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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第8章 混沌の魔王と冒険者たち

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161 隠れ家と悪魔

 奥へと逃げるように進んだ僕らだったけれど、


「!」


 遠くで、悲鳴を聞いた。

 心臓が跳ね上がる。

 足が止まる。

 聞き慣れない声だった。モラじゃない。


「今の誰の声」

「おそらくですが、先ほどの魔法使いたちの誰かでしょう」

「…………」


 エリーゼが僕の腕にそっと手を添える。


「ノロット……引き返したほうがよくない?」


 それはさっきから僕の脳裏を何度もよぎる選択肢だった。

 この銅山にいる「何者か」はまともじゃない。簡単に人を殺し、捨てるような――モンスター。それが人間であったとしても、モンスターだ。

 でもモラがいる。ここには確実にモラが来ている。

 どうしてさっきの大空洞でモラのニオイがしたのかはわからない。モラの残したなにかがあるのかもしれない。――モンスターと遭遇して、モラが被害に遭った、という可能性も……ゼロじゃない。


「モラを見捨ててなんて帰れない」


 言うと、


「やっぱり……そう言うと思った。あたしたちも気合いを入れなきゃいけないわね」

「あなたに言われなくともわたくしはわかっていましたわ」

「へえ。ノロットのことが心配で心配でしょうがないって顔してるけど?」

「…………」


 頼りになるふたり。

 リンゴは気むずかしい顔を両手でむにむにやっている。


「ありがとう……ふたりとも」

「お礼は後。行くわよ」


 僕らは先を進む。

 焦って飛び込んだだけの横穴だったけれど、案外通路として機能していたのかもしれない。どんどん奥へとつながっている。


「!」


 また、叫び声。

 でも結構遠い。

 今、ジェノヴァ大学の魔法使いたちはどんな状況なんだろうか。

 なにと接触したんだろうか。

 今度は足を止めることなく僕らは進んでいく。

 通路は何度か分岐していた。分岐をどちらに進むかは勘しかない。風は背中から吹いている。きっと大空洞のどこかが外につながっていて空気が入り込んでいるんだろう。ニオイはあまり役に立たない。

 1時間は歩いた。


「ここは……」


 僕らはたどり着いた――さっきと同じくらいの大きさの空洞に。

 そして、銅山内部には似つかわしくない、木製の小屋に。




 僕がそれを見てまず思い出したのは、ターミナルの町だったリンキン。あそこの少年冒険団とともに見つけた古い洞穴だ。あそこは洞穴を利用して監視小屋のようなものができていた。

 でもあれとは趣が違う。空洞の壁際にスペースをとって、石壁で覆われている。屋根は必要ないから上は抜けているけども。

 ちゃんと木製のドアまでついている。銅山で働いていた人間の休憩所と言うには汚れていないし、なにより朽ちていない。最近まで使われていたような……そんな感じさえ受ける。


「アラゾアがここにいたのか?」


 僕の嗅覚が、それを裏付ける証拠を嗅ぎ取る。

 アラゾアの香水のニオイだ。


「え? 魔女アラゾアがここにいたっていうの?」

「アラゾアは転移魔法陣を書くことができた。だったらこの銅山内に直接転移することだってできるんじゃないかな」

「ご主人様の予想は当たりかもしれませんね。あれをご覧ください」


 小屋の陰になっていたけど、そこにはいくつかの魔法陣が描かれてあった。光は消えていたけど。


「中を見てみよう」


 ドアを軽く調べてみるけど、トラップなどは仕掛けられてはいなかった。かなり重いドアだったからリンゴに開けてもらう。


「うわ、なにこれ?」


 思わずエリーゼが言ってしまうのも無理はない。

 エリーゼが言わなかったら僕が言ってた。

 だってさ……ぴかぴかなんだよ。

 小屋の中。

 ふかふかの絨毯が敷かれて、片隅にはベッドまである。ベッドはマジックアイテムらしくて、あたりがこれだけ湿っているにもかかわらず新品同様だ。

 で、問題はテーブル。

 彫り込まれた糖蜜色の重々しいテーブルが鎮座ましましているんだけど……それが、ぴかぴかなんだ。

 金の延べ棒。王冠。宝石類。アクセサリー。金貨。そんなものが山と積まれてる。ていうか、こぼれて床にまで落ちてる。

 こっちに視線を奪われてしまうけど、壁にも所狭しと絵が掛けられてある。無造作に適当に並べて掛けてあるようにすら見える。だって、飾りきらない絵が壁に何枚も重ねて立てかけられているんだもの。


