トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能
僕が混沌の魔王に魔法弾丸をぶち込んだあと、透明な水晶みたいなのが残った。
あれがきっと混沌の魔王の欠片……ということなんだろう。
アノロを封じ込めたときに、絆の魔法は解除される——そのタイミングで混沌の魔王の欠片を壊せるかどうかはわからない、とフォルリアードは言っていた。
「……壊せなかった、ってことか」
最後の最後まで手を焼かせる。
僕はエリーゼを見る。彼女も僕を見ていた。
僕はリンゴを見る。彼女も僕を見ていた。
「覚えてる?『救世主の試練』で精神のトレーナーが言っていたこと」
「——ノロットもあれを思い出したのね。あたしもそうよ。あのときはこんなこと話してなんの意味があるのかって思ってたけど、きっと、こういうことも想定してたってことかもね」
「と言うよりも、サラマド村の6人が師匠を完全に殺すことができなかったことを前提に、不測の事態が起きた場合の心理的な予行練習をさせた、ということではないでしょうか?」
「そうだね」
僕はうなずいた。
「じゃ、僕らの答えは決まってる」
「——ええ」
「もちろんです」
僕らの声は、一致していた。
「「「あきらめない」」」
当たり前だよ。
ただの思考訓練であるトロッコの作業員と、目の前にいるモラと、比べられるわけがない。
「モラ、聞こえてるんだろ?」
「そうよ、モラ。起きて」
「起きてください、モラ様。お昼寝には少々長すぎたでしょう。
フォルリアードは言った。モラは操られるだけの存在になっている、と。
僕はそれを明確に否定する。
だって、モラの精神世界に入ったとき、混沌の魔王はずいぶんモラに手こずっていた。
あのときモラは意識を失ったように見えたけど敗北宣言はしていなかった。
モラはあきらめていない。絶対にあきらめていないはずだ。それなのに僕らがあきらめるなんて——あり得ない!
「モラ、起きてよ。もう混沌の魔王なんていない。モラは自由なんだ。
ぱき……と小さな音が鳴った。
モラの周囲にうっすらとした魔法障壁が展開しつつあった。
混沌の魔王が籠もるための魔法障壁——混沌の魔王はまだ、生きている……?
「ねえ……モラ。僕はモラがいない間にずいぶん冒険したんだよ。神の試練だって残り全部突破したんだ。その話、聞きたいだろ? 聞きたくないって言ったって僕は話すから。だって——モラが、僕を冒険の世界に連れ出したんだから……」
変だ。僕の視界が歪んでいる。流す必要なんてないのに、涙があふれそうだ。
「全部蹴りがついたら、モラはなにをしたかったの? 身体を取り戻したあとだよ。そんな話、一度もしなかったよね? ごめん、僕、聞きもしなかった。冒険ができるってことがうれしくって、毎日が楽しくって……モラがいてくれたからだよ。こんなに幸せな毎日でいいのかな、って思った。だから次はモラが幸せになる番だよ」
ぱき、ぱきぱき……と魔法障壁がどんどん展開していく。
決断しろ、と言われた。
ああ、決断してやる。
僕は最後の最後まで絶対に——あきらめない。
「モラが、負けるわけない……モラは魔剣士なんだ。『魔剣士モラの翡翠回廊』を造った——700年以上踏破されなかった、伝説クラスの遺跡を造った、英雄なんだ! そうだろ、モラ! 起きろよ!!」
「モラ、いつまでも寝てるなんてだらしないじゃない!!」
「モラ様、早寝早起きはたしなみだと、そうおっしゃっていたではありませんか!」
魔法障壁がモラを覆っていく。それは幾層にも重なっていく。
僕のまぶたから一滴、涙がこぼれ落ちる。
「いい加減に起きてよ! モラが、モラがいなくなったら、僕は、僕は——ちくしょおおおおおおおお!!」
僕は拳を振り上げ、魔法障壁に叩きつける——瞬間、
「——え?」
障壁に当たるはずの拳は、すり抜けて、手のひらによって止められた。
