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30 そして僕は決断する

「――これが、僕とモラで調べたことの全部です」


 目覚めたタラクトさん、レノさん、ラクサさんを前に僕は話した。

 調べたこと――つまり、ジ=ル=ゾーイが遺した教義についてだ。


「それが第3階層の突破方法……」

「マジかよ。そんなんで行けるのか?」


 タラクトさんとレノさんが言うと、ラクサさんは、


「……どうしてだ?」


 と言った。


「どうして、ってなにがですか」

「どうして俺たちに説明をした? する必要なんてないじゃないか。俺たちは急造パーティーだ。第3階層の突破方法がわかったとしても第2階層は正攻法で取り組まなきゃいけない――そうだろ?」

「ええ……第2階層はちゃんとやらなきゃいけないみたいですね」

「だったら第2階層で失敗したらどうなる? 失敗したら、俺たちは一度パーティーを解散するだろう。そうなったら俺は、なんとしてでも日を置かずにこの遺跡にチャレンジする。遺跡の踏破は早い者勝ちだからな」

「はい。そうですね」


 そのあたりもすでにモラと検討済みだった。


「だから、どうしてだ」


 ラクサさんは苛立った表情を見せる。


 これまでずっと冷静だったラクサさんにしては意外だし、ずいぶん饒舌だな――と思ったけれど、そうでもないのかも。

 たぶん、ラクサさんですら疲労が来ているんだ。ゼルズさんのこともあったし。

 ……そうか。

 冒険って、こういうところにも気を配らなきゃいけないんだな。


「飲料水が足りません。なので、撤退します。パーティーは解散し、僕らは別の町に行きます」


 しん……と静まり返る。


 通路を空気が吹き抜けていく、オオォ……という音だけが聞こえてきた。


「す、すまん、よくわからないんだが」


 タラクトさんが口を開き、一度唇をなめる。


「飲料水が足りないなら魔法で補えばいいんじゃないか? その、水系の魔法とか」

「水のねェところに水を生み出すのァ水系の魔法じゃァねェ。空間系だ。俺っちァ空間系もちったァできるが、効率が悪りィ。コップ1杯の水を出すのに1日気絶しちまう」


 モラが言うところによると、通常の魔法はあるものを使うのだそうだ。


 火の魔法は「燃えるものがあるから燃える」。水の中では発動しない。

 風の魔法は「空気があるから使える」。土の中では発動しない。

「黄金の煉獄門」は乾燥しきっている。だから水の魔法は相性が悪すぎる。

 氷結魔法を唱えたとしても氷は出現せず、気温を下げるだけになる。


 水を創り出すなら、どこかから――この場合はたとえばオアシスとか――水を持ってくる空間系の魔法が必要になる。


 魔法の欠点はこんなところだ。

 まあ、ほんとうは飲料水だけでなくて回復スクロールがないってことも、撤退の理由なんだけど。


「そ、それならもう一度チャレンジしたらいい。さっきのラクサの話は、第2階層で失敗した前提だろう。俺たちでもう一度来るのはなんの問題もないはずだ」

「……それができればよかったんですけど。まずゼルズさんを治療院に運ばなくちゃいけないですよね。ゼルズさんが大ケガをして戻ってきたことが知れれば騒ぎになるはずです。先日遺跡に行ったパーティーメンバーがケガをしたとあれば、また遺跡に行ったのかと疑われるでしょう。トウミツさんの耳に入らないわけがない」