「……幻覚トラップがあったんじゃない? あたし、あるはずのない財宝が見えているの」

「エリーゼ、これは本物だよ」


 僕はテーブルに近寄って金貨を手に取った。


「アラゾアの秘密の金庫だったのかな」

「金庫、とはどういうことでしょうか」

「アラゾアは700年以上を生きているわけでしょ? それほど長く生きる間に貯め込んだ財産があるはずなんだよ。どこかに隠す必要がある。なにせ一箇所にとどまれなかった――悪魔に追われていたし」

「廃坑となった銅山はうってつけだった、ということですか」

「他にもあったとは思うけど。ここが廃坑になって700年以上が経ってるわけじゃなし」

「ねね、これどう?」


 僕とリンゴが話している横で、エリーゼが王冠をかぶっていた。どでかいルビーが真ん中にはめ込まれているめちゃくちゃ高そうな一品だ。


「う、うん……似合ってるよ」

「そーお? えへへへへ」

「ご主人様、気を遣うことはありません。はっきり言ってやればいいのです。下世話だと」

「は? なに言ってんのこの人形」

「ご主人様に余計な気遣いをさせるバカはわたくしが排除しますわ」

「はいストップ。ストーップ。ケンカは帰ってからやって」


 隙あらば一触即発の空気を醸し出すふたり。仲裁する僕もだんだん手慣れてきた気がする……。

 それはそうと、ここがアラゾアの秘密の金庫だとして……モラはここに来たんだろうか? 来ていない気がするんだよね。痕跡がなさ過ぎる。

 そもそも転移魔法陣とは言ってもそう遠い距離を移動できない。だからアラゾアはこの近くまで来る必要があったはずだ。

 この近く……そうか、ブリザードピークだ。

 樹海都市パラディーゾを出たアラゾアはこの隠れ家にやってこようとしたんだ。


「ノロット。ノロットー?」

「あ、うん。ごめん、なに?」

「この財宝どうする?」


 ああ……そうだよね。冒険者だったらなんとしてでも持って帰るよね。一生遊んで暮らすどころか10生くらいいけそうだもん。

 でも、なんだろう。気が進まない。

 アラゾアの遺したものだからだろうか。ああ、そうか。モラはここに来ていないんじゃない。来たとしても素通りしたんだ。アラゾアの遺したものを奪い取るような気がして。

 壁際の棚には香水の瓶が並んでいた。

 アラゾアのつけていた、白桃の香りがする。

 それは今もここにアラゾアがいることを主張しているように見えた。


「置いておこう。僕らが持って帰ることはないよ」

「…………」

「エリーゼは不満?」


 無言になった彼女にたずねると。


「んーん」


 不意に明るい笑顔を見せた。


「違うよ。まったく逆」

「ん?」

「魔女アラゾアのものだとわかって……モラの因縁があるものだとわかって、それでも持っていくって言わないノロットに惚れ直した」

「ええ?」

「ふつう、これだけの財宝があったら目がくらんじゃうよ。でもあたしのノロットは動じない。さすがだね!」

「勝手にあなたのノロット様にしないでください」


 リンゴが冷静に突っ込んでいるけど、エリーゼはにまにましている。

 ま、まあ、なんにせよお気に召したようでよかった、です。


「さて、と……ここからどうしようか」


 小屋から外に出た。

 アラゾアのニオイから逃れるように。

 でも逆に言えばモラもこの近くにいるような気がする。急ぎたい。ジェノヴァ大学の連中がなにをしているかわからないけど、追いつかれないうちに――。


「……あれ? さっき、光ってたっけ」


 エリーゼが指差したのは――小屋の外にあった魔法陣。

 さっきは単なる地面の落書きのようにその場にあっただけだった。

 それが今、青白い光を放っている。


「……これって」

「はい、ご主人様」


 リンゴがうなずいた。


「よくない兆候であるかと思われます」


 彼女が言い切ると同時に――黒い影が魔法陣に現れた。




 黒のローブ……いや、ぼろきれと言っていいだろう。そんなものを身に纏っている人の姿。身長は2メートルくらいある。ぼろきれの内側はがっしりした肉体であると察せられる。


