175 大国会議・大国の王子
大国会議——サパー連邦サパー王国を始めとする5カ国が中心となった会議だという。
海中都市グレイトフォールを管轄する自治都市の首長もやってくる。
大国以外にも10カ国程度の代表がやってきている。
サパー連邦は複数の国がひとつになっているのだけれども突出してサパー王国の力が強いらしい。まあ、連邦の名前になるくらいだもんね。
そんな会議が行われたのは、次の満月まであと7日という日だった。
開催場所はサパー王国王都サルパッタ。
各国代表は迎賓館に案内され、冒険者協会も「賓客」扱いだったために僕らも迎賓館へとやってきた。
「ノロット!」
「タレイドさん!?」
迎賓館で再会したのはグレイトフォール冒険者協会会長のタレイドさんだ。
「どうしてここに。協会の代表として呼ばれたんですか?」
「いや、自治都市の首長に同行を求められたのでな。グレイトフォールにはタラクトたちがいる」
あれ? タラクトさんたちはストームゲートに戻ったんじゃ……。「黄金の煉獄門」でアンデッド化してしまった仲間をちゃんと眠らせるために。
「もしかして、タラクトさんたちは……終わったんですか?」
「うむ。仲間にもう一度会って、きちんと別れを告げたのだそうだ」
そうか……それはよかった。ほんとうに。
僕が安心していると、タレイドさんはタラクトさんたちからの伝言を伝えてくれた。
——リーダー、相変わらずギリギリで遺跡を攻略してるのか? ちゃんと安全第一で行くんだぞ。
——なんかあったら俺たちに声をかけろ! いつでも駈けつけてやるぞ!
——クロスボウをまた強化したぜ〜。でも撃つ相手がいないんだよ。またどこか連れてってくれよな。
——解錠は一朝一夕にはならない。鍛錬を続けてくれ。
タラクトさん、ゼルズさん、レノさん、ラクサさん。
それぞれの顔が目に浮かぶようだった。
解錠、だいぶうまくなったんだよ。ラクサさんに見て欲しいなあ。
「ノロットか。よくぞ生きておった」
とそこへやってきたのはひとりの老人。
相変わらずの総白髪。ただ適当に切りまくっているだけなので髪の毛がばらばらだ。
そのくせ着ている服が上等なものなのでちぐはぐ感が半端ない。
冒険者協会本部で会った、
「キッシンさん、お久しぶりです」
「……そう時間は空いていないが、若者からすると長く感じるのかもしれんな。私は年寄りということか……それとキッちゃんと呼んで欲しい」
「いやいや、たまたまいろんなことがあったから——え?」
今なんて? キッちゃん?
「キッシン殿、紋様の確認はよろしいのですか」
タレイドさんが言うと、
「そうであった。ノロット、冒険者認定証を貸してくれ」
「あ、はい」
僕は認定証を差し出した。うん、そうだよな。キッちゃんなんてないよな。
冒険者認定証の裏側、組合魔法によって浮かび上がった紋様を確認するキッシンさん。
「ふーむ……だいぶ変わった紋様になったな。ほうほう……ここが、そうか……」
「な、なにかわかったんですか?」
「さっぱりだ」
わかんないのかよ。このやりとり前にもやった気がする。
そんなことをしているうちに、会議の時間となった。
「ではノロット、待っていてくれるか」
タレイドさんが言うには、冒険者協会の本部代表が会議に参加する。
それ以外の人間は参加できない。
各国トップも付き人が1人しか入れられない決まりとなっている。
僕らは、もしも証言が必要な場合には呼ばれるらしい。
……うーむ、もどかしいな。
「ご主人様、人がかなり多いですわ」
「ほんとだ」
控え室には軽食が用意してあり、代表団としてやってきた人たちがいた。
国ごとにグループ化されている。この部屋には100人ほどがいる。
で、こんな控え室が他にあと5つある。
「我が会議に参加できないとはおかしいではないか。我はグヌーズ王国国王なるぞ」
「まったくでございます。主催者の正気を疑いますな」
中に入れない国王らしき人物もいれば、
「……グレイトフォールとの関税調整できないか?」
「……この場でか? 通商担当官僚が来ていないと言っているが、確認してみよう」
見るからに有能そうな官吏たちがひそひそ話していたり、
「おいしい、これおいしいよ〜〜」
ただ軽食を食ってるだけの亜人もいる。……あれ? 垂れてるイヌミミ、かぶっている帽子、確かあれはグレイトフォールタイムズのシンディ——、
「あ、もう出てきた」
エリーゼの声で僕は我に返った。
控え室はすべて、中央会議室につながっている。
そこから、冒険者協会代表とタレイドさんが出てきたのだ。いや、ていうかタレイドさん、いつの間にか本部会長の付き人になってるってことは、実質冒険者協会ナンバーツーってことなんじゃないの……?
