165 小さな助力
「ノロット……どうしちゃったの!? あなた、偽ノロットでしょ!?」
「ご主人様、まさか、まさか、そのような趣味にお目覚めになったのですか……嘆かわしい」
「違うよ!? 僕は冷静だから!」
しまった、説明せずに結論に行ってしまった。
「えっとね、今みたいな反応になるだろ? 僕を殴ることなんてできない、って」
「あ、当たり前でしょ…………で、でも、ノロットがもしそういうのが好きっていうなら……あたしもがんばるけど……」
「え? 今なんて?」
「なんでもない! 説明続けて!」
「あ、うん。――つまり僕らは知らず知らずに『自分に打ち克つ』ことが『クリアの条件』だと思うようになってたんだ」
あれだけ精巧に作られた、うり二つの僕ら。
であればなおさら、お互いの邪魔も協力もしづらい。
「僕を殴ることなんてできない。だから、偽ノロットだって殴るのにためらいがある――ってことだろ? でも、自分の完全コピーを相手にするより、偽の仲間と戦ったほうが勝利の目があると僕は思う。なんなら2対1でもいいんだ。1人でも倒せれば形勢は一気に崩れる。だから――僕を今ここで殴って見せて。ためらいを捨てるために」
完全に見た目が仲間にそっくりだった場合、ためらいなく攻撃できるのか。
ふつうならためらう。
だからこそ本物の僕を一度殴ればいい。
「で、でも……」
「ご主人様、それは」
「いいからやって!」
僕の大声に、ふたりがびくりとする。
「モラを取り戻すために殴られるなら、僕は喜んで頬を差し出すよ」
沈黙する、ふたり。
やがて、
「……わかったわ」
「ええ、承知しました」
「じゃあ、さっさと済ませちゃおう」
「ううん。ノロットをひっぱたく必要はないわ」
「え?」
「わたくしたちの覚悟が決まった、ということです。心のどこかに甘えがあったようです。申し訳ありませんでした」
再度、敵へと身体を向けるエリーゼとリンゴ。
『作戦会議は、お、終わったか』
ルシアは待っていてくれたみたいだ。道理で攻撃してこないと思った。
「ええ、十分よ。――ノロットはあたしがもらうわ!」
「ご主人様を好きにしていいのはわたくしだけです!」
とんでもないスピードで走り出した。
え、えぇ……。
好きにしていいとは言ってないし、なんか目的が変わってるような。
「ああ、ああ、その可愛らしいほっぺたにちゅーしちゃってもこれは事故よね!」
「ご主人様、お召し物が汚れていらっしゃいます、すぐに脱ぎましょう!」
飛びかかってくるふたりに、偽ノロットが目に見えて動揺する。
「…………」
僕だってドン引きなんだが……。
「はっ」
と思っていると、こっちに偽エリーゼと偽リンゴが飛びかかってきた。
うーん、心なしか表情が野獣に見える!
「命じる。地殻弾丸よ、起動せよ」
エリーゼとリンゴと戦うことなんて一度も想定したことがなかった。
だから、ここからは未知数だ。偽ノロットだってどう戦っていいかわからないはずだ。
地面からせり上がる岩盤の防壁。
だけどそれは一瞬で崩れ去る――偽リンゴの蹴り一発で。
吹き飛ぶガレキをかき分けて偽エリーゼが切り込んでくる。
でもそこに僕はいない。
一瞬、左右をきょろきょろする彼女の真横から飛来する酷寒弾丸。弾丸をかわした偽エリーゼ。でもその動きは読んでいた。
彼女が跳んで逃げた先に、同じく酷寒弾丸を放っておいたのだ。足下が凍りついて動けなくなる偽エリーゼ。
「――っと、そのままトドメとはいかないかっ」
偽リンゴによる回転蹴り。
はためくスカートの中は亜空間だったのでほっとした。いや、暗くてなにも見えなかったってだけだけど。
それにしても偽リンゴの攻撃には躊躇が一切ない。僕らの本物とはやっぱり違う。完全コピーとは言ってたけど、違うのだ。
「そんなら、こっちだって容赦しないよ!!」
手持ちの魔法弾丸を惜しみなくぶっ放す。人間を超越する身体能力。距離があっても安心できない。
でもね、リンゴの動きはこれまでイヤと言うほど見ているんだ。
「一丁上がり」
偽エリーゼのように足下を凍結させて偽リンゴの動きを奪った。
わざわざトドメを刺すまでもなく、僕の勝ち――。
べりべりべりっ。
「!」
甘かった。
偽リンゴは足の皮が剥がれるのも気にせず、力任せに引き抜いたのだ。
そして僕に向かって突き進む――。
ザンッ。
その偽リンゴの首が飛んだ。
エリーゼの振ったショートソードによって。
同じタイミングで、動けなかった偽エリーゼの首もへし折られた。リンゴが手刀を叩き込んだのだ。
「ご主人様、詰めが甘いようですわ」
「まったくノロットったら……」
「あ、ごめん――ていうか、偽ノロットは?」
致命打を加えられた偽エリーゼと偽リンゴは、できあがったときと同じく煙になって消えた。
『あ、あんまりひどいことをしようとするから、さ、さすがに消した』
ルシアの声が聞こえたと思ったとき、僕らはすでに闘技場ではなく最初の書斎に戻っていた。
あんまりひどいことを……?
