144 ニルハ(4)
「邪神アノロの隘路」への道筋がいきなり明らかになった。
もちろん遺跡自体に興味はある。だけど……遺跡までの道があまりに危険なら、今すぐ挑戦しなくてもいい。
問題はニルハだ。
「ノロットよォ、お前ェはニルハを送ってやりてェと思ってンだろ?」
「えっ——」
驚いたような顔をしたのは誰あろうニルハだ。
「そ、そんな……ノロットはニルハを邪険にするし、意地悪するし、てっきりニルハを嫌いなのかと……」
いやいや、かなりよくしてあげてると思うけど。
ていうかそんなふうに見られてたんだね! さすがにちょっと怒るよ!
「あのねぇニルハ——」
「なははは! それもしかたないことよの! ニルハが愛らしすぎるのが悪いのじゃ! なっはははは」
「……やっぱこの子、ここに捨てていこう」
「ちょちょちょちょーい! ニルハにめろめろなのではなかったのか!?」
どこから出てくるんだ、この自信。
ていうかめちゃくちゃポジティブだよな。精霊ってみんなこうなのか。いっしょにいると疲れる。
「そンで、どうするんでェ」
「んー……ニルハがもしもひとりで魔境に入ったらどうなるかな」
「運が良ければ生きるだろォし、悪けりゃァ死ぬだろ」
「それでもニルハは行きたいんだよね? というか、僕らがどうあれ行くんだよね?」
こくりとニルハはうなずいた。
「もしもノロットたちが行きたくないのであれば、遺跡の場所だけ教えてやろうぞ。それはここまで送ってくれた礼じゃ」
本気だよな。
しかたないな。
「それじゃあ——ひとつだけ検討してみないか?」
「をん? なんのことだ?」
「ここを踏破した冒険者がどうやったのかを、だよ」
僕の提案はひどくまっとうだった。
すでにノーランドは「邪神アノロの隘路」を突破している。戦った感じだとモラよりも実力は低い。その彼が遺跡にたどり着いている。運任せで行ったのかもしれないけど、モンスターを避けるような方法があるのでは?
「なァるほど。やっぱしお前ェはたまーに閃くんだよなァ」
「『たまに』は余計」
「どうでェ、ニルハ。ノーランドが来たときにゃお前ェさんも遺跡にいたのかィ」
ニルハは曖昧な笑みを浮かべた。
あーそうか。神の試練の中身に関することは話せないんだよな。
「そんならノーランドがよォ、遺跡にまで来たルートに心当たりはねェか?」
それなら遺跡外のことだ。
「……ある! あるぞ! そうか、人間はあのルートを通ると聞いていたが、それなら納得じゃ。そこはずばりモンスターが少ないのだな? やるではないかモラよ!」
いや、発案したの僕だからね? わざと僕の扱い軽くしてない?
「ニルハにも案内できるぞ。その道はな、『邪教徒の古道』と呼ばれておる。邪教徒か……どんな意味なのか考えもしなかった」
邪教徒とは、アノロをあがめている集団——ということかもしれない。
アノロが邪悪であるとニルハが考えていなかったとしたら、思いつかないよな。
「おィ、最後の質問だが——ノーランドはひとりだったか?」
「ああ。ひとりで来ておった。……まったく……困ったことにひとりだった」
ニルハがしっかりとうなずいた。
最後にぽつりと言った、なにが「困ったこと」なのかは言わなかったけど、ともかくわかった。
危険はかなり押さえられる。
たったひとりのノーランドの戦力より、僕らのほうが強いからだ。
「わかった。それなら大丈夫そうだ——行こう」
僕は決心した。
「邪教徒の古道」と呼ばれるルートは、森を切り開いて作られた道……道と言えば聞こえがいいけど、獣道に毛が生えた程度だった。
起伏があるところは石を埋め込んで段差になっているから歩きやすいんだけどね。
僕らが乗ってきた馬は森に入る時点で放してきた。そうすると帰巣本能に従って町に帰るらしい。
「アノロについて教えてくれない?」
「あ、うーん……あの」
ニルハは言葉を濁した。
そのあたりも神の試練に関わることなのか、話せないらしい。