「厳しいな」
タレイドさんの表情は暗かった。
「そんなにですか……それにやたらと終わるの早かったですね」
「うむ。とりあえず各国が考えている内容を一気に出し合ったのだ。それを持ち帰って検討し、明日から本格的に調整だ。手持ちのカードを全部出す。後出しはナシという建前でな」
「建前……」
「裏で取引をする国もあるということだ。——しかしまあ、今回はきついな」
僕らは迎賓館に戻っていた。
そこでタレイドさんから聞いたところによると、サパー王家はトルメリア帝国全土を要求しているらしい。帝国の隣国でいちばん力を持っているのがサパー王国であり、トルメリアは現在機能不全に陥っていることを理由とした。そうすれば全面的に混沌の魔王討伐に協力する、と。
ますますもってうさんくさい。
その日の夜、僕とエリーゼとリンゴは迎賓館内のサロンに集まっていた。
神の試練の内容に関することは相変わらず僕らの間でしか話せないのだ。
「結局のところ、サパー王国が許可を出さないとサラマド村には行けないんだよね? どれくらい、その、進入禁止の拘束力は強いの?」
「そうね……サパー王国が秘密にしている場所は、関所に兵士が詰めているのはもちろん、各集落にも紛れてる。そもそも集落間の移動も、国に届けないといけないからヨソ者が入ったら一発でバレる」
「なるほど……」
「それは確かに厳しいかもしれませんが、わたくしたちは冒険者です。必ずしも集落に立ち寄る必要はありません。秘密裏に侵入してサラマド村を目指せばいいのでは?」
「ふつうに考えればそういうことよ。でも、本気でサパー王国が隠したい地域には……結界の魔法がかけられているという話があるの」
「結界? 村ひとつ囲えるような結界って相当だと思うけど」
「結界は単に侵入者を感知するだけよ。だから広範囲にかけられる」
厄介だなあ……こうなってくるとサパー王家はサラマド村のことを知ってると考えたほうがいいよな。
「それじゃあ大国会議の結果を待つしかないってことか……間に合うのかな」
「ここからサラマド村まで3日くらいかかるんだっけ?」
「そうだね」
時間が足りない。
いや、もし無事にたどり着いたとしても……混沌の魔王に勝てるのかな? 都市をひとつ半壊させるような魔法を放てる相手に?
……ダメだ。弱気になっちゃ。がんばろう、僕——。
とか思っていると、エリーゼが立ち上がった。
思わず立ち上がってしまったとでもいうふうに。
「……あれは」
彼女の視線がとらえていたのは、このサロンに入ってくるひとりの男だった。
年は30歳を過ぎているだろうか。
背が低く小太り。顔が丸いけれど目つきが鋭いので柔らかな印象は受けない。
後ろにふたりほど屈強な男を連れている。ボディーガードだろうか。
「エリーゼ、知ってる人?」
「知ってるもなにも、サパー王家の第二王位継承者、レンブルク王子よ」
「え!?」
あれが王家の人間か。
言っちゃ悪いけど……見た感じふつうだね。まあ、おばかな感じではないんだけど。
王子はサロンを見渡していると、なぜかこちらに向かって歩き出した。
「……ノロット、言ってなかったけど」
「うん?」
「あたし、あの王子とお見合いしたことあるのよね」
え、とか、は、とか言う間もなかった。
レンブルク王子はエリーゼの前へとやってきたのだ。
「……久しぶり」
「大変ご無沙汰をしております、王子」
無遠慮な目でじろじろとエリーゼを見る王子。
エリーゼは丁寧に返事をした——っていうかよくエリーゼだとわかったね、この王子。エリーゼだって冒険者としての格好をしてるのに。どう見ても伯爵令嬢じゃない。
「……痩せた?」
「え、ええ、まあ」
直球過ぎる言葉にちょと詰まるエリーゼ。リンゴがニヤニヤしている。
「……前のほうがよかったのに……」
ピシッとエリーゼの額に青筋が立ったように見えた。
ん? この人ひょっとして、
「……ご主人様、この方は太った女性が好きなようですね」
こっそりささやいてくるリンゴ。ちょっと! 返事しづらいこと言わないで! 僕もちょっと思ったけども!
