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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第1章 トレジャーハントには調査と仲間が必要(凶暴なメイドを含む)
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20 僕の役目

「おおっ……これがあの有名な……!!」


 馬車から降りた僕が目にしたのは、


「…………」


 広々とした砂漠。

 誰も住んでいない家屋が数棟(2つは屋根が落ちて砂に埋もれていた)。


「……『黄金の煉獄門』ですよね?」


 と振り返ると、ゼルズさんとレノさんがウンウンとうなずいた。

 でも僕が見るに、砂漠の真ん中の放棄された集落のようだ。


「冒険者が毎日のように挑んでいたころは活気があったんだ……だけど今じゃ、日に1度の観光馬車が来るくらい。冒険者向けの商店や救護施設は必要ないだろう……ということでここには誰もいない」


 ラクサさんが教えてくれる。

 なるほど。


「……でも、アレが見えるだろ」

「はい」


 僕らの視線の先。

 遠目にもはっきりとわかる。


 金色に輝いていた。


 不自然なほどの光を発していた。


 高さは僕が見上げるほど。

 表面には奇妙な紋様が彫り込まれている。

 風によって吹き付けられた砂粒は、金色の光に触れるやさらに小さいカスになって消えた。


 ぴかぴかだ。

 200年以上も前に造られたとは思えないほどに。


 煉獄門。

 煉獄とは、さる宗教の教義にもあるのだけど、天国や地獄に行く前に、魂が生前の罪を清めるために火に焼かれる場所だという。

 門の先にあるのは――煉獄。そう、言いたいのだろう。

 死後の世界。だけど、魂は救済されていない。

 もちろんそんな名前は、遺跡の創造主ではなくて冒険者がつけたのだけど。




「じゃあ、5日後に来るからよ。その後は1日おきに、最大で3週間まで続ける。それでいいんだよな?」


 馬車の主人との契約だ。

 なにもないこの砂漠で待ってもらうのはきつい。だったら何度も往復するほうがいい。

 もちろんそのための代金は支払い済みである。


「はい。帰りは大丈夫そうですか?」

「おお。乗客や荷物がなけりゃスピードを出せるからよ。そしたら、モンスターも追えやしねえ。じゃあ――くれぐれも、命は大事にしろよ」


 そうして主人は去っていった。


 僕らはそれぞれ、荷物を担ぐ。

 一番重い、水の入ったカメはリンゴが背負った。

 あまりに軽々扱うものだから、


「ちょっとしか入ってないんじゃないっすか?」


 とゼルズさんが言って、代わりに持とうとしたところぴくりとも動かなかった。


「…………」


 いまだに目を剥いてリンゴのことを見ている。


 それはともかく、僕は僕ですぐに参照できるよういくつかの資料を手持ちにして、バックパックを背負う。


「魔剣士モラはまだ起きないのかい?」


 と、タラクトさん。

 バックパックにはモラが入ってるんだよね。


「ええ。あと1日2日は起きないと思います。たまにちょいちょい目を覚ましますけど、長く起きてるのは無理ですね」

「えっ? そ、そうなの?」


 途端に心配そうになる。

 まあ、ねえ。

 頼りにしている魔法が、向こう30時間以上は使えないとわかったら、うろたえるよね。

 ……逆に言えば僕なんかまったく頼りにされてないってことなんだけども。


「大丈夫ですよ。やらなきゃいけないことは僕がわかってるんで。というより、モラはそのために寝てるから」

「?」


 わからない、という顔のタラクトさん。

 どのみち、すぐわかることになるので説明はしなかった。



 近寄るのに苦労した。もう、かなり足下が砂のせいでふにゃふにゃなんだよね。

 黄金の柱もまたくせもので、すぐそこに見えているからすぐ着くよなって思ってたのに、歩いても歩いてもなかなかたどり着かない。

 どうやら他に比較するものがないから、遠近感が狂ってるみたい。


「ふーむ……」


 僕は柱から5メートルほど離れたところまで近づいた。

 これ以上はトラップが作動するようなので、近づくにはこれが限界だろう。


「どう、リンゴ? 事前の情報となにか違うところはある?」


 隣に立ったリンゴにたずねると、


「いえ、情報のとおりだと思いますわ」

「他に気づいたところはない? 違和感とか。冒険者の記述にはなかったけれどここにあるものとか」


 というのも、僕には違和感バリバリだったのだ。

 ただその正体がなかなかつかめない――これは、資料を調べていたときから感じていた違和感だ。


「気づいたところですか? そうですね…………あっ!」


 リンゴが声を上げた。

 なに?

 なにかあるの?

 期待してしまう――僕の違和感の謎を解く鍵があるかもしれない!


