174 魔王復活の余波
僕らが冒険者協会に案内されると、協会内は大騒ぎになっていた。
「緊急依頼の発令です、アイアングレード以上の冒険者は——」
「帝都トルリアン方面の交通はすべて停止しており、迂回していくには船による——」
「おいおい、まともな情報は誰が持ってんだよ!」
「トルリアンには妹夫婦がいるんだ、誰か、誰か馬車の手配を……」
冒険者と職員が入り乱れて大声を出している。
混沌の魔王の復活は、10万人以上が住むという大都市トルリアンの崩壊を持って全世界に轟いたことになった……そうだ。
事の発端は、3日前だ。
空から斜めに紫色の光が降り注ぎ、トルリアンを焼いた。迎撃のために防衛軍が動き出したものの、火の手の回りが早く、魔法を放った者を捕捉することすらできなかったらしい。
トルリアンから5万人を超える人間が逃げ出し、周囲の町は難民の収容で大混乱であるという。
最初、帝都トルリアンの事件は他国からの襲撃だと各国は考えた。
しかし真犯人はすぐに名乗りを上げた。
——我は混沌の魔王。今の世に復活し、世界を滅ぼす者。
同時多発的に世界各地の主要都市で空から響いてきたらしい。
「君がノロットくんか。タレイドから話は聞いている」
僕らが通されたのはここの協会の会長室。
落ち着いた執務室という体で、僕らを出迎えたのは40代の女性だった。
パッと見は胸を大きく開いたドレスを着た女性なのだけれど口を開くとだいぶさばさばした感じだ。タレイドさんの知り合いなんだな。
「混沌の魔王がやらかしたことはうちの職員から一通り聞いたね?」
「ええ、信じたくないですけど」
「確認したいんだが、混沌の魔王は次の満月の日まで現れないということだったな?」
「……僕らはそう聞きました」
モラがブリザードピークで身体を乗っ取られてから、僕らは冒険者協会にこれらのことを話していた。
長距離移動の間も、途中の町では必ず協会に寄るようにしていた。
冒険者協会はサラマド村の場所を調べてくれていたしね。
「今回の行動はなぜだと思う?」
「僕が聞きたいです」
正直僕は、怒っていた。腸が煮えくりかえるとはこのことだ。
モラの身体を使って勝手にこんなことをして……!
「創世神話にはこうある。『混沌の魔王は世界を紫の炎で焼いた』と。今回のやり口と一致している」
「だからこそ混沌の魔王復活が事実であると証明されたってことですか」
「皮肉なことに、そうだ。あたしたちが何度言っても各国首脳陣は無視していたが、この一件後には、協会関係者を呼び出して事情聴取だよ。まあ、おかげで大国の代表者が集まる会議が来週には行われることになったけどね。混沌の魔王対策だ」
「…………」
協力していることはいいことだけれど、それじゃ遅い……。
次の満月まであと12日。
それを過ぎれば本格的に混沌の魔王は行動を開始するはずだ。
「ねえ、ノロット。混沌の魔王が次の満月まで時間を置くって言った理由について、話さないの?」
「あれは推測だけどね……」
エリーゼが言うと、会長が目を光らせる。
「どういうことだね?」
「えっと……モラの身体が乗っ取られたことはご存じですよね? 混沌の魔王は完璧にモラの身体を操れていない。そのコントロールができるようになるまで時間が必要で……」
「次の満月まではかかるだろう、と?」
「はい」
「それはありそうだな。帝都トルリアンは崩壊の危機に陥ったが、紫の光は暴走気味だったという目撃情報がある」
混沌の魔王は世界の半分を壊した、と、救世主の試練の村にいた村長リスティスは言っていた。
トルリアンのケースを考えると、極大魔法の威力がすさまじいものだとしても、いささか精度が低いと言わざるを得ない。
「……トルリアンは練習台にされたということか」
怒りを含んだため息を、会長がこぼす。
ここにいる全員がやり場のない怒りを抱えていた。
「それで、サラマド村の位置がわかったということですが……」
「ああ、そうだ。そちらはいいニュースだな。だが、問題がある」
「まさかめちゃくちゃ遠いんですか?」
「違う。ここから急げば5日ほどだ」
5日。
残り12日だから、1週間は余裕がある。
よかった……とほっとしていると、
「問題は、その場所なんだ」
場所は確かリューンハイセ王国北東部、リンガ山の麓とフォルリアードから聞いた。
「リューンハイセ王国は500年ほど前に滅亡した王国でね、今は大半がサパー連邦内サパー王国領王家直轄地となっている」
サパー連邦のサパー王国……それってエリーゼが知ってるのかな?
