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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第8章 混沌の魔王と冒険者たち

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166 計画的なモンクたち

 魔法都市サルメントリアから大陸内部へ入っていくと、神の試練である「聖者フォルリアードの祭壇」の位置するマヤ王国がある。

 マヤ王国は山岳地帯を国土とする多民族国家――と言うとなんかすごそうだけど、実のところはあちこちに遊牧民や少数民族が転々としている国だった。

 首都、マヤドールに着いたのはサルメントリアを出発してから3日後。身体はくたくただった。睡眠時間を削って移動してるからね……。あと高度が上がったせいなのか頭がずきずきする。


「ご主人様。少々休憩を入れた方が……」

「いや、休んでいられないよ」


 僕らは冒険者協会へと向かった。

 土壁の町並みは全体的に土色をしている。粘土を焼いたという白っぽい瓦屋根から、色とりどりの布が吊り下がっているのはマヤドール地方の宗教がゆえらしい。

 マヤドール冒険者協会はこれまでに見たどの協会支部よりも小さかった。

 乗合馬車の待合室かという程度の広さで、壁に貼られた依頼もたったの4つ。「逃げた高山山羊を探してほしい」「水汲みバイト」「引っ越し手伝い」……これって冒険者の仕事なのか? 残り1つの「緋晶華の採取」くらいが冒険者の仕事っぽいけど、貼られて年月が経っているのかかなりほこりをかぶってる。


「おや……珍しい、冒険者かい」


 奥から無精ひげの男が表れた。

 室内なのにつばの広い帽子をかぶっていて、口には紙巻きタバコをくわえている。

 シャツはワイルドに胸元が広げられているけどほこりでだいぶ汚れている。いろいろとワイルドだ。


「あ、はい。えーと……冒険者協会ですよね?」

「くっくっく。疑うのも無理はねえが、そうだぜ」

「なんでこんなに寂れてるんですか?」


 無精ひげの職員が言うには、あまりの高地で遺跡がほとんどない、少ない鉱山は国が管理しているので冒険者がつけいる隙がない、モンスター退治などは寺院が行っている――。


「宗教施設がモンスターを……?」

「モンクっていうのかね。あいつらは、なまなかの兵隊よりよっぽどつえーんだよ」


 まあ、冒険者の仕事がないというのならそれはそれで平和でいいのかもしれない……というわけで僕は本題に移る。


「ところで地図をいただきたいんですが」

「おう。どこの地図だ? 場所によって値段が違うぞ」

「グルーバード山脈全域と、死鷹山の詳細地図があれば」

「…………」


 地図をまさぐる男の手が、止まった。


「……お前さん、アレか? 神の試練とやらに挑戦しようって感じか?」

「あー、ええと」


 もうここまで伝わってるのか。そりゃそうだよな……むしろ震源地みたいなもんだしな。


「まずいですかね……?」

「いや、まずかねーよ」

「僕が子どもだからって疑ってます?」

「んなことはねーよ。子どもだろうが男は、自分の人生を自分で決める権利がある」


 お、おお……僕、冒険者やってて初対面の人から初めて一人前として扱ってもらった気がする。

 僕がひとりで勝手に感動していると、


「死鷹山はこの10年以上戦争中なんだよなあ……」


 男がつぶやいた。

 先ほど話に出た、寺院。マヤ王国の「マヤ法典」という宗教団体が、モンクを中心とした部隊を死鷹山に送り込んでいるらしい。

 戦う相手は人間――じゃない。モンスターなんだとか。


「どうも敵には悪魔がついているみたいでな、どーも秩序だった戦い方をするって話でよ。精鋭のモンクたちも制圧できずにいる」

「死鷹山に入れないんですか?」

「死鷹山はかなりデカイ山でよ。主要なルートはモンク部隊が押さえていて、モンスターが下山しないように警戒している。逆を言やぁ道なき道を選べば入れるぞ。ただし、山中はモンスターの巣だけどな」

「どんなモンスターが出るんでしょうか? モンク部隊の方に話をすれば山道を通してもらえますかね? 山道じゃないルートも地図を見れば行けますか?」

「……お前さんたち、マジのマジで行く気か?」

「あ、はい」

「名前は」

「ノロットです」

「エリーゼ」

「リンゴと申します」


 男は僕らの表情を順繰りに確認する。


「気に入ったぜ。できるところまで俺が案内してやる」

「え? でもここの仕事は――」

「見ての通り開店休業って有様よ。俺が何日か空けたところでどーにもならん。俺の名前はゾック。こんな僻地でも肩書きはあってな、マヤドール冒険者協会会長だ。よろしくな」


