16 パーティー結成! ……ただし急造
僕らは書類を確認すると、荷物を持って出た。
向かったのは冒険者協会だ。タレイドさんに、僕らが宿にいないことを伝える必要があるからね。
(もちろん監視がいるだろから、協会に出入りする業者をつかまえて受付嬢に伝言を頼んだ)
タレイドさんと合流したのは協会からそう離れていない酒場だった。2階席は吹き抜けから1階を見下ろすことができる。視界は抜群だ。
「相変わらず監視がついていたが、なんとか逃げおおせたよ」
やってきたタレイドさんはげっそりとしていた。この数日でタレイドさんを5歳は老け込ませてしまったかもしれない。
「すまねェな。だがこんな迷惑をかけるのも明日までだ」
「やはり……行くんだね、明日」
僕らはうなずいた。
時間的にも限界だし、調査もこれ以上は必要ないだろう。
「ん。あの用心棒……いや、メイド? 彼女はどこにいる?」
そう。実はリンゴはこの場にいなかった。
彼女には、“彼女にしかできないこと”を今してもらっている――なんてもったいぶった言い方をしなくてもいいんだけども。
僕らが最初に泊まったホテルに行ってるんだ。なにをしに? 僕らの荷物を引き取ってもらいにね。
もちろんホテルにも監視がいる可能性がある。でもその監視はかなりユルイと思うんだよね。同じホテルに僕らが戻るわけ、ないだろ?
覚えているだろうか。
リンゴが初めて僕と会ったとき、彼女はいきなり3階に入ってきた。今回も同じように誰にも気づかれずにホテル内に入ってもらうんだ。
そうして必要な荷物――「黄金の煉獄門」を踏破するのに“必要不可欠なアイテム”を取ってきてもらおうというわけ。
マジックアイテムの類だよね。
「ちょっと用事があって、出ています。後でここに来ます」
「そうか。ガラハドはどうだった?」
僕はガラハドから2階層のマップを写させてもらったことを話した。タレイドさんは満足そうにうなずいた。
「それでタレイドさん、お願いしていたものは?」
「聖水は調達済みで、『煉獄門』へ向かう馬車に届けさせる手はずになっている。観光馬車をやっている男には連絡済みだから、朝の6時には彼の家へ行ってくれ。御者に化けさせるよう衣服を用意してくれているはずだ」
「ありがとうございます」
僕らが「黄金の煉獄門」を踏破しようとしていることはバレているわけだしね。観光馬車にだって監視がついているのは当然だ。
「そンで、タレイドさんよ――例のパーティーメンバーだが」
モラが言うと、それまで饒舌だったタレイドさんは不意に口を閉ざした。
眉間に皺を寄せ、うーんと腕組みをする。
「なんでェ。お前ェさんが任せろって言うからそうしたってェのに」
「いや、その、人がいないわけではないんだ……ただ」
そのとき酒場へ入ってくる4人がいた。彼らはまっすぐにこの席までやってきた――あらかじめ僕らが2階にいることを知っていたかのように。
「話は聞いたよ」
その人たちに、僕は見覚えがあった。
「俺たちを君たちのパーティーに加えてほしい」
タラクトさんとゼルズさん、他の2名は――ついこの間「黄金の煉獄門」に挑んだメンバー――頭を下げた。
タレイドさんがよりいっそう渋い顔をした。
「なァるほど、レベルも知れていて『門』に挑んだ経験もあるメンバーときたら、こいつらってことになるわけだァな」
モラがしゃべると、タラクトさんたちは驚いたような顔をしたもののそれを声には出さなかった。
たぶん、僕らのことは全部話したんだろうね。
「頼むよ」
ゼルズさんも頭を下げる。
リンゴに絡んできたときの、めんどくさい感じは一切なかった。
お酒も飲んでないみたいだし。
「つってもなァ、お前ェさんたちは一度失敗してるわけだろォ」
モラは手厳しい。うっ、とゼルズさんが言葉を詰まらせる。
「で、でも、俺はマッピング、ゼルズとレノはモンスター相手に戦える。ラクサは解錠が得意だ」
「ふゥむ」
「『黄金の煉獄門』は誰も踏破したことがない遺跡だ。書物では得られない経験はなにより大事だろう? それに経験者を募集するなら“全員が失敗者”だ」
「をん? 言うじゃねェか。ククッ、石化して死にかけたヤツたァ思えねェ」
「……あのときはほんとうに……ありがとう。世話になった。一度助けてもらった命だ。それを君のためになることに使ったっていいだろう」
「そォいうウソくせェこたァ聞きたくねェぜ。素直に吐いちまえ。一体全体なにが望みだ? 一度死にかけたヤツァふつう、二度と遺跡に近寄ろうとしねェ」
「……それは」
タラクトさんが言いかけたところへ、ゼルズさんが言葉を補った。
「“仲間”だ。仲間の死体がまだ遺跡にある……できれば、取り戻してやりてえ」
「そうかィ」
モラは喉を鳴らした。ゲコリと。
カエルのモラは表情がわかりにくいことがある。
でもこれははっきりしている――こういうときのモラは、“不機嫌”なのだ。
「じゃァあきらめな。俺っちたちはお前ェらを連れていかねェ」
僕はこの結果を予想していた。
予想外だったのはタレイドさんもそうだし、タラクトさんたちもそうだったみたいだ。
「な、なんで……アンタたちは手が足りてねえだろ? 俺たちは役に立てるはずだ」
「俺っちァ、素人を連れて歩きたくねェ。それだけよ」
ゼルズさんの顔がカッと赤くなる。