「いえいえ、今の自分のほうが誇らしいと思っておりましてよ〜」
手の甲を口に当ててオホホホと笑うエリーゼ。あ、僕と初めて会ったころ、こんな感じだったな。なんか懐かしくなってきた。
「……それで、僕の申し出は考えてくれた?」
「げっ、お、王子、もしかしてまだ——あのときお断りしましたよね」
「……僕は、エリーゼがいいと言うなら、今からでもいいんだけど」
なに、どういうこと?
僕がわからないでいると、エリーゼが苦りきった顔で僕に言った。
「——あたしがあんなだったときに、唯一結婚してもいいって言ったのがレンブルク王子なのよ……」
「えーっ!!」
思わずすんごいでかい声が出てしまって、あちこちから視線が寄せられる。あ、王子の存在が気づかれた。
「ちょっとノロット!」
「あ、ご、ゴメン、驚いちゃって……」
「……その男がノロットか。冒険者なんだろう?」
「あ、は、はい。エリーゼとともに冒険しています」
「……話は聞いてる。サラマドに行きたいんだろう」
また、驚かされた。
そうか。この人は相当調べてきてる。
不思議だったんだよな。エリーゼに執着しているのは百歩譲ってわかるとしても、どうしてここにいることを知っていたのか。
明らかにあれは、エリーゼがいる前提で来ているふうだった。
「……彼女の父であるロンバルク伯爵から聞いていた。エリーゼ、君が『邪神ロノアの隘路』を突破したことを。……それから調べて、驚いた。混沌の魔王を追ってサラマド村を探していたんだとは」
この人、どうやってそこまで知った?
冒険者協会か。
僕らの行動については冒険者協会に話している。サラマド村の場所を見つけるためにね。
協会内でどこまで知れ渡っているかまでは知らなかったけど、調査に動く人がいるんだから当然多くの人が知ったんだろう。少なくとも、大国の王子が知ろうとして知ることができるほどには。
「邪神ロノアの隘路」を出てから会った、エリーゼの兄であるヴァレイ=リーグ=ロンバルク。彼は、「秘密主義の父から情報を聞き出すために、言うことを聞いてエリーゼを連れ戻しに来た」といった内容のことを言っていた。
秘密主義の父。
エリーゼの父親は、サパー王家と深いつながりがあるんだろう。
エリーゼを連れ戻す理由——この王子か。王子がエリーゼを欲しがっているからだ。
「……エリーゼを僕にくれ」
ものすごい直接的に言ってきた。
というか、有無を言わせずさらっていかないだけマシなのかもしれない。後ろのボディーガードがじれったそうな顔をしているし。
でもね。
答えは決まってる。
「エリーゼは僕の所有物じゃありません。それに、人をもののように言うのは好きではありません」
「……そうか」
ちょっとトゲのある言い方に、ボディーガードが不快そうに顔をゆがめる。だけれど王子は気にした様子もない。
「……ではエリーゼ。僕の元に来てくれ」
「お言葉ですが——」
エリーゼが断ろうとしたときだった。
「……来てくれたら、サラマド村に案内する」
王子はとんでもない条件を切り出してきた。