僕がエリーゼとリンゴをにらむと、ふたりともサッと目をそらした。
モラを取り戻したら、ふたりとは距離を置いたほうがいいかもしれない……。
『そ、それにしても、す、すごいな……仲間を殺しても、き、気にならないのかい?』
ルシアの驚きを隠さない言葉。
その言い方にカチンと来る。
「僕らは仲間を取り戻すためだったらなんでもします。仲良しこよしで結局混沌の魔王の欠片を持ち帰ったあなたたちとは違う」
モラだってアラゾアと決着をつけたんだ。
それが、簡単な決断だったわけがない。モラは悩んで、苦しんで決断した。
神の試練、だなんて言われてるけど、実のところ仲間内で裏切り者だなんだ言ってるルシアたちのほうがよほど甘いと僕は思う。
『……師匠を完全に殺すことは、で、できなかった……不可能だった…………い、いや、違う……6人のうち、誰かが……師匠を殺すことを望まなかった……』
「それは誰なんですか」
『わ、わからない』
ため息が出る。
「失礼します、ご主人様。ちょっとお待ちください。ルシア様も裏切り者がいることを知っておられるのですか」
『し、知ってる……ぼ、僕以外に知ってるヤツがいたとは、お、思わなかったけど』
勇者オライエも知っている可能性がある。アノロははっきりと裏切り者を疑っていた。そしてルシアも知っている。そうなったら残り3人のうち誰かが裏切り者ってこと?
ああ――そういうことか。
「だからですか、ここの試練が、僕らのコピーだった理由……」
「え? なんでなの、ノロット?」
「サラマド村出身の6人は、仲間を疑っていた。誰かが裏切ってると。でも、彼らはお互いを調べなかった。断罪できなかった。だから、仲間が悪だとはっきりしたときに、きちんと攻撃できる心を持たせるためにこんな試練を仕組んだんだよ。最初からこの試練は、コピーされた自分自身に打ち克つための試練じゃなくて、仲間を手にかけても動じないでいられるための予行練習だった……」
『う、うん』
「うんじゃないですよ、うんじゃ。あなたたちの詰めの甘さのせいで僕らの仲間が身体を奪われたんですよ! ブリザードピークでは何人も死んでる! あなたたちのせいで!」
「ノロット、落ち着いて!」
「ご主人様。今ここでルシア様を責めてもなにも解決しません」
「でも!」
『……き、君の言うことはもっともだよ……だ、だから僕らは試練を遺した……真実を伝えるために、こ、こうして精神体を遺して……』
リンゴとエリーゼに押さえられて、僕のカッと熱くなった頭が冷静さを取り戻す。
「それは、失敗でしたね。『統一世界未来予知機構』は混沌の魔王復活を阻止できなかったし、あなたたちの試練は神の試練と呼ばれて、本来の意図とはまったく違うものとして受け止められてる」
わかってる。嫌みを言ったところでモラがすぐに帰ってくるわけじゃないってことくらい。
それでも僕は――誰かに気持ちをぶつけたかった。
『わ、わかってる……わかってる、つもり……。で、でも、僕にはもう、なにもできないんだ。だ、だから……頼むことだけ。お願いだ、今度こそ師匠を……殺して欲しい』
「……その、つもりです。教えてください。混沌の魔王は次の月が満ちるまで時間をやると言っていました。それと『以前と同じ条件』だとも。これってなんですか」
『満月の日、なんだ……ぼ、僕らと師匠が、月に1度、いろんなことをして楽しんだ夕べ……』
ルシアの身体から光がこぼれだす。