「……真剣なご主人様が、こんなにも素敵なのだと気づいてしまいましたわ……!」


 もうリンゴに話を聞くのは止めよう。

 このオートマトンは水を運ぶ機械だ。たまにしゃべるだけの。


「ご、ご主人様っ、すべての感情を捨て去ったような目を……! わたくしがなにかおかしなことを申し上げましたか……!」

「…………」

「無視! ひどい! でもそういうプレイがお好みなら……それはそれで……!」



「ねえ、ゼルズさん。肩車してもらえませんか?」


 僕は、やってきたゼルズさんにたずねる。


「お? それはいいが――どうしたんだ!? 姐さんが荒い息を吐いてうずくまってるぞ!?」

「姐さん? なんのことです? とりあえず肩車です。よろしくお願いします」

「な、なんかよくわからねえが、リーダーに逆らうと怖いんだなってことはわかったような気がする……」


 僕はゼルズさんの肩に載せてもらった。


 すん。


 鼻を動かす。

 そして神経を集中する。

 空気中にある情報をあますところなく取り入れる。


「……ありがとう」

「あれ、もういいのか? なにか見えたのか」

「いえ。見えたんじゃなく――嗅いだんです」


 そうか。

 ゼルズさんたちには僕の才能について、そう言えば説明していなかったっけ。


 ちょうどいい機会なのでタラクトさんとレノさん、ラクサさんにも来てもらって僕の才能の話をした。


「ウッソでぇ~」


 とゼルズさんが言ったので、


「ゼルズさん。昨日はお酒を飲まないようにと言ったのに飲みましたね? 行ったお店は市場西通りの『荒くれ者の食卓』」

「んなっ!?」


 絶句するゼルズさんと、目を見開く他の3人。

 3人も同じ店に行ったんだから、驚きもひとしおだろう。


「な、な、なん、で、それを……まさか尾けて」

「違います。僕らは先に馬小屋で寝てましたからね。――ニオイを嗅げばわかるんですよ」


 僕は自分の鼻を指差した。


「す、すまん。その、昨日は飲み過ぎるつもりはなくて……」

「わかっています。飲まないでくださいと言ったのは、朝が早かったので遅刻を心配しただけですから」


 それになんとなく気持ちが理解できた。

 たぶん、亡くなったパーティーメンバーを追悼していたんだろう。

 仇を取るために明日遺跡へ行く……って。


 ともかく僕の才能については信じてくれたみたい。

 なので僕は気がついたことを伝えた。


「まず門の近くではなるべく頭を低くしてください」

「頭を……なんでだ?」


 タラクトさんがたずねる。


「上部から人体に有害となる毒素が噴出されています」

「なんだって!? そんな話聞いたことないぞ」

「透明なので見えませんよ。それに微量ですから近寄らなければ大きな影響はありません」

「……なんの毒素だ」


 ラクサさんが反応する。


「夢幻白結晶の粉末だと思います」


「ふむ……なるほど。魔力の蓄積で微量ながら精製できる結晶だな。柱に仕込まれた魔力で造り続けているということか」


 ご名答。さすが解錠のプロ。毒薬にも詳しい。


「だがリーダー、それは変だ。夢幻白結晶はニオイなんてしない」

「ニオイますよ――ほんの少しだけ、酸っぱい感じと鼻をちくちくする感じがあるんです」

「…………」


 ラクサさんは納得できていないようだったけれど、先ほどの僕の推理が当たったこともあり、それ以上は聞いてこなかった。


「それで、夢幻……結晶? その粉末はどんな有害性があるんだ」


 と、タラクトさん。


