自分が魔剣士モラであることは隠して、ね。
ただその時期以降いなくなった魔剣士モラと、新たに出現したダンジョンを人々が連想するのは自然だった。得意魔法まで同じのマジックトラップがいっぱいあるんだから。
やがて「魔剣士モラの翡翠回廊」という名前は定着する。
でもって、モラの魂もカエルに定着しつつあった。
モラはカエルの肉体の衰えを危惧して、まずは、時間経過を遅くできる魔法をかけてもらった魔法使いに相談し、カエルの肉体が衰えないように施してもらった。
モラの魔力は全盛期の1/100だけど、現在の魔力の大半をその時空魔法維持に使っているから、らしい。
その魔法使いに言わせると、モラがモラの肉体に近づいてある魔法を詠唱すれば魂は問題なく戻るだろうとのことで――どうもその魔法使いが、アラゾアに、魂を吹っ飛ばす魔法を教えた張本人だったとか……。
モラは激怒して魔法使いを蹴っ飛ばし、時空魔法やもろもろは全部タダでやらせたのだそうだ。
「で、ノロットが翡翠回廊を踏破するまで700年もかかっちまったってェことだ」
「……おかしくないか? どうしてまだ、その、カエルの姿なんだ……? 見つけたんだろう、その身体を」
たずねるタラクトさんに、モラはため息交じりに答える。
「ノロットは翡翠回廊を踏破した。だが、一番じゃァなかったんだ」
「え!? じゃあ誰が」
「……一番は、アラゾアだった」
それを知ったときのモラの絶望。
僕には推し量れなかったよ。
「……アラゾアにかけていた忘却の魔法は解けたんだろォな。アラゾアは記憶を取り戻すや、翡翠回廊にやってくると俺っちの身体を回収して逃げた」
そのせいで最奥にショートカットできる入口も破壊されて、僕は散々苦労したんだけどね……。
「ということは、魔女アラゾアはまだ生きてるのか!?」
「あァ」
「それはおかしい。悪魔と契約しても寿命が伸びるのは3倍程度じゃないのか。翡翠回廊の未踏破歴は700年以上だろう」
「そこがあの女の怖ェところだ……。アラゾアは複数の悪魔と並行して契約した。そんなことァ尋常じゃァねェ。アイツァ反目している悪魔を狙って契約することで力と寿命を獲得し、悪魔どもがアイツに手を出しづれェ状況まで作った。俺っちが追ってンのはそんな悪魔なんだよ……」
「いやーそれにしてもさー」
と、重苦しいを破ったのは僕だ。
まあ僕からすればモラの話はすでに聞いた話だしね。
というかここからが僕も実際に見た話だからさ! 言いたくてしょうがなかったんだよ!
「僕が翡翠回廊の最奥に入ったときのことなんだけど――時間経過は遅いけどホコリはつもるみたいなんだ」
「おィ、その話は――」
「で、モラが倒れた位置にちゃんと跡が残ってたんだよ! それが、ぷぷっ、踏みつぶされたカエルみたいなシルエットでさー! その格好で700年も放置されてたのかよーって!!」
ぶふぁっ、と僕が笑ったところでモラから跳び蹴りが入った。奥歯が折れるかと思った。時空魔法を教えた魔法使いもこの蹴りを食らったのかと思うと感慨深い。じゃない。めっちゃ痛い。リンゴが頭をなでてくれた。
「話はこれで終ェだ。とっとと寝ろィ!」
 




