168 聖者フォルリアード
「け、計画通りって――まさか最初から悪魔と1対1で戦う気だったんですか!?」
僕の問いに、小さくうなずいて返す部隊長。
まいったなもう、ずっとこの人のペースに呑まれている気がする。
「……わしと1対1だと? ふぅざけるなぁあああああああ人間が!!」
侮られたと思ったんだろう、デビルロードは右手をかざす。
ほとばしる黒雷光に僕らが左右に避ける。雷撃は岩に当たると岩の表面がじわりと溶ける。
「ちょっと! 乙女の服を破くようないやらしい魔法使わないでよね!!」
右からエリーゼがミスリルのショートソードを構え、
「あなたの場合、厚化粧が1枚剥がれるだけではありませんか?」
左から風のようにリンゴが駈け込んでいく。
「あたしのはナチュラルメイクっていうのよ!」
「年は取りたくないものですね?」
「こんのバカメイドがぁー!!」
「バカと言う者がバカなのです」
憎まれ口を叩きながらデビルロードに振り下ろされる剣と蹴り。
「ぬうん!!」
デビルロードは両手を左右へと向ける。
展開される魔法障壁がふたりの攻撃を防ぐ――のだけど、
「ぬう!? 貴様ら、ただの人間ではないな……!」
バチバチバチィッと音を立てて障壁と攻撃がぶつかり合う。拮抗している。デビルロードは苦しそうながらも押さえ込む――いや、エリーゼとリンゴのふたりの攻撃を防げるだけでたいがいすごいんだけども。
「はあああああああああ!!」
「ぬう!」
正面から突っ込んでいく部隊長の攻撃を、今度は右足を上げて障壁展開し、防ぐ。
「はぁっ! はぁぁっ! はあっ!」
バチン、バチンと障壁に叩きつけられる拳。
すごい。それも防いじゃうんだ。
右手でリンゴ、左手エリーゼ、右足で部隊長。
「……ノロットくんや」
「……ええ、ゾックさん」
片足だけで立っているデビルロードは、うん、確かに攻撃を完璧に防いでるけど、なんかふらふらしてる。
「……後ろ隙だらけなんだよね」
「……そうですね」
「……やっちまうか」
「……やりましょう!」
取り出した2本のダガーを装備してデビルロードの背後へと走るゾック。
「ぬう!? 卑怯なり!」
「戦場に卑怯もクソもねーっての――うお!?」
がら空きだった背中に、突如として生えた黒い翼。翼を軸に障壁が展開され、ゾックの攻撃――おお、速い。すごい速さの連撃が繰り出される。けど、それをすべて障壁が防いでいく。
「ふ、ふふふ、ははははは! どうだ、あらゆる方向からの攻撃を防げるのだぞ、わしは! 人間ごときに後れを取るようなものでは――ふごんっ!?」
デビルロードの額に命中した、ミスリルの弾丸。
ふらりと身体がかしいだと思うとデビルロードはその場に倒れた。
「……この悪魔本体の戦闘力はさほど高くないことはわかっていた。しかし障壁が厄介でな。しかも手下を呼んでそいつらに攻撃をさせ、手下も障壁で守るものだから攻めあぐねていたのだ。1対1に持ち込めば勝機があると踏んでいた」
昏倒しているデビルロードを見下ろして部隊長が言った。
「助かったぞ、ノロット、ゾック、リンゴ、エリーゼ。これほど多様な防御手段があるとは計画外だったからな」
部隊長が拳を手のひらにあわせて、モンク式の礼をした。
ずいぶんあっさり倒してしまったような気がするけど、どうもデビルロードを他のモンスターから引きはがすことが難しかったらしい。
全部隊で統一作戦を実行するにも失敗した場合の犠牲を考えるとなかなか実行に移せず、緻密な計算を重ねていったところ、これほど時間がかかってしまったのだとか。
「この悪魔はどうするんです?」
