181 魔王降臨
すみません、とっくに更新していたはずが、できていなかったようです。
傾いていく太陽が、茜色の光を木漏れ日として散らしていく。
それは幻想的ですらあった。
指定された大樹の前で、木を見上げていた僕ら。
「――逃げ出すかと思っておったぞ」
声が、聞こえてきた。
僕の知っている声。
だけれどその口調は——全然違う。
僕の知っている、あの奇妙な口ぶりじゃない。
「ここから始めなければならぬ。忌々しい、この大樹の下でな」
モラ――いや、混沌の魔王。
上空、木々から溶け出すように空間がにじむと、そこから姿が現れた。
姿はモラのまま。ただし、着ていた服はあちこち破けている。
リンゴとエリーゼが戦闘態勢に入る。
「……お前、トルリアンの町を攻撃したんだってな」
僕が問うと、
「トルリアン? 名は知らぬ……だが、私の精神に干渉してきた者がいたことは間違いない」
声は応えた。
サパー王家、第4王子の邪法だ。
あの話はほんとうだったみたいだ。邪法を使って混沌の魔王を引っ張り出したというのは。
クーデターは失敗に終わったけれども、そんなことのために大量の人間を殺したというのは許せない……しかも、モラの身体を使って。
「この身体が完全でなかった隙を突かれたということだ――私に干渉してきた者はどこにいる。八つ裂きにしてくれる」
「言うわけないだろ。モラの身体をこれ以上好きにさせるもんか」
「くくく……いいぞ、その目。私が見込んだだけのことはある」
「見込んだ? なにを言ってるんだ」
「なんの理由もなくモラとかいうこの者の身体を奪ったと思っておったか。否、それは違う。私は感じていた――この者と紐帯である者がいることを。そう、お前のことだ」
わざわざ……他に結びつきの強い人間がいるモラを狙ったっていうこと? なんで――。
「――まさか」
「気づいたか? そう。私は破壊せねばならぬ……絆を」
絆。
サラマド村の6人が、師匠を信じ、最後の最後まで救おうとした絆。
結局それはかなわなかったけれども、混沌の魔王を封じることはできた絆。
しかし6人のうち誰かが「混沌の魔王の欠片」を持ち出してしまい、復活のきっかけを作ってしまったのも――絆、だ。
「私を封じた絆を破壊する! 私が封じられた、この場所でな!!」
かつて6人もここで戦ったんだ。
そして混沌の魔王を封じ込めた。
「エリーゼ! リンゴ!」
「わかってるって!」
「いつでも行けますわ!」
エリーゼは杖を構え、リンゴも周囲を十分に警戒している。
混沌の魔王の手からは黒い煙のような魔力が噴出する。
「くくくく……あわてるな、人間よ。余興はこれからだぞ」
煙から現れた――4体。
「……悪魔!?」
魔界から召喚された生命体。
その戦闘力の高さは僕らも思い知っている。
「ここだけではない。見よ」
宙に浮かんだ6つの鏡――鏡?
違う。どこかの町が映っている。
近場にはない、遠国の町並みだった。
6つのどれもが違う。
「……ご主人様、あれはグレイトフォールではありませんか?」
「えっ」
ほんとうだ! ひとつはグレイトフォールだ。
それを上空から眺めている感じ――でも変だ。なんだ……人々が逃げている?
「私が今日まで、ただ無為に時間を過ごしていたと思うたか? ま、この身体に言うことを聞かせるトレーニングの一環でもあったがな、これら6つの町――そう、“試練”のそばにあった町にけしかけたのだよ」
「けしかけた……?」
混沌の魔王は僕らのきょとんとした様子を見て、笑い出す。
それは乾ききった笑いで——虚ろな感情がにじんでいた。
「悪魔を、だよ」
■ ■ ■
グレイトフォールでは突如として現れた悪魔の群れに対して冒険者、自治兵たちが抵抗していた。
さすがは「青海溝」を擁するグレイトフォールだけはあり、腕の立つ冒険者たちが戦いを挑んでいた。
「おい! なんなんだこいつらはよお!」
「俺が知るかい!」
「手を動かせバカどもが!」
「なんでこいつらは兵隊みてえに統制されてるんだ!?」
「あいつだ――あそこにでけえ悪魔がいる。あいつが指揮官だ!」
上空にいた上位悪魔が両手を振り上げる。
そこに、とんでもない魔力が集まり、冒険者たちが青ざめる。
「お、おい! アイツを打ち落とせよ!」
「無理だあ! あんなとこふつうの弓じゃ届かねえし、魔法だって――」
ドンッ。
そのとき、一筋の矢が――いや、矢と言うのもはばかられるほどの、長い鉄片が上位悪魔を貫いた。
悪魔は体勢を崩し、魔力が散る。
「いやあ……制御できるか不安だったけど、なんとかなるもんだね」
