14 研究者
「黄金の煉獄門」の研究者、ガラハドが住んでいるのは町の最も外側――いわゆる貧民街だった。
オアシスからも遠いので乾燥がひどく、単に柱を立てて天を布で覆うだけの家とも呼べないところで暮らしている人たちも多い。
貧民街、とはいってもほとんどの人間がなんらかの仕事をしている。ストームゲートで目立つのは「再生事業」だ。
他の町から距離があるから、この町で生産できないほとんどのものをストームゲートは輸入している。
だから物価は高い。
そこに登場するのがリサイクルってわけ。
壊れた木槌、ほつれた衣服、汚れたカーテン……お金持ちにとってはただの「ゴミ」だけれど、ちょっと直せば使えるものはこの街区に流れてくるみたいだ。
そして、彼らが直す。
直った品物は、新品と比べればはるかに値下がりするけれども、それでもちゃんと“売れる”。
砂漠に孤立するストームゲートならではの流通だよね。
ガラハドの家はすぐに見つかった。
「こんにちはー……」
建て付けの悪い木戸を開く。外壁は一応レンガを積んでいたけれど天井は布を重ねただけだった。だから陽射しがうっすらと染みこんでいて中は明るい。
おお……と思わず僕の喉から声が漏れた。
通りから見た感じは小さな家だったのに、奥にずっと長いのだ。ウナギの寝床というやつ(僕はウナギというモンスター(?)を見たことがないけど)。
両サイドの壁面にはずうっと棚が続いている。適当に作っただけの棚だからところどころ崩れているけど、その棚には紙の束が積まれているんだ。製本されたものまである。
本は、正直言って値が張る。紙自体が高価だから。さらにストームゲートでは紙の生産なんて夢のまた夢。だってオアシス都市だよ? 材料の木も草もすごく少ない。
そうなると紙の価格はもっと上がる。公文書館にあれだけ紙があったけど、あそこのほぼすべて、冒険者が外部から持ち込んだものなんだよね。かく言う僕も紙は結構な量を持ち込んでいる。
それなのに、ここにはこれだけの紙がある――。
「なんだよお前ら」
奥からのそのそと人がやってきた。よく見ると足下にもそこここに紙や本が落ちている。それを踏まないよう細心の注意を払ってやってくる男。
……踏まないように気をつけるくらいなら棚にしまえばいいのにと思ったけどそれはとりあえず置いておいて。
「ガラハドさんですか?」
意外と背が高い。そして痩せている。
薄汚れた布を身体に巻きつけていてベルトで留めている。そのスタイルはストームゲートでは珍しくない。
髪の毛はぼさぼさなのを後ろでひとつにまとめていた。
頬骨が尖っていて、ちゃんとご飯を食べているのか心配になるほど。
鼻の上には片側がひび割れたメガネがちょこんとのっている。
「お前らなんだよ……俺の邪魔をするなよ……」
「タレイドさんの紹介で来たんです」
「邪魔をするなって言ったろ!」
いきなり大声を上げてくる。怖い。目が血走ってるし。
リンゴが僕とガラハド(仮)の間に入ろうとするけれど、僕はそれを押しとどめた。
大丈夫。危険はない。
……と思う。
「あなたが『黄金の煉獄門』に詳しいと聞いて話を聞きに来たんですよ」
「詳しい? 詳しいよ。詳しいとも。この世界の誰よりね」
「知ってること全部教えてくんねェか」
マントに隠れていたモラがするりと出てくる。あっ、と思ったときにはもう遅い。ガラハドの目は僕の肩に乗るモラに当てられていた。
「やだよ」
でもガラハドはモラを気にした様子もなかった。
「をん? イヤだってェ? どうしてだ。理由を教えてくんなィ」
「俺の話についてこられないやつに……意味ないだろ……」
「こう見えても俺っちたちは詳しィんだ」
「カエルのくせに生意気だぞ」
その言い方が面白くて僕がプッと噴き出すと、モラは僕の頬に蹴りを入れてきた。痛い。
「えーと……ガラハドさん、ですよね? 僕ら、あなたと話をするために2週間くらいは公文書館に通ったんです」
「2週間ねえ」
「話してくれます? お礼ならいくらか支払えると思います」
するとガラハドは、
「……お前ら、なんで『黄金の煉獄門』に行きたいんだ」
おっと、根本から聞いてくるね。
