179 夜間戦闘
「わ、わたくしは……」
リンゴの瞳の光が揺れる。珍しい、リンゴがこんなに動揺するなんて——じゃなかった。今は調べてる場合じゃない。
「師団長。オートマトンは明確に『敵』なんですね」
「そうだ。こちらを襲撃している——見たまえ」
前線でケガを負った兵士が運ばれてくる。
その数はかなり多い。
兵士のほうが10倍の人数だというのに、オートマトンはちっとも減っていない。
「力を貸します」
「……頼めるか」
「はい」
僕らは師団長と分かれる。
真っ先にエリーゼが口を開いた。
「んじゃ、暴れてくればいいのね?」
「うん、そうだけど——リンゴ」
「——! はい……」
まだ、今起きていることを受け入れられていないリンゴ。
「リンゴ。ここにいて。戦闘に参加しなくて構わないから」
「しかし」
「……リンゴ、これが終わったら、ちゃんと調べよう。今はつらいかもしれないけどここにいて」
「…………」
「リンゴがどこから来た誰であったとしても、僕に仕えてくれるメイド。そうなんだよね」
「!!」
ハッとしたようにリンゴが顔を上げる。
僕は、先日の大国会議で学んだ。
ちゃんと言葉にしなければ相手に伝わらない。
伝えずに後悔するのだけは絶対にイヤだ。
「リンゴ……僕は頼りないかもしれないけど、これからもそばにいて欲しい」
「ご主人、様……」
「ノロット! トルメリアが押されてる!」
「うん——行こう」
僕はタレイドさんにひとつうなずいて、エリーゼとともに戦場へと駈けた。
すごい、と正直に思った。
トルメリア軍のことだ。
首都を攻撃され、備蓄も少ない。軍としての体裁をぎりぎり保っているだけのように見えたトルメリア軍。
だけれど、
「右翼、粘らんか!」
「負傷者入れ替え、早く!!」
秩序だった戦い方で戦線を維持している。
それくらい、オートマトンの性能が高い。
人間をはるかに凌駕する俊敏性で兵士の裏をかき、剛力ではね飛ばす。
身体のあちこちを損傷しても動きは止まらない。痛みを感じないのか、ケガで怯まないというのも脅威だった。
「ここに来てまで——オートマトンが邪魔しないでよ!!」
エリーゼの振るった剣がオートマトンの首を斬り飛ばす。突進していたオートマトンはそのまま崩れるように前のめりになった。
「こいつらの弱点は頭よ!! 首を切ればなにもできないわ!!」
オオッ——と兵士たちが返事をする。
エリーゼもすごい。今の一撃で兵士たちの信頼を勝ち取った。
「頭が弱点なんてよく知ってたね」
「ノロット。生命力の根源である魔法宝石と他の部位を切り離せば活動は停止する。まあ、口くらいは動くけどね。そして人型オートマトンの場合、目の部位に魔法宝石を埋め込むことが一般的。——たし、オートマトンを倒す研究を進めていたのよ」
なにその恐ろしい研究! なんのために、とか聞かなくてもわかるのがさらにやだよ!
と、ともかく、これで敵を押し返すことができるようになった。
もちろん首を切るなんて簡単にはできない。それでも、倒せる手段の有無は大きい。ましてや人数差は10倍だ。トルメリア軍は犠牲を出しながらもオートマトンの数を減らしていく——もちろん、エリーゼもひとりで10体くらい葬った。僕も、酷寒弾丸でオートマトンの足を止めていく。
「——なに、あいつは!!」
そんなエリーゼが身構えた。
奥からやってきた——巨体。
身長は3メートル。腕が4本。人間——をかたどったように見えるけど、どうなんだろうか。
顔が異様に大きくてワイン樽ほどもある。
その中央に3つ、金色の魔法宝石が埋め込まれている。
言うなれば、ギガオートマトン
「来る!!」
そいつは突っ込んできた。他のオートマトンをはね飛ばし、首だけ転がって歯をカチカチさせているオートマトンの首を踏みつぶす。
速い。
振り下ろされた右の2つの拳。
エリーゼはかなり余裕を持ってかわしたけれど、
「! っきゃあ!?」
暴風? いや——なんらかの魔法?