■ ■ ■
その映像を見た僕は思わず叫んでいた。
「レノさん!!」
■ ■ ■
巨大弓から矢を放った冒険者がいた。
彼らはこの町を本拠地とする冒険者ではない。
ただ、たまたまやってきただけだった——冒険者協会の会長が留守にするから、留守番を頼まれて。
「俺たちが強くなったところ、見せるチャンスがこうもまあ早くに訪れるとはよお。腕が鳴るぜ、腕が!」
「あああ、もう、叔父さんが帰ってくるまでなにも起きませんようにって祈ってたのに……」
「あきらめろ、タラクト。こうなれば戦うしかないだろう? お前が落ち込んでいてはゼルズの首に縄をつける人間がいなくなるぞ」
「うぉい! 俺を狂犬扱いすんなっつってんだろ!」
「事実そうだ」
「そうだな」
「うぉい!」
「ゼルズいじりなら俺に任せろよ!」
「レノは黙ってろ」
「ひっ」
4人の冒険者――以前、別れたときよりずいぶん変わったように、自信あふれる姿になったように見えるタラクト、ラクサ、ゼルズ、レノたち4人がいた。
■ ■ ■
残りの5つの映像でもそれぞれの町が映し出されていた。
左端はヴィンデルマイア公国だ。
街中を悪魔が荒らしていく。
指揮している巨大悪魔――その前方からやってきたひとりの男。
『ほう……貴様、他の者とはレベルが違うな。しかし俺と戦うには命知らずと言うべきだが』
「……町ひとつ、守れんようでは息子に顔を合わせる顔がないのでな」
彼は「勇者オライエの石碑」の番人である男。
神の試練をすでにいくつも突破している実力者。
ノーランドは、剣を抜き放った。
■ ■ ■
その隣に映し出されていたのはルーガ皇国の辺境の町、ラーマ。
領主が兵士たちの指揮を執っているけれども、いかんせん悪魔を相手には力不足だった。
「くそ……これでは守りきれんぞ」
「領主様! 領民の避難をお願いします! ここは我々が……」
「ならん、ならんぞ。私が戦闘に立たぬでどうする――」
「りょ、領主さまぁっ!」
駈け込んできた少年がいた。
「領主様! 僕も戦わせてください!」
「ランス!? 避難をしろと言っただろう!!」
「母は避難しました。ですが、僕も戦えます!! お兄様が戦っている最中に、僕だけ逃げるワケにはいきません!!」
「ランス……」
「逃げたところで、死ぬかもしれません。それならば前を向いて戦います!!」
「……くっ、かくなる上は、敵の総大将を討つぞ!」
「はい!」
「はっ!!」
兵士たちが体勢を立て直そうとしたそこへ、
「――辺境のわりに騒がしいと思ったら、なんだこの騒ぎは」
ふらりと現れた、冒険者がいた。
「貴様、何者だ!? どこから現れた!!」
「俺か?」
兵士による誰何の声。
彼は背に、マントのように毛皮を背負っていた。
「俺は……これでもダイヤモンドグレードの冒険者だ。少しばかり、腕には自信がある。ここは俺たちに任せてもらおうか」
彼——ゲオルグの背後には、4人がいた。
そう、ゲオルグは「女神ヴィリエの海底神殿」に向かっていたはずだ。
あの試練をクリアするには3人以上が必要。
そしてこの場にいるという事実が意味しているのは、ゲオルグが「女神ヴィリエの海底神殿」を踏破したということ。
彼の、新たなパーティーメンバーとともに。
「こそこそ逃げるだけじゃなくてな、しっかり相手をブッ殺す力を手に入れたんだ、俺は。相手が悪魔なら、まあ、そこそこは楽しめるだろうよ」
ゲオルグパーティーが、悪魔と対峙する。
■ ■ ■
「あれ、は……あたしの」
それまで黙っていたエリーゼがぽつりと言った。
映っていたのは僕の知らない町並み。
でも推測はできる。
今までの町並みはすべて神の試練に関係する町だ。
エリーゼが見ているのはたぶん、「邪神アノロの隘路」付近にある町。
彼女の出身地であるロンバルク領内の町――。
■ ■ ■
「我が兵は精強なり! 恐れるな!!」
そこへ、馬上の人物が現れる。
口ひげを蓄えた、白髪交じりの男性だ。
鋭い瞳に鷲鼻――顔はどこか、エリーゼに似ていた。
「サパー王国最強の兵団は我らがロンバルク軍ぞ!! 余、ランバート=ヴァレイ=ロンバルクに続け!!」
おおおっ、と兵士たちが叫び、悪魔の群れに突っ込んだ。
■ ■ ■
その隣に映し出されていたのは魔法都市サルメントリア、ジェノヴァ大学の尖塔だった。
塔から吐き出されるように悪魔が出現する。
大混乱に陥る大学――しかしその時間は、そう長くはなかった。
「学徒は避難せよ! ここは私たちが受け持つ!!」
凜とした声に、浮き足だっていた学生たちに冷静さが戻る。
