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36 黄金の煉獄門 第2階層(3)

 部屋を抜けるとまた通路だった。

 とりあえず僕らは通路で休憩を取る。困ったのは、リンゴのメイド服はスカートなので、スカートの裾がトラップの刃にかかってズタボロになっていることだ。

 ひらひらのスリットみたくなって、歩くたびに黒いタイツを穿いたなまめかしいリンゴの足が現れる。ラクサさんたちは気を遣って視線を逸らしてくれている。まあ、オートマトンだけど一応ね。


 そんなことより。

 問題はさっきのリンゴの行動だ。


「わかってるの?」

「はい……。反省しております……」


 僕の前でリンゴは正座していた。モラとタラクトさん、ラクサさんはお茶を煎れ、ドライフルーツをかじりながら休憩している。


「ロープにぶら下がった状態で暴れたら落ちるだけじゃないか。たまたまトラップが作動しなかったからよかったものの」

「はい……」


 そう。

 さっきの部屋は、たぶん「中央エリアに誘い出すこと」がトラップだったんだと思う。

 そうして周囲を刃で囲んで逃げられなくして、串刺しにする。

 ただそのトラップをクリアしたら――回避したら、一時的にトラップは停まる。

 実際、ウウウウウ……という音が聞こえない間はトラップは作動しなくて、僕らが部屋を抜けてからしばらくしてまた音がした。タイルに触れるとシャコンと刃が飛び出した。


「二度とあのような軽率な行動はしないように」

「…………」

「リンゴ!」

「はい……」


 なに不承不承うなずいてるんだよ、まったく。


「次にああいうことしたら、もう連れて歩かないから」

「そ、それだけは……」

「じゃあちゃんと約束して。軽率な行動はしない。いつも冷静に行動する」

「ノロット様が魅力的なのが悪いんですわ……」


 そんなこと言われても信じません。

 言われたことないから。リンゴ以外からね。

 ……いや、エリーゼも似たようなこと言ってる? 僕って頭おかしい人にしか好かれないの? 僕だって年齢相応の恋愛とかちょっとしてみたいんだけど? ま、まあ、今は冒険が一番だけどね!

 冒険が恋人! 遺跡探査デート! うわあ、自分で言ってて引くわあ。


「リンゴ!」

「はい……お約束します」


 ふう。

 ようやくちゃんと反省したみたいだな。


「おィ、リンゴ。そうしょぼくれたツラすんじゃねェ。ノロットのヤツァな、お前ェさんがロープから落ちたとき血の気が引いてたんでェ。もしトラップが動作してたらお前ェさんは八つ裂きになっちまうからなァ。お前ェさんが心配なんだよ」

「ちょっ、モラ! 余計なこと言わないでよ!」


 ほら、リンゴが目をうるうるさせて僕を見てるじゃないか! 口元緩んでにやにやしたいのめっちゃ我慢してるよこのオートマトン! ていうかなにその手は。にぎにぎして今にも飛びかかってきそうな――。




 通路を進んでどんどんトラップを攻略した。


 ある部屋には、紋章の組み込まれたパネルが床、壁、天井に設置されていた。それらは魔法を埋め込まれたパネルだった。法則性を保って発動しており、冷気、炎、毒霧、雷撃――様々な魔法が飛び出した。


 ある部屋は柱の森だった。林立する柱からは針や矢が飛び出してくる仕組みだった。もともとは毒が塗られていたようだったけど、時を経て風化し、毒が無害化されていた。「魔力は循環させられりゃァ長持ちするが、毒はよほど考えねェと続きにくいんだなァ……」とモラがつぶやいていた。


 ある部屋は第1階層のようにだだっ広い場所だった。地面の形状がすり鉢状に下がっている。そこに、球形の巨岩がごろんごろんと走ってくる。全力疾走した。汗だくで突破した。


 トラップ部屋にはすべて反魔法結界が張られているので、モラの魔法に頼ることはできなかった。


「疲れた……」


 小部屋のひとつにいた。ときどき、トラップの合間に小部屋があるのだ。休憩してくださいとでも言わんばかりで気味が悪いけど、トラップがない小部屋は確実に存在したし、僕らが休憩を取らない理由はなかった。

 荷物を投げ出してタラクトさんがぐったりと横になる。ラクサさんはその横で、どっかと腰を下ろして水を呑んでいた。

 時間は夜の7時。


「一晩寝ましょうか」


 僕の意見に、みんな賛成した。




 長期間の遺跡踏破で厄介なのってなんだと思う?