エリーゼの実家は連邦内の伯爵領だったし。
と思って彼女を見ると、ものすごく渋い顔をしていた。
「厄介ね」
「どういうこと、エリーゼ」
「うちの伯爵領もサパー王家から与えられている土地なのよ。貴族には高度な自治権を与えている一方、王家の直轄地は……とんでもない秘密主義なの。自由な旅行も認められていないわ」
「そちらのお嬢さんの言うとおりだ。直轄地に主要都市がほとんど含まれていなかったことと、王都は例外的に自由な交通が認められていたから今まで問題視されていなかったが……事ここに至っては問題だ。というか、サパー王家はなにかを知っているな」
「すみません、会長のおっしゃる意味がよくわからないんですが……」
「ノロット。サパー王家が秘密主義だと言ったわよね? でも、特殊な鉱山もなければ産業もない土地を秘密にしても意味なんてないじゃない。今まで誰も気にしてこなかったけど、もし仮にサラマド村がサパー王家直轄地にあるのなら、秘密にしていたのにはなにか裏があるってことよ」
「お嬢さんに補足するとね、そのリンガ山……今で言うところのルーベンバッハ山の近辺はトルメリア帝国に隣接している。この10年ほど国境線を巡ってトルメリア帝国とサパー王国は小規模の戦争を繰り返している。さらにはクーデター騒ぎもあって、王家は神経を尖らせているんだ」
なるほど、秘密主義に重ねて戦争中なら、サラマド村跡地への訪問には許可が出ないかもしれないということか。
それにクーデター騒ぎ……そんなこと言ってたな。
「……でも僕らは戦争をしたいわけじゃありません。混沌の魔王復活だってサパー王国からしたら愉快なものではないでしょう?」
「それはそうなんだが、気になるところがもうひとつある。トルメリア帝国の首都がトルリアンなんだ。サラマド村を擁するサパー王国。王国と戦争するトルメリア帝国。帝都は混沌の魔王によって焼かれた……なにか関係がありそうではないかね?」
会長の言葉に僕らは沈黙した。
確証はない。だけれど、これらすべてはつながっているように感じられる……。
「最悪、僕らだけでもサラマド村に行ければいいんですが……」
「君たちは、君たち自身が思っている以上に注目されている。今や各国首脳で君たち3人の名前と経歴を知らないものはいないよ」
「え?」
「なにを意外なことがあるかね。神の試練の場所の発見。混沌の魔王との遭遇。神の試練を次々に突破している。世界で君たちだけだ」
「…………」
そうやって言われてみるとすごいな。
なんだか他人みたいだ。
「そうだ。リーゼンバッハさんはどうですか?」
トカゲ系の亜人、リーゼンバッハ。
僕と同じようにどんどん神の試練を攻略していた。
「……それが」
会長の表情が曇った。
イヤな予感しかしないんですが……。
「『女神ヴィリエの海底神殿』に挑んで以来、連絡が取れなくなっている」
マジか。
めっちゃ自信ありげだったのになにやってんですか。
「逆に、ダイヤモンドグレード冒険者にしてエルフのプライアは『女神ヴィリエの海底神殿』を突破した」
「おお!」
「だが、他の試練で行き詰まっている」
「……お?」
「『勇者オライエの石碑』ではヴィンデルマイア公国がプライアの入国を拒否し、同様に『邪神アノロの隘路』でもロンバルク伯爵が規制を行ったそうだ。『光神ロノアの極限回廊』は時間がかかりそうなので今は保留してもらい、今はマヤ王国に向かっている」
ああ、「聖者フォルリアードの祭壇」か。
ていうか規制に入国拒否って。なにやってんだよ! 非常事態なのに!
「あと冒険者ゲオルグが意外と順調だ」
「……え?」
「『勇者オライエの石碑』は規制前だったので突破し、『邪神アノロの隘路』も突破、『女神ヴィリエの海底神殿』に挑戦中らしい」
あの人、がんばってるんだな。
「他はどうですか?」
「1つ2つ神の試練を突破しているパーティーが出始めている」
「1つ2つですか……」
「それでも立派なものだ。君たちが異常なんだよ」
異常と言われましても。
僕らが顔を見合わせていると、
「……君たちは自分たちの置かれている状況をもうちょっと理解したほうがいい」
頭が痛い、とでも言いたげに頭を押さえつつ会長は言った。
「僕らは混沌の魔王を倒したいだけです」
でもってモラを取り戻す。
ほんとにそれだけなんだよ。各国の首脳陣とか心底どうでもいい。
「そう、純粋に思えるのが素直にすごいとあたしなんかは思うけどね。ともかく、君たちがサラマド村に行くにはサパー王国の許可が必要なんだ」
「どうかな、エリーゼ」
「……難しいわ」
「やっぱり?」
「あの王家は難しいのよ。何考えてるかわからないし……元々疑心暗鬼のところにクーデターでしょ? 詳細は知らないけどね。でも今はあらゆるものを疑ってかかるでしょうね」
「そうなんだ……」
じゃあどうしたらいいんだ——と思っていると、
「ひとつ方法がある。君たちに頼むのは心苦しいんだけれども」
会長が言った。
「来週開催される、大国会議に参加してくれないか」
……え?




