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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第1章 トレジャーハントには調査と仲間が必要(凶暴なメイドを含む)
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15 迫る追手と一流の人

 確かにガラハドは「黄金の煉獄門」の研究者だった。僕が想像していたよりもはるかにしっかり研究しているし、研究に間違いがないよう細心の注意を払っている。

 彼は気前よく2階層のマップを写させてくれた。そして僕らが彼の家を出るとき、


「頼むから1階層の壁面を模写してきてくれ」


 と念を押すように言った。

 ガラハドに会って十分な成果を得た――はずだった。


「…………」


 だけど、僕はと言えば。

 ガラハドの家を出てからというもの、上の空だった。

 なにかが――引っかかるんだ。なんだろう。すごくもやもやしている。

 “僕らはなにか大きな間違いをしているんじゃないか”という予感――。


「……ご主人様? ご主人様」

「うぇっ? あ、は、はい、なんでしょうリンゴ」

「そろそろ市場ですので、顔をお隠しになってください」

「あ――うん」


 僕はマントのフードをかぶる。こうして顔を隠すことでトウミツさんや昏骸旅団から隠れようという作戦だ。

 僕らがこの町にいることはバレちゃったしね。

 とは言ってもトウミツさんの手下だって無限にいるわけじゃない。たぶん大丈夫だろうと楽観はしてるけど。


 僕らは市場へやってきた。

 買わなければならないのは食料。飲み水は聖水を使うつもりだけれど、僕らの目的がトウミツさんにバレた以上神殿にも監視がいそうだからタレイドさんに調達をお願いしておいた。


「黄金の煉獄門」で第3階層までたどり着いたパーティーの、平均滞在日数は3日だった。もちろん第3階層以降のことがあるので、それ以上持っていく必要がある。2週間分は買おう。

 新鮮な野菜や果物、肉なんかを使った料理はお弁当として1日分、2日目以降は同じような料理だけど保存食を中心として5日分。それ以降は干し肉やドライフルーツといった乾物を食べる。水でふやけさせたりしてね。乾物は軽いから持ち運びにも便利なんだ。……味は1日で飽きるけども。


 僕らがあれこれと食料を物色していたときだった。

 革をなめした鎧を着込んだ、数人の男たちが現れた。


「おい、店主! こういう客はなかったか。自動人形(オートマトン)を連れて歩いている者たちだ――」


 僕らはとっさに棚に身を隠し、店から外へと出た。


「あれ……って、僕らのことだよね!? 明らかに捜されてるよね!?」

「そのようですね」


 通りを歩きながら――気持ち早歩きになるのをこらえて、歩いて遠ざかりながらなんとか人混みに紛れ込もうとする。


「軍かな」

「軍はもっと重装備であると思われます。自治警察ではないでしょうか」

「トウミツさんがやらせてるのかな」


 聞くまでもない。


 ここまで追っ手が来ているとは予想もしなかった。

 そうだ。トウミツさんは自分の手下を使っているだけじゃない。役人を動かすこともできるんだ。

 どうするべきか。


「……あの、ご主人様」


 リンゴの声色が暗くなった――瞬間、僕はリンゴの手をつかんだ。


「!」

「足を止めないで。歩いて」


 立ち止まりかけたリンゴは、僕について歩く。


「今さら“トウミツさんのところに戻る”とかっていうのはナシだよ」

「……ですが」

「この程度でリンゴを帰すくらいなら最初からいっしょに逃げたりはしなかったよ。それに僕が誰だがわかってる? 大冒険家のノロットだよ? 追っ手に負けたりはしないし、妨害を乗り越えてこその冒険だよ」

「ご主人様――」


 ずっ、と鼻をすするような音が聞こえた。

 まったく。オートマトンってなんなんだよ。どこからどう見ても人間と同じじゃないか。

 つないだ手を握りかえしてくるし。

 その手は、温かいし。


「僕は本気だよ。だから、今夜は寝かさないからな」

「…………」

「僕は本気――」

「――いや、僕が言ったみたいに聞こえるから止めてくれる? なに声まで軽く似せてるの」

「あぅ、ダメですか?」

「ダメだよ」

「ちょっとだけ」

「ちょっともダメ」

「じゃあ……先っぽだけ」

「どういう意味!?」


 僕らがこんなことを言いながらこそこそと買い物を続けていく間、モラはずっと寝てた。カエルはのんきだ。




 予定していた量を完全に買うことはできなかったけど、2週間分の食事は確保できたので僕らは帰り道についていた。自治警察に見つかって全力疾走するくらいなら、3日目以降を保存食でしのぐほうがよほどいい。


