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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第2章 黄金の煉獄門

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24 黄金の煉獄門 第1階層(4)

 巨大な斧をずるずると引きずる女。

 ちぎれた魔法書を抱えている男。

 ばっくりと法衣の中央が斬られ真っ赤に染まっている女。

 両手に短剣を握っている男。


「なんでだよ!? お前らが死んだのは、第2階層だろ!?」

「……連れて帰るぞ、レノ」


 言ったのはゼルズさんだ。


「ど、どど、どうやって!?」

「入口まで誘導すんだよ! そのまま転移で表に出られる」

「あの燭台に引っ張られるだろ!」

「知るか! そうなったら手でもなんでもつかめ!!」


 興奮して言い合うふたり。

 まだ、4人が襲ってくるような気配はない。

 でも――悪い兆候だ。


「ダメです」


 僕は言った。


「連れて帰ることはできません。言いましたよね? もうアンデッドになっているかもしれない。仲間がいたら戦う、って」


 そう明言したのは、タラクトさんだ。

 びくりと身体を震わせる。


「……知らねえ。そんな約束したことはねえ。言ったのはタラクトだ」


 ゼルズさんはかたくなだった。


「おい、レノ」

「ああ――」

「ダメです!」


 僕はゼルズさんたちのすぐそばまで近寄る。


「連れ帰って、どうするんですか。アンデッドになったら――この遺跡では、切り伏せても動く、腕だけになっても動く、粉々にまでしないと動きを止めることはできない。知ってるでしょう!?」

「知らねえっつったんだ!」


 振り返ったゼルズさんが僕の胸ぐらをつかむ――瞬間、リンゴの手が横から伸びてきて、ゼルズさんをつかむや、力任せにぶん投げた。

 ごろごろっとゼルズさんの身体が地面を転がる。

 けして、ゼルズさんの体重は軽くない。それをいとも簡単に投げた。


「……あいつらは、仲間だ。そうだろうが、タラクト。聞いてんのか!」


 うめくようにゼルズさんが言った。


「…………聞いてるよ。でも、あいつらはもう……」

「お前がそこまで薄情なヤツだとは知らなかったよ、俺は! 死体を置いて逃げろって言ったのもお前だもんなあ!?」


 僕はもう、気づいていた。


「俺はずっと後悔してた。なんであいつらを置いてきたのか、って。だから俺はもう置いていかねえんだよ!!」


 説得はできない。

 決意を完全に固めた声だったから。


 それでも僕は言わなきゃいけない。

 僕が、パーティーのリーダーだから。


「僕らの目標は遺跡の踏破です。アンデッドの救出じゃない」

「ああ、そうかよ。お前はそう言うんだろうな!」


 身体を起こし、立ち上がったゼルズさんが僕に人差し指を突きつける。


「仲間を死なせ、連れ帰れなかった俺の気持ちがわかるか!? わかんねえだろうなあ、子どもにはよお!! 強ええオートマトンと伝説の魔剣士に守ってもらってるうちには、わかるわけがねえんだよ!!」


 届かなかった手の代わりに、言葉が僕を打つ。

 ……わかってるさ。

 僕だって。

 誰かを失うことが苦しいってことくらい。

 僕には……力がないことくらい。


「……アンデッドを回収したいのなら、そうしてください。僕は模写を続けます」


 言って、僕は壁面へと向かう。


「――いいのですか。あのような無礼を働く者は、きつくわからせてやる必要があると思いますが」 


 すぐにリンゴがついてくる。

 物騒だなあ……。

 ちょっと苦笑した。


「いいんだよ。ゼルズさんが言ったことは正しいし……」

「そんなことありません。ご主人様は――」

「いいんだ」


 重ねて、言った。


 僕はたぶん、人より同情が薄いところがある。

 その理由は――これも、たぶんだけど――僕がほんとうの両親を知らないせいだ。

 物心ついたときには孤児院にいた。

 働き手として雇ってくれたのが料理店の店主だ。


 大切な人なんて、僕には最初からいなかった。

 だから、それを失う気持ちは想像することしかできないんだ。


 悲しみを癒す方法はあまりない。

 ゼルズさんにとって、死者を連れ帰ることがその方法なら、試してみるしかないじゃないか。


 ……きっと僕は、パーティーのリーダーとしては全然ダメダメなんだろうね。


「すまなかった」


 模写に戻った僕の横に、タラクトさんがやってきた。

 手には模写のための羽ペンと紙束を持っている。

 タラクトさんはゼルズさんには加わらないらしい。


「……いいんですか?」

「ああ……いや、よくないんだろうな。こんなことになって申し訳ない。出発前に話したときには、あいつも理解していた……いや、それも俺が勝手に勘違いしていただけかもしれない。ゼルズもレノも、腹の中じゃ割り切れてなかったんだ」


 のろのろと模写を始める。

 独り言のようにタラクトさんが言う。


「俺たちはこの町でいっしょに育った。ラクサとアルファイは引っ越してきて、俺たちに加わったけど、それだって10とか11のころの話だ。ずっと夢見てたんだ……この遺跡を踏破するって」


 ゼルズさんとレノさんの声が聞こえる。

 死者は襲いかかってこないらしい。

 4人の死者を、入口へと誘導しようと声をかけている。


「……俺たちの冒険が許されるまで、タレイド叔父さんが俺たちを認めてくれるまで……もどかしいくらい長かった。誰かに先に『黄金の煉獄門』を踏破されちまうんじゃないかって……焦ってた」


 死者の誘導はうまくいかない。

 苛立った声を出すゼルズさんを、レノさんが押さえる。


「……いざ、ここに挑んだあの日、うれしかったよ。誇らしかったよ。ついに来た、って思った。俺たちはストームゲートに名前を残すんだ、って息巻いててさ。……リオンは言ってた。『わかってるの? あなたのワガママに付き合うのもこれで最後だから』って。俺はずっとあいつにワガママを聞いてもらってたからな……あいつは治癒術師で、遺跡踏破よりもケガ人を治したいってずっと言ってたからな…………」


 僕はタラクトさんを見ることができなかった。

 模写の手は止まっていた。

 ぽたりぽたりと、彼の目からこぼれる涙が紙束を湿らせていた。


「リオンは俺の恋人だった。アルファイはゼルズの……」


 そこから先は言葉にならなかった。

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