35 黄金の煉獄門 第2階層(2)
「おい、おい、おいおいおい! なんだこりゃ! どんどんこっちに来るぞ!」
タラクトさんの焦った声。
言われなくてもわかる。
わかるけど――どうすればいいんだ。
シャコン。シャコン。シャコン。シャコン。シャコンシャコンシャコンシャコン。
「どんどん速くなってる!?」
どうする。どうする。どうする。
刃の壁が迫ってくる――。
ジャンプしてかわす?
いや、なに言ってんだ。ジャンプしても落ちるだろ。落ちたら刃で串刺しになる。
足一本で立つ?
それも無茶だ。
刃を薙ぎ倒す?
それ――それだ! 物理的に破壊してそのスペースへ逃げ込めば――。
『大地の精霊よ、我が呼び声に応えその力を貸せ――』
僕が思ったときにはモラが詠唱していた。
肩に載ったモラが土色の輝きを身に纏う。
「吹っ飛んじまえェ!!」
シャコンシャコンシャコン。
なにも、起きない。
「反魔法結界だとォッ!?」
驚くモラの声。
魔法を使えない空間になっているってこと?
困るよそんなの!
いや、いやいやいや。
落ち着け。
冷静に。冷静にならなきゃ。
それなら、それならどうすれば。
「ダメだ――」
タラクトさんが絶望にまみれた声を上げる。
「……まだ」
まだだ。
まだあきらめない。
なにかある。なにか――。
「!」
僕は頭上を見上げる。
そうだ。この部屋だけ天井が高い。
でも……できるのか?
シャコンシャコンシャコン――僕らまでの距離は、5メートルを切っている。
迷っている時間はない。
僕はパチンコを取り出した。
「みんなつかまって!!」
そしてパチンコを――天井に向かって撃った。
ウウウウウ……。
一面の刃。全部が全部、どんな肉でも切り落とせそうなほどに磨き込まれている。
すべてのタイルに沿って刃が突き立ってから、実に10分以上が経過していた。
シャコン。
部屋の中心、1つのタイルの四方にある刃が引っ込むと、シャコンシャコンシャコンと刃は広がるように引っ込んでいった。
そうして部屋は完全に元の状態に戻った。
いや、ちょっと違う。
ウウウウウという唸る音もしない、無音になったのだ。
「も、もういいかな……」
「……タラクト、お前が降りろ」
「俺かよ!? 下はお前だろ!」
僕らは、上にいた。
パチンコで撃ったのは「生命の燭台」を掲げるのにも使った杭付きフック。
そこにロープをぶら下げていた。
撃てたのはなんとか2本だ。天井に刺さってくれてよかった。
「ふたりぶんの重さに耐えられるか怪しかったけど、なんとか保ったね」
僕のロープは、僕が上でリンゴが下だ。
ああ、いや、リンゴは水を担いでいるから、さらに重いか……。
「……リンゴ?」
反応がないリンゴが気になって見ると、彼女はとろんとした顔で僕を見上げていた。
「う、上へ、避難しなければいけませんね!」
「はい?」
「――ご主人様のおみ足がすぐそこに……」
「ちょ、ちょっ、リンゴさん!?」
両手両足でしがみついている僕の下からリンゴがロープを伝って上がってくる。
「え、いや、なに!? なんなの!?」
「下は危ないのでなんとか逃げないといけませんし!」
「もう平和です!」
上へと逃げる僕。
「安全は確認されていませんわ!」
追いかけるリンゴ――あっという間に追いつかれ、僕の足首をつかまれた。ひぃっ!?
「ご主人様の下半身……合法的に触れられるなんて……」
「非合法だ! どう考えても!」
「あんな結婚できない女に取られるくらいなら……」
「昏骸旅団のこと!? なに対抗意識燃やしてんだよ!」
ぬあ、ふくらはぎつかまれた!
「あ、ああ、ご主人様のお尻が近くに……」
命の危機の次に貞操の危機が僕に迫っていた。
すると――。
ふくらはぎをつかむリンゴの手から力が抜けた。
「もう、ダメですわ……わたくし、熱暴走しそうですの……」
あ、このバカッ――!!
鼻血(ほんとに鼻からなんか赤いのが出てた)を流しながら落下するリンゴ。
どしーん、という音とともに床面に激突。
身体から下に落ちてくれたおかげで背負った水は無事だったけど。
「……ふゥむ。どうやらもうトラップは発動しねェみてェだな」
冷静にモラが言った。