 トウミツさんは僕らを徹底的に探すだろう。

 そんな中で冒険の準備を整えて再チャレンジができる――なんて考えるのは、あまりに根拠のない楽観主義だ。


「……わたくしがここに残れば、証拠はありませんし――」


 リンゴがそう切り出したけれど、僕は首を横に振った。


「ダメだよ。もし、僕らがここに戻れなかった場合、リンゴはずっと待ち続けることになる。そんなことはできない」

「しかし」

「できないよ」


 僕は重ねて言った。

 リンゴとは3週間弱の付き合いだけど、もう、僕とモラの旅の仲間になりつつある。

 彼女を見捨てるかもしれない賭けなんてできっこない。


「それにさ、僕が走って逃げるよりもリンゴに抱えてもらったほうが早いから。実際のところリンゴにはついてきてもらったほうがいいかもな~なんて思うんだよね」


 わざと冗談ぽく言ってみた。


「…………」


 リンゴは、うれしそうな、そのくせつらそうな、複雑な顔をした。


 ラクサさんは難しい顔で黙ったまま。

 レノさんは自分とゼルズさんに責任があることを自覚しているのか、しょげた顔。

 タラクトさんは――タラクトさんだけは納得できないという顔だった。


「この遺跡は、そんなに価値がないものか?」


 そう、言われた。


「……え?」


 最初は言っている意味が理解できなかった。


「君たちはこの町を出ると言う。『この遺跡を最初に踏破する栄光を他人に与えてもいい』と思っているからだろう」

「それは……」

「俺たちにはこの遺跡がすべてだった。この遺跡になにもかも賭けたんだ……青春も、大切な人も。なのに君は簡単に『あきらめる』と言う。もう一度聞く。この遺跡はそんなに価値がないものか?」

「…………」


 僕は黙りこくった。

 タラクトさんの気持ちは痛いほどわかったからだ。

 でも。

 それでも僕は……。



「いい加減にしねェか、バカヤロウ」



 沈黙を破ったのはモラだ。

 怒っている。

 明らかに。

 僕ですら一瞬たじろぐくらいの怒気を身に纏っている。


「誰が一番遺跡を踏破してェのかわかんねェのか。他でもねェ……ノロットだ。この遺跡バカは冒険と聞くと大喜びし、『黄金の煉獄門』だって俺っちなんかよりずっと――ずぅっとずぅっと踏破してェと思ってやァがる。そいつを、ぐっとこらえてンだ。腹ン中の奥底に、こらえて、こらえて、『撤退します』と言った。その心意気がわからねェたァ言わせねェぞ」


 ああ。

 モラはやっぱりモラなんだな。

 僕の近くで、僕をよく見ていてくれる。


「…………」


 タラクトさんはじっと目を閉じてから、


「……俺は、君たちに踏破してもらいたいんだ。この遺跡を。俺たちができなかったことを君たちはやってのける。俺たちが気づかなかったことに君たちは気づく。君たちになら、『黄金の煉獄門』踏破の夢を託せる。そう思ったんだ……」


 わかってたよ。

 タラクトさんがそう思ってくれていたことも。


 この人も不器用なんだ。

 自分の思いに真っ直ぐで、そのくせ他人を押しのけてまで自分の手柄にするような、そんな真似はけっしてしない。

 冒険者協会のタレイドさんに、似てるよな。

 やっぱり一族だからなのかな。


「……タラクトさんの気持ち、わかりました。モラもありがとう」


 僕は言った。


「だからこそ決断したいと思います」


 僕らは。


「この遺跡から、撤た――」



「あ~~~ほらほら、やっぱりここにいた! でもおかしいな。思ったより進んでないな」



 いきなり、聞こえてきた声。

 僕らは近づく気配に気づけなかった。

 巧妙に隠されていたから。


 ぎくりとして振り返る僕が見たそこに、いた。

 金色の髪をなでつけた、チャラ男。


「ニセノロット!?」


 僕の声に、ノロット(偽)はゆっくりとやってくる。


「絶対、すぐに遺跡に来てると思ったんだよ! あーあ、僕の言うことを信じてればもっと早くに見つけられたのに――ね、そうでしょ、姫?」


 カツン、と硬質な足音。


 現れたのはノロット(偽)よりも小さな――僕よりも拳ひとつぶんくらい背の低い女性。


 僕は、一番恐れていた事態が現実のものになったことを知る。



「昏骸旅団……!」

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