部隊長が持っていた魔除けの縄でぐるぐる巻きに縛られたデビルロード。
そう言えばデビルロードが倒れてから黒い霧は消えて、周囲には陽射しが落ちていた。太陽は傾き始めている。
「いろいろと話すことが必要だろう。他のモンスターは統率がとれなくなるだろうから、問題なくモンクたちが対処できるはずだ。およそ3/4を今日中に討伐できれば、我々は駐屯地を撤収できる」
「計画通りってわけですか」
「うむ。……だが、それもこれもおぬしらの協力があったからだ」
なんだか手のひらの上で踊らされていたような気がしないでもないけど、率直に感謝してくれるのでイヤな気分はあまりない。
「おう、それじゃーお前ら、行ってこいよ」
「あれ? ゾックさんは来ないんですか?」
「俺は協会の人間だからな、冒険するって年でもねーよ」
さっきのダガーさばきを見たらまだまだ現役で行けそうな気がするけど。
そう言うと、「年寄りをからかうもんじゃねー」と笑っていた。
「それじゃ……いってきます」
僕とエリーゼとリンゴは、山頂を目指した。
歩いて30分程度だろう。
そこに祭壇がある――。
着いた。
あっさりと、まあ。
山頂は相変わらず植物ひとつ生えていない地面が露出していて、平らで広々としていた。
その中央に3つの巨岩が鎮座していて、巨岩に守られるように祭壇が設置されてあった。
腰ほどまでの高さ。
白い……なんの石材だろう? 簡素な彫刻だけなされた祭壇は、長年放置されていただろうにもかかわらず塵ひとつない新品のような輝きを持っていた。
夕陽を浴びて、朱色に濡れたように見える。
「これか」
祭壇には紋様が彫られてあった。
「例の本に書いてある紋様よね」
「うん。それにしても……試練らしい試練はなかったような」
「まさかこの祭壇が『聖者フォルリアードの祭壇』ではない、とかでしょうか?」
と僕らが言っていると、
「いや、間違いなくここがぼく……フォルリアードの祭壇だよ」
背後から声が聞こえた。
驚いて振り返ると、白いローブを羽織った青年がそこに立っていた。
金色の髪はウェービーで、額には蔓を巻いている。
にこやかな目元はターコイズブルー。
さわやかイケメンだ。
ただし夕陽を浴びてもそこに影はない。
「あ、あれ? おかしいね……君たちここに来たのは初めてだろう? だけど……ヴィリエのところを突破しているじゃないか」
「ええ、いろいろありまして」
僕は「いち冒険家としての生き様」の表紙を見せる。
「……他の人からその紋様を入手していたってことか。やられたね、まあ、そういう突破の仕方もよしとしなければならないのだけど」
「あなたが聖者フォルリアード……で間違いないでしょうか?」
「聖者と呼ばれるのは面はゆいけれど、ぼくはフォルリアードだ」
「あのー、試練らしい試練がなかったんですけどそれは?」
「あ、やっぱり? 以前に来た冒険者もそう言っていたよ。まいったな……この山はね、ぼくが生きていたころは『人跡未踏の魔の山』なんて呼ばれていたんだ。それこそ山頂に来たことがある人間なんていなかったほどに。それが、まあ、山の途中に王国ができるわ、道が整備されるわ」
モンクの皆さん、やっちまいましたね。
「あたし、あのデビルロードが試練なのかと思ってたけど」
とエリーゼが言うと、
「デビルロード? ああ、それはたぶんぼくが過去に退治した者だね」
「そう、なんですか?」
「この山中に封印しておいたんだけど、前の冒険者が来たときに解いてしまったらしい」
「…………」
それ、僕の父だよね?
僕の父がやらかした?