『し、師匠は、世界を滅ぼすことも、た、楽しんでる』
「なぜですか。あなたたちをかわいがっていたんでしょう? そんな人が世界を滅ぼす?」
『それは……し、師匠が、あまりに天才だったから……』
そろそろ時間いっぱいだった。彼が、この場に留まっていられる制限時間の。
「僕らは! どこに行けばいいんですか! 次の満月の日に!」
『……サラマド村……大木の下……』
光が部屋に満ちた後、ルシアはいなかった。
僕らはカビくさい、半分瓦解した部屋の中央に立っていた――僕の右手手のひらに、ルシアの紋様が加わっていた。
「ん?」
長い階段を登って巨塔の外に出た僕らは、周囲をぐるりとバリケードが囲んでいることに気がついた。
バリケードの向こうでは、臨戦態勢の魔法使いたちが僕らをめっちゃ警戒している。
なに、なに、なにがあったの? と思っていると、ひとりの女性が出てきた。
「ノロット! 無事か!?」
「ああ……ジストさん。どうしたんですか?」
「中で強大な魔法反応があったんだ。だからこうして厳戒態勢を敷いている。学生や大学関係者はすべて避難した」
空は茜色になっている。いつの間にか結構な時間が経っていたらしい。
「魔法反応、ですか?」
「ああ。巨塔自体が高レベルの結界に包まれ、近づくこともままならなかった。それが先ほど急に結界が解かれてな……貴君らが出てきたというわけだ」
「中でいったいなにがあったのだ!?」
そこへやってきた――あれ、この人、理事長って言われてた人?
「ひょっとして神の試練に挑んだのか」
「教えていただきたい」
「是非とも聞きたいな」
さらにやってきた、なんかジストと張り合っていた3人のおじさん。
「……あれ? 主流派と非主流派で争っていたんじゃないでしたっけ?」
彼らが顔を見合わせる。
「そんな場合じゃないほどの結界だったんだ!」
あ、そうですか……。
ともあれ、僕は中で起きたことを説明する。もちろん神の試練に関することは話せないので、神の試練を突破したことだけを伝えたんだけどね。
彼らは僕がウソでも吐いていると思っていたふうだったけど、僕の手の甲のルシアの紋様を見つけて一気に信じた。
すると今度は根掘り葉掘り聞かれる。だから話せないってのに。
見られなければよかったな……さっさとここを出ていきたい。時間は有限だし、なによりもう真っ暗なんだけど。お腹空いた。
「あの!」
理事長とか偉そうな人とかがケンカ腰で議論しているところへ、僕は声を上げた。
「お腹が空いたので失礼します!」
ダメだ、と一喝された。えぇ……。
僕らは大学の一室に連れて行かれ、夜遅くまで話し合いに付き合わされた。
「魔神ルシアの研究室」を踏破したことは、過去にもある。だけどこれほどの強大な結界が張られたことは過去になかったみたいだ。
推測でしかないけど、過去にここの試練に挑戦した人たちは、他の神の試練をやってないんだろう。ルシアは僕ら以外の挑戦者に本気度を感じなかった……とか? まあ、なんで結界を張ったのかとかはわからないけどね。なにか邪魔が入らないようにしたとか。その辺は神のみぞ――魔神のみぞ知るってところかな。
ジェノヴァ大学内では混沌の魔王復活に当たってどう行動すべきか、次に神の試練に誰が挑むべきか、どこの組織がイニシアティブを取るか――とかそんな議論が繰り返されていた。なんていうか、時間の無駄です。ていうか一触即発だったくせに今は議論してるってなんか不思議だよな。学者ってこうなんだろうか?