まあ……彼からしたら初めて会うヤツが「研究の成果を教えてくれ」と言ってくるみたいなものだもんね。
聞く前に聞かせろ、ってことか。
人の名前を聞く前に自分から名乗るのは当然だ、みたいな。違うか。
僕はキメ顔を作って答える。
「なんで『黄金の煉獄門』に行きたいのか、か……僕はただ、遺跡を踏破したいんですよ。名誉とかお金じゃなくて、そこに冒険があるから……ですかね!」
「そういうヤツが一番たちが悪い」
うおっ、ばっさり切られた。
ニヤニヤしながらモラが続く。
「俺っちは別だ。“とある事情”で、遺跡の最奥にある宝物庫に用がある」
「ふぅん。財宝目当てか」
モラが肩をすくめた――ように見えた。カエルはおしなべて“なで肩”なのでわかりづらい。
「わたくしは、ご主人様の行くところについていくだけですわ」
「従者か」
ガラハドは少し考えるような顔をした。
「僕からも聞きたいんですけど、いいですか? どうしてガラハドさんは『黄金の煉獄門』を調べているんです? 自分で踏破するためですか?」
「違う。遺跡の最奥になにがあるのかが知りたいだけ」
「最奥……ふつう、宝物庫ですよね」
「それならそれでいい。なにが残っているのか知りたいだけ」
「なにが残っているか——ってどうしてそんなことに興味が?」
ガラハドは首を横に振った。
「俺のことなんてどうでもいいだろ」
「……そうはいかないでしょう。あなただって僕らに聞いたじゃないですか、遺跡に向かう理由を」
「ただの好奇心だ」
「僕だってあなたにたずねるのはただの興味だったりしますけどね」
「俺に興味があるのか? おかしなヤツだ……」
ぶつぶつとなにかを口の中でつぶやいたガラハドは言った。
「まあ減るものでもないし教えてやる。俺が知りたいのはジ=ル=ゾーイの教義だ」
「えっ!?」
これは意外だった。ジ=ル=ゾーイは確かに邪教を広めようとしていた。でも、そんな教義に興味を持っている人間なんて今どきいやしない。大体、ゾーイが生きていた当時だっていなかったんだから。
でも驚きはこれだけじゃなかった。
「俺はジ=ル=ゾーイが生まれたルード・ヴァンという町の出身なんだ。俺の祖先は流行病で死に、ジ=ル=ゾーイに連れて行かれた。『黄金の煉獄門』について調べようと思った最初のきっかけは、それだ」
ガラハドは僕らを奥へと案内した。巨大なデスクが置いてあって、イスは2脚しかない。ガラハドが先にひとつに座ったので、僕はその向かいに腰を下ろした。
どんなデスクかと言えば――もちろん、大量に紙が散らばってるデスクだよね。
ふと、僕は不思議なニオイを嗅いだ。湿ったような冷たいニオイだ。……ここ、砂漠の都市だよね?
ガラハドの後ろには一応の台所があるけれど、あまり使われた様子もない。その先は木戸があって裏通りに続いている。耳を澄ませてもせせらぎなんてもちろん聞こえてこない。
変だな。
とか思っていると、ガラハドは話し出した。
「200年以上も前のことだから、祖先が連れて行かれたとは言っても恨みに思うわけじゃない。ただ、ジ=ル=ゾーイはなぜ死者を連れ出したのかという純粋な疑問を抱いた」
「邪教のためだろォ?」
「死者を捧げるような教えではなかったらしい。ルード・ヴァンに残っているわずかな記録では、ジ=ル=ゾーイが唱えていたのは死後の楽園についてだ」
「死後……ふゥむ」
魂、というものがある。
死後、魂は人の身体から離れていく。
これをつなぎ止める蘇生魔法や、理性を奪った上で死者を使役する暗黒魔法もあるはある。
広く大陸に普及しているヴィリエ教は、女神がもたらす恵みに感謝することが中心だ。生きていればヴィリエ様の導きに従っていられる。死後は魂は女神の元へと旅立っていく。女神への信仰が篤ければ篤いほど、魂は早く女神の元へとたどりつく。
僕はガラハドにたずねた。
「死後の楽園、と言うならヴィリエ教も同じですよね」
「いや、違う。根本的に異なるのはジ=ル=ゾーイが唱えていたのは、“死を超越する”ということなんだ」
「?」
「魂の概念を否定している。死者を操ることでその死者は死を超越し、永久に生きられるだろうという考え方だ」
「……死者を操っているのに、その死者が『生きている』と言っているんですか?」
「おそらくは。そのあたりの細かい教義が喪失している」
「するってェと、ヤツァ暗黒魔法の類に長けていたのか?」
モラが問うと、
「他の人間からすると暗黒魔法だということになる。ジ=ル=ゾーイは『導きの力』とかそんなことを言っていたようだが」
「他に、ジ=ル=ゾーイについてどんなことを知ってンだィ?」
「ほとんどわからない。俺が知っているのは、遺跡の中に刻まれていた文字や絵柄から得た情報だ。冒険者どもには必ず壁面などの模写を依頼しているというのに、ろくに書いてきちゃくれない……まったく……」
ぶつぶつ言っている。
「俺っちたちが約束してやらァ。必ず教義のことも調べてきてやるよ」
モラが力強く言うと、
「……カエルがどうやって模写するの?」
と真顔で聞いてきた。僕がプッと笑ったのでまた蹴られた。
「ときに、歌ァどうでェ」
「歌? ああ――彼が去っていった後の歌か」
「リンゴ」
モラが言うとリンゴがこくりとうなずいた。
そうして口を開き、彼女が歌ったのは――僕らがすでに聞いていたあの歌だ。
ジ=ル=ゾーイは死人を使った。
そのため町の人に嫌われた。
ジ=ル=ゾーイは死こそ幸せだと唱えた。
そのため町の人に狂人と扱われた。
ジ=ル=ゾーイは山の奥に籠もった。
そのため町の人は彼を忘れた。
……町に疫病が訪れた。
ジ=ル=ゾーイは山から現れた。
……町の人の多くが死んだ。
ジ=ル=ゾーイは信者が増えたと喜んだ。
……彼とともに、死者たちが町から去った。
ジ=ル=ゾーイは歌を残した。
「……そんな歌が?」
ガラハドも知っているのだろうと思っていた。
だけれど反応は違った。
「そうでェ。知ってただろ?」
「その歌は聴いたことがないな。だが節は同じだ。俺が知っている歌はこういうものだ。
ジ=ル=ゾーイは死人をたたえた。
そのため死後の人に生を与えた。
ジ=ル=ゾーイは死こそ幸せだと唱えた。
そのため死後の人に聖人と敬われた。
ジ=ル=ゾーイは山の奥に籠もった。
そのため死後の人はそこへ通った。
……町に疫病が訪れた。
ジ=ル=ゾーイは山から現れた。
……町の人の多くが死んだ。
ジ=ル=ゾーイは死者のためにと祈った。
……彼とともに、死者たちが町から去った。
ジ=ル=ゾーイは死者を残した。
「そいつァ……だいぶジ=ル=ゾーイに好意的な歌だな」
「俺の理解では、ジ=ル=ゾーイ自身が残した歌だということだ。布教のために」
「ふむ。一理ある。町の人間は思った以上に歌が広まったことを恐れたンだな? そォして歌を“いじった”。ジ=ル=ゾーイが悪人である歌に変えたと」
「ねえ」
僕はたずねる。
「ガラハドさんの歌の最後だけど、変じゃない? 死者は連れて行かれたんでしょ? それなのに“死者を残した”、って……」
「そいつァ俺っちも気になっていた。どうでェ、ガラハド」
水を向けると、ガラハドは肩をすくめただけだった。
「ふゥむ……」
モラが唸る。
なんかもどかしいよね。解釈しづらい文ってさ……。
ともかく、考えるのは後にしよう。
ガラハドは僕らのことを多少は信頼したらしく、知っていることを少しずつ教えてくれるようになった。
ここで、僕らが調べたことも含めて、「黄金の煉獄門」について一度整理をしてみようと思う。
・入口
「2本の柱が立っている。柱の高さは2メートル半。太さは35センチほどの楕円形。金色の表面にはあらゆる呪い……現世の人間が『呪い』と呼ぶ類の、人間に敵対的な魔法が発動するような、紋様が彫り込まれている。これがその写しだ」
「ほォ……よく書けてらァ。お前ェさん、行ったのかィ?」
「行ったよ。当然だろ、『黄金の煉獄門』を研究してるんだぞ」
「中はどうだったんですか?」
「中は入ってない」
「え……どうして」
「だって危ないし」
ガラハドは、危ないからと門の中には一歩も足を踏み入れてないのだとか。
・第1階層
「殺風景だがきちんと作り込まれた長い通路を歩いて行くと、広い空間に出る。『死者の大広間』と冒険者たちは呼んでる。壁面にはジ=ル=ゾーイが広めようとしていた教義が書き込まれているはずなんだが、冒険者ども……ほとんど誰もそれを模写してこない……」
