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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第1章 トレジャーハントには調査と仲間が必要(凶暴なメイドを含む)
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1 かんきんできない。

「え、換金できない……?」


 唖然とする僕に、店主は困ったように頭を下げた。


「申し訳ないですが、この宝石はちょっと難しい。マジックアイテムですよね? 正確に鑑定できませんので」


 ヤバイ。

 町に着いて早々ヤバイ。

 なにがヤバイって持ち金がない。

 僕ノロット。

 すごい冒険者。

 誰も踏破できなかった遺跡を踏破して大金を手に入れた。

 とか言われてる。

 でもお金がない。

 なんでか?


 この独立都市ストームゲートは、様々な通貨が流入するために、一元的に自治政府が両替を行っている。

 独自通貨「ゲム」がここで使える通貨なんだ。

 僕はここに来る前、ムクドリ共和国というところにいた。

 で、僕の手持ちのお金はホエールシップに乗る段階で切れていた。


 なんでそんな無謀なことをしたか?

 いやね、割と楽観していたんだ。

 僕のバックパックには大量の宝石があったから――そう、翡翠回廊の最奥で発見し、元はと言えばモラの所有物だった宝石が。

 全部魔法宝石なんだけどね……。


「安全策が裏目に出たなァ」


 店を出たところでモラが、バックパックの中から話しかけてきた。


「この店は安全だっていう僕の目は間違ってなかったのに……“安全過ぎて逆に引き取ってくれない”とか思わないでしょフツー……」

「結果が伴わなきゃ意味がねェ」

「盗賊ギルドのやってる宝石店なんて行ってみなよ。僕みたいな子どもが魔法宝石を持ち込んだら、なにされるかわかったもんじゃない」


 町には、いろんなニオイがある。

 乾ききった木のニオイ

 人の汗のニオイ。

 料理のニオイ。

 馬のニオイ。

 鉄食器のニオイ。

 どんなニオイも、どれほどかすかであっても、僕はかぎ分ける。


 僕はニオイから推測する。

 店に出入りする人間を。

 ほとんどの宝石店には、なにかしら「いわく」があったんだ。

 血のニオイ。酒のニオイ。麻薬のニオイ。

 こういうのは、ダメ。ペケ。絶対入っちゃ駄目。店舗の裏手の部屋にコワモテの人たちがいる。

 僕みたいなカモがネギをしょってくるのを待っている。ヒャッハーされちゃう(僕が)。


 それだけに今のお店は、清潔で、僕も自信があったんだけど――店主が誠実すぎて僕の持ち込んだ宝石を買ってくれなかったというわけで。


「お客さん!」


 すると――さっきの宝石店から店主が出てきた。

 もしや買ってくれるとか? と期待に満ちた目で僕が振り返ると、


「お金に困っておいでのようなので。もしかしたらこの方は宝石をお金に換えてくれるかもしれません。骨董集めがお好きで、宝石というか、マジックアイテム的な意味で買ってくれるかもしれません」



 僕は考えながら歩いていた。


「……トウミツさん、ね」


 紹介してくれた、相手の名前だ。

 結構な富豪らしいけど。


「どうすんでェ」

「とりあえず行ってみる。なにか変なことがあったら止めるよ。用件を切り出す前に、嗅いだら、なにかわかるだろうし」


 それにしても――ストームゲートの町には活気がすごい。

 表通りには露店がびっしり並んでいるし、裏通りは専門店ばっかりだ。

 歩いてる人も、この辺りに住んでるであろう白いふんわりした布をかぶってる人、僕のように旅人だか冒険者だかわからない人、兵士とか傭兵ふうの人、様々だ。


 くんくん。

 美味しそうなニオイがするなぁ……。

「うわあ、トカゲの丸焼きだって。どんな味がするんだろ。見た目は鶏肉みたいだけど……」

 ハッ。

 ダメダメ。

 先立つものはお金だよ。

 先にお金を手に入れないと。

 お金がないなら宝石を使えばいいじゃない、とかそういうことができない。ほんと不便。

 とはいえ現金はかさばるから長距離移動には向いてないんだけどね。

「黄金の煉獄門」の前に、やらなきゃいけないことは多い。


 トウミツさんの家はすぐに見つかった。


「お……」


 家の前に立って、僕は、


「おおおおお…………」


 思わず変な声が出た。

 でかい。3階建てくらいなんだろうか。

 ストームゲートの一般市民は1階層の平屋に住んでるから、より大きさが目立つ。


「なにか用ですか」


 丁寧だけれどどこか冷たい感じがする使用人が、敷地内から出てきた。


「あの、宝石商の方に聞いたんですが……」

「……宝石商?」


 そのとき初めて使用人の顔色が変わった。

 僕は先ほどのお店のことを伝えた。

 やっぱり優良店だったんだ。使用人の警戒心が解けていく。


 その間にも僕の鼻は仕事をしていた。

 この家から、いかがわしいニオイはしてこない。まったく。でもふつうのお屋敷でないことも確かだ。

 “古いニオイ”が漂っていた。

 なんていうか――ずっと、何千年もの間、時が止まった書斎のようなニオイだ。

 心が落ち着くけど、自分の知らない叡智に、こっちが見透かされている――みたいな。

 わかりにくいかな?