魔法都市サルメントリアの市長を始めとした幹部を呼びに行くという話になってきていよいよもって長居しちゃいけないと僕は思った。
「もう夜も更けました。明日の朝一番から市長を交えて議論をするということにしてはいかがか」
いいタイミングでジストが提案すると、お開きとなった――で、僕らは魔法使いたちに護送されてジェノヴァ大学内の宿舎に放り込まれる。あ、逃がす気はないんですね?
「朝までおとなしくしていろ」
となぜか高圧的に命じられ、僕ら3人は長々とため息をついた。
「ようやく解放されたよ……」
「ほんっとにもう。あとちょっとであたし爆発するところだったわ」
「ご主人様、お茶を煎れましょう」
ニオイを嗅ぐと、部屋の外には3人、窓の下――ここは2階だから――には4人の見張りがいる。やれやれ、警戒されたもんだなあ。
リンゴの煎れてくれたお茶を飲む。深夜2時のお茶も悪くない。心がほっこりするよね。
「和んでる場合じゃないと思うけど」
「というと、エリーゼ?」
「明日……っていうかもう今日だけど、市長とかも来るんでしょ? そうなったら次の神の試練に行くなんてもってのほかよ」
「なんで僕らをそっとしておいてくれないのかねえ」
「ご主人様が偉大だからでしょう」
いやいや、そういう冗談はいいから、と言いかけてリンゴを見ると真剣そのもの。本気で言ってるから困る。
「神の試練を複数突破してるノロットを押さえておきたいのは当然でしょ。混沌の魔王と戦うとなったら世界中の国家が冒険者を確保するわ。とりわけ神の試練に詳しい者を」
「もしかしてだけど……神の試練を非公開にしたり?」
「もしかしてじゃなくてもそうなるわよ。外交上の最強の切り札になるじゃない。世界に6つしかない、世界崩壊を防ぐための遺跡なんて」
まいったな。人間ってやっぱりバカだよね。
世界が滅びるかもしれないのに自分たちの利益を考えるなんて。
「さて、と」
お茶を飲み終わって、僕は立ち上がる。
「逃げようか」
「そうね」
「行きましょう、ノロット様」
おとなしく朝を待つつもりなんてもちろんなかった。
実はお茶だって明かりを消して呑んでいた。外から見れば僕らは寝ようとしているように感じるだろう。警戒はしているだろうけどね。
外にはまだまだ警備の兵がいる。さっきまで理事長だとかお偉いさんがいたんだからね。
だからこそ、いい。
このタイミングではさすがに逃亡を試みるとは考えないから、ふつうは。
僕らは荷物をまとめると、廊下を確認した。3人いた見張りは交代交代にするつもりなのか、1人を残して1階に移っている。
5メートルほど離れたところにイスを置いて座っている。眠そうだけど、まだ眠ってはいない。
「リンゴ」
「はい」
扉を音もなく開くと、リンゴは廊下へと進み出た。もうちょっと離れていたら違うやり方をしただろう。でも、これくらい近いなら余裕だ。
「ん?」
見張りがリンゴに気づいたときには彼女はすでに見張りの目の前にいた。
「夜分までご苦労さまでございますわ」
「――っぐ」
みぞおちに拳がめり込み、見張りは前のめりになる。こめかみを痛打する――引き起こされる脳しんとう。
そのまま見張りは気絶した。お見事。
「それじゃ、上に行こうか」
イスに座らせ直して、僕らは行動を開始する。
僕らは宿舎の最上階に出る。屋上へは出られないようだけど、廊下の突き当たりにある窓を開ければ壁伝いに上がっていける。
傾斜のある屋根の上に立つ。見下ろすと警備兵が明かりを焚いているけど、特に変化はない。僕らの脱走はまだ気づかれていないんだろう。
屋根から屋根へと飛び移る。中州にできた大学は、土地に限りがある。だから少しでも有効に使おうと建物が密集しているのだ。それは見事に逃走ルートとなってくれた。
「問題は出口だなあ」
川に挟まれているからどうしたって船に乗るしかない。方法としていちばんいいのは貨物に紛れて行くことだけど……。
「あ」
船着き場のすぐそばに来た僕らは、屋根の上にひとりの人影を見つけた。