「ああっ、来てくださった!」
「今日もカッコイイ……」
「ジスト様ー! あんなヤツら倒してやってください!」
黄色い声援が上がると、彼女、ジスト=メーアは眉をひそめる。
だけれどすぐに気を取り直す。
「法撃特科戦隊、チームγ――いざ参る!!」
■ ■ ■
最後の映像は、やはりマヤ王国の首都、マヤドールだ。
「……悪魔とな? どういうことだ、ゾック」
「俺が知るかよ」
タバコをふかしている男と、モンク部隊の隊長。
彼らは悪魔を見てもさして驚いた様子もない。
「では、討伐したあとに話を聞こうか」
「俺は知らねえっての」
「……どこに行こうとしている、お前も戦うのだ」
「ええー!? 俺もかよ!?」
気楽なやりとりをしつつ、ふたりの周囲をモンク部隊が固める。
マヤドールを守る、屈強なモンクたちが。
しかし彼らは、先日の死鷹山討伐戦の影響もあり、完全な状態ではなかった。
「少々敵の数が多いかもしれん」
「……ま、大丈夫だって」
「お前はまた、適当なことを言う」
「いや、適当じゃねえよ、今回は。なんたって昨日、うちの協会にお客様が来てよ。なんでも……神の試練を踏破して回ってるんだとか。ウワサをすれば、ほら」
ゾックが視線を投げた先。
20人を超える集団が現れた。
「まあ……なかなか物騒な都市ですのね」
「いえ、さすがに非常事態ではないでしょうか――プライア様」
ダイヤモンドグレード冒険者、プライア率いるパーティーだ。
戦闘に特化した冒険者は正規軍の武力にも匹敵する。
「腕がもげても回復します」
にっこりと笑った美少女エルフではあったが、その言葉の物々しさにゾックは逆に冷や汗をかいた。
■ ■ ■
「……なんだ、こやつらは……?」
混沌の魔王は戸惑いを隠さなかった。
それもそうだろう。単体でかなりの戦力を持つ悪魔を各地に、数十体単位で召喚したのだ。
ふつうなら大混乱に陥る。
にもかかわらず――各地には十分な戦力があった。
これはある意味神の試練のおかげかもしれない。
なまじ混沌の魔王が、神の試練の場所にこだわったがゆえに、そこには実力者が集まっていたということだろう。
「……僕、わかったよ。お前は“絆”を破壊したいんだ。お前は混沌の魔王であり、ヴィリエたち6人の師匠でもあった」
“師匠”は生まれたときに混沌の魔王としての素質があった、という。
そしてその素質が開花するまでには時間があって――ヴィリエたち6人は師匠を殺さずに済む方法を考えた。
絆の魔法だ。
僕らに刻まれた紋様だ。
僕の背中にはオライエの紋様が。
僕の右手の手のひらにはルシアの紋様が。
僕の右手の甲にはロノアの紋様が。
エリーゼの左手の手の甲にはヴィリエの紋様が。
リンゴの右足の甲にはフォルリアードの紋様が。
モラの右手の甲にもアノロの紋様がある。
だけれど、これらをもってしても――混沌の魔王は師匠の中で目覚めた。
6人は師匠を殺そうとした。完全には殺せなかった。誰かがためらい、混沌の魔王を封印しようとしたときに、その欠片を持ち出してしまったから。
「お前の中にはもう、彼女たちの“師匠”であった記憶はない――いや、少しだけ残ってるんじゃないか? だからこそ、それを消したい。彼女たちの残したすべてを破壊するために“絆”にこだわっている……」
「…………推理ごっこは終わりだ。どのみち私が直接出向けばすべて終わらせられる」
ルシアは師匠を「天才」と言っていた。
同時多発的に世界中に悪魔を召喚し、それを見られるような映像を発現する――。
「確かに……天才かもな」
でも、それだけだ。
「行かせない。僕らが止めるから」
モラの身体を勝手に使ってること、許さないんだからな。
「笑わせるな。たかだか3人で何ができる?」
混沌の魔王が地面に降り立つ。
その周辺の空間が歪む――出現する悪魔たち。
数が多い……倒しきれるか?
「たかだか3人? どこに目をつけているのだ」
「――タレイドさん!」
背後からの声。
そこには剣を持ったタレイドさんと、師団長率いるトルメリア兵、そして冒険者たちがいた。
「甥っ子もがんばっているのだからな、久々に戦うとしよう。腕がなまっていないといいが」
「トルリアンで散った命の仇、悪魔を倒すことで討たせてもらう――ノロット、貴殿らは早く魔王を倒せ!!」
「はい!!」
そうだ。
僕らは3人のパーティーだ。
でも、たった3人じゃない。
仲間がいる。
混沌の魔王が“絆”を嫌がるのなら――徹底的にそれで倒してやる!
ストームゲート4人組大好き。地味だけど、そこがいい。