「ん……」


 と僕は、不思議なニオイを嗅いだ。

 さわやかだけれども甘い、僕の知らない果物のような――。


「中へどうぞ。トウミツ様が会われます」




「すご……」


 僕が通されたのは、応接間って言うのが一番ぴったりくる。

 でも人間が座るべきソファやイスには「人形」が座っていた。


 ミニチュアもあれば、実物大の人間サイズのものもある。驚くべきはその見た目が、遠目に見たら完全に人間だと思ってしまうくらいだってこと。

 着ている服、とんでもなくお金がかかっている。

 ドレスとかだよ。ドレス。夜会ですかここ。応接間で夜会。24時間夜会。いいですねえ。

 ハッ。どうでもいいわ、そんなこと。


「いやーハイハイハイハイ。君かい。わしに会いたいと言った子は」


 トウミツさんがやってきた。

 座るところない……ないな? ないよね? 立ってろってこと?


 第一印象は、丸い。

 第二印象は(そんなものがあるならね)、てかてかしてる。

 金の刺繍が入ったガウンを着ていて、頭には帽子だか王冠だかわからないものをかぶってる。

 王冠じゃないか。ストームゲートは王政じゃないし。

 金の刺繍が入った帽子の下には、あごにちょびっとだけヒゲの生えた、丸い顔がある。


「あ、はい、そのー、トウミツさんを宝石店の主人から紹介いただいて――」


 言いかけた僕の鼻先に、トウミツさんはびしっ、と指を三本突きつけた。


「君にかける時間は30秒。そう決めてるから」

「え?」

「時間は有限だってこと。あと15秒」


 おいおいおいおい!

 聞いてないよ! 仕事しろよ使用人!

 知ってたらもっとこう、僕がね、立て板に水のごとくすらすらとセールストークを――。


「あ、え、あ、あのこれ!」


 あわててポケットから袋を取り出す。宝石をいくつか詰めた革袋だ。


「ああああっ!」


 袋から宝石が飛び出した。

 紫、深紅、紺碧、黒――様々な色がばらばらばらと床に散らばる。

 また僕はあわてた。

 丸いオッサン、じゃなかった、トウミツさんがいきなり這いつくばったのだ。


「ぬぬぬぬぬぬぬぬ!?」


 そうして唸りだした。

 新手のモンスターかもしれない。

 と僕が警戒したとき、


「君ィ!」

「はひっ!?」

「これをわしに売ってくれんかね!!」




 そこから先はあれよあれよと言う間に話が進んだ。

 トウミツさんは僕の出した(こぼした)宝石を全部買ってくれた。あわせて、68万ゲム。


 ろくじゅうはちまんゲム。


 すごい数字っぽく見える? 見えない? よくわからない?

 具体的に言うとですね、それらは金貨になります。

 宝石が入っていた僕の革袋は今や金貨でぱんぱんになった。

 しかも同じ革袋が7つに増えていた。

 すごくない? ていうか重くない? ていうか、


「……マジすか?」

「大マジだ」


 金貨のオッサン、じゃなかった、トウミツさんはもう僕のことなんて見ちゃいない。宝石に釘付けだ。


「…………」


 正直に言うと――違和感があった。

 ひとつは、トウミツさんは骨董品とか人形とか、そういうものが好きなんだろう。でもここには宝石――しかも値の張る魔力の込められた宝石はない。

 もうひとつは――、


「ではお帰りはそちらです」


 さっきの使用人がやってきて僕の考えを遮るように、言った。

 ま、いっか。

 元はと言えばこの宝石を売るつもりできたんだし。

 目的達成。

 お金持ちの思惑なんて僕が知る必要ない。


「ありがとうございます。それじゃ――」


 僕はトウミツさんに挨拶しようとした。


「ぬぬぬぬぬ……」


 見ちゃいねぇ。

 お金持ちの思惑なんて知る必要はないけど、最低限人に挨拶をするべきではないかと思います。はい。




 使用人に連れられて僕はトウミツさんのお屋敷を出た。


「……無事に取引は済んだようじゃねェか」


 僕の小さな旅の連れが口を開いた。


「起きてたの?」

「ま、取引としては悪くなかったんじゃねェか? “取引としちゃァよ”」


 引っかかる、言い方だった。

 とはいえ僕もちょっとだけ引っかかってる。

 それはたぶん、というか絶対、モラとは違う点だけど。


 あのお屋敷のどこからも、外で感じた、さわやかな果物のようなニオイがしなかったんだ。

 間違いなく、あのお屋敷から漂ってきたニオイだったのに。

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