「仲間の遺体を取り戻したいっていうのがそんなに悪いことか? ああ、そうか。カエルにはわからねえんだろうな! 魔剣士だかなんだか知らねえが、人間の心を忘れて身も心もカエルになっちまった――」
「――おィ」
瞬間、空気が凍りついた。
モラの全身から発せられる――冷たい感覚。
たぶん、殺気ってやつ。
それにあてられて、ゼルズさんが半歩たじろぐ。
「モラ、止めてよ」
僕は間に入った。
「タラクトさんたちも……もし、本気で仲間の遺体を取り戻したいと思っているのなら、止めたほうがいいです」
「なぜ――と聞いていいか」
多少は冷静さを残しているタラクトさんが僕に問う。
脂汗を額に浮かべながらもゼルズさんはモラをにらみつけていた。
「わからないんですか? ほんとうに? ほんとうは、目を背けたいだけじゃないんですか。仲間の方は……もう、“アンデッドになっています”よ。操られています。今度は彼らが冒険者を襲うようになっているでしょう」
それは当然予想できる未来だった。
僕が読んだ冒険者の記録にもよく書いてあったし。「冒険者の姿をした死者が襲ってくる」って。
「……でも、死体が新しいうちはわからないじゃないか。ストームゲートでは、死後1月以上放置すると、死体は動き出すという話がある。今はまだ1月も経っていない――」
「そういう希望的観測で動くべきではないと思います。遺跡の創造主であるジ=ル=ゾーイは流行病で死んだ町の人を連れて去ったと言われていますし、死者のすべてが1月以上経ったものだとはとうてい考えられません。もし、仲間たちに思いが残っているみなさんを連れて行けば……きっと、未練のせいでうまくいくものもうまくいかなくなるでしょう」
そういうことだよね? と僕がモラを見ると、モラは鼻の穴を(カエルの鼻はほんとうに小さい)すぴすぴと動かした。
まァ、そんなとこだ、とでも言いたげである。
「……となれば決まりだな。やはりタラクトたちには荷が重いということだ」
タレイドさんが締めくくる。
「もう少し他の冒険者に当たりたい。時間の猶予をくれないか? 直前でこんなことを言ってすまないが――」
「チッ。しょうがねェな……すくなくとも2階層の突破のためにローグは必要だしな」
「待ってくれ」
タラクトさんが割って入る。
「やっぱり、俺たちを連れて行って欲しい」
「をん? 聞いてなかったのか。お仲間はアンデッドになってンだぞ」
「わかってる。――いたら、戦う。倒す」
「おい、タラクト!」
ゼルズさんがタラクトさんの肩をつかむ。だけどそれを振り切ってタラクトさんはテーブルに両手をつける。
「どうせ他の冒険者……君たちに倒されるのなら、俺たちが倒してやるほうが彼らのためだ。それに彼らが一番望んでいるのは、他でもない、遺跡の踏破だ。今、一番踏破に近いところにいる冒険者は、君たちだ」
すると、モラの口元がにやりとした。
「わかってンじゃねェか。そうとも。『黄金の煉獄門』を踏破するのは俺っちたちだ。ついてきてェならついてきてくれてかまわねェ。そんかわしキッチリ戦ってもらう。それがイヤなら町に残れ。4人のうち何人来ンのか、今すぐ話しあって決めな」
結局、4人全員が来ることになった。
「いいのかィ。操られたお仲間が襲ってくるんだぜ」
モラの問いに、ゼルズが仏頂面でうなずく。
「わかってる」
「キッチリ戦えるンだろうなァ?」
「男に二言はねえ」
こうして、急造ながら僕らのパーティーは結成された。
・リーダー ノロット
・魔法全般 モラ
・戦闘&運搬 リンゴ、ゼルズ、レノ
・マッピング タラクト
・解錠 ラクサ
結構バランスがいいパーティーになった。
回復専門の治癒術師がいればなおのこといいんだけど、そこは道具で多少はカバーできると思っている。
一応、僕はマッピングもできるし初級ながら解錠も経験していたりするのだけど、専門家がいるならそれが一番だ。リーダーって言いながら特にリーダーシップを発揮するようなこともないんだけどさ……。
ある程度話がまとまったところで、リンゴが帰ってきた。こともなげな彼女の顔を見るとミッションが成功したことがわかる。
「どうだった?」
「万事滞りなく」
彼女は大きなバックパックを手にしていた。僕がストームゲートに入るときに背負っていたものだ。
「ありがとう……危険なことさせちゃってごめん」
正直に感謝すると、
「もったいないお言葉です。……で、でででは僭越ながら今宵はご主人様の伽を勤めさせていただきます!」
とか言い出すものだから、
「……おい、ウチのリーダーはそっちの趣味なのか?」
「……すげえな。男同士か」
「……どっちかっていうとリンゴさんのほうが腕っ節強いだろうに」
「……腕っ節強いけどベッドの上では……っていう設定に燃えるんじゃないか?」
新しくメンバーになった4人がひそひそ言っている。
「全部聞こえてます。聞こえてますからねー」
「ハッ、い、いやあ、すみません、リーダーに、リンゴの兄さん! これからどうぞよろしくお願いします……」
リンゴのパンチを一度食らったことのあるゼルズさんが引きつった笑顔を見せる。
リンゴはハットを取り、マントにたくし込んでいた赤色の長髪をふわっと取り出した。
「え!? あ、あれ!? ひょっとして女――」
それから後は「姐さん」と呼ばれるようになった。




