140 ちょちょちょちょーい
うまくヴィンデルマイア公国軍をまいたようで、僕らは悠々と徒歩で隣町へと向かっていた。
乗合馬車が何台も抜かしていくけど、気にする必要はない。刻々と変化していく景色は馬車の中から見えていたものとは違っていた。
草の1本1本が見える。
行商人たちの挨拶する声が聞こえる。
整備された道路と整備されていない部分の切れ目がわかる。
草むらを野ウサギが跳ねる。
ひとつひとつはたいしたことじゃない。だけど、新しい発見があるっていうのは楽しいことだよね。
食料はさらに買い込んでから出てきたので、この日は野営することになった。
旅人の宿泊用のログハウスがあるんだけど、あいにくそっちは人が多い。ログハウス脇も野営地だ。行商人や旅人がちらほらいて僕らもその一員になったというわけ。
たき火を絶やさないようにして、交代で見張りをする。とは言っても同じように野営している人たちがいるから、ダンジョン内のような緊張感は少ない。
女性の旅人もいる。エリーゼやリンゴ、モラなんかがたまに話しかけられてた。
「おィ、ノロット。起きろィ。当番だぜ」
「あ……うん」
夜も更けていた。夜明けまであと……3時間くらいかな? 起こされた僕は、モラがたき火に木を追加しているのを見た。
「ふわあ……うん、それじゃ見張りやるから、モラは寝てていいよ」
「…………」
「モラ?」
「……とりあえずヴィンデルマイア公国を出る。ルーガ皇国にも行かねェ。それでいいな?」
「え?」
「次の神の試練、『光神ロノアの極限回廊』があるのがルーガ皇国だって言ってたろ。ヴィンデルマイア公爵家はルーガの公爵だ」
「あー……そうなんだね。公爵が追ってくるかもしれないってことか」
「あァ」
他にも含みがあるような言い方。さすがに、僕だってわかる。ルーガ皇国には……ノーランドが言ってた僕の母と弟がいる、ってヤツだろう。
冷静に考えるとルーガ皇国には行かないほうがいいだろうね。……そう思うと、ほっとしている自分がいることを僕は否定できなかった。
「ん、とりあえずルーガ皇国からも離れよう」
「それがいィ」
言うとモラは、ごろんと横になった。
「……ありがと、モラ」
僕がつぶやいたときにはモラの寝息が聞こえていた。
まったく、なにが寝不足気味だよ。すぐに寝てるじゃないか。
たき火から立ち上る煙を目で追う。
この野営地からは幾筋もの煙が上がってる。
空には満天の星空があった。
僕らの出立はゆっくりだったので、周囲に他の通行人はなかった。
平野が続いていて、山もない。たまに森があるくらいだ。ただし一箇所だけ山の裾野を通らなければいけない箇所があって、そこには結構な起伏がある。
「をん?」
事件が起きたのは、そのときだ。
真っ先に気づいたのはモラで——モラはなにかを聞いたらしい。
「……なにか、来るなァ」
「そう? こっち風上だからニオイがわからないよ」
モラが見つめていたのは山の裾野に広がる森林だった。
街道からそちらへは丈のある草が茂っている。
だけども——確かに、草が、不自然に動いている。
「ん……なんだろ、アレ」
——待てや、この野郎!
——逃すな!
結構な人数だ。
これはまさか……。
「盗賊、かな?」
「だろォなァ……」
公共の交通機関を利用していたので僕はこういう山賊や盗賊の類と遭ったことがない。ああ、例外はあるけどね。
「盗賊なんて物騒ね」
「…………」
「ん、なに、ノロット? こっち見て」
「……いいえ、別に」
そう、例外ね。昏骸旅団とかいう団体に追われたことがありましてね……。
「たたたた助けてぇぇっ!!」
草から飛びだしてきたのは小さな少女だった。
黒色のワンピースを着ている。
髪も黒髪なんだけど、肌がやたら白くて——、
「……亜人、のようですね。ノロット様」
頭の上にぴょこんと白いネコミミが2つ。後ろにも白い尻尾が生えているみたいだ。
「そこの旅人ども! このニルハを助ける権利を与えてやろぅ! さあ、この盗賊どもをささっとやっつけるのじゃ!」
僕らを目にした少女は立ち止まるや薄い胸を反らして両手を腰に当て、なにやら偉そうな口調で言った。
そう言っているうちに盗賊に囲まれてますけども。
「ンのクソガキィ……逃げられると思ったのか?」
「どうしましょうか、兄貴」
「痛めつけてもいいが、殺すな。商品価値がなくなるからよ」
「へいっ」
盗賊は10人ほど。
身なりは小汚い。というか汚い。垢のこすれた服を来てるし、ヒゲもすごい。腰に吊った山刀も錆びついてる。
ただ全員、やたらガタイがいいな。
あと……臭い。
臭いって!
風上なのにすんげーにおってくるよ!
「……じゃあ、僕らは行こうか」
「そうですわね」
「ちょちょちょちょーい! そこの旅人ども! なに逃げようとしておるんじゃ! 助けるのじゃ!」
少女の声に、盗賊たちがこっちを見る。
「おