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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第7章 事実と真実

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151 事実と真実

 沈黙が降りた。

 砂時計から砂の滑り落ちる音さえ聞こえるような沈黙だった。

 サラマド村出身の6人の“神”。

 彼らは混沌の魔王を討伐した創世神話の英雄。

 なのに——1人、裏切り者がいる?

 そいつは討伐した混沌の魔王を持ち帰り、復活させようとしている?


「……アノロさん以外に、裏切りの事実に気づいた人はいたんですか?」


 僕がたずねた声は、まるで他人がしゃべっているみたいに現実感がなかった。

 アノロの顔に再度驚きが表れる。


「アンタ鋭いね。こう思ってるんだろう。|オライエも気づいたんじゃないか《ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ》、って」


 そのとおりだ。

 勇者オライエは神の試練を創ろうと言い出した人物。その目的は冒険者の育成。いつの日か、世界の脅威が再度訪れたときに立ち向かえるように。

 しかも「勇者オライエの石碑」はいちばん最初の神の試練だ。冒険者に目的を説明するにもうってつけだ。


「可能性はある。混沌の魔王の欠片の持ち出しについては、他の連中だって気づいていてもおかしくはない……混沌の魔王を倒したあとに訪れた平和。にもかかわらずかすかに漂っていた……混沌の余韻に、ね」

「今もその余韻、っていうのはあるんですか」

「ああ。むしろ——いや、ちょっと待ちな」


 アノロは舌打ちする。


「もう時間がない」


 砂時計の砂は少なくなっていた。10分あるかどうか。


「ここからはあたしが話したいことを話す、いいね? ひとつめはここを突破した人間に会うこと。そいつらと情報を交換しな。あたしがここで話した内容についてはここ以外ででも話し合えるはずだ。ひとりはさっきのノーランド。あとは——おそらくまだ生きてるだろう人間だけ言うけどね、リーゼンバッハという名前だ。トカゲ系の亜人だった。そのパーティーは5人だったよ。次はロイズ=マリンコート——」

「! 燃えるような赤い髪の冒険者!」

「なんだい、知ってるのかい?」

「あ、は、はい、めちゃくちゃ有名な冒険者です! 踏破した遺跡は20を超え、そのどれもが難易度の高い——」

「わかった、知ってるならそれでいい。そいつに会うんだ」

「あ、でも……亡くなりました」

「なに?」

「2年前、遺跡の攻略中に……パーティーは全滅したと……」


 覚えている。とても有名な冒険者の死。

 新聞を読んで僕は震えたものだ。

 アノロは深いため息をつく。


「わかった。あとはひとりだ、えーと確か……なんだっけニルハ。あの偉そうな貴族」


 貴族? 貴族がここまで来たのか?


「まったく、アノロ様は物覚えが悪いですのじゃ」

「うるさい。さっさと言え」

「あの貴族は——ランバートと言いましたな。どこの貴族かは名乗っておりませんでしたが」


 ニルハがその言葉を口にしたとき、僕の隣にいたエリーゼがびくりとした。


「ランバート……」

「エリーゼ、知ってるの?」


 こくりとうなずいたエリーゼの顔は蒼白だった。



「ランバート=ヴァレイ=ロンバルク……あたしの父よ」



 そうか。

 ちょっと推測を働かせればわかりそうなものだ。

 こんな「魔境」だなんて呼ばれている場所にやってくる貴族。そんなの、そこの領主に決まっている。エリーゼのお父さんはここの領主だ。

 膝の上で重ねた彼女の手が震えている。

 家を捨てたエリーゼは、こんなタイミングで父の名前を聞くことになるとは思ってもみなかったろう。

 動揺は理解できる。僕だって、望んでもない父との再会があったんだ。

 ただ——今は時間がない。ごめん、エリーゼ。話を進めさせてもらうよ。

 震えるエリーゼの手に、僕の手を重ねる。彼女がぎゅっと握りかえしてくる。


「それで全部ですか」

「ああ。それ以外の連中は……300年も前になるな。もう死んでるだろうね。今言った連中と会って、そいつらがここを出たあとになにか情報を手に入れたか聞くんだ。アンタたちの指針になるだろうよ」

「でも僕らは……神の試練をすべて突破しようと決めたわけではないんです」

「それでもやってもらわなきゃ困る。混沌の魔王の復活は近い」


 ……え?


「今、なんて……?」

「混沌の魔王が復活するだろう、と言ったんだ。ここ最近、一気に活性化しやがった。ニルハを外に出したのも冒険者を連れてくるためだよ。……けして裏切らない冒険者をね」

「ちょちょちょい、アノロ様? ニルハを外に出したってどういうことなのじゃ!?」

「アンタね、あたしが簡単に使役している精霊を逃がすわけないだろ? アンタに自発的に外に行かせることで自由に行動させて、冒険者を引っ張ろうとしたってだけさ」

「なぬー!? ニルハは盗賊に捕まったりしたのにー!?」

「すみません、時間がないので話の続きを」

「ちょい! ノロット! ニルハの扱いがどんどん悪くなってないかの!?」


 騒がしいニルハは放っておく。


「そうだね……時間はもうない。アンタたちをあんな目に遭わせたのは、アンタたちの横にいる人間がほんとうに信じられるかどうか、それを知って欲しかったからだ。仲間の本性が悪であると知っても、裏切らないで信じることができるか」


