26 黄金の煉獄門 第1階層(6)
「生命の燭台」が落ちた音は、まるで審判を告げる裁判官の木槌のように第1階層に響き渡った。
な、なんで……なんでレノさんが「生命の燭台」を撃ったの?
誤射?
いや、高いところにある燭台を誤射で落とすなんて、あり得ない。
頭が追いつかない。
でも死者は動いていく。
「生命の燭台」に引き寄せられなくなった死者が、ちりぢりになる。
そうだ。
ゼルズさんたちは、仲間の死体を外に連れ出すために行動していた。
だから燭台を撃ったんだ。
燭台に死者が引き寄せられてしまうから。
でも、それは悪手だ。
すぐ近くにいたゼルズさんとレノさんが、死者に埋もれる。
そんなこと、ちょっと想像すればわかることなのに――燭台の火が消えれば他の死者が襲いかかってくるなんて。
それくらい必死だったんだ。
ちょっと想像すればわかることすら、わからないくらいに。
「ゼルズ!!」
タラクトさんが走り出していた。
遠い。
間に合うの?
違う、間に合わせなきゃ。
走り出そうとした僕の前へ、制止の腕が現れる。
「ご主人様はここにいらしてください」
「僕も行く」
「危険があることを知った上で、行っていただくわけにはいきません」
「リンゴさんの言うとおりだ」
ラクサさんが横から紙束を突き出してくる。
「後は頼む」
「なっ――」
僕に押しつけるとラクサさんも走り出した。
後は頼む?
なんだよ、後は頼む、って!
そんなんじゃまるで、まるで遺跡をあきらめたみたいじゃないか。死にに行くみたいじゃないか。
「ご主人様。わたくしたちは荷物を持って第2階層へ行きましょう。これは彼らの問題です」
「…………」
「ここまで連帯を崩されては、修復は難しいと存じます。それに――あの量の死者が襲いかかれば助けることは不可能です」
「…………」
リンゴは僕を心配している。
だからこそわざわざ、ほんっとうにわざわざ、深刻な言葉を使ってくれている。
ありがとう、リンゴ。
オートマトンのくせに。そういう心遣いができるんだからずるいよね。
君の言うとおりにしたら僕は心が楽になる。「あのときリンゴもああ言ってたしな」って言い訳ができるから。
でも。
それじゃ。
ダメなんだ。
「……僕も、行く、って言ったんだ」
僕はリンゴの腕をつかむ。
「なぜですか」
「僕がパーティーのリーダーだから」
「リーダーは、パーティーを統率するものです。パーティーを壊滅に追いやるためにいるのではありません」
ああ、ほんとうにこの人はオートマトンなんだろうか?
まったくの正論だよ。
でもね、リンゴ。
「だから、なに?」
「――――」
ハッ、としてリンゴが僕から離れる。
「パーティーは、ひとりじゃない。ひとりじゃないからパーティーなんだ。たとえ急造でも。たとえ暴言を吐かれても。たとえ勝手な行動を取られても。たとえ、先に行ってもいいと言われても……僕は、助ける」
僕は走り出す。
走りながらバックパックに紙束を突っ込んでパチンコをつかむ。
どこまでできるかわからない。
それでも助けに行く。
それは、安っぽい正義感なんかじゃない。
絶対に違う。
――トレジャーハントに必要なのは、たった1つ、きらめくような才能だ。
僕のバイブル、「いち冒険家としての生き様」の冒頭に書かれている言葉。
いくつも才能があるほうが望ましいじゃないかって? そりゃあそうだよ。僕だって嗅覚以外の才能が欲しかった。魔法とか、筋力とか、頭脳とか。
でも、1つだけでも才能があれば、財宝探しができるんだ。
なぜなら冒険者はパーティーを組むから。
足りないところを補えるから。
僕はパーティーのリーダーになった。
その経緯が成り行きであったとしても、僕はメンバーを助けなきゃ。
彼らを置いて先に行くことができるんなら、きっとそれだけじゃ済まなくなる。
僕はいつかリンゴを置いて先に進む。
僕はいつかモラを置いて先に進む。
そんなのはイヤだ。絶対にイヤだ。
だから今、ゼルズさんたちを助ける!!
「おおおおおおお――」
タラクトさんが腰に差したショートソードを抜き放つ。
ほぼミイラ化していた死者の首を斬り飛ばすと、死者はそのまま前のめりに突っ伏した。だけどもぞもぞと動いている。やがて立って歩き出す。
「ゼルズ! レノ!」
かすれた絶叫が響く。
タラクトさんが死者に隠れて、僕から見えなくなる。
「ああああっ、ああ……」
レノさんの右腕が、死者の群れの向こうに見えた。
なにかをつかむように虚空へ差し出されている。
「レノぉぉッ!!」
ラクサさんは死者たちの間をすり抜け、レノさんに近づこうとする。
でも、ダメだ。
死者の密度が高すぎて近寄れない。
「…………」
僕もパチンコに金属片をつがえる。
殺傷力を高めた特注品だ。
ただ重量もあるので数を持てない。持ってきたのはたった20発だ。
他にも特殊な弾があるけど――どうする。1体ずつ相手にしてたんじゃ、すぐに弾が尽きる。
手が震える。
くそ。くそ。くそっ。
実戦なんて初めてだ。
誰かを――死者であっても、誰かを傷つけるためにこのパチンコを使ったことは、今までに一度もない。
パチンコを構える。震えて、照準がずれる。
もし外したら?
死者が襲いかかってくる。
複数来たら、僕は死者に埋もれるだろう。
そうなったら皮膚を裂かれ、首に噛みつかれ、もみくちゃにされて死――。
「いかがしましょうか、ご主人様。正面突破がよろしいですか」
僕の横に、リンゴが立っていた。
「……リンゴ」
「ご指示を」
「リンゴ、怒ってる?」
「…………」
やっぱり、怒っているのかもしれない。
僕がたいして説明もせずにワガママを言ったから。
「怒るはずがありませんわ」
そう言ったリンゴは――笑っていた。
「むしろあのようにおっしゃってくださって、誇らしい思いでしたわ」
「誇らしい……?」
「自身を罵倒し、裏切る相手にすら救いの手を差し伸べられる――わたくしの奉仕するご主人様は、これほどまでに偉大な方だったのだと」
背中に大きな水瓶を背負ったメイドさん。
変な格好なのに、やたら彼女は堂に入っていた。
「ご指示を、ノロット様」
「うん」
恐怖は、どこかに行っていた。
後悔はしない。する必要がない。
僕は見据える。
うごめく数百の死者。
そのうちの10以上はこちらに気づいて、近づいてくる。
「蹴散らそう! そして4人を救うんだ!」
僕はパチンコから、最初の一射を放った。




