155 駆け巡る情報
新聞社に向けた冒険者協会からの発表――その場所に選ばれたのは、ゲオルグが神の試練「女神ヴィリエの海底神殿」の場所を公表し、プライアがパーティーメンバーの追加募集を行ったのと同じ記者会見場だった。
僕らがいるのは相変わらず2階のキャットウォークではあるけれども、前回よりも機密保持にこだわったのかレースのカーテンが張り巡らしてあって1階からはまったく見えない。
集まっている記者たちの表情はどことなくのんびりしていた。
召集はかかったものの、なんの発表かを教わっていないからだろう。
「どうですか、貴紙の売れ行きは」
「なかなか。プライア様のパーティー新メンバートトカルチョが大盛況だったおかげですな」
「それはうらやましい。うちは本社から増援が来なくて……」
世間話に興じる記者もいれば、
「なあ、なんの発表だと思う?」
「どうだろうな。このところプライアパーティーの話で持ちきりだったから、そろそろ存在感を出したいから、なにか話題でも作りたいんじゃないのか」
「話題って?」
「そうだなあ。記者クラブのトイレが狭くて汚いから、その増設とか?」
「おお。そいつはうれしいな。そうやって協会もおれたちの機嫌をうかがってくれるならそれがいちばんだ」
的外れの内容を話している記者もいた。
僕はその中にシンディの姿を見つけた。
シンディの横にはスーツをばっちり着込んだ身なりのいい男性がいる。シンディはいつになく硬い表情で、男性の言葉に耳を傾け、うんうんとうなずいている。
ここにいてもその男性がつけている香水の香りがわかる。めちゃくちゃ高価なやつだ。
「!」
その男性がこちらに視線を向けたので僕はのけぞった。
み、見えてない、見えてないよね?
でも明らかにこっち見た……。
「アイツァできるぞ」
モラが腕組みして言う。
「アイツ……ってシンディの隣の?」
「あァ。記者にしておくにゃもったいねェほどの武人だ」
マジか。
年齢は結構行ってるよな。白髪交じりで口元にはヒゲ。
雰囲気的にシンディの上司かと思ったんだけど……武人じゃ違うよな。
「皆様お待たせしました――」
司会が現れると場が静かになる。タレイドさんがゆっくりとした歩調で現れると会見場を見渡す。
「集まったのはこれだけか」
特に感情を見せない声だった。
前回僕がここに来たときには、記者席は150あって、立ち見も出てた。
でも今回は100席。立ち見はなくてちらほら空席もある。
「ここに集まった諸君らは、どう思うだろうな。歴史に立ち会えたことに幸運を感じるか、はたまた、重責に心がつぶれる思いをするか」
ざわめきが走った。
さっき、記者クラブのトイレがどうこう言っていた記者は、雲行きのおかしさに「あれ?」みたいな顔をしている。
いや、彼だけじゃない。ここにいる記者たちのほとんど全員がきょとんとした表情だ。
唯一落ち着いているのは、すでに内容を知っているシンディ。そしてその横にいる武人という男性――やっぱりグレイトフォール・タイムズの関係者なんだろう。
「発表の前に、ひとつ諸君らにたずねたいことがある。これから行われる発表を聞いた結果、諸君らに不利益が起きる可能性がある」
ざわめきが大きくなる。
当然だ。記者会見にやってきた記者が不利益? そんな話、前代未聞だ。
「どういうことですか」
記者のひとりがペンを振り振り掲げながらたずねると。
「発表内容を聞いて、それを記事にするもしないも諸君らの自由だ。しかし、これだけの新聞社、通信社がいて、どこも記事にしないことはおそらくあり得ないだろう。そして諸君らがこの記者会見に参加したことはほどなくして知られることになる。情報を完璧に遮断することはできないからだ」
「あの……意味がよくわからないのですが……」
「君が、この会見場にいたことを知った者が、君に危害を加える可能性があるということだ。ひょっとしたら記事にならなかったことを知っているかもしれないからと」