 でも――やはりあらゆることは順調じゃなくなっていた。


「ようやく宿まで戻ってき――」

「ご主人様ッ!」


 通りをのんびり歩いていた僕は、リンゴにいきなり腕をつかまれ路地裏に引き込まれた。


「え? な、な、な、なに――」

「シッ」


 リンゴの細い人差し指が僕の唇に当てられる。

 彼女が向けている視線の先は、「砂漠の星屑」だ。


「おかしいです」

「……え、そう? 遠くてちょっと見えづらいけど、いつもどおりじゃない?」

「宿から見て通りを挟んで反対側に二人組の男がいます。監視です」


 その二人組は僕にもすぐにわかった。明らかに鋭い目つき。このあたりを散歩しています、とは言えないような雰囲気だ。腰にも短刀を佩いているし。


「すん……」


 ニオイが、流れてきた。距離があるとニオイは薄まるし風向きひとつで感じ方も変わる。でもこれは――はっきりとわかる。

 “血のニオイ”。

 ただ、古い。今さっき誰かを傷つけたとかそういうんじゃない。僕は古い血のニオイにはちょっとばかし詳しいからね。最近、紙に染みついた血のニオイを散々嗅いだから。


「裏口に回ってみよう」


 僕らに、宿へ戻らないという選択肢はなかった。だって、僕らの2週間の資料研究の成果は宿の部屋に残ったままだから。

 細い路地へと入る。日が陰り始めていて足下が怪しいくらいに薄暗い。表通りと違って裏通りは静かだ。ときどき、路地の切れ目で表通りの喧噪が耳に付くくらいで。

 そこで、ちょうど母屋から宿に戻ろうとしている女主人に会うことができた。




 女主人が言うには、


「みなさんが出かけていってからしばらくして……十人くらいの男の人たちが来たんです。これこれこういう人相の宿泊客がいるだろう、って」

「自治警察ではなくて?」

「そういう雰囲気じゃなかったね。確信を持っていた」


 僕にはすぐにピンときた。


「昏骸旅団だ」


 すると僕の後ろを歩くリンゴが、疑念たっぷりという声で聞く。


「ご主人様、それはさすがにあり得ないのでは? わたくしたちがこの宿を選んだことは一昨日までタレイド氏しか知らなかったこと。タレイド氏は尾行されていないと言われましたし、わたくしも付近を見た感じでは監視は今日までいませんでした」

「そうだね。でも昏骸旅団だと思う」


 イヤなことだけど、僕にも僕で確信があった。


「旅団のやり方は、相手の趣味嗜好、考え方を徹底的に分析するんだ。その上で相手の逃げ道を断っていく。追い詰めていく。動いているのはトウミツさんの手下だろうけど、情報を提供したのは昏骸旅団だ」


 僕がムクドリ共和国を逃げ出して、足跡を消すようにしてストームゲートへ来たのも、旅団から逃れるためだった。


 相手の裏をかいたと思えた。でも結局は旅団もストームゲートへ来てしまった。

 向こうの方が一枚も二枚も上手ということは、「砂漠の星屑」を見つけられてしまったことからもはっきりしている。

 僕らにはもう、時間がない。


「私はノロットさんたちのことを『知らない』って言い張ったんですが、信じてくれなくてねぇ……まだ宿の中に5人くらい居座っていますよ。ちょっと危ないなって思ったんで、多少の荷物は移しました。ただバッグとか、ドレスみたいな大きいものは無理だったけど……」

「ありがとうございます。十分ですよ」


 宿の裏手にある女主人の母屋に入った。

 僕らの“研究成果”はテーブルに置かれていた。


「ほんとうに、ありがとうございます」

「いいんですよ——くれぐれもお気をつけて」


 そう言って女主人は出て行った。


 ここまでしてくれたことに深い感謝を覚える。

 トウミツさんは結構な権力者だ。僕らは遺跡への挑戦が終わればよその町に移るけど、彼女は違う。この町で暮らしていくのだ。

 僕らが遺跡に命を懸けて取り組んでいるのと同じように、女主人もお客さんに誠実であろうとしている。

 彼女もまた一流なのだ。

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