 差し出された手を反射的に僕は握っていた。

 なんでだろう。

 ああ、そうか――この人は僕を一人前と見てくれたからだ。冒険者グレードのプレートじゃない、僕自身の覚悟を見てくれたからだ。


「ご主人様、そう簡単にお受けにならないほうが……」

「無駄よ、無駄。珍しくノロットが男の顔してるんだもん」


 後ろでうちの女性陣がなんか言ってるけど僕は気にしない! ゾックの申し出を僕は快く受け入れた。


「――出発は明日早朝としよう。ノロットよ、お前、全然寝てねーだろう? そんなんじゃ着く前にへばるぞ。足の準備は俺がやっておくから今日は寝ておけ」


 疲労のことまでお見通しだった。

 僕らはこうして新しい協会会長と知り合い、旅の仲間として迎え入れた。




 翌朝、東の空がうっすらと明るくなったころ――宿の外に出るとすでにゾックは待っていた。

 ゾックとともにいたのは黒く毛足の長い四つ足の獣。ずんぐりむっくりしていて、可愛らしい角が1本だけ生えている。目は常に眠そうだ。


「移動はこいつだ。途中から歩きになるからな、覚悟しておけ」

「どれくらいかかりますか?」

「急げば今日の夕方にはモンク部隊の駐屯地に着くだろう。――顔色もまー、マシになったな」

「……ありがとうございます」

「いいさ。あ、そんかわしちゃんと料金は請求するからな?」


 にやりと笑ってみせ、ゾックはタバコをくゆらせた。紫煙が緩く流れていった。


「不細工かと思ったけどよく見たら愛嬌あるじゃない」


 そんなことを言いながらエリーゼが四つ足の獣――高山山羊にまたがる。ひとり1頭だ。

 ほんのり灯るゾックのタバコを先頭に、まだ暗い街中を山羊に乗った僕らは進んでいく。


 ――間に合うのか。


 そればっかり考えてしまう。

 混沌の魔王との約束の時間までに、間に合うのかと。

 もちろん約束に間に合わなくても後で戦いを挑むこともできるかもしれない。でも、混沌の魔王がどこに出現してどうやって世界を滅ぼすというのか、僕らにはわからないままだ。もし混沌の魔王が大量殺戮を始めたりしたら――軍隊が動く。戦争になる。そうなればなるほど僕らの手は届かなくなり、モラの身体も損傷していくはずだ。

 最大のチャンスが、来月だ。


「そんで? どうしてお前さんは神の試練にチャレンジするんだ?」


 先頭のゾックが首だけ振り返ってたずねてくる。

 マヤドールを抜けて、植物も生えていない荒れた山道を突き進んでいる。

 先ほど日の出となり僕らの長い影が斜面に伸びていた。


「それは……仲間のためですね」


 ほう? という感じでゾックの眉が上がった。


「仲間は大事にしたほうがいい。人生はひとりでだって生きていけるがよ、仲間がいたほうが彩りがあるってもんだ」

「……はい」


 金色のカエルが僕の人生を変えてくれた。

 モラは、見た目通りの金ぴか色で灰色の僕の人生に飛び込んできたんだ。


「俺にも仲間がいた。だが……今はひとりだ」

「…………」


 なにか、暗い過去があるのだろう。

 それ以上聞くのをためらわれる言い方だった。


「くそ、タレイドの野郎。ひとりで出世しやがって」

「え、タレイドさんの知り合いなんですか!?」


 ちょ、ちょっと、暗い過去はどこに行ったの!?


「前にパーティーを組んでた」

「パーティーメンバー!」

「あいつだけ所帯持って今や大都市グレイトフォールの会長。あ~~こちとら僻地の会長だってのに」

「なんか重い話かと思って気を遣ったんですけど!?」

「たいした話じゃねーよ。年取ったから冒険止めるかーって感じで職員になっただけ」

「軽い! っていうか、ゾックさんのほうがタレイドさんより全然若そうに見えるんですけど……」

「おい。それ、今度タレイドに会ったらちゃんと言ってくれよ!」

「は、はあ……」

「タレイドから久々に手紙が来たからなにかと思ったら、ノロットって冒険者が来たら面倒見てくれってさ」

「え」


 あ、あれ? 知ってた? 僕が来ることを――来るかもしれないことを?