とまたぶつぶつ言う。
「どンくれェ広いんだ」
「さあ。窓もない真っ暗闇だからな。ランタンの明かりでは部屋の向こうまで届かないとか。天井も見えないらしい。天井を支える石柱が等間隔にあるが、これもまた何本あるかを数えた冒険者はいない」
「広間には死者が徘徊しているみたいですね」
「そう。骸骨になっても動く。砕け散ってばらばらになっても動く。小石くらいの大きさにまで小さくしないとずっと動いている。ひどいことには、やられた冒険者もまた操られている。この268年で、大広間の人口密度は上がっていく一方だ」
うへえ。わかっていたけどえげつないな。
とはいえ、僕らはこれについての「対策」を立てていたりする。まあ、2週間もの時間があったんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど。
「これァみんな知ってることなんだろォ? 他の冒険者はどんな方策を立ててったんだィ」
「よく聞くのは聖水」
ああ、魔除けの聖水か。ヴィリエ教の神殿に行けばちょっとしたお布施で大量に獲得できる。水自体は高いけどね。オアシス都市だし。
冒険のときの飲み水にして、非常時には聖水としても使う冒険者だっている。
「やっぱりアンデッド系のモンスターには効くんですか?」
「モンスター……死者は死者だ。モンスターじゃない」
「あ、すみません……」
ガラハドの先祖もいるんだもんな。
「ともかく、効くことは効くらしい。だが大広間はとにかく広い。反対側まで行ききって、そこで聖水が切れてしまう冒険者も多い。そうなると帰りが悲惨だ。だが、冒険者なんてのはバカだから、帰り道のことなんて考えないものだ」
「大広間の反対側に地下2階へ行く階段があるんですよね」
「そう。入口から真っ直ぐ正面ではなく、壁にたどり着いたら左に結構な距離を行かねばならないらしい」
「ガラハド。お前ェさんの意見を聞きてェが、この遺跡は一体全体“どこ”にある?」
確かに、これはずっと疑問であり解決できそうもないことだった。
過去、「黄金の煉獄門」に挑んだ冒険者たちで、遺跡内の通路を崩そうとしたこともあったらしい。だけど、壊すことはできなかった――正確には多少は崩せたが、しばらくすると元通りになっていたとか。
魔法で保護されているんだろう。
「“どこか広大な地下”、と考えるのがふつうだ」
「その『どこか』ってェのはどこだィ」
「手がかりはない。だが、ストームゲート近辺……砂漠のどこかではないかと推測される」
「根拠は?」
「ふつう地下は、湿気が多い。水も溜まる。しかし『黄金の煉獄門』に関してはそういう気配がまったくない。それに建築する際、死者には必要がないがジ=ル=ゾーイは水を必要としたはずだ。そうなると飲み水のある近辺ということになる」
「なるほどなァ」
「さて、では第2階層の話に移ろう」
・第2階層
「次の階は迷路になっているとか?」
こくり、とうなずいてガラハドは立ち上がり、近くの棚から1枚の紙を持ってきた。
「うぇ!? これって……」
こくり、とガラハドはもう一度うなずく。
「想定される第2階層のマップだ」
「すごい!」
僕は思わず声を上げていた。
この第2階層が結構くせ者ではないかと思っていた。なぜなら、冒険者たちは第2階層のマッピングをしていたはずだけれど、そのマップはほっとんど残っていなかったのだ。公文書館にこもった2週間で、数枚だけ。それもまったく役に立ちそうにない、走り書き程度のものばかり。
どうして残っていないのか?
理由は簡単――他の冒険者が持ち去ったからだ。あるいは、逃げ帰ってきた冒険者が他の冒険者に売ったからだ。
冒険者は自分たちが一番に遺跡を踏破したいと考えている。裏を返せば他人のことなんてどうでもいいのだ。
「でもこれ、どうやって……」
正直、第2階層はかなり手間だけれど地道にマッピングするしかないと思っていた。
なのにガラハドはマップを持っている。中に足を踏み入れたこともないのに!
