17 馬と馬小屋と馬車と
翌朝、僕らは日が昇る前に目を覚ました。
興奮して眠れなかった――とか言いたいところだけど、実はそうじゃなかったりする。
あのさ……僕らは宿を取らなかったんだよね。「昏骸旅団」とトウミツさんのタッグは厄介で、どこに行っても居場所を捕捉される可能性があった。
だから、馬小屋に泊まった。
馬小屋。うまごや。馬がいる、あそこだよ。
いやー馬小屋。便利だよ馬小屋。だって僕らはこの馬に牽かれて遺跡に向かうわけだし。馬車も近くにあってアクセス抜群ってやつ。
……身体中なんか“かゆい”よ……。
虫がいたんだろうね。起きてすぐモラに魔法を――解毒魔法だったのがちょっと気になったけど――かけてもらって、かゆみはひいた。モラはまたすぐに寝た。
ちなみにこの馬小屋にいる馬。砂漠を走っても大丈夫な品種で、その名もずばり砂漠の馬という。
ずんぐりむっくりしてて、足腰が丈夫。
水をあまり飲まなくていいらしい。
ラクダのように体内に水を確保できるわけじゃないけど。
馬小屋の主であり馬主であり馬車の御者でもある主人に、朝食を振る舞ってもらった。
パンにスープなんていうシンプルな朝食だけど、こういうのがいいよね。
朝ってさ、お腹がぐうぐうのときもあるけど、寝不足だったりするとなんかご飯もかったるかったりするじゃない?
そこにこのスープ。
塩分濃いめ香辛料多め脂少なめ。
動物の骨からダシを取ってるみたいで、ケモノ臭さが漂ってる。
でもねー、それがねー、いいんだよねー。僕の中の野性を刺激する!
……とかなんとかひとりで考えつつ朝食を取っていたところへゼルズさんたちがやってきた。新しいパーティーの仲間。4人みんなそろってる。
「よしよし……それじゃ今日の行程について打ち合わせようぜ! ですよね、姐さん!」
ゼルズさんがにこにこと調子よくリンゴに話しかけるが、リンゴは涼やかに無視していた。
「打ち合わせもなにも、食べ終わったら遺跡に行くだけですよ?」
僕が言うと、タラクトさんが、
「大丈夫かな。追っ手は観光馬車を見張るだろう?」
「ええ。うまくやるしかないですね」
一抹の不安はある。
でも、なるようにしかならないし、なるようになれだ。
観光馬車に、まだ馬はつながれていない。
外に置かれたままの馬車に朝日が当たっていく。
御者が「うーん」と伸びをして家屋から出てくる。
そこはストームゲートでも外側に位置している。だから他に民家はちらほらあるきりで、静かなものだった。
「よし、それじゃあ荷物の積み込みやるぞ!」
御者が言うと、家の中からフードを目深にかぶったふたりが出てきた。
ひとりは背が小さく、ひとりは高い。少年と大人といった組み合わせだ。
ふたりは小さい木箱や大きい木箱をてきぱきと観光馬車に運び込む。
御者は馬小屋へ向かい、デザートホースを連れてくる。
「おい!」
御者がデザートホースを馬車につなぎ、ふたりが馬車から出てきて次の荷物に取りかかろうとしたときだ。
囲まれていた。
屈強な男たち――結構、ガラが悪い。
でもその中にひとりだけ、明らかに違う人相がいた。
「……ほんとうに遺跡に向かうとは。驚いた。君たちのバカさ加減に」
トウミツ家にいる使用人だった。
「さあ、返してもらうぞ。それに少年、君は自治警察に引き渡す」
男たちがふたりに詰め寄って両サイドから拘束する。御者は「ひぇっ」と言って後じさる。
使用人が近づいていく。
ふたりの前に立つ。
「…………」
使用人は沈黙した。
「…………“君は誰だ”?」
フードの下にあった顔は、使用人が見たこともない少年と、年齢相応にいい体をした青年だった――もちろんそちらの青年も、使用人は見たことがなかった。
そういうことが、あったらしい。
僕らの馬車が出発するのとほぼ同じタイミングで。
「観光馬車にダミーを仕掛けるって、無駄に思えるんだけどなあ……」
ぽつりと言ったのはラクサさんだ。
「そんなことはないですよ」
「……観光馬車なんてふつう使わないだろ? こうやって馬車を貸し切るのがふつうだ」
「そういう“あり得ない”ことをやるから裏をかけるんです」
さあ、僕らは今、遺跡に向かっています!
馬車です!
ぐるーっと迂回しながらだけど遺跡に向かっています!
タレイドさんに頼んだのはパーティーメンバー以外に、“囮の人員も”、だった。
観光馬車の家に見慣れない人間がいたら絶対に調べに来るだろう。
で、ラクサさんが言うみたいに「観光馬車を使うか? いや、これは裏をかいているんだな」と推測させる。
その裏をかいて、そこは囮なんだよね。
裏の裏をかいたってわけ――あれ、これ表じゃない? なんちゃって。
つまり僕らは正攻法で、きっちり馬車を貸し切って町を出たんだ。
馬車を扱う業者は結構な数があるのですべての業者を監視はできない。そこはもう賭けだった。
僕らは賭けに勝った。