「思ったより早かったな」
ジストだった。
「……いいんですか?」
「くどいぞ。私がいいと行ったのだ。貴君らはこのままサルメントリアを出るといい」
ジストの手配していた船に僕らは乗っていた。
彼女の部下たちと同じローブをかぶると、どう見ても魔法使いです。すんなりジェノヴァ大学脱出は成った。
ジストは僕らが脱出すると考えていた。そして船を探しに来るだろうとも。
ただまあ、ジストは僕らが船を強奪すると踏んでたみたいだけどね。失礼な。それは最終手段ですよ。
で、彼女は僕らの逃亡の手助けを決意した――統一世界未来予知機構の方針からすると、混沌の魔王と戦うためにひとりでも多くの「救世主」を用意するべきだということらしく。
「私の次の仕事は、『魔神ルシアの研究室』を冒険者に開放することだ……」
そう言いながらも絶望的な顔してますよ。よほど大変なんだろうなあ……僕には政治とか難しいことはわからないけど、ジストのやろうとしていることが正しいってことはわかる。その代わりお偉いさんからは理解されないということも。
「おお、そうだ。先ほど研究者から報告があったのだ。混沌の魔王の言っていた『以前と同じ条件』についてだ」
「ああ……次の満月の日に、サラマド村、ですか?」
「む、知っていたのか?」
「ルシアが言い残しましたから。もうちょっと詳しく聞きたかったからもう1回ルシアの試練をやりたかったんですけど」
あの試練ならすぐに終わるしね。
まあ、大学の面倒事に巻き込まれましたからそれどころじゃなかったけど。
「いや、そうは簡単に貴君の思い通りにはいかなさそうだぞ」
「どういうことです?」
「貴君が塔を出てきてから魔法のパターンが変わったように感じられる。これがなにを意味しているのかは調べてみないとわからないが、文献では、1度試練を突破した者が2度突破したという記録がないのだ。単に2回目がクリアできなかっただけなのか――」
「2度、チャレンジできないようになっている、ってことですか」
ジストがうなずいた。
ありそうだな。
なんの意味があるのかはわからないけど。
っていうかいろいと面倒なんだよ、この神の試練システム。簡単にクリアさせないための縛りが無駄な気がする。
「ジストさん、サラマド村の場所はわかりますか?」
「それがわからないんだ。今は最優先で調べているところだ。貴君は次の試練を突破したタイミングで、聞けそうだったら遺跡の主に聞いてみてくれないか」
「試練の突破を簡単に言ってくれますね」
「ははは。貴君らを見ていると神の試練などたやすいものに思えてしまうのだよ。実際は貴君らの実力がきわめて高いというだけなのだがな」
面と向かって褒められると、照れる。
「……そろそろ船を替えよう。都市を出るところで馬車を用意してある」
「なにからなにまでありがとうございます」
「たいしたことではない……これはとても小さな助力でしかないと私だってわかっている」
不意に、僕の手が温かくなった――ジストが握っていたのだ。
「重荷を貴君らに預けてしまって……ほんとうにすまない。私にできることであればなんでもする。ためらいなく声をかけて欲しい」
「……僕は、ただ仲間を取り返したいだけですよ」
「その結果、世界が救われるのなら、貴君は救世主だ」
船が止まる。隣に1艘の小舟が横付けされていた。
僕らはローブを脱いで隣の小舟に移った。
ジストの船が離れていく。川面に月が映じていた。大きな月だ。これが欠けていって、新月になり、また満ちていき――満月となるまでがタイムリミット。
それまでに神の試練2つと、どこにあるかわからない「救世主の試練」を突破しなくちゃいけない。
できるのだろうか……ほんとうに、僕に?
弱気になるな、僕。モラを取り返すんだ。
「あの女、ちょっと油断したらノロットの手を握って!」
ぷんぷんしてエリーゼが言ったものだから、僕の緊張感なんてどっかに行ってしまった。