「ウヴヴヴヴヴ……」


 言葉にならない声が聞こえてくる。動物じみている。それなのに――僕は、


「アラゾア……?」


 死んだはずの魔女の名を口にしていた。


「ちょっ、ノロット、なに言ってるの? 魔女アラゾアは女でしょ?」

「う、うん、それはわかってるんだけど――ニオイがするんだ。アラゾアの香水の……」

「来ます!」


 とっさにリンゴが僕の前に立つ。

 そいつが動いたのを僕はまったく目で追えなかった。気がつけば跳躍していた。気がつけば降ってきていた。気がつけば――、


「はああああっ!!」


 落ちてくるそいつへ、リンゴが蹴りを放つ。前にいればスカートの中が見えてしまうほどの高々と振り上げた蹴り。


「くっ」


 僕は、あり得ないものを見た。


「リンゴ!?」


 リンゴの蹴りを真正面から受け止めたそいつは、力任せにリンゴを地面に叩きつけたのだ。

 リンゴをだ。

 あの怪力のリンゴを――。

 そいつは僕のすぐ目の前に立っている。

 獣、というより、ゴミのニオイ。その中に一筋、香水のニオイが混じっている。

 ぼろきれの奥、爛々と目が光っている。


「アラゾア……なのか?」

「…………」


 僕が語りかけたとき、隙ができた。


「――なにやってくれてんのよ!!」


 エリーゼが繰り出した剣は、弧を描いてそいつに叩きつけられる。斬る、よりも、叩きつける、という表現が近い。ただしとんでもない速度だ。

 斬撃はそいつを切り裂く――かと思いきや、肉をわずかに斬っただけでそいつは後方へと吹っ飛んでいく。


「ご主人、様……危険です……」

「リンゴ! ケガは!?」


 そうだ。動揺している場合じゃない。リンゴが被害を受けた。あいつは戦うべき相手のはずだ。


「問題ありません。軽傷です。しかし、あれはとてつもない力を持っています。戦うのではなく撤退も視野に入れてください」

「……うん、そうだね」


 無理はしない。したところで意味がない。僕らの目的はモラを探すことだ。

 なら今のうちに撤退を――と考えた僕は、なんだか、背中にむずむずするような奇妙な感覚が走っていることに気がつく。

 なにこれ? こんな感覚今までなかったけど――って、気にしてる場合か!


「エリーゼ! 逃げよう!」

「仕方ないわね」


 向こうではむっくりと起き上がる姿がある。なんでもない、というふうに。

 あのエリーゼの一撃をもろに食らってるのに血が出るわけでもない、ダメージも入っていないように見えるってのはなんなんだよ……やっぱ逃げるしかないな、これ。

 だけど、事態はそううまくは運ばなかった。


「総員詠唱開始!!」


 空間に響き渡った声は、部下に対する命令だった。


「同志の仇を討たせてもらおう――放てぇぇぇぇええええ!!」


 通路からいつの間にか現れていたジスト=メーアが号令を掛けると、一斉に炎の弾が降り注ぎ、ぼろきれの人影に着弾する。

 どうしてここが――いや、さっきから叫び声が聞こえてた。きっとジストたちは攻撃を受けていたんだ。こいつを探していたんだ。

 何者かは身体をかきむしる。ぼろきれが燃えさかる炎によって消えていく。ジストは手を緩めない。次々に降り注ぐ魔法。これだけ大量の魔法を――見たところ中位魔法のようだ――立て続けに撃てるのだから、やっぱり軍の魔法使いはレベルが高い。


「ヴォアッ!!」


 暴れるのを止めたそいつは、吠えた。瞬間、そいつを中心に風が湧き起こり渦を巻いていく。火が消える。煙が流される。僕らのところまで突風が吹いてくる。こっちの視界が奪われる。


