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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第8章 混沌の魔王と冒険者たち

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183 ノロット vs 混沌の魔王

 光が消えたとき、僕は荒野に立っていた。


「……え?」


 空は暗く、暗雲から稲光が見える。

 枯れた草、枯れ木がぽつんぽつんとある――。


「どこ、ここ……?」

「――ノロッ、トォ……」


 声に、僕は反射的に振り返った。


「モラ!?」


 離れた場所に倒れていた人影。

 僕はモラへと走って行く。

 ぐったりした彼女は――確かに、モラだった。


「――危なかっ、た、ぜェ……そろそろ、俺っちも……限界だっ、た……」

「限界、なにが!? ――モラ、モラ!!」


 モラからがくりと力が抜ける。僕の身体から血の気が引く。だけれど、気を失っただけだった。


「!」


 僕は邪悪な気配を感じる。


「――いるんだな、混沌の魔王」


 すると、虚空から声が聞こえる。

 聞いたことのない、声が。


『よくわかったな』

「……ここは、どこだ。サラマド村じゃないな」

『その女の精神世界だ』

「精神世界?」


 僕は周囲を見渡す。

 荒れ果てた世界――これがモラの精神世界?


『苦労した……ここまで、荒らすのはな。緑や光にあふれた世界だった。だが、そうでは私の支配下に置けん』


 荒らす……?

 こいつが、モラの心を荒らした――?


『この期に及んでまで私を邪魔しようとした。その強靱な心は称賛に値するぞ』

「……お前が……モラの心を壊したのか?」

『そうとも言う』

「モラは……お前は知らないだろうけどな、700年以上ぶりに人間に戻れた。やりたいこともたくさんあったと思う。でも、それを我慢して過去に決着をつけた。お前が出てきたのは、そんなときだ」

『そうだったか。だからか――あれほどまでに生に執着していたのは』


 僕はモラをそっと地面に横たえる。

 ああ、ダメだ。

 冷静にならなきゃいけないのに――こいつだけは。


「……今からお前を僕が倒す」


 それがきっと、オライエの言っていた「君がなんとかすればいい」ということなんだろう。

 いや……。

 そうでなかったとしても。

 こいつだけは僕の手で倒す。


「命じる! 爆炎弾丸(フレイムバレット)よ、起動せよ!!」


 同時に3つの魔法弾丸を起動して放つ。

 中空で爆炎が広がる――けれど、


『派手だが、それだけだ』

「!」


 空間が揺らいだと思うと、銀色の槍が飛びだしてきた。

 僕は横っ飛びに飛びながら地面を転がる。


『わかるか? 私は姿を好きに隠すことができる。一方でお前は飛び道具を扱う。当てることは不可能だ』

「……うるさい」

『オライエも愚かな。よりによってこんな、弾切れを起こせばなにもできない者を寄越すとは』

「うるさい!」

『後何発だ? それが尽きれば、お前の負けだ』

「うるさいッ!!」


 僕は酷寒弾丸(ブリザードバレット)を、地殻弾丸(クラストバレット)を、雷撃弾丸(サンダーバレット)を放つ。そのどれもが当たらなかった。


『見当違いだ』

「!」


 背後から迫る銀色の――槍!?

 僕が転がってかわそうとするけれど、左肩をかすった。

 チリッとした痛みとともに血が流れる。


「くっ」


 振り向きざま、槍の飛んできた方角へミスリル製の弾丸を放つ。


『当たらん』

「!?」


 真逆から声が聞こえた。

 そちらへと弾丸を放つけれどもそれも当たらない。


『一方的過ぎる。つまらんな』

「……一方的じゃない」

『なに?』

「お前は極大魔法を使えない。理由はわからないけど、お前ができるのはその粗末な槍を投げるだけだ」

『…………ふむ、なかなか鋭い。確かにここでは極大魔法を使えない。宿主の魔力が流れてこないからな……一方でお前はこうも感じているだろう。「ただの槍なのに、どうして憑魔状態の自分を傷つけられるのか?」』