 僕はモラをちらりと見た。

 モラは僕を見ていた。


 裏切らないよ。

 信じてる。

 当たり前じゃないか。


 そう、視線に込めた。

 モラが照れたようにふいっとそっぽを向いた。


「……アンタたちは、問題ないみたいだね。強さも十分ある。あとはさっさとあたしたちの試練を全部クリアして、師匠の試験に行ってくれ」

「あ、あの、それを全部やらないといけないんですか? 僕らとは関係なく、ものすごく強い冒険者が復活した混沌の魔王を倒せるということもありますよね?」

「それはない」


 アノロは寂しそうに笑った。

 砂時計の砂は、残りごくわずかになっていた。


「混沌の魔王に届く力は、師匠の試験を突破することでしか得られない。なんで? って顔してるね……それはね。あたしたちの師匠こそが、混沌の魔王だからだ」


 砂時計の砂の、最後の一粒が落ちた。

 僕らの視界は暗転した。




 ニルハと別れた場所に立っていた。

 呆然としていた。

 なにからどう話していいか、わからなかった。


「とりあえず……歩くか。ここにいてもしようがあるめェ」

「う、うん……ちょっと考えを整理する時間が必要だね。僕が聞いたことを整理して話すから記憶違いがあったら教えてくれる?」


 混沌の魔王は、サラマド村出身である6人の師匠だった。なんの師匠なんだろう。

 彼らは混沌の魔王を倒すために師匠の試験をクリアした。

 だけど、6人のうち誰かが裏切った。

 そのせいで混沌の魔王は近々よみがえろうとしている。


 師匠の試験——おそらく「救世主の試練」は、6つの神の試練を突破すれば受けることができる。

 僕らはあと3つの神の試練を突破すればいい。「聖者フォルリアードの祭壇」「魔神ルシアの研究室」「光神ロノアの極限回廊」の3つだ。その3つがどこにあるかはもうわかっている。

 ただアノロが言うには、まず「邪神アノロの隘路」を突破した過去の冒険者に会うべきだという。


 ノーランド——僕の父であり、「勇者オライエの石碑」にいた試験官。

 リーゼンバッハ——トカゲ系の亜人。

 ロイズ=マリンコート——すでに亡くなっているはずだ。そのパーティーメンバーも全員。

 ランバート=ヴァレイ=ロンバルク——エリーゼの父であり、伯爵。この地方の領主。


 僕とエリーゼの父たちがそろって「邪神アノロの隘路」を突破しているっていう偶然には驚いた。


「ねね、ノロット。これって運命かもね!」

「バァカ。エリーゼの親父はここの領主なんだろォ。領地におかしなところがあれァ調べてみようかィッてなるだろォが。その結果だ」

「えー」

「えーじゃねェや」


 エリーゼが唇を尖らせている。

 お父さんの名前を聞いた驚きで顔色が悪くなっていたけど、今はだいぶ戻っている。よかった。


「でもさ、エリーゼのお父さんは、アノロから話を聞いて行動したのかな? 混沌の魔王の欠片がどこにあるのか、とか調べたのかなって。まあ、そもそも欠片ってなんだよって思うけど」

「……わからないわ。あの人がなにを考えてるのか、あたしには」


 エリーゼの表情がまた曇る。

 失敗だったな。もうちょっと時間を置いてから聞けばよかった。


「ご主人様、少し気になるのですが」

「なに、リンゴ」

「勇者オライエもまた裏切り者の存在に気づいている可能性があるということですよね? 彼から見たら邪神アノロはどう映ったのでしょうか」

「……というと?」

「神の試練の創造をイヤがった邪神アノロは、オライエからすれば十分に疑惑に足る人物では? それに『邪神』という肩書きも気になります」


 そこは僕も気になってた。

 だから事実を整理するときに「6人の中に裏切り者がいる」という形でみんなに話したんだ。

 アノロの言葉を鵜呑みにするなら「アノロ以外の5人のうち、誰かが裏切った」となるわけだし。


「事実としては『何者かが裏切った』。その真実は……まだわからない。アノロは裏切り者をあぶりだしたい気持ちが強くてあんな試練を創ったんだろうし、であればアノロをやっぱり疑えない気がする。一方でオライエも、自分が混沌の魔王の欠片を持っていると、アノロに気づかれたと感じたのかもしれない。そして疑いを避けるために『神の試練』を創ろうと言った……」


 疑えばきりがなかった。


「それはそうと、ノロットよ、お前ェはどうしてェンだ? このままずるずる神の試練を続けるのか?」


 モラに突きつけられる質問。

 そうなんだよな。このまま神の試練を続けなくてもいいんじゃないか——そんな気がしてる。

 まあ、ここまでの事情を伝えて他の誰かに引き継いでもらうことはできないんだけど。


「それなんだけどさ……あれ? モラの、なにそれ」

「をん?」

「手の甲に模様があるけど」


 モラの手の甲にうっすらと光る紋様。

 それはエリーゼのものとよく似ていて——。


「ぬあァッ!? なんでェ、こいつァよ!?」

「あー、モラが選ばれちゃったかー。あたしに続いてモラがねー」

「これァあれか? 神の試練を突破した証拠みてェなもんか?」

「そうよ!」

「ぐぬぬぬぬ、あの女ァ、いけすかねェと思っていたらこんなことしやがって……いや、待てよ? そういやァ『勇者オライエの石碑』はどうなった?」

「ん? どうなった、ってなんのこと?」

「あすこを突破した紋様はどこにできてるんだィ」


 あ……そう言えばないな?