「え――」
記者たちが考えたのは、ふたつだ。
ひとつは、どれほどとんでもない情報がもたらされようとしているのかということ。
そしてもうひとつは、紙面の確保。明日の紙面――特に一面トップを今から差し替えられるだろうかということ。
「さあ、今からでも遅くはない。これは脅しでもなんでもない。君たちは真実を追って命を危険にさらす覚悟があるかどうか。ないのならばここから今すぐ出て行ったほうがいい。逆に、ここに残る気があるのなら、ひとりひとりどこの所属であるか答えてもらう」
「会長自身は情報を知っているわけでしょう? 危険ではないのですか」
「私か? 無論、危険になるだろうな。この情報は公開した時点で危険を帯びるものだ。知らなければ知らないまま過ごしたかったよ」
すみません。ほんとすみません。
「ではなぜわざわざ公開するんですか? 公開しなければ危険はないんでしょ」
「公開しなければならないからだ。これは冒険者協会……いや、冒険に関わる人間としての使命だ。ま、諸君らが記事にしてくれることで私の負担が軽くなるという打算ももちろんあるがね」
「こ、これから発表される内容は……もしやクーデターや戦争といった内容に関することですか」
ひとりが質問をした。
そうだよな。知ったことで殺されるかもしれない、と言われて「戦争」を真っ先に思い浮かべるのがふつうだよ。
「違う。だが、それよりもはるかに……重要なことだ」
タレイドさんの言葉は予想を裏切ったからだろう、記者たちが口々に思ったことを発する。
「それ以上に重要な情報なんて――ないでしょう?」
「あるさ」
タレイドさんはなにごともないように言った。
それだけに――言葉は重かった。
「これが世界の真実だからだ」
結局、会見場を去った記者はひとりもいなかった。
彼らは記者としての責任感というよりもむしろ、好奇心で残ったように感じられた。
記者に必要な資質のひとつ、らしい。好奇心って。
それがあるから情報を得ようとする、調査する、足を使う。
「……後悔はしないな?」
数人は去っていくと思っていたのかもしれない。だからタレイドさんは意外そうな口調だった。
「私たちは新聞記者ですからね。他紙にスクープを抜かれるくらいなら殺されたほうがマシなんですよ」
立ち上がったのは、モラが「武人」と評した男性だ。
「これから所属を明らかにするのでしょう? では私どもから申しましょう。グレイトフォール・タイムズ社の社主にして主筆、ロベルト。こちらは弊紙記者のシンディ」
「あ、はい、シンディです」
え、社主? 社長ってこと? すごい人じゃん!
そりゃシンディも固くなるわ。
「おお、貴殿があの……伝説とも言われる『戦うペン』の異名を持つ」
「そのような恥ずかしい話は止めてください。それよりもこれだけ記者がいれば名乗るだけで時間がかかります。急ぎましょう。そして早く発表をしてください」
ロベルトが座るとつられてシンディも座った。
「戦うペン」て。
そんな二つ名がついてる人なら、そりゃモラだって「武人」だと思うよな。
記者たちもロベルトを見てざわついてるもん。
ロベルトの言ったとおり、名乗りを上げるだけで30分ほどかかった。
彼らの名前を誰も筆記していなかったけど、わざわざ言わせたんだ。たぶん、タレイドさんは見えないところでメモを取らせているだろう。
名乗った結果、怪しげな新聞社や通信員はいなかった。
だけどこの情報が公開後、神の試練に関係する貴族が動いて、記者に接触を図るとしたら――この中の誰かだ。その後の動きによって、今回名前をメモしたことに意味が出てくるかもしれない。
「ではこれから発表に移りたいと思う」
タレイドさんが切り出すと、ごくりとつばを呑む記者たち。
いったいどんな情報が出てくるのか――この時点でみんな様々な予想をしているだろう。