「どうしたんだい? 顔色が悪いようだけど」
「いえ、聞かなかったことにします」
都合の悪い情報は封印だ。この山中に、悪魔とともに。
「ぼくがね、聖者だなんて呼ばれる理由はそこなんだ。悪魔に対して強みを持つ、破邪の魔法を使うことができる。おかげでどんどん悪魔討伐の依頼が来てしまってね、神殿に勧誘されて悪魔討伐騎士団の団長とか任されて、面倒になって全部投げ捨ててひとりで悪魔を倒し続けていたら流浪の聖者と呼ばれるようになっていた」
「…………」
さらっと身勝手さを告白されたような気分がするんだけど。
「あの、サラマド村の場所を教えてもらえますか?」
「ぼくらの故郷の? それを知ってどうするんだい」
きらりとフォルリアードの目が光ったような気がした。
「混沌の魔王が復活しました。次の満月の日、サラマド村の大樹の下に現れるということです」
「ああ……」
小さくため息を吐く、フォルリアード。「やっぱり」という言葉とともに。
「ぼくは憂慮していたんだ。あんな、師匠の欠片なんて持って帰るべきじゃなかった……止めるべきだった、だけどその気持ちも理解できた。サラマド村の場所だったね。今もまだ同じ地名かどうかわからないけれど……リューンハイセ王国の、北東部、リンガ山の麓だよ」
「……わかりました」
聞いたことのない国名だ。でも、国の規模ならば調べれば場所の見当がつくだろう。
「6人のうち、誰が裏切ったのかあなたは知っているんですか」
「…………」
それまで滑らかに話していたフォルリアードの口が、止まった。
「……裏切り、と呼んで欲しくはない。それに、それを知ったところで君たちになにかできるとも思わない」
「そうですね。でも――こんな事態に陥った責任が誰かにあるのなら、知りたいと思うのが人間です」
「その人間らしさを捨てない限り、師匠には勝てないよ。ぼくの力は、そっちの彼女に授けよう」
「……わたくし、ですか?」
これまでひとつの紋章も受け継がなかったリンゴを、フォルリアードは指した。
「わたくしは」
「オートマトンだろう。わかっている。だけれど、ぼくの力ならば問題ない……人間性に左右されない、罪を罪として冷静に捉える断罪の力だから」
フォルリアードはリンゴに向かって言うと、
「……そろそろ時間だ。これで失礼させてもらうよ」
言い残すや、あっという間に姿を消した。
リンゴの右足の甲に、フォルリアードの紋章が現れていた。
フォルリアードとの対話でサラマド村の位置までがわかった。
だから僕らがやるべきは、残りの神の試練「光神ロノアの極限回廊」と「救世主の試練」の2つを突破することだ。
山頂から駐屯地へと戻っていくと、暗くなっていた。モンク部隊もまた戻ってくるところだった。
負傷者が多い。
担架で運ばれているがぴくりとも動かないモンクもいる。
だけれど、彼らの表情はどこかホッとしていた。戦争が終わったからだろう。
「戻ったか……その顔を見るに、首尾は上々であったようだな」
部隊長が僕らを出迎える。
「おぬしらの働きについてもなにか報いたいと思う。マヤドールに戻ってから寺院に奏上し、王国から褒賞を――」
「あ、いやそれは」
結構です、と言おうとしたところで、
「と思ったが、先を急ぐのだそうだな。ゾックから聞いた」
「うん。大体話したわ」
ゾックがやってきた。
タレイドさんからあらかたの事情を聞いていたらしいゾックは、僕らがマヤ王国を出るところまで移動手段を確保してくれると請け合ってくれた。
「金銭を渡そうにもこんな場所に手持ちはないし……これから数日は状況確認でここに残らねばならん」
「や、ほんとにお気遣いなく。結果的に僕らを案内してもらいましたし、今日もここに泊めてもらえるだけで」
「しかしな……」
「……あ、そうだ。リューンハイセ王国のリンガ山という場所に心当たりはありませんか?」
「ふむ? 聞いたことはないな」
「おいおいノロット。そいつはもしかして」
「……ええ、混沌の魔王が現れる場所です」
部隊長とゾックに緊張が走る。
「冒険者協会を総出で調べさせる」
「我らモンク部隊にもできることがあるなら手助けしよう」
「ありがとうございます」
ゾックが言ってくれたことは心強い。
僕らはこうしてマヤ王国を出国した。
目指すは「光神ロノアの極限回廊」だ。
「イヤだ」
「えー、どうしてよ? ほんのついでじゃない」
「ご主人様のお気持ちはよくわかります。行くべきではありません」