「誰かある?」


 僕が聞いてみると、リンゴが、


「……ご主人様、お気づきではなかったですか?」

「え?」

「背中の中央に紋様が浮かびあがっていらっしゃいます」


 ええええええええ!?


「お、おォ……マジだな」


 モラが僕の襟首をぐいとやって背中をのぞきこんで確認した。首が苦しいんですが。

 手の甲だと思って油断してたよ……背中とは。


「ん? ちょっと待ってよ。どうしてアンタがノロットの背中のことなんて知ってるのよ! 服脱いでるときくらいしか確認できないじゃない!」


 あ、それはそうだ。


「…………」


 リンゴはにっこりと微笑んでいる——って怖い! 怖いから!




 魔境の森を進んでいく。僕らはそろそろ魔境を抜けようとしていたときだ。


「ねえ、みんな」


 僕は言った。


「神の試練は、もう止めようと思う」


 この言葉は予想されていたのかもしれない。誰もなにも反応を返さなかった。


「僕らは戦いに特化しているわけじゃないし……戦い寄りではあるしアノロも十分だとは言ってたけど……なにより混沌の魔王を倒す、なんていう目標に燃えてるわけでもないし、救世主になりたいとも思ってない。だから、ここで止める」

「ん、まァいいんじゃァねェか? だがどォする。混沌の魔王が目覚めると知っていて、そのことを誰かに伝えることもできねェわけだ。これァ神の試練に関わることだからよ。だんまり決め込んだまま、混沌の魔王が復活しましたじゃァお前ェの寝覚めも悪かろォ」

「そこなんだけど」


 僕にはひとつ考えがあった。


「すべての神の試練の場所を公開しようと思うんだ」


 神の試練がどこにあるのか。

 その場所の情報を公開することは「縛り」に引っかからない。「女神ヴィリエの海底神殿」でそのことは実証済みだからね。

 だから場所をすべて公開する。


「なァるほど。考えたなァ。場所を公開したら、腕に自信のある冒険者どもはこぞって挑戦するってェ寸法か」

「戦闘能力の高い冒険者が神の試練を突破すれば、混沌の魔王がいつ復活しても大丈夫だし」

「すばらしいお考えです! さすがご主人様!」


 リンゴが本気で喜んでる。

 うん、リンゴがいちばん心配してたもんな。僕が身の丈に合わない遺跡に挑戦することを。

 僕はまだまだ未熟な駈け出しの冒険者だ。

 だから、ゆっくり進めばいい。


「…………」


 そんななか、エリーゼだけが不安そうな顔をしていた。


「……どうしたの、エリーゼ? 僕の提案、ダメかな」

「え!? あ、ううん。いいと思う。あたしも無理して危険なことしたくないし。っていうか? どっちかと言えばもっとノロットといっしょに世界を見て回りたいし? どこかに腰を押しつけて新婚生活を満喫したいし?」


 おかしいな。なぜか僕とエリーゼが結婚する流れになってる。


「…………」


 リンゴが服の袖から隠し刃を出す。もう隠そうともしてない。


「わかった、わかったから。そういう冗談は置いておいて」

「え。冗談のつもりはないん——」

「エリーゼ」


 僕は声の調子を落とした。

 結構真面目に聞いた。


「なにが心配なの?」


 僕は立ち止まる。

 エリーゼの視線が泳いで、それから控えめに僕を見た。


「……わかった、考えすぎかもしれないけど、一応言うね? ノロットたちはさ、貴族じゃないわけじゃない? それに周囲に貴族がいた経験もあんまりない」


 それはもちろんそうだ。

「魔女の羅針盤」のオークションのときとかエリーゼに助けられたし。


「今回の話……神の試練が貴族にとってステータスになってるって話、あったじゃない」


 大戦から1000年が経過している。

 戦争が起きなければ貴族の領地が増えることもない。

 となると彼らはどこで見栄を満足させるか——領地の遺跡。中でも神の試練だ。

 外部に公開はしない。自分たちの間でだけひっそりと自慢できる。それが、ステータスなのだという話だった。

 実際僕らもヴィンデルマイア公国で追われたし。


「もしこれを公開したら、まずいことになる……そんな気がするの。勝手に場所を公開したらその領地を所有している貴族はきっと、ノロットを許さない」


 エリーゼの心配は、考えすぎ、だなんてものじゃなかった。

 確度の高い予測のように僕には思えた。


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