「意識の混濁を誘発します。魂を遊離させるなんて言う人もいますけどね」


 タラクトさんはちらりと柱を見ると、後じさるように半歩離れた。

 まあ、ここからの距離は20メートルはあるから、影響なんてないけど。


「柱ですが、上から順に、『夢幻白結晶』、『ベイルラドン毒』、『メデューサ光』、『クモゲの花』、『スタニングフロッグ毒素』の順で毒素を噴出していると思います」

「なんだと? ベイルラドン毒なんて即死性の毒素じゃないか。それに石化、猛毒、マヒ毒の順か」


 とラクサさん。やっぱり毒に詳しいなあ。


「ええ。腰の高さまで屈んで進むほうがいいでしょうね」


 ニオイの判別には自信があった。

 有名な毒素だからというのもあるけどね。


「でもそこまで詳しく仕掛けを看破した冒険者なんてこれまでいなかった……あっ」


 言いかけたラクサさんは、気がついたように声を上げる。


「そうか、ニオイか」


 僕はにっこり笑った。


「はい。今言った毒素は、一般的に『無臭』と言われているものたちです」


 でもなー。わかっちゃうんだよなー、僕には。

 ま、まあ、毒素のニオイを判別できるようになるまで……死ぬギリギリの中毒症状が出てもニオイを嗅ぎまくったからね……。

 それもこれもすべてモラの指導だったわけだけど、解毒魔法がなければ死んでた。素人は真似しないようにしてください。


「では、行きましょう」


 僕が言うと、レノさんが不安げな顔をした。


「な、なあ、ほんとうに腰まで屈めば大丈夫なのか? すごい毒なんだろう?」

「はい。大丈夫ですよ。屈むというのも大げさなくらいなんです。全体的にほんの微量の毒素しか出ていませんから」

「そうなのか……?」

「そうですよ。だって」


 僕は苦笑する。


「レノさんたち、一度通ってますよね? ふつうに。歩いて」

「あ、ああ……そうか」


 納得してくれたみたいだ。

 そう。

 確かにこの程度の毒素ならたいしたことはない。

 ふつうに考えれば「柱に近づいた人間に射出されるトラップの毒が、残っている」――そのためにニオイを僕が嗅ぎ取った、ってことになるだろう。


 でも「それはない」と僕の直感が語っていた。


 なぜなら、これらの毒素は、空気中に散ると短い時間で無害化されるという特徴も持っているのだ。

 つまり柱は、常に微量の毒素を出し続けていることになる。

 一番はっきりしたニオイは白夢幻の結晶だったけど……他の毒素に比べて魔力によって生産可能だからということも考えられる。


 ……ほんとうにそうか?


 ……毒素には特別な意味があるのでは?


 ……わからない。

 なにか、わかりそうな気がするのに、答えが目の前にあるような気がするのに、わからない。

 そんなもどかしさ。


「ご主人様? どうしました?」

「えっ、あ」


 心配そうなリンゴの顔。

 すでにゼルズさんたちは中に入ったようだ。

 見渡すと誰もどこにもいない。

 空間転移。

 門柱の向こうは、遺跡。


 ……気を引き締めなきゃ。


「行こう」

「はい、ご主人様。お供しますわ」


 僕とリンゴは並んで歩き出した。


 その光景を眺めていた人がいたなら、僕とリンゴが――ある一線を越えたところで、溶けるように、空中に消えたように見えたろう。


 レジェンドクラスの遺跡、268年間、誰にも踏破されなかった遺跡。

「黄金の煉獄門」に、僕は足を踏み入れた。

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