 図星だった。

 僕はずっと憑魔状態にある。もちろんエリーゼやリンゴほど精度はない。でも、ただの金属程度なら十分に弾けるはずなのだ。


「ただの槍じゃ、ない……?」

『オライエたちが憑魔を使えることはわかっていた。通常攻撃でも憑魔を破れるように特化している』


 そういうことか……あの槍なら、確かに僕はダメージを負う。

 姿を隠し、確実にこちらを攻撃してくる。

 隙がない。

 僕の攻撃が通じるかどうかは――わからない。


『ふむ。にもかかわらず絶望した様子はないな。そうか、外からの援護を待っているのだな? 時間稼ぎか、狙いは。無駄だ。ここは時間の流れ方が遅い。お前がここに踏み込んでから、外では数秒しか経過していない』

「なっ……!?」

『もうひとつ絶望を与えてやろう。外ではな、この宿主の身体にオライエの憑魔の数倍の強度を持つ魔力殻を展開して守っている。何人たりとも干渉はできない』


 得意げな声だ。


『お前の攻撃は届かない。弾丸には数に限りがある。私の攻撃は届く。外からの手助けはない。どうする? 人の子よ』

「…………」


 これは――確かに、絶体絶命というヤツかもしれない。

 いや、違う。

 違う違う!

 挑発に乗るな! 乗っちゃいけない!