 飲料水や食料の確保については前に言ったよね。

 あと精神状態。気持ちを明るく保つことが大事。

 備品が切れたりするのもよくないね。ランタンとかさ。明かりがなくなって真っ暗になったらもう絶対アウト。だからマジックアイテムの蛍光石(ライトストーン)を僕も持っているわけで。


 全体的に遠征に赴く兵士さんと同じ――とはよく言われる。

「兵站が途切れないように」というヤツだ。

 ただ兵士さんと決定的に違うのは――冒険家は、潜る。

 遺跡や洞窟といった、暗くて狭いところにずっといる。

 だからさ……厄介なんだよね。


 お風呂に、入れないのが。


「うぅん……」


 僕は食事をしていた。モラの魔法で温めた――この小部屋では魔法が使えた、逆説的に魔法が使えるからトラップ部屋じゃないとも言える――お湯で、固形のスープを溶かしたもの。

 そこに乾パンを浸して食べる。味わいはもう飽きたけど、塩味と香辛料で割と美味しくいただける。


「うぅん……」


 僕は肩をぐるんと回した。肩から背中から強ばっている。これだけ長いこと外にいると肉体的な負担も大きいよねえ。


「うぅん……」

「なんでェ、ノロット」

「や、ちょっと背中がかゆくて」


 そうなんだよ。お風呂に入れないからさー。あちこちかゆくなるんだよね。

 虫刺されではない。だってここ、虫どころか生き物いないし。

 ほんとうなら濡らした布で身体を拭いたりするところだけど、この遺跡は特に水が大事だ。昏骸旅団と変な取引しなくちゃいけないくらい大事だ。身体を拭くことには使えない。


「かいて差し上げましょうか?」

「平気」


 リンゴの申し出はお断りした。ほんとうにかくだけで終わるのかイマイチ信用できないからね。


「はい……」


 僕の不信感あふれる視線に気づいたのか、リンゴがしょんぼりする。そんな顔してもダメです。


「なあ、そろそろ理由を教えてくれてもいいんじゃないか? どうして『黄金の煉獄門』だなんてレジェンドクラスの遺跡に挑もうと思ったんだ? お金は十分あるんだろう」


 寝転がったタラクトさんが聞いてくる。

 その質問、ラクサさんに聞かれたんだよな、来るときに。

 適当に「マジックアイテムが欲しくて」と濁したけど。

 うーん。どうしようかなあ。そろそろ信用して答えるべきかなあ。でも、単に休憩時間中の暇つぶしに聞かれてるだけっぽいしなあ。


「……『魔女の羅針盤』だ」


 僕がどう考えるべきか迷っていたら、モラがあっさり言った。


「魔女の羅針盤? そりゃぁ……そんなにレアでもないな。いや、まあ、ストームゲートにあるかと言われればなさそうなくらいにレアではあるけども」


 タラクトさんが驚いたような反応をすると、ラクサさんも、


「……魔女の居場所を教えてくれる羅針盤だよな。知りたい魔女を念じれば……ただ見つけたときに燃え尽きるから、1回しか使えないという」


 よく知ってるなぁ。そのとおりなんだよね。


 この世界には魔女がいる。

 魔女は特定の呪法を使う女性で、悪魔系モンスターとの契約を元に力を得る。まあ、ふつうに魔法も使うんだけどね。

 悪魔の力を得ることで寿命も人間の3倍になるとか。

 ただし悪魔がタダで力をくれるはずもなくて、悪魔の頼み事を7つ聞かなければいけないという。

 そこには人命を奪うような頼み事も入ってくるので、彼女たちは人里を追われることが多い。

 魔女の特徴ははっきりしていて、両目の奥にほのかに光る六芒星と悪魔語が刻まれるんだ。


「魔女の羅針盤とは有名なのですか?」


 リンゴが僕にたずねる。

 前に、リンゴには僕らが探しているこの魔女の羅針盤については説明しておいたんだけど、詳しくは話してない。


「うーん。まあ、そうだね。冒険者なら知ってる人は多いかも」

「でもそんなに数はないのですね?」

「作るのが面倒だからね。方位磁石と悪魔の心臓を用意して、高度な魔法術式を実行しなくちゃいけない。悪魔系モンスターは強力なヤツが多いし、悪魔の心臓は高額で教会が買い取るから魔女の羅針盤に使われることは少ないんだ」

「教会が悪魔の心臓を……」

「悪用されないように浄化してるとか、対悪魔用の武器に使うとかなんとか聞いたことがあるけど」


 教会の裏事情については謎に包まれている。

 まあ、僕もそんなに興味はない。


「この遺跡に魔女の羅針盤があるってェ確証はねェが、挑戦する価値はある。ジ=ル=ゾーイは邪教だからな」

「魔女に近いと?」

「近いというか、似たような研究をしているんじゃねェかと思ったんでェ。あるいは、悪魔の心臓があるかもしれねェ……」

「魔女を探しているのか……?」


 ラクサさんに問われ、僕がうなずいた。


「そういうことです」

「理由を……聞いても?」


 僕はモラを見た。みんながモラを見た。


 ゲコ、とモラは一度喉を鳴らした。


「――しようがねェな。寝物語にはちィッとばかし耳障りが悪りィが、話してやらァ。魔剣士モラが一体全体どうしてこんななりになっちまったか」

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