「……あの、ゾックさん」

「なんだ」

「僕らに協力してくれるのって……タレイドさんの手紙があったからですか?」

「おお、おお。そりゃそーだよ。じゃなきゃお前みたいな子どもを行かせるかって。はははは」

「…………」

「おいどうした。辛気くさい顔して。これから大変になるぞ。若いんだから胸を張れ、胸を」

「…………」


 僕の感動を返して……。




 高山山羊から降りた僕らは、山羊に乗っては通れない道を進んでいく。

 崖をロープ一本で登ったりね。

 リンゴが軽々と水やら食料やらを持っているのを見てゾックが驚いていたっけ。

 日が暮れようとしているころ――僕らの目の前にひときわそびえ立つ山が見えてきた。その山には濃く暗い霧が立ちこめている。正直、山頂は霞んでいる。

 死鷹山だ。

 その麓に、駐屯している部隊がちらほらとあった。麓にも霧がかかっているせいか、すでに明かりを焚いている。


「止まれ。止まれ。その4人」


 近づいていくと、後ろから接近されることは考えていなかったのかたまたま見回りをしていたらしい5人組のモンクに呼び止められる。

 これがモンクか。

 柑子色の下着に、臙脂色のローブ。帯はすみれ色でプロテクターが鈍い銀色を放っている。なかなか派手な格好だ。

 背中には「法」の文字が書かれている。それが法衣? 戦闘制服? のようだった。


「ん……おぬしは、冒険者協会の会長か」

「やー」


 軽い感じで手を挙げるゾック。

 モンクたちはマヤドールの住人によくいる、彫りの深い黒い目の顔立ちだった。

 ゾックが目的を説明する。死鷹山を登りたいと思っていること。今日一晩だけは泊めてもらいたいこと。

 するとモンクたちは眉をひそめた。


「色よい返事はできんぞ」

「……ま、そーだろうな。部隊長に取り次いでくれよ」

「うむ。おぬしの申し出ならむげにはできぬが……」


 渋々といった感じでモンクたちは僕らを駐屯地に案内してくれる。

 駐屯地は、長いこと駐屯しているからか、炊事場や物干し場などしっかり作られてあった。牧畜まで行っていて新鮮なミルクを提供しているらしい。

 10年以上ここにいるというのは伊達じゃない。


「ゾックさん、どうやら歓迎されてないみたいですけど」


 こっそりたずねると、


「んー……そうだな。連中は面倒事を増やしたくないんだろう」

「面倒? 迷惑はかけないつもりですよ」

「実はな、神の試練の場所が公開されてから死鷹山を登りたいと言ったヤツはすでに30組くらいいたんだ。ここの戦況を話したらほとんどの連中があきらめたが、中には俺が止めても行くってやつも当然いてな」


 この駐屯地を素通りして死鷹山に挑んだらしい。


「モンスターに殺されたりのたれ死んだりした程度なら自業自得、で済むんだがな……」

「なにがあったんです?」

「逃げてきた。大量のモンスターを引き連れて」


 あー。

 そういうことか。

 モンスターは冒険者と戦ってるせいで興奮している。膠着している戦線にイレギュラーな要因として入り込んできたら、そりゃあモンクたちは嫌がるよな。


「モンクは計画的なんだよ。マヤ法典にも『思慮深く合理を鑑みて事に当たるべし』なんて内容があるくらいだしな」

「そうなんですか……」


 話しているうちに部隊長の天幕にやってきた。

 広々としていて、軽いパーティーくらい開けそうなほどだ。

 動物の皮をなめした幕で覆われていて、中は温かだった。


「む。ゾックか。おぬしの訪問はスケジュールになかったぞ」


 メガネをかけた気むずかしそうな男が、モンクの部隊長だった。

 テーブルには地図があり、細かな文字で様々な情報が書き込まれてある。それ以外にも掲示板が置かれていて、そこにもまた細かい文字で書かれた紙が大量に貼られてある。

 ……計画的、ね……。


「戦況はどーだい、大将」

「将という階級はモンクにはない。あるのは徒と師のみ」

「じゃあ大師でいいだろ。死鷹山作戦じゃアンタが統括者だ」

「正確性に欠ける。小生は部隊長に過ぎない」

「かーっ。相変わらず細かい野郎だ」


 そう言いつつもゾックはにやにやしている。部隊長もイヤそうな顔をしていない。というか淡々としすぎていて感情が読めない。それなりに付き合いが長いんだろうか。


「部隊長。頼みがある」


 ここで改めてゾックが僕らのことを話した。

 通して欲しいこと。1泊休ませて欲しいこと。


「……ふむ。我々に緊急時の助けを求めないと誓約するのであれば、要求を呑もう」

「いいのか? てっきり嫌がられるのかと思ったぜ」


 ふう、と僕も安心する。まあ、ただ単に通して欲しいってだけなんだから、そんなに身構えることもなかったかな。


「ただし通行は、10日後に許可する」


 え?


「おい、部隊長、どういうことだよ。許可したり10日後とか言ったり」

「明日から殲滅戦を行う。かつてない規模で、これまで半年をかけて準備してきた。我々の試算では死鷹山のモンスターのうち3/4を討伐できる。実現可能性は85%だ」

「はあ? 一気にカタをつけるってのか?」

「すべての決着はつかないだろう。だが、向こう10年は活動を抑え込める計算だ。その作戦をくるわせるわけにはいかぬし、おぬしたちにとっても利益だろう。死鷹山のモンスターが減るのは」

「……だってよ?」


 ゾックがうまく丸め込まれて僕を見る。

 ふつうなら喜ぶところだ。

 でも、


「協力もなにも要りません。明日通してください」


 僕らには時間がないのだ。

 ここで10日消耗するのは痛すぎる。


「検討の余地はない。おぬしらを山に入れることで計算がおかしくなってはかなわぬ。この作戦は我ら、マヤ王国に住む者の悲願。モンスターが大量発生以来15年越しの悲願なのだ」


 僕は天幕の外に、大量の人間のニオイを嗅ぎ取った。

 しくじった。

 僕らはすんなりここに通されたんじゃなかった――僕らを取り囲む準備のためだったんだ。


「10日間、我慢してもらおう」


 部隊長の表情は変わらなかった。

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