移動の長距離列車で僕らは向かい合って座っていた。
僕、リンゴvsエリーゼの構図である。
なにを議論していたのかと言うと……。
「ノロットだってお母さんの記憶ないんでしょ? 一度くらい会ったって罰は当たらないじゃない」
そう、僕の母親について、だ。
「光神ロノアの極限回廊」があるルーガ皇国の辺境の地ルガント。
地図上では、そのわずか西方10キロのところにラーマの町がある。
ここに……僕の母と弟がいる、って言ってたんだよね、ノーランド、僕の父が。
「僕らは先を急いでる」
「ラーマなら通り道じゃん」
「なぜご主人様がわざわざ会いに行かなければならないのです? 向こうが頭を下げてくるのならともかく」
「会わなきゃ後悔するんじゃないかなって。可能性があるのに試さないなんてもったいないじゃん。……別に、ケンカ別れなんていつだってできるんだし」
エリーゼが言ったのは、自分自身のことだろう。
彼女の親はエリーゼを物のように扱っていた。それがイヤでエリーゼは家を抜け出し、昏骸旅団なんていうバカみたいなグループを作った。
「ん、そう言えばサパー連邦も通っていくことになるけど、コーデリアとリリーはどうしてるのかな?」
コーデリア、リリーのふたりはエリーゼとともに昏骸旅団……婚外旅団をやっていたメンバーだ。
ストームゲートを出るときに離ればなれになった。
「……さあ、ね。案外実家に戻ってたりして」
「連絡取ってないの?」
「ん、まったく」
「どうしてさ! 手紙くらい書いてみたらいいじゃん」
「向こうだってそれなりの覚悟で送り出してくれたんだもの! あたしは幸せです~みたいな手紙送られてもどうしようもないでしょ」
「いやいや……友だちなら喜ぶでしょうよ」
っていうかエリーゼは幸せ、なのか? ま、まあいいか。変に聞くとやぶ蛇みたいな気がするし。
「むう……それなら手紙くらい書いてもいいけど。それじゃノロットもラーマに行くのよ」
それとこれとは話が違う。
で、結局ラーマの町にやってきた。やってきてしまった。
これは僕がエリーゼからの攻めに折れたのではなく、移動手段の都合上寄らざるを得なかっただけで……。
「え? 明日の朝まで馬車はないんですか?」
「おお。ルガント経由の馬車は1日2便だけだ。朝と昼だ」
「昼って……正午まであと1時間くらいあるじゃないですか」
「最近冒険者が多くてなあ、人数がいっぱいになったからもう出たよ。明日の朝の便に乗るなら日の出とともに来たほうがいいぞ」
「…………」
乗合馬車の停留所で係員が教えてくれた。
神の試練の場所を公開したのが原因だろう……。
「さて、今日は午後がまるまる空いたってわけね?」
手を腰に当てたエリーゼが胸を張って言う。
「……宿の手配を」
「もうしておいたわ。それと、領主の館はあっち」
「…………」
ノーランドは、母に会うなら領主の館に行けと言っていたっけ。
僕は長々と息を吐く。
このぶんだとなんとか強引に退けても帰り道でまた言われそうだ。
「……様子を見るだけなら」
「そうこなくっちゃ」
「ご主人様、無理をする必要はありません」
リンゴが心配そうに言ってくれる。ほんとだよ、今さら会ってどうするってんだよ……僕を捨てた人に。
僕らはラーマの町を歩いた。
石畳に石造りの家々。ブリザードピークほどじゃないけど北限の地ではあるから肌寒い。分厚い雲が垂れ込めていて今にも雨が降りそうだ。
ラーマの町はさほど広くはない。北部交通の要所にあるために流通で保っているようだ。確かに作物はあまり育たなさそうだしなあ。
「なんだ、お前たちは」
気取った感じの帽子をかぶった門番――たぶん制帽なんだろう。
「ええと、領主はご在宅でしょうか?」
「……冒険者か。冒険者が領主様に何用だ」
別に用事なんて僕にはないんですけどね、僕には……とぶつぶつ言っていたら、
「ノーランドの使いですわ」
横からエリーゼが言った。
「なに、ノーランド様の? なるほど、冒険者であることも理解できる。少々待たれよ」
「承知しましたわ」
ノーランドの名前を出すとまさに手のひら返しだ。
僕らは屋敷内へと案内され、応接室に通された。
豪華な造りではないけど、落ち着いた雰囲気の内装で、毛皮の敷かれたソファはふかふかだった。
しばらくしてやってきた領主は、総白髪だったけど歩き方もしっかりした人物だった。
「……君は、もしかしてノーランドの息子ではないか?」
僕を一目見て、そう言った。