「それなら——他の5人については? オライエとかヴィリエとか」
「ふむ、そうじゃな。アノロ様はヴィリエと仲が悪かったと聞いたぞ」
「へえ?」
「同じ女同士、思うところがあったのかもしれぬの」
女だったのか、邪神アノロ。
かたや女神ヴィリエだもんな。「邪神」と「女神」じゃぶつかっててもおかしくないか。
「ヴィリエの魔力が籠もっていたマジックアイテムを見せられての、『この魔力パターンは邪悪だ』と教え込まれたのじゃ」
「…………」
アノロが急にみみっちく感じられてきた。
だからエリーゼの手の紋様を見たときに「禍々しい」って言ったのかな。
一応アレ、ヴィリエから授けられたものだしな。
ちなみにこの「邪教徒の古道」は何百年前かはわからないけど、かなりの古くから使われている道らしい。エリーゼは知らなかったよ。
この先に邪神がいて、邪教徒はここを分け入って邪神に捧げ物をする——その邪神がアノロである可能性は高い。けど、ニルハからするとアノロは「尊敬できる使役者」であり「愛すべき魔法使い」なのだとか。ヴィリエについている「女神」にしてもオライエの「勇者」にしてもアノロの「邪神」にしても肩書きだけが一人歩きしてるんじゃないのか。
そんなこんなで質問は出尽くした。
「……ねえ、ニルハ。その姿なんだけど——」
最後に、精霊の寿命について、聞こうと思った。
「——あ、待ってみんな。囲まれてる」
僕はニオイを察知した。
濃密な獣のニオイ……モンスター、というより野生動物だ。
そのパターンは1種類。おそらくなんらかの群れだ。
ふだんから他の獣を食い殺しているのだろう、血のニオイも混じっている。
距離は30メートル……40メートルはあるな。
12体が、等間隔にちらばって僕らを囲んでいる。
「ほーゥ、それじゃ、ひとり3体ずつだなァ」
モラの言葉に、ニルハを中心に僕らが展開する。
「ちょ、ちょい! 待つのじゃ! なぜ逃げる努力をせぬ!?」
「言ったでしょ。囲まれてるんだから逃げようがない」
「一箇所を突破すればよかろう!」
「森の中を走っても逃げられないよ。動物のほうが早いに決まってる。それならさっさと倒したほうが——来る!」
ざざざざと地を蹴って走ってくる。
姿が見えた。
足は6本。
大きさは高さ1メートル、横は2メートルほど。
樹木に同化しそうな、焦げ茶色の体毛だ。
「フォレストウルフね。こいつはすばやいわよ!」
エリーゼさん、なんでゴキゲンなんですかね?
僕が胡乱な目を向けるよりも早くエリーゼが走り出す。
同時に、リンゴもだ。
そしてモラは詠唱を開始する——じゃあ、僕も。
「命じる。酷寒弾丸よ、起動せよ」
手にした魔法弾丸は3発。でも、パチンコにつがえるのは1発だけだ。
青色の軌跡を描いて飛来した弾丸はフォレストウルフが通りがかった真横、木に着弾する。
『ギャオオオン!?』
爆発するように氷柱が飛びだしてフォレストウルフに突き刺さる。
血しぶきが舞う。
あ、今の、ミスショットじゃないよ?
フォレストウルフがかわすといけないので、木に当てたのだ。
動体視力がいいならかわすだろうし、逆に言えば自分に当たらないならそのまま突っ込んでくるだろ。
どっちにしても間接的な攻撃のほうがいいというわけ。
『ガアアウッ』
その隙に2頭はもう僕のそばまで迫っていた。
発動させておいた魔法弾丸2発は宙を舞っている。
この状態で衝撃を与えれば魔法が発動する——。
僕は2発の、通常弾丸を撃った。
フォレストウルフの通り抜けざま、魔法弾丸2発に通常弾丸2発がぶつかる。
白い煙とともに出現する氷塊。
1頭に直撃、気絶する。
もう1頭は危機察知能力が高いのか、ぎりぎりで踏みとどまっていたから酷寒魔法の餌食にはならなかった。
「それも想定内だよ」
白い煙が消えるよりも前に、その煙を切り裂いて飛来した弾丸——僕が放った鋼鉄の弾丸は、急ブレーキのせいで足が止まっていたフォレストウルフの額を撃ち抜いた。