「くっ――」


 それでもなんとかしてのぞき見たのは――中央で佇立している姿だった。

 人じゃない――。

 まず、そう思った。

 肌の色は紫。

 頭髪はなく、つるりとしている。

 肉体は完成されたアスリートのようでもある。

 胸にはふたつの大きな乳房。

 だけど顔つきや体つきは男のそれだった。

 アラゾア……? 違う。アラゾアはこんな顔じゃなかった。


「ぎえええええ!?」


 僕が戸惑っていると、そいつは姿を消した。

 叫び声が聞こえたのはジストたちのいるほうだ。魔法使いのひとりは、背後から心臓を貫かれていた――腕によって。


「転移魔法を使うぞ! 呪縛魔法と弱体化魔法を併用しろ!!」


 混乱し、崩れかかった魔法使いたちはジストの声で落ち着きを取り戻す。


「――この悪魔めが!!」


 魔法使いのひとりが吐き捨てるように叫ぶ。

 ああ、そうだ。悪魔だ。こいつは、人型の悪魔なんだ。

 悪魔は魔法使いを貫いた手を抜くと、そばの魔法使いに攻撃を加えようとする。だけど詠唱はぎりぎり間に合った。悪魔の足下から黒い煙のような弦が伸びる。悪魔の足を絡め取る。


「…………」


 ちらと足下を見た悪魔は魔法を発動しようとする。だけど灰色の光が散って魔法は阻害される。弱体化魔法だ。


「――お前程度の悪魔は何度も屠っているんだよ、我々は」


 ジストは右手にレイピアを持っていた。

 銀色に光る刀身は神聖なる光に包まれている。対悪魔に特化した武器だとすぐにわかる。

 用意が良すぎやしないか、と僕が疑問に思う時間もわずかだった。

 ためらいはなかった。

 ジストは悪魔の胸に、深々とレイピアを突き刺した。


「ヴヴ、ヴァ……」


 背中に飛びだした切っ先が、黒色の血を滴らせる。

 悪魔の身体から、力が抜けていく。

 ジストが剣先を引き抜くと同時に悪魔はくずおれた。

 戦闘はあっけなく終わった。もちろん、犠牲者は出ているから簡単な戦いじゃなかったことは間違いないのだけど。

 僕の感じたいくつもの疑問は解消されないままだ。


「……それで、お前たちは何者だ?」


 ジストの鋭い視線がこちらを向き、魔法使いたちは臨戦態勢を取った。


「何者……って、僕らは見てのとおり冒険者ですよ。そっちこそなんですか。悪魔を相手に一歩も引かない……っていうか、悪魔用の武器まで持って」

「ただの冒険者ではあるまい」

「『ただの』冒険者です」


 じりじりとジストたちは僕らを包囲するように展開する。


「ダイヤモンドグレード冒険者が『ただの』冒険者なら、町の冒険者どもは一般人になるな」

「……調べたんですか?」

「調べるまでもない。小銭を握らせたら冒険者どもが勝手に歌ってくれたよ。これだから冒険者は信用できないのだ」

「あなたたちは悪魔がいると予想していたということですよね」

「なぜそう思う?」

「用意が良すぎるからですよ」

「まあ、そうだな」


 あっさりと肯定した。でなければ悪魔に特化した武器をすぐに出せるわけもない。ただのモンスターを倒すのに神聖武器なんて要らないからね。


「あなたはブリザードピークに悪魔の内通者がいると想定したんでしょう? 冒険者協会に来たのも探りを入れるため。ヒョージュ銅山について調べた冒険者が最近いなかったどうか」

「さすがはダイヤモンドグレードというべきか。よくわかったな」

「僕らを追跡してるんですから、ちょっと予想すればわかりますよ……でも僕らは悪魔のことは知りません」

「そうかな? ここまで導いてくれたのはお前だがな」


 ついてない。

 ここに来たのは運の要素が大きい。でも今それを「偶然だ」と言ってもジストは信じてくれないだろう。


「あ……」


 エリーゼがぽかんと口を開ける。

 あ……と僕も口を開ける。同様にリンゴも。


「なんだ? 後ろに注意を向けて逃げようという算段か? 姑息だな。しかしそんなものに引っかかりは——」

「いやいやいやいや! 後ろ! ほんとに!」

「まったく、仮にも最高位グレードの冒険者ならばそんな茶番は止せと」

「ジスト様ぁ!」


 部下まで騒ぎ出してようやくジストは異変に気づく。

 彼女たちが倒したと思った悪魔が立ち上がり——むくむくと身体が巨大化しているのだ。

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