「……お前ェは、どうなっちまうンでィ」
パキン——。
なにかが砕ける音が、聞こえた。
「………………モラ?」
うっすら瞳を開けて、意地悪く笑う――モラがいた。
「モラ、モラ……モラ、モラ、モラぁっ!!」
「よかった、よかったぁぁぁぁぁぁぁ」
「モラ様……」
「うおあ!? ちょっ、重い、重いンだよお前ェらァッ! リンゴ、ちっとは助けろィ!」
僕が、エリーゼが抱きつき、リンゴがハンカチを取り出して目元をぬぐう。
その様子に気づいたタレイドさんが大声で叫んだ。終わったぞ、我々の大勝利だ——って。
そう。
こうして僕らの戦いは幕を下ろしたんだ。
混沌の魔王討伐さる——その情報は、瞬く間に世界を駈け巡った。ダイヤモンドグレード冒険者ノロットの名前とともに。……いや、ほんと、勘弁してほしい。僕有名になんてなりたくないし、これじゃ町を歩けない。神話になっちゃう。吟遊詩人に歌われちゃう。困ったー……なんて一瞬でも思ったかと言うと、ほんの少し思った。
でも、なんなかった。
混沌の魔王が復活したという情報はそもそも隠されていたし、討伐されたことも秘匿されて、お終いだ。
「ン〜〜。いーィ天気じゃねェか」
窓際でモラが伸びをした。
「そろそろ遠出できそうかな?」
「俺っちァ最初から行けるっつってるじゃねェか。止めてたのはお前ェらだ」
「モラは自分が置かれていた状況をいい加減認めたほうがいいと思うけど」
「だからって1週間も寝たきりじゃァしまらねェ」
そんなことを言いながらモラはストレッチを始めた。
ここはトルメリア帝国の交易都市。無数にある宿のうちのひとつだ。帝都トルリアンが崩壊してから一時は避難民があふれたらしいけど、帝都は復興に向けてすでに動き出しており、復興目当ての商人、労働者たちが大挙していた。
僕らはこの町に1週間滞在していた。サパー王国はいろいろときな臭いしいろいろとめんどくさそうなのでトルメリア兵にくっついて越境し、この町にやってきたというわけ。
トルメリア兵たちはしきりに「皇帝に謁見を」「トルリアンの仇を討った英雄」なんて言ってきたけれども、トルメリア兵が悪魔と戦ってくれたおかげで僕らは混沌の魔王に集中できたわけだから、一方的に英雄と言われるのはおかしいからとお断りし、それよりもモラの体力回復が必要だったので静かに暮らさせてもらっていた。むしろ僕が先に倒しちゃってすみません、という感じもあったんだけど、兵士からすると「確実に」倒すことがなにより重要なので、戦力的に勝っていた僕らにまず戦ってもらうというのは当然の選択だったらしい。さすが職業軍人。
ことの顛末の説明は、全部タレイドさんにぶん投げた。冒険者協会本部や各国首脳への説明は、ね。タレイドさんの両目はめりめりめりと飛び出そうだったけどこらえていた。いや、おかしいよね? あの人の目。でも周りの人たちは特に気にした様子がないんだよね……。
そうだ、タレイドさんと言えば——タラクトさんたちはグレイトフォールで無事に悪魔に勝利して、町に残っているらしい。協会の人たちは会長がいないせいで仕事が溜まりまくっており、手ぐすね引いてタレイドさんの帰りを待っているのだとか。落ち着いたら一度会いに行きたいな。
その他の町も悪魔に勝利していた——と冒険者協会で教えてもらった。中には厳しい戦闘もあったようだけれど、混沌の魔王の気配が消えると同時に悪魔は消滅したのだとか。
神の試練はその能力を失い、ただの遺跡化したとも聞いた。
ゲオルグは早々に神の試練をあきらめ、今は南方の密林に見つかった新たな遺跡に挑戦するため移動している。
プライアは神の試練の調査を一応進めると。
サパー王国は今回の一件で各国から白い目を向けられており、これまでの秘密主義が多少は緩和されるのでは? と目されている。トルメリアとは仲が悪いままだろうけどね。
ああ、そうか……一度は会いに行かなきゃな、僕の勇敢な弟くんにもね。