 僕にできることは信じること。自分自身を、信じること。戦いに向いていない、弾切れになったらろくに戦えない自分を……信じること。


「お前が、僕を絶望させようとしていることはわかってる!」

『そうか。ならば抗えばよい。結果は遠くない未来に訪れる』

「命じる! 地殻弾丸(クラストバレット)よ、起動せよ!」


 声の聞こえた方向へと魔法弾丸を放つ。地面に着弾したそれは、周囲に岩の塊を放出する。


『甘い』

「!」


 真横から飛んできた銀の槍。

 僕は横っ飛びにかわしながら鋼鉄の弾丸を放つ。1射、2射、3射――だけれどそのどれも空を切っただけだ。


「姿を隠していないと戦えないのか! 臆病者!」

『そうやって声を発させて場所を探ろうという魂胆か?』


 僕はダマスカス製弾丸を5発まとめて放った。散弾だ。飛行速度は落ちるけれど、攻撃範囲は広がる――。


『スカだ』

「!」


 槍が降ってくる。上から。

 切っ先が僕のふくらはぎを切った。


『声は反響しているに過ぎない。浅知恵め』

「そっちだ!!」


 弾丸は空を切る。


『その程度のことが見抜けないと思うたか?』

「そっち!!」


 弾丸は空を切る。


『最初は哀れと感じたが、段々イラついてきたぞ』

「そっちぃっ!!」


 弾丸は空を切る。


『オライエめ……これほど未熟なものを寄越すとは』


 弾丸は空を切る。

 空を切り続けた。僕の手持ちはどんどん少なくなっていく。


「はあ、はあ、はぁ、はぁっ……」


 額から汗がにじむ。

 弾丸の発射ではなくて、槍の回避で体力をごりごり削られたんだ。

 どこから槍が来るからわからないから大きく避けなければいけなかったせいだ。

 それだけじゃない――。

 僕の身体には無数の傷がついていた。

 血が、あちこちから滴る。

 これはヤバイ……。


『……ほう、それで最後か。どうするつもりだ?』


 僕のポーチが空になったことを、混沌の魔王は見抜いたようだ。

 手にした弾丸はたった3つだけ用意できた――めちゃくちゃお金のかかった弾丸。

 この世界で最()の金属。

 オリハルコン製。

 鈍く金色に光るそれは魔力を纏っている。


「撃ってこいよ……」


 僕は弾丸をパチンコにつがえた。


「お前だって、僕にその槍を当てなければ勝てないんだ」

『……安い挑発だ。だが、どのみちこれで終わり――願いくらい叶えてやろう』


 僕のパチンコを構えた真正面。

 空間が歪んで銀の槍が5本顔を出す――こっちを完全になめてる。


「うわあああああああ!!」


 僕は残りの魔力、ほとんどを込めてオリハルコン製の弾丸を放った。


 弾丸が飛び出すのと銀の槍が飛び出すのとは同時だった。

 混沌の魔王は空間に溶けるように消えていく。

 弾丸は空を切っていく――のは、これまでどおり。


 でも、それだけで終わらないのが、オリハルコンだ。


 弾丸は軌道を曲げた。

 真横、5メートルのところへと。

 このオリハルコン製弾丸は追尾するのだ、狙いを定めた相手へと。


『むっ――』


 それが、僕の聞いた最後の言葉だった。

 弾丸は空間に突き刺さる(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)と、魔力が解き放たれた。

 何者かが倒れる音がした――音がした、というのは、僕がそれを見届けることができなかったからだ。


「う、ぐ……」


 僕はすでに槍をかわす余力もなかった。

 槍は、僕のお腹に突き刺さった。

 膝から崩れ落ちる――。



  ■ ■ ■



『隠し持っていた秘密兵器は追尾弾丸だったか』


 倒れた冒険者の背後に現れたのは、黒い霧のような存在だった。

 冒険者が倒れる直前、「倒した」と思った相手は、悪魔の死骸だった。

 身代わりだ。

 混沌の魔王はゆらりと冒険者に近寄る。


『ふん』


 一瞬、ひやりとしたがそれだけ。

 自分を倒すには至らない。

 当然だ。

 混沌の魔王――世界を滅ぼす存在なのだから――。


「……それがほんとうの姿ってわけか」


 混沌の魔王は耳を疑った。

 だけれどそれは事実だった。

 冒険者は、目を開いていたのだ――。



  ■ ■ ■



 この瞬間を待っていた。

 僕が最後の手段を使い切り、倒したと確信して混沌の魔王が姿を現す瞬間を。

 考えてもみて欲しい。

 ずっと混沌の魔王は姿を隠していた。

 なぜ姿を隠すのか?

 自分が絶対的に強いのなら隠す必要はないはずだ。

 僕はひとつ推測した。


 ――混沌の魔王の本体は、「もろい」のでは?


 どう挑発しても、どう話を持っていっても、混沌の魔王は姿を見せない。

 僕の「推測」は「確信」に変わっていった。

 だから自分を犠牲にしてでもチャンスをつかんだ。

 混沌の魔王が僕の手の届くところへ来させるチャンスを。

 相手を倒したのかどうか、確認するだろうから。


「命じる。|すべての弾丸よ、起動せよ《イグニット・オール・マジックバレット》」


 ポーチの中は確かに空だった。

 だけれど、ポーチ自体を奪われたり落としたりする可能性を考えて僕は魔法弾丸の予備を服の袖に仕込んでいた。

 手のひらに納めた魔法弾丸は爆炎弾丸(フレイムバレット)酷寒弾丸(ブリザードバレット)地殻弾丸(クラストバレット)雷撃弾丸(サンダーバレット)の4種類。

 どの属性が効くかわからないから一斉起動だ。

 僕は力を振り絞って身を起こす。弾丸から光が放たれる――。


『……くくく、はははははは。愉快だ。実に愉快だ。久しく笑うことはなかったぞ。だがお前は勘違いをしている。この身体もまた。本体ではない』


 余裕たっぷりに、混沌の魔王は言った。


『ウソだと思うならここに投げてみよ。お前の絶望した顔を見られるのならこんなに楽しいことは――』

「知ってるよ」

『――なに?』

「本体は、そこの霧じゃない。こっち」


 僕は右に魔法弾丸を放り投げた。

 なにもない空間――なにもないように見える空間。


『な、なぜ――』


 魔法が弾ける。

 最後の最後、切り札として取っておいた魔法だ。

 いちばん強力な魔力を込めていた魔法弾丸だ。


『なぜわかったああああああああああああ!?』


 混沌の魔王が、初めて大声を発したように僕には感じられた。

 それは最初で最後の断末魔だった。

 僕の推測は当たっていた――本体は、弱かったんだ。


「ニオイ……だよ。お前がどんなに光明に隠しても、にじみ出る死臭だけはかすかに感じ取れた――」


 ずっとこいつは遠くで見守っていた。

 身代わりを2体も置いて。

 でも、トドメを刺したかの確認だけは、やっぱり本体が見に来た。


「――あ、くそ……ちょっと血を、流しすぎた……」


 僕の意識がもつのもそこまでだった。

 薄れゆく視界の向こうで、黒い塵が空中に溶けていき――最後に、透明な水晶の欠片のようなものが残るのが見えた。


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