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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第8章 混沌の魔王と冒険者たち

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150 うずたかく積まれたもの

 宿に戻った僕らは、ジェノヴァ大学の手の者が尾行してきていないかを確認した。

 ちょっと買い物に出かけてみるフリをしたりね。

 結果、誰もいない……ように思えた。


「日が沈んだらすぐに出よう」

「夜って寒いんじゃないの? 大丈夫?」

「うん、防寒野営具も協会から借りてるし、銅山までは徒歩で2時間程度、夜でも5時間あれば着くと思う」

「麓にあるロッジを自由に使っていい、ということでしたね」


 早めの食事を済ませ、また宿の人にサンドイッチを作ってもらい僕らは出発した。宿の主人は「なにもこんな夜に出なくても……」と心配そうではあったけど。

 僕らだって夜を軽んじてるわけじゃない。ブリザードピークに着くまでに経験して、きつさはわかってるつもりだ。でも、時間がない。それに「夜には出発しない」と思われてるなら逆に好都合だ。

 雲のない夜だった。

 月光が、雪に映じてかなり明るい。

 ただ死ぬほど寒いので――防寒具を着込んでても震えるほどに――出歩いている人間は他にいない。僕らはやたら目立つけど、一方で尾行がいればそっちに気づくこともできるだろう。

 とはいえ、もろもろ杞憂だった。靴底の下から染みこんでくるような寒さを感じながら、僕らは4時間でロッジに到着した。何事もなく。




 ロッジで睡眠をしっかり取れたのはよかった。夜中、火を絶やさないようにしてくれたリンゴには感謝だね。いやほんと、オートマトンってすごいよ……寝なくていいんだもん。

 周囲は枯れ草が生い茂っている。雪がちらついているけど、外出をためらうような天気じゃない。ちゃんと明るいし。食事を済ませた僕らはヒョージュ銅山を目指す。枯れ草の茂る斜面。廃坑になった割りに歩道はしっかりしている。誰かが歩いた跡があれば気持ちも奮い立つんだけど、あいにく雪に隠れてしまってわからない。


「これで宝石細工場が本命だったら泣けるなぁ……」


 そう、モラが情報を探ろうとしていた宝石細工場は後回しにしている。ジェノヴァ大学の人たちはヒョージュ銅山を調べたがっていたしね。あの人たちの目的がなんだかわからない以上、僕らは先にモラを見つけたい。

 ほんとにもう、世話の焼ける(元)カエルだよ。


「うわー……大きかったのね」

「一時はブリザードピークの生活を支えていた銅山だって話だからね」


 1時間ほど山登りをしたところでたどりついた、銅山の入口。ぽっかりと空いている入口は、元々山の斜面に亀裂が入っていたのかもしれない。これを人力だけで開けたのならとんでもないなと思えるほどに大きかった。巨人でも通るのかというくらいの高さだ。

 ただし、大量の氷柱がぶら下がってる。

 線路の枕木も残っているけど、肝心のレールは外されていた。レールだって鉄だからね、回収されたんだろう。

 銅山に足を踏み入れる。しばらくは真っ直ぐの道が続いている。オオオオ……と風が啼いている。湿った空気。ほんのり気温が上昇している。


「これでここにモラがいなかったら、僕らはとんだマヌケだよな……」

「きっといますよ。モラ様は」

「リンゴはなにか感じるの?」


 はい、としっかりリンゴはうなずく。そう言えばリンゴってモラの魔力で起動したんだった。その魔力をたどって僕の泊まっていたホテルにやってきたんだよな――なんだかそのことがはるか昔のように感じられる。


「ご主人様、ニオイはいかがですか?」

「うーん、さっぱり」


 気温が低いからだろう、ニオイは少ない。僕の鼻がバカになったんじゃなきゃいいけど。

 僕らは銅山の地図を片手に中へと進んでいく。周囲は真っ暗なのでカンテラを点けて、ね。そこここに、ちぎれた手ぬぐいや、靴底、錆びついたツルハシなんかが落ちている。原型を止めないほど朽ちているものも多くて、だいぶ昔にこの銅山は廃棄されたんだなと感じる。

 壁はぬらりと濡れていて、凍ってはいない。赤茶けていたり緑色だったりしているのは銅を含んでいるからなんだろうか。

 時折下り、時折上り、僕らは銅山を奥へ奥へと進んでいく。

 静かだった。

 他に生き物のいない銅山。まるで、世界が、僕らを残して破滅してしまったんじゃないかと思えるくらいの静けさ。

 混沌の魔王が復活したらどうなるんだろう。そんなことを思った。今となっては「女神」とか「邪神」とか呼ばれている6人ですら倒しきることができず、封印した魔王。彼らの師匠。どれほど強いのか僕には見当も付かない。ただきっと、7つの「神の試練」を突破できる実力者ならばあの6人に並ぶことができるんだろう。