「例のものを――そうだな、私の後ろに置いてくれ」
別室から運ばれてきたのは巨大な、一枚の世界地図だった。
そしてタレイドさんの手には6つの紋章――冒険者協会の協会章であるブーツを模した紋章だ。
「グレイトフォールはここだ。ここに『63番ルート』がある」
タレイドさんは「青海溝」に位置するところに紋章を貼り付けた。
残りの紋章は5つ。
「口頭で話してもよかったのだが、世界地図を見せたほうがわかりやすいから、こうさせてもらう。今から話す情報の、情報源はすべて秘匿する。これについては一切答える気はない。また、情報の信憑性について疑問を覚えるだろう。それについても冒険者協会として保証はしない」
情報源を言わない。
情報が正しいとは限らない。
その前置きに、記者たちはますます「わからない」という顔をする。
そんなことを言われて、新聞記事にできるわけがないからだ。
「しかし、私は信じている。この情報がすべて、完璧に正しいことを。これから私は5つの場所について言及する。聞き逃さぬようきちんど耳を傾けているように」
タレイドさんは記者の戸惑いなど知ったことかとばかりに言い切った。
「『女神ヴィリエの海底神殿』以外の、神の試練の場所だ」
ああ、これを言ったときタレイドさんの目がぽーんって飛んでったように見えたんだよな。
記者たちは口をあんぐりさせている。アゴ、外れないのかな。
「1つ目。『勇者オライエの石碑』。ヴィンデルマイア公国首都、勇者オライエの神殿」
タレイドさんの声が、死ぬほど静まり返った会見場に響いていく。口元がちょっとニヤけてる。自分が驚いたように記者たちも驚いたことがうれしいんだろう。
さらさらとペンの走る音。それはシンディがメモを取っている音だ。
その音で我に返ったのは記者の性だろうか。
「ちょちょちょっと、ちょっと」
「ま、待ってください!」
「神の試練ですか!?」
「今聞き間違いでなければ……」
口々に声が飛び出してくる。
「2つ目」
問答無用で続けられるタレイドさんの発表。
記者たちは疑問を口にする前にメモを取ることを最優先とした。
もしここで聞き逃したら、タレイドさんが再度言わない可能性がある。他紙の記者が教えてくれることは絶望的にあり得ない。
「『光神ロノアの極限回廊』。ルーガ皇国内、辺境の地ルガント。朽ちた神殿が山麓にある。ここが入口となる」
記者たちの目が血走る。この情報は真実なのか? ウソなのか? わからない。わかるはずがない。
「3つ目。『邪神アノロの隘路』。サパー連邦ロンバルク伯爵領内、魔境。邪神教徒の祭壇の先」
わからなくともグレイトフォール冒険者協会の会長が自信満々で発表しているのだ。あの、前会長を蹴落とした男が。これを記事にしないでなにを記事にするのか。
「4つ目。『聖者フォルリアードの祭壇』。マヤ王国グルーバード山脈内、死鷹山山頂」
これについてはアノロが教えてくれたことだ。
そして次の、6つ目の試練についても。
「5つ目『魔神ルシアの研究室』。魔法都市サルメントリア、ジェノヴァ大学地下。……以上だ」
すさまじい勢いでペンを走らせていく記者たち。
タレイドさんは最後の紋章を、魔法都市サルメントリアに貼り付けた。
「……発表は以上ですか? 質疑応答ですか?」
記者がぽつりとたずねると、タレイドさんはうなずいた。
と同時に。
全員の記者から手が挙がった――これはいまだかつてなかったことだという。
質疑応答には実に2時間がかかった。
だけれど、有益な回答は得られなかった。
だって質問のほとんどにタレイドさんは答えられないからだ。
翌朝、この記者会見場に来ていた新聞社の一面トップはすべて、神の試練の新たな場所についての発表だった。
情報は1週間もかからずにあらゆる世界主要都市にもたらされる。
冒険者たちは、そして世界は、神の試練によって翻弄されることになる。




