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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第2章 黄金の煉獄門

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23 黄金の煉獄門 第1階層(3)

 死者がわらわらと群がっているそばで眠るのは、最初は抵抗があった。

 でもね。

 実際寝てみると案外熟睡できたんだ。

 まあ、馬小屋でまぐさにまみれて眠るよりかははるかにマシだったってことかも。虫刺され的な意味で。


 目が覚めたとき、リンゴは遠くを見つめていた。

 僕は彼女を真下から見上げていて――あれ? リンゴの、ふくらんだ胸と、その先にあるあごが見えるこの位置って……。


 膝枕!?


 びょんっ、と飛び起きた僕に、


「おはようございます、ノロット様。目覚めのお茶を煎れますね」

「いやいやいやいや! その前に、なんで膝枕してたの!?」


 昨夜は確か、見張りをどうするかとかいう話をゼルズさんがしていて、リンゴが「わたくしは眠る必要がありませんので」と言って全部引き受けたような記憶がある。

 僕はひとり毛布にくるまって、丸くなって寝たはずだ。

 そのとき僕のそばにリンゴの膝はなかった。

 誓って言える。リンゴの膝なんてなかった。


「メイドが膝枕をするのに理由が要りますか?」


 なんかワケわかんないこと言い出した。


「いや……もう、びっくりするんだから、そういうのは止めて欲しいの。わかる?」

「…………」

「そっと首を横に振らないで。わかってるくせに!」

「ご主人様が、寝苦しそうでしたので」

「……え?」


 寝苦しそうだった?


「…………」


 思い当たることが、ちょっとだけある。

 僕は僕で、初めてのちゃんとした遺跡ということで、緊張しているのかもしれないってこと。

 リンゴはリンゴなりに気を遣ってくれていたみたいだ。


「……ま、まあ、それなら……ありがとう」

「たいしたことではありませんわ」


 リンゴの笑顔だけは、遺跡に入ろうと入るまいと変わらなかった。




 洞窟や地下遺跡など、太陽の光が射し込まない場所では一日の時間感覚がおかしくなりやすい。

 必要なのは規則正しい生活なんだよね。

 このために僕は懐中時計を用意していた。


 ストームゲートで買おうとしたら1万ゲム以上する高価な品だし、1日で数分は狂ってしまう精度だけれど、体調を整えるためには必要だから奮発した。

 遺跡だと、ほんの些細な判断ミスが命取りになるからね。

 そのミスをなくすために、想定される危険に対してはあらゆる対策をすべきなんだ!


 ……って、「いち冒険家としての生き様」に書いてあった。マジ役立つ。マジバイブル。




 午前7時。


 サンドイッチを食べた僕は、タラクトさんと手分けして模写を始める。

 僕は絵を担当し、タラクトさんは文字のほうだ。

 リンゴたちは周囲を警戒する――とはいえ、まだまだ「生命の燭台」が見える範囲なので問題はなさそうだけどね。


 モラはまだ寝ている。夜半に1度起きたけど、寝ぼけたように「俺っちァ冬眠する習性はねェんだ」と言ってまた寝たらしい。


 考えたことなかったけど、モラって冬眠するのかな? 食べ物は人間と同じものを食べてるけど、ほんとうはハエとかのほうがいいのかな? 起きたら聞いてみよう。なんか、怒られる気がするけど。


 僕は作業を続ける。


「…………」


 苛ついたような、ねっとりした視線をゼルズさんから感じたけれど、僕は無視した。

 ここで模写をすることの意味を議論するより、1時間でも早く模写を終わらせるほうが有意義に決まっている。



 だけどそれは、判断ミスだった。

 僕は、ちゃんと話し合うべきだったのだ。



 事件が起きたのは、その日の夕方だった。

 夕方――とは言っても同じ真っ暗だったから、僕の懐中時計が午後6時を示したころっていうだけだけど。


 思っていた以上に模写が進んで、いよいよ「生命の燭台」の影響範囲からはずれようとしていた。

 すでに「生命の燭台」は数百という死者を集めていた。


 あっちのほうは……よく見えないけど、大変な人だかりだ。

 ちょっとやそっとの有名人じゃあ、あんなに人は集まらないよ。

 それくらいすごい。

 でも静か。

 だから結構不気味ではある。


 事前のモラの読みでは、


「燭台を1日以上掲げておけば、第1階層にいる死者はすべて集められる」


 というものだった。

 実際に、僕らの周囲に死者は見かけなくなったし、気配もなかった。


「なんだコラ、てめえ」


 黙々と作業を続けていた僕とタラクトさんは、その声を聞いた。

 ゼルズさんだとすぐに気がついた。

 うっすらと影が見える。

 ゼルズさんはなにかと向かい合っていた。

 怒りを含んだ言葉をぶつけている相手は――死者だった。


 冒険者の死体ではないみたい。

 身につけている衣服はぼろぼろで、身体もほぼミイラ化しているけれど、元一般市民じゃないか――そんな印象を受ける。

 ただの勘だけどね。


 死者はじっとゼルズさんを見つめていた。

「生命の燭台」はここからはずっと遠い。

 その死者から見れば、僕らの生命の光と、燭台の光は、同じくらいの大きさなのかもしれない。

 あるいは、複数人いるから立ち止まったのかもしれない。


 問題は、ゼルズさんがそれを気にくわなかったということなんだ。


「さっさとどっか行け、クソッ」


 第1階層でもたもたしていることによほど苛立っているみたいだ。

 僕は焦る。

 ゼルズさんが右足を上げて、死者を蹴り飛ばそうとする――。


「待って! ダメです!」


 僕は声を放った。


「あ?」


 片足を上げたままでゼルズさんが振り返る。


「攻撃は危険です。なにがあるかわかりません」

「なにがある、ってなんだよ」

「攻撃が引き金になって、死者たちがこちらを標的にする可能性があるってことです」

「確実なのか?」

「……いえ、推測ですけど」

「チッ」


 舌打ちをしながらもゼルズさんは足を引っ込める。

 死者の気分が変わったのか、僕らではなく「生命の燭台」へと歩いていく。

 ほっ、とした。

 やっぱり、ちゃんと話し合っておくべきなんだ。

 僕らは急造のパーティーだ。だったらなおさら、話し合いが必要だ。


「あ……」


 でも、そんな時間の余裕は、なかった。

 レノさんが震える人差し指を前方に向けていた。


「ウソだろ……ウソだ、こんなの…………」


 現れたのは4人の冒険者だった。

 彼らの肉体は、死に直面してから、そう時間が経っていない。


 皮膚の表面に、服に、防具に、血がついている。


 目は、光を失っているものの、眼球が転げ落ちていない。


「リオン、カーライル、アルファイ、ロドマ……!」


 レノさんの悲痛な叫びが響き渡る。

 その4人が、つい先日この遺跡で亡くなった4人――レノさんたちのパーティーメンバー――であることを疑う理由は、なにひとつなかった。

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