32 勝負の行方と貴族の事情
猛スピードでリンゴは姫に接近すると――跳んだ。
はるか頭上。
天井付近、いや、ぐるんと身体を回転させて天井に足をつける。
ドンッ。
とんでもない音とともにリンゴは射出され、まっしぐらに姫へ。
速い。
姫はそちらに顔を向けてもいない。
リンゴが服の袖から隠し刃を解き放つ。
それは刃渡り30センチほどもあるブレードだ。
「温すぎ」
だが姫は完全に読み切っていた。
無造作に振り上げたブロードソードとリンゴのブレードが空中でぶつかる。
火花。
力任せに振り切られ、リンゴは宙に投げ出される。
宙返りして見事に着地。
その間にも姫はリンゴとの距離を詰めている。
繰り出されるブロードソードの一撃は、木ぎれでも振り回しているのかと思うくらいに軽やか。
リンゴはその攻撃を、かわし、いなし、受ける。
ほんの一歩間違えれば死が待ち受けているダンスが始まった――。
「生殖機能もないのに調子こいてんじゃないわよ!」
「結婚適齢期を過ぎてそのように暴れていては目も当てられません」
「悔しかったら子宮をうずかせてみなさい!!」
「化粧で隠すは己の自信のなさですか?」
う、うわあ……女怖い。
ていうかリンゴ、家事自動人形って言ってたけど絶対ウソだ。こんなことできるのは戦闘民族だけだ。バーサーカーオートマトンだ。
「ごめんねえ。こんなところまで追い回して。僕たち――や、もう男のフリはいいか。ウチらも姫に振り回されて大変なんだよ」
僕がドン引きしていたところへ、ノロット(偽)がやってきた。
「――ッ」
身構える。
「ああ、ああ、そう固くならずにさ。ね? 仲良くやろうよ。ウチも君も、姫に振り回されている同士」
「……僕の名前を騙っておいて?」
「こんな美少女に騙ってもらわれてうれしいか。そうかそうかー」
「いえ、超迷惑なんですけど」
「照れ隠しかー」
うわあこっちはこっちですごくやりづらい。
ノロット(偽)はすでに男の格好を止め――たんだと思うけど、細身のシャツにパンツというスタイルはどこか中性的だ。
腰に吊っている細身の剣は装飾も派手なシルバーの輝き。
ぬっ。
と僕の背後に気配があり、驚いて振り返ると女戦士が立っていた。
背ぇでか。
金属製のプロテクターを着込んでいて、背中にはバトルアクスを二振り。
ウェービーな黒髪が目元を覆っていてどこを見ているのかよくわからない。
もうなんていうか戦士。マジ戦士。
「あなたたち……貴族なんですよね?」
「そうだよ?」
けろっとした顔で答えるノロット(偽)。
「なのにこんなところまで出張ってきて大丈夫なんですか」
貴族ってのは面倒くさい。
なにせ面子とプライドだけでできあがった合成獣だからね。
自分のところの娘たちが勝手に国外へ行くだなんて、ふつうに考えたら許されない。
面子の問題もある。治安の問題もある。許される理由なんて一個もない。
「ウチらはさー、もう完全に見捨てられてるからねー」
まったく変わらずけろっとした顔で言われた。
向こうでは刃のぶつかるギイイインとかいう音と「おとなしくぶっ壊れろっつってんだよ!」「ノロット様にいただいた魔法宝石がある限りわたくしは止まりませんわ」「の、の、ノロットから贈り物だとおおおおお!?」「最近ではわたくしを見る目にいやらしさも」「キィーッ!」みたいなやりとりが聞こえてくるんだけどリンゴさんそういう既成事実作るみたいなこと止めて。タラクトさんも僕からさらに距離を取るの止めて。
「どういうことですか」
「そのまんまの意味だよ。結婚できない貴族の娘なんて邪魔でしかない。ウチの父様なんてはっきりと『お前を生んだのは失敗だった』って言ったからねー」
あははは。と笑っている。
「…………」
胸くそ悪かった。
どうしてそんなことを平気で言える親がいるんだろうか。
……わかってる。僕だって捨てられたのだから。言葉にされてないだけで「お前は失敗だ」と言われたようなもんだ。
「でも……あなたは、えと」
「ん?」
「あのお名前は……」
「あー。コーデリアだよ。家の名前は捨てたからコーデリアだけなんだー。どうして名前なんて聞く――まさか惚れた? 惚れたの? やー。困るなー」
「違います。違います。まったく。違います」
「……そこまで否定するとは!」
「それで、コーデリアさんはまだ若いでしょ」
「姫よりはね」
「なら、別に……」
「ウチは離婚してるからねー」
「……え!?」
「正確には結婚式の直前に逃げたんだ。好きでもないっていうかむしろ大嫌いな男だったし。セッティングした親は激怒だよ」
ああ、だめだ。聞けば聞くほど頭にくる。
好きでもない相手との結婚。
そりゃ、逃げたくもなる。それを逃げたら「生んだのは失敗」?
僕はちらりと姫を見る。
きっと彼女もなにか理由が――。
「エリーゼは単に相手が見つからないままあの年になっただけだよー」
うわあ、台無し。
しかもエリーゼっていうんだ。
ちなみに女戦士はリリーというらしい。やたら可愛らしい名前だ。
それから30分が経過した。
リンゴとエリーゼの戦いに決着はつかなかった。
最後はエリーゼが根負けした。汗だらだらだ。コーデリアの差し出したハンカチで顔を拭くと化粧がごっそり落とされた。
……あれ?
化粧を落とした顔は、地味だ。いわゆるパッとしない感じの女性。
でも全然……変な話、僕よりちょっと年上と言われてもおかしくないくらいに見える。
ふつうに、町にいる可愛い女の子という感じで――。
と思ってたらまた化粧を始めた。するんだ……。
「さて、それじゃあオートマトンさんには勝てなさそうなので対策を別途考案してきます。では」
やけにさばさばとコーデリアは言うと、「まだお化粧途中だし! ノロットのそばにいたいし!」とわめくエリーゼを促して帰ろうとする。
か、帰るの?
帰るんだね?
よ、よ、よかった~……もう、今回はとっつかまってどこかに拉致られるかと思ったよ……。
「ちょっと待ちねィ」
そこに声をかけたのはモラだった。
「なんですー?」
コーデリアは淡々としていたけれどエリーゼは露骨に、
「うわ、カエルがしゃべってるよ。見た? リリー」
びっくりしている。
「お前ェさんたち、ここまで来たってェことは、飲み水があるんだろォ」
あ――。
僕はぽかんと口を開けた。
そうだ。最大の懸案、飲み水の問題。
「ありますよ」
こともなげにコーデリアが答える。
「ちっとばかし分けてくんなィ」
「いいですよ」
へ?
おおおおおお!?
マジか。マジかー!
続けられるじゃん! 遺跡探索、続けられるじゃん!
「あ、その……俺たちもいいか?」
タラクトさんがそこへ口を挟む。どうやら危険は僕にだけ迫っていて、タラクトさんたちは安全だということに気づいたみたい。
「仲間の傷が深いんだ。馬車があるなら、いっしょに町へ送ってもらえないか……?」
「いいですよ」
またも、こともなげにコーデリアが答える。
うおおお! またも懸案解決ー!
「た・だ・し」
しかし、そうは問屋が卸さない。
そんなふうに、コーデリアが言った。
「条件があるよ?」
これは……まずい展開、なの?
ごくりと僕はつばを呑んだ。




