29 深夜の検討会
うわー。泣いた。僕泣いた。もうめっちゃ泣いた。
泣いた後ってどうしてこんなに気まずいんだよ。
「……戻るかァ」
「……うん」
僕が無言でいたから、モラのほうからそう切り出してくれた。
小部屋に戻るとまずリンゴが近寄ってきて、白い布で僕の顔をぬぐってくれた。
うう。
そんなに取り乱した感じなのかな。
「おかえりなさいませ、ノロット様」
「……うん」
うん、しか言えないって。もう。
「そンで? ゼルズの容態はどォなんでェ」
モラがタラクトさんにたずねる。
「眠ったままだが、落ち着いていると思う」
「動かすのァしばらく無理そうだな」
「せめて一晩は体力を回復させないと……」
僕は懐中時計を確認した。
夜の8時らしい。
「食事にしましょうか。それで、今日は寝ましょう」
僕の提案はすんなり受け入れられた。
回復魔法スクロールは、できれば使いたくなかった代物だ。
あると安心。
なくなると途端に不安になる。
暗闇の中で僕はカウントする。
聖水――飲料水は残り少ない。もって3日か4日くらいだろう。
食事は十分にある。
パチンコの弾は半分くらい使った。
軽度な傷薬や解毒薬はほとんど残っている。
もともと用意していたマジックアイテムは「生命の燭台」以外は残っている。
どんなものかと言うと、
蛍光石……その名の通り、光る石。
カンテラに比べると光量が落ちるからカンテラが使えるうちは使わないんだよね。
まあ、濡れても使えるってのが利点かな。
凍える竜牙……フロストドラゴンの牙を削ってナイフにしたもの。
とんでもない冷気を発しているから武器として使うなら扱いに十分注意が必要。
不用意に持ってるだけで、自分の手が凍傷になっちゃうからね。
ちなみにこいつは、食料の上に載っけて冷やして保存するのに活躍中。腐敗防止。
ファーラの鎖……魔術師ファーラが残したという鎖。鎖って言ってもネックレスになりそうなくらい細いんだよね。まあ、真っ黒だからネックレスとしては使えないだろうけど。
長さは1メートルくらいなんだけど、最長で10メートルまで伸びる。持って命じると、うねうねと自由に動く。
……以上!
え? しょぼい?
便利なんだよ?
特にファーラの鎖なんて高いところにあるものを取ったりできるんだから。
え? だからしょぼい?
はぁ……水がなくなったのが痛い。
やっぱり撤退かなぁ。こんなところで撤退するのなんてイヤだよねぇ……せっかくここまで来たのに。
「ん?」
僕がつらつら考えていると紙のすれる音がした。
見るとモラが、僕の模写した紙を広げていた。
「なにしてるのさ、こんな時間に」
懐中時計が指していた時間は午前3時だ。
「をん? 起きちまったか」
夜の見張りは寝なくてもいいリンゴが率先してやってくれているのでタラクトさんたちはぐっすりだ。
地味にタラクトさんのいびきがうるさいけども。
カンテラが地面に置かれてある。
その周囲にぐるりと、僕の模写した絵。下にはタラクトさんたちが模写した文字。
「俺っちはなかなか寝つけなくてな」
「…………そう」
そりゃぁね、モラさんは十分お休みでしたからねえ。
「おいおい、そんな目で見るなィ。お前ェは寝とけ」
「なにしてるの?」
「……まァ起きちまった以上しょうがねェか。ちっとな、検討してたんだ」
「検討」
「この絵が示すものァなんなのか……ってな」
模写している間、僕はとにかく早く仕上げようと一所懸命だった。
結構雑な仕上がりである。
でも、特徴はしっかり捉えられてると思うよ?
模写に必要なのは完璧に似せる技術じゃないんだ。
特徴を必ずつかむこと。
たとえばその絵が、正方形なのかどうか。
たとえばその絵に、何人の人間がいるのか。
たとえばその絵は、何色で描かれているのか。
特徴をあげればキリがないけど、つまりはそういう特徴をちゃんとつかめればオッケーだ。
「最初の絵は、巨大建築物と、群がる人間だァな」
僕はうなずいた。
「2つ目なんだけどさ、ダンスみたいだなって思った」
人がいっぱいいるんだよね。なんとなくきらびやかな服装みたいで。
服の模様までは全部書いてないんだ。そこまで書いてたら時間がいくらあっても足りない。
「ダンスかァ? この模写見る限りじゃァ行進してるみてェだぞ」
「行進……行進とは違う気がしたよ。もっとこう、わらわらいる感じ?」
ちなみに人数は125人だった。
概略だけども、全部書いたよ。大変だったよ……。
「その上に書いてあるのァなんでェ」
「これだけやたら大きく書いてあった」
人々の上に、ひとりの人間。イスに腰を下ろして正面を向いている。
高貴な服装……みたいに感じたけど、顔はぼんやりしていて見えないんだよね。
下からの光が届いていないのもあるんだけど、わざとぼやかしているみたいだった。
「こっちァ急に雰囲気が変わるなァ」
それからの絵は、なんだろう……冒険譚みたいなんだ。
「剣と盾持ってるじゃねェか」
「魔法みたいな描写もある」
「飛んでくる矢を受け止めてンのかィ、これァ」
武装しているんだよね。で、仲間とともになにかと戦っている。
ただその相手、なにかは描かれていない。
なんか不気味だ。
25シーンも続いていた。
「最後にまァたこいつか」
僕が模写した最後の絵は、さっき言ったデカイ人だった。
ただ雰囲気がちょっと違う。
いや、正確に言うとデカイ人は同じなのだ。
ただその下にいる人間が――たったの3人。
3人はひれ伏している。
「なにかわかった?」
「さっぱりだァ」
だよねー。
僕もさっぱりわからなかった。
「文字のほうもよくわからねェな。俺っちも見たことねェ言語だ」
「僕らの知らない言葉かな?」
「……こいつァ勘だが、それはねェと思う。これを造らせたのは教祖のジ=ル=ゾーイだ。ヤツは山に籠もってる邪教の崇拝者だった」
「邪教の教祖じゃなかったっけ」
「わからねェが、そこはそんなに違いがねェだろ。――で、だ。ジ=ル=ゾーイは山に籠もっているだけで研究者であったワケでもねェ。そんなヤツが、俺っちも知らねェようなめったにお目にかかれねェ言葉を使えるかィ?」
「んー。ジ=ル=ゾーイは死者を操る術が使えたんだよね。遺跡の入口には空間転送の装置まで残した。かなりの魔法研究者だったような気がするけど。魔法研究者ならいろんな言語ができておかしくないんじゃ?」
「あー。そう言われりゃそうだなァ……でもなァ、魔法使いならなおさら古代ルシア語を使いそうなモンなんだよなァ…………わからん!」
モラが頭をわっしゃわっしゃやる。
カエルが頭をわっしゃわっしゃやってるのはなかなか面白い光景だ。
「それにしても……この単語? 文字列? よく出てくるよね」
僕が指差したのは7つの連続した文字だった。
●とか■とかで構成されているのでうまく伝えるのは難しいんだけど。
「そォだな。あちこちに出てくる」
「なにかの重要な単語?」
「そりゃァそうだろォな。ここで一番重要な単語っつったら……なンだ?」
「わかんないよ。ていうかさー。僕ら、ジ=ル=ゾーイが伝えようとしていた教義についてなにも知らないんだよね……」
「そォさなァ……ジ=ル=ゾーイか……」
「7文字……」
「…………」
「…………」
「ノロットォ!」
「モラ!」
僕とモラは同時に声を上げた。
「ジ=ル=ゾーイだよ!」
「7文字じゃァねェか!」
「え、いや、あれ? これってあくまで僕らの言葉で7文字ってだけじゃない? ジ=ル=ゾーイが残した言語は違うものであって――」
「違わァ。俺っちが今から言うのァ仮説だが、検証してもいいんじゃァねェか?」
「な、なに」
「単純置換でェ」
既存の言語――僕らの話すヴィリエ語の文字を、そのまま別の記号に置き換えたもの。
モラはそう言いたいのだ。
「ヒントはジ=ル=ゾーイという6種7文字。コイツらが他のどこに出てくるか調べてみようじゃァねェか」
僕とモラは調査を開始した。
結論から言うね。
仮説は、正しかった。
それから3時間かけて僕らは――ジ=ル=ゾーイの遺した文字の、70%以上を解読したんだ。
で、なんとも驚いたことに。
そこには、第3階層の突破方法についても書かれていた――。
「ジ=ル=ゾーイ」で7文字って日本語かよ! というツッコミもあるかもしれませんが、日本語ではないヴィリエ語表記の話ですのであしからずご了承ください。
 