「おィ、ノロットォ。リンゴとエリーゼはどこだィ」
「リンゴは買い出し、エリーゼは錫杖の鑑定で冒険者協会」
エリーゼがサラマド村で見つけた杖……錫杖? 鉄の棒? サラマド村から勝手に持ち出していいのかはわからなかったけど、ヴィリエがこっそりとエリーゼに「あげます」と言っていたみたい。
ただどんな材質なのかわからないから冒険者協会に鑑定しに行っているのだ。
問題がなければエリーゼの、大剣に変わる新たな武器……武器でいいのかな、アレ……。
「そォか」
モラが窓から外を眺めている。
そろそろ日没だ。
帰りを急ぐ人々が道を急いでいる。
「よォッし、ノロット。俺っちに付き合え」
「ん? どこか行くの? あんまり遠くはダメだよ。まだ身体だって本調子じゃないんだから」
「お前ェは俺っちのママかってェ話だよ。なんでェ、混沌の魔王と戦ってるときにゃちったァマシな顔してると思って俺っちのハートも震えたモンだけど」
「ちょ、ちょっと、それどういう意味だよ! ママなんかなワケない——」
「——お前ェの男ぶりが上がったってェことだよ。この鈍感」
「え?」
モラが近づき、僕の顔に顔を近づけると——頰にかすかに柔らかなものが触れた。
「ありがとうな、相棒」
そしてモラは僕の横を通り抜けていく。
「え? え? え? も、モラ、今のって——」
「よし。それじゃァ飲みに行くぞ。財布持ってこォ、ノロット」
「いやいやいや! 飲みになんてダメだよ!? っていうか、今、ぼ、僕にキス——」
「なァに照れてやァがる。俺っちがカエルのときにベロでびったんとやったじゃァねェか」
「え? あ、あー! 確かに!?」
そんなこともあったような!?
ていうか、たいしたことないふうを装いながらも、モラの頰が赤いんだけど!
「照れるくらいならモラだってやらないでよ……」
「うるせェバァカ。行くぞ!」
モラが僕の手を握る。
僕は引っ張られるように宿から外へと出ていく。
(ああ、そうだ——)
こうやって僕は、冒険の世界へと飛びだしたんだ。
モラに連れられて。
退屈な世界を抜け出して。
危険と隣り合わせの冒険の世界へと。
「モラ」
「ん?」
「僕のほうこそ……ありがとう」
「あん? なんだって? 聞こえなかったぞ?」
「んーん。いいんだ。それじゃあどのお店に行く?」
「おっ、乗り気じゃァねェか」
「そりゃあね。僕だって成人したんだからお酒くらい……」
「お前ェはミルクだ」
「なっ!? また子ども扱いして!」
「あっははははは! 酔っ払うンじゃねェぞ!」
こうして僕は、モラと、町を歩いて行く。
途中でリンゴと合流し、エリーゼと合流し、4人で手近な食堂へ。
こんな日々が続いていく。
僕が冒険を続ける限り、続いていくんだ。
『トレージャーハントに必要なのは、たったひとつの才能だ。どんな才能でもいい。文才でも、歌でも、腕っ節でもいい。その才能が、他人に負けないほどきらめいているのであれば』
「いち冒険家としての生き様」より
End
こんな長い(しかも地味!)小説をここまで読んでくださいまして本当にありがとうございました。
我ながら完結してよかったと思います。いくつか回収忘れの伏線があるような気がしますが、すみません……!
気がつけば100万PVを超えていたようで、本当にうれしかったです。数値だけではかれるものではありませんが、連載当初から読んでくださっていた方も多く、読んでくださる方がいるから書き続けられました。
新たな小説も投稿していきますので、こちらもお楽しみいただければ。
異世界転生・転移ものですが、相変わらず地味でのんびりした内容で続けていければと思います。
ダンジョンマスター(ただし創るほう) ~ WEBディレクターの俺、迷宮主とかいう生き物に転生する
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