 まあ、亜人の冒険者であるリーゼンバッハさんとか、あるいは他の人たちが倒してくれるよね。そのために僕は恨みを買うリスクを冒して神の試練の場所を公開したんだから。


「ノロット」


 そんな思いにふけっていた僕は、エリーゼの声を聞いた。

 緩やかに曲がっていく道の途中でエリーゼが立ち止まっている。


「なにか臭わない……?」

「え?」


 鼻をひくつかせて――気づいた。


「どうしてわかったの? 僕ですらほんのかすかにしか感じないニオイだよ……」

「気配がするの。なんだかとんでもないヤツが潜んでいる気配」

「わたくしにもごくわずかに感じます」


 僕なんかよりはるかに強いふたりが感じ取った気配。

 ああ……イヤだな、嗅ぎたくなかったよ、こんなニオイは。


「血のニオイがする」




 だからといって足を止めるわけにはいかない。血のニオイとは言ってもかなり遠くだ。

 ここに至るまで気づかなかったってことは、ずーっと奥になにかがあるんだろう。モラの血、ということは考えなかった。とりあえずモラの残したようなニオイはなかったしね。

 ……ただ考えたくなかっただけかもしれない。 

 風は奥から吹いてくるようになっていた。奥に別の出口があるということだ。地図には、載っていない。廃坑になった後にできた出口。……悪い予感しかしないよね、そういうのって。


「!」

「どうしたの、ノロット?」

「……ニオイがする」


 そのとき僕は嗅ぎ取った。徐々に、徐々に濃くなっていく血のニオイ。

 だけどそこに混じり始めた別のニオイ――。


「モラだ」

「えっ?」

「モラだよ! 急ごう!」

「あ、ちょっと、ノロット!」

「走るのは危険です、ご主人様」


 ふたりが後からついてくる。走ったら危険なのはわかる。でも、走らざるを得ない。こんなにイヤな予感がしているんだ。血のニオイに――また別のニオイが混じりだした。生ゴミのようなニオイだ。気分が悪くなる。だけど、モラのニオイも確かにある。モラはここにいる。ここに来ている。いるはずだ。


「モラ!」


 ホールに出たところで僕は叫んだ。声が反響して響いていく。地図にも記載されているホールは、天然のホールだったらしく天井は高く亀裂となっている。


「……モラ?」


 ホールの奥に、なにかがある。壁際だ。うずたかく積まれたなにか。距離にして50メートル以上。カンテラの明かりは届かない。

 ごくりとつばを呑む。確認しなければならない。そこに一体、なにがあるのかを。

 黒々としている。あちこちからなにか――枝のようなものが飛びだしている。近づいていく。言葉が出てこない。僕はここにあるものがなんなのか、予感していたのかもしれない。だけどその予感には目をつぶっていた。


「ひどい……」


 エリーゼが声を漏らした。

 ひどい。

 ああ、そうだ。ひどい。それ以外に言葉が思いつかない。

 僕が見たのは――一言で言えば、ゴミだ。ゴミの山だ。残飯、布きれ、木材、なんやかやが積まれてある。

 そこに生えていた枝のようななにか――。

 人の腕だった。

 ちぎられた腕、足。

 殺され、捨てられた人の残骸。

 こんなものを見て頭に思い浮かぶのはひとつだ。ブリザードピークを騒がせていた物取り。「統一世界未来予知機構」を襲った何者か。

 ここがそいつの本拠地なんだ。


「ご主人様! 誰かが来ます!」


 押し殺した声でリンゴが叫ぶ。

 僕らは振り返った。僕らがやってきた道から足音が聞こえる。

 ひとりじゃない。

 数人――数十人の。




「ほう……これは」


 掲げられたカンテラの明かりは、軍事行動にも使うものだからだろう、一般に売られているものよりもはるかに光量があった。

 照らし出されたゴミの山。これを見てもたいして動じていない――ジスト=メーア。ジェノヴァ大学法撃特科戦隊チームγのリーダー。

 引き連れた兵士は――見た目は魔法使い――30名ほど。ゴミの山に人の死体が含まれていると気がついて、呆然とする者、顔をしかめる者、吐き出す者、様々いた。


「リーダー、ここはやはり魔法使いのアジトということで間違いないですね」

「魔法使い、と呼びたくはないがな。死霊術師……禁忌に手を染めた者を我々と同列に扱えん」

「確かに」

「しかし――見当たらないな」

「例の冒険者ですか?」

「ああ」


 僕らは、陰に隠れていた。

 ゴミ山の奥、小さな通路がいくつもあった。通路とは言えないかもしれない。亀裂の一部だ。

 尾行されていないはずだった。かなり気をつけてやってきたのに、どうして……。


「周囲を探索する。4人1組(フォーマンセル)で行動しろ。攻撃を受けた場合は速やかに撤退し、報告すること。いいな」

「はっ!」

隠密(ステルス)魔法も絶やすなよ。行け」


 命令が下ると、魔法使いたちは一斉に詠唱を始めた。唖然とした。彼らの姿が――空気に溶けるように消えてしまったんだ。


「あれか……あれのせいで僕らは監視に気づかなかったんだ……」

「あんな魔法ずるくない?」


 エリーゼの言いたいこともわかるけど、ずるいとかいう問題じゃない。

 そういう可能性を想定しなかった僕らが悪い。姿を隠すことに特化したマジックアイテムを僕は知っていたのに。そう、ダイヤモンドグレード冒険者ゲオルグの持っていた「雪豹の幻影(スノー・ファントム)」だ。


「奥へ行こう」


 早くモラを探さなきゃ。

 どう見ても、平和に行動しようとしている連中じゃない。

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