「……遺跡に入ったこともないのにどうしてマップを持っているんだ、という顔をしているな?」
「そ、そんなこと……ないですよ。いやほんとほんと」
僕って顔に出やすいの? マジで?
「記録に残っている冒険者の第2階層における行動を全部書き出したんだ。進んだ距離や分岐路の数。そういった記録をすべて。その上で、迷路の仮説を立てて、冒険者の証言と矛盾がないか検証していく。矛盾があれば仮説を修正していく。それだけだ」
「そ、それだけ、って……」
めちゃくちゃ膨大な作業量だ。それをガラハドはひとりでこなしたというのか……。
「ちなみに、ゼルズのパーティーもこのマップを持っていった。だが、あいつらは第2階層を通過できなかった」
「!」
「マップは、ほぼ正確だったらしい。あいつらはトラップを踏み抜いたんだ」
石化トラップ。
僕はタラクトさんの、石になった腹部を思い出していた。
「トラップの位置は、時間によって変わるのだろう。それにいくつかの小部屋は要注意だ。第2階層には基本的に死者はいないが、モンスターはいる」
「ウィルオウィスプ、それにゴーレムなどの魔導モンスターがいるという記述は読みました」
「おそらくモンスターは自然発生的なものだと思う」
「……そんなことが?」
僕の問いに答えたのはモラだった。
「あり得るなァ。おそらく遺跡自体がかなり強力な魔法装置になっていやァがる。年を経て装置にゆがみができてくると魔力が漏れ出す。漏れた魔力はほとんどが散るモンだが、一部に固まるとモンスターに姿を変えるっつうことがある」
マップがあってもクリアできない第2階層……か。
「でもそれ以上に厄介なのが、第3階層だ」
・第3階層
「知っての通り、第3階層が一番シンプルだ。たった1つの小部屋があるきりと聞いている。そしてそれだけに難度が一番高い」
中央に祭壇らしきものがあり、そこにはなんらかの液体が湯気を上げているとか。壁面はきらびやかな布地で覆われている。
ここにいるのはたった1体――。
「『守護者』……でしたっけ」
「第3階層を守る巨躯。見上げるほどに大きいとか。すでに骨だけになっているが、全身を分厚い金属鎧で守っている。おそらく魔法鎧だ。聖水は効かない。攻撃魔法は効かない。武器による攻撃も通らない。行動は俊敏にして力も強い。逃走しようとしても追いかけてくる。数人で食い止めてその間に奥へ行こうとしても、目に見えているはずの通路には入れない」
そう、そこが一番の難題だ。
「あの……ほんとうなんでしょうか。守護者をかわして奥へ走ると、通路に入った瞬間、“同じ部屋に戻ってくる”というのは」
「複数の冒険者がそう記しているから間違いないだろう。そもそも、入口の『門』ですら空間転移を使っている。遺跡内に転移の魔法が作動していてもおかしくはない」
だったら遺跡の踏破なんて不可能――ということになる。
「でも第5階層まで行ったという冒険者もいるんですよね?」
「ああ、そう言っているヤツは過去にいた。おそらくウソだろう。『自分たちは失敗したが、他の冒険者たちよりは奥へ進んだ』と言いたいんだ」
「その冒険記は読みました?」
ガラハドはうなずいた。
「3つの冒険者パーティーが第3階層をクリアしたと主張している。だが、第4階層以降の記述は全部違う。それに『守護者を倒したから通れた』というのもおかしい。倒した証拠を持ち帰っていないんだ。守護者の装備の破片でもなんでもいいのに、持ち帰ったものはひとつとしてない。あと、どこかのパーティーが一度でも守護者を倒したというのなら、どうしてまた復活して冒険者を阻んでいる? おかしいことばかりだろう」
「確かに……そうですね」
「ンで、お前ェさんはどう思うんでェ。倒せるはずのない守護者。対応方法がなきゃァ、こいつァ“クリア不可能の遺跡”ってェことになる」
モラが問うと、ガラハドは、
「当然だろう」
と言った。
「ジ=ル=ゾーイが唱えたのは『死者の楽園』。これは『永遠性』と同義だ。つまり『クリア不可能の遺跡』というのは“永遠性の証明”でもある。彼の思想と、何ら矛盾するものでもない。……俺はゼルズたちを止めたんだ。踏破を目的とするのは死にに行くようなものだ、と。なのにあいつらは行った。結果はもう知ってるだろう?」




