31 昏骸旅団
最悪だ。
最悪のタイミングで追いつかれてしまった。
逃げるにしても、この先は第2階層。トラップてんこもりの通路。走って通り抜けることなんてできない。
それに僕らには動けないゼルズさんもいる。
ぞくり。
背筋を震わせた僕に気づいて、リンゴが僕をかばうように前に出る。
タラクトさんたちも武器を手に握る。
ノロット(偽)が横にどいて片膝をつく。
そして――歌うように声を上げた。
「ひとぉ~~~つ、人の世にあぶれた我ら」
カツン。
もう一度、硬質な足音。
僕よりも少し背の低い彼女は――姫と呼ばれた彼女が一歩前へ進む。
その足下は黒のブーツだ。
「ふたぁ~~~つ、不埒に生きてはみたが」
ノロット(偽)の反対側に現れたのは、背も高く身体もがっしりとした女戦士。
カツン。
姫は口元を扇で隠していた。
「みぃ~~~っつ、醜く生きにくい、こんな世界で誰が言ったか知らないが……」
姫の全身は――ピンク色、だった。
まぶしいほどにピンク。暗闇にもはっきり見えるピンク。しかもフリルが大量にあしらわれたドレス。もちろん扇もピンク。
髪の毛は金髪――プラチナブロンドだ。
「我ら! 結婚できない、結婚するにも問題外! その名も――」
「婚!」(偽ノロット・花びらを宙に投げる)
「外!」(女戦士・花びらを宙に投げる)
「旅団!」(姫・パチンと扇を閉じてこちらを指差す)
しん、と静まり返った。
オオォ……という空気の流れる音だけが聞こえてくる。
「えぇっと……ノロットくん、知り合いかな?」
この中で一番の常識人かもしれないタラクトさんが、ひきつった笑みを浮かべて聞いてくる。
そう。昏骸旅団とは――誰が名付けたか知らないがムクドリ共和国貴族階級にある女性集団の名称で結婚できない女性が集まって結成されることで知られておりその実態や全貌は明らかになっておらずただ活動内容として「結婚できない女性が集まってなんか悪いことしてる」みたいな風評が広まりしかもコンガイという聞き慣れない言葉にしかもリョダンなんていう聞き慣れない言葉がくっついて不穏な空気を察知した貴族が「昏骸旅団」と言い出したことから違った意味合いでの言葉が発生し……
「……その結果結成された彼女たちは――」
「ノロットくん!! ノロットくん!? 現実逃避しているのか!? ずるいぞ、こんなに空気が凝り固まった場を放り投げて現実逃避なんて!」
タラクトさんが僕の肩をゆっさゆっさしている。
と、
「ああ……」
姫が一歩前へ進み出た。
「我が愛しのノロット……会いたかったわああああ~~~!!」
身体をくねりんくねりんさせながら叫んだ。
……おぅふ。
前に見たときもそうだったけど、かなり化粧が濃い。
目は細くて唇も薄め。そこにコンプレックスがあるのか、大きく見せようとしているのか、とにかく化粧が濃い。
ちなみに言うと年齢不詳である。
20代半ばとも後半とも、ま、まさかの、み、三十路……という声もある。
あと香水もすんごくついてた。
だからこそ前回――僕はもう一度ぶるりと身体を震わせる――ムクドリ共和国にいたとき、僕の寝室に姿を現した彼女。その接近に、ニオイで気がついたんだ。
ただ今回はまったくニオイがしない。
風向きとかじゃ亡くて香水をつけていないんだろう――僕に気づかれないように。
「ああ、愛しのノロット。翡翠回廊踏破の偉業をお祝いするパーティー会場でお見かけして以来、あなたのことを忘れることができなかった……こうしてここまで追いかけてきて、今、ようやく、あたしの心を伝えます!」
「結構です」
「結婚ですって!? まあ、なんて積極的な方……! うぇへへへ、ご安心を、もう式場は2年先まで押さえてありますからね!」
「2年!? そのバカ財力を違うところに使ってください! 僕が言ったのは、結構です! ケッ、コウ、デス!!」
「結婚ですよね! あたしと結婚しましょう、ノロット!」
「イ、ヤ、で、すぅぅぅぅううううう!!」
僕は叫んだ。声が枯れるまで。
ねえ……。
わかるでしょ?
僕が心底まで昏骸旅団を恐れるわけ……。
めっちゃ狙われてるんだよ。僕。僕が! 僕が持ってる宝石(主にモラの翡翠回廊で得たもの)とかじゃなくて!
「そ、そうか。追っ手というのはノロット君を恋しくてたまらない女性だったのか」
タラクトさんが生温かい目でこちらを見てくる。
いやほんと止めてください。僕割と苦しんでるんです。
「ご主人様。あの女は敵ですね?」
するとリンゴが聞いてきた。
「敵! 敵だよ! 見ればわかるじゃないか! 僕のニセモノまで作って……!」
ノロットのニセモノを作ることで、僕らをあぶり出そうとしたんだと思う。
ストームゲートに僕らがいるなら焦って遺跡に行くだろうし。
まあ、それ以上に偶然が重なって図書館で遭遇してしまったんだけど。
ちなみにノロット(偽)も女性である。
姫がリーダーで女戦士とノロット(偽)は旅団員。
「そうですか」
リンゴさん、にっこり。
「では心置きなく――ぶちのめせますね」
「あ、気をつけて、リンゴ! 昏骸旅団はめっちゃ戦闘力高いから!」
だから厄介なんだよ、あの人たち!
僕だって、モラがいても逃げるのが精一杯だった。
「はあ~? っていうかアンタ誰ぇ? なにノロットのそばにいてんの?」
「……姫、あれが例のオートマトンです」
ささやくノロット(偽)。
「!」
姫の様子がおかしい。
化粧の上からでもわかる、びきびきと額に青筋が立つ。
「て、て、て、てめええが~~~ノロットの性欲処理器かよぉおおおお!」
「――――――違うよ!?」
言葉の意味を数秒考えちゃったよ!
「違う、違うって!」
これ以上僕の評判が下がるようなことは止めてください!!
「僭越ながら、性欲処理器としてのお役目をいただいております」
「なに言ってんのリンゴさん!? 勝ち誇った顔で!! 一度もない。ないでしょうが!」
「…………」
タラクトさんが曖昧な笑顔を浮かべて僕から距離を取ろうとしている!
「やんの? ねえ、あたしとやんの?」
がちゃり、と姫が、女戦士から受け取ったのは彼女の身長以上の長さであるブロードソード。
とんでもない業物で、ただデカイだけじゃなく、刃の切れ味も一級品。
しかも刀身に埋め込まれた魔法宝石が剣の強度を高めている。
という情報を、逃亡中に聞いた。
有名らしい……。
「言っとくけどぉ、ノロットはあたしのモノだからね?」
ちらりとこちらを見た姫の目――ぞくり、と僕は今日何度となく感じている寒気を覚える。
蛇みたいだ。
生理的な恐怖。
「殺しましょう」
にっこりとリンゴ――リンゴさん、怖い、怖いですよあなたも!
「そんじゃ……ぶっ壊す!」
姫が走り出す。
リンゴが走り出す。
ふたりの対決が始まった。
「おォ、おォ。恋する女は怖ェや」
モラがのんびりとつぶやいた。
他人事だと思ってさ!