彼女の身体がくるくると宙を舞う。だけれどエリーゼも器用に、空中で態勢を立て直すと片手両足で着地する。
「やってくれるじゃない……」
「エリーゼ、大丈夫!?」
「……武器がこれじゃなければ」
悔しそうにエリーゼはショートソードを見る。
刃渡りが60センチほどあるとは言っても、元々使っていた大剣の半分以下だ。
ああいう巨大な敵と戦うにはリーチが足りない。
「今の、魔法かなにか?」
「たぶんね。でももしかしたら——」
エリーゼが言いかけたときだった。
「憑魔、でしょう」
背後から現れた、
「リンゴ!!」
「アンタ——どうしてここに?」
「ご主人様が戦っているというのにメイドが戦わないなどと……あってはならないことですわ。ご主人様、申し訳ありません。わたくしなどのためにお気遣いいただいて」
「……大丈夫?」
「もちろんです。わたくしがどこからやってきた者であろうと、相手が誰であろうと——たとえ生みの親であろうとしても」
リンゴの瞳は、兵士を蹴散らしているギガオートマトンに向けられていた。
「わたくしはすでにノロット様のもの。この髪一筋、愛液一滴までも!!」
…………。
「結構ですからね!?」
「さあ、化け物、早く滅びなさい。わたくしにはご主人様と添い寝するという重要な使命があるのですよ!!」
「リンゴさん!?」
「ずっと離れるなとのご命令ですから!!」
………………言った。確かにそれに近い言葉は。
「あ、でも、あの、リンゴさん? そういう意味じゃなくてですね」
「はあ。もう突っ込む気にもならないわ。さっさと倒すわよ」
「言われなくても」
あれ? エリーゼさん、いつもならブチ切れるところじゃ……。
「恋にはライバルも必要だし、障害が大きければ大きいほど燃えるのよ!」
……僕の未来はどうなるんだろうか?
ギガオートマトンの力はすさまじかった。
そして憑魔——身体に纏った魔力が先ほどエリーゼを吹き飛ばしたようだ。
ギガオートマトンの一撃で土はえぐれ、兵士が宙を舞った。
でも、それだけだ。
「はあああああああ——」
振り下ろされた拳をリンゴが片手に1つずつ受け止め、
「せええいっ!!」
反対側の拳をエリーゼが斬り飛ばす。
「——ご主人様の前に立ちはだかる岩は、排除します」
「オートマトン戦のトレーニングとしても、弱すぎよ」
エリーゼが首を切り落とし、リンゴが魔法宝石をくりぬいた——素手で。
するとギガオートマトンは物言わぬオブジェと成り下がった。
「さ、残党討伐よ」
唖然としている兵士たちにエリーゼが告げると、兵士たちはハッとしてオートマトンを討伐する。
こうして夜間戦闘は幕を下ろした。
「……貴殿らの実力を見誤っていたようだ。謝罪したい」
翌朝、僕らは師団長と面会した。
結構寝てしまっていて、起きたのはお昼の前だ。まあ、だいぶ疲れていたしね。
死者は52名、負傷者が360名とかなり多い。
「旧サラマド村に行くのだろう? 結界は解けている」
「師団長さんたちは?」
「我々も行きたい。だが負傷者も多いからな……精鋭を150名ほど選りすぐる」
負傷者の看病、駐屯地の防御など、やるべきことは多い。150名でもかなり出すほうなのだろう。
「あの、オートマトンについてなんですが」
「我々もわかっていることは少ない。旧サラマド村から出てくるのを見た、というだけだ。ここに至るまでオートマトンに出会ったこともない。あの村にだけいた者たちだろう」
「なるほど」
僕はリンゴをちらりと見る。
「?」
リンゴはほほえみかけてきた。
うん、なんともないみたい。
サラマド村に行ってみないことには、わからないよな。
「じゃあ、僕らが入ってもいいですか?」
「無論だ。貴殿らは我らの恩人でもある。ともに行動してくれるならこれほど喜ばしいことはない」
「わかりました。——タレイドさん、冒険者はどうですか?」
「ふむ。それがな」
冒険者たちは昨夜の襲撃でかなりの数が逃げ出したらしい。
残っているのは50名ほど。
「ただこの状況で残っているというのだから、かなりの強者だろう」
「なるほど……冒険者が略奪などしないように注意していただけますか?」
「ああ、そのつもりだ」
これで安心だ。
まあ、サラマド村になにがあるかわからないんだけどね。
ただの廃墟かもしれないし、誰かが住んでいるかもしれない。
「よし……行こうか」
準備を整えた僕らは出発することにした。
サラマド村へ——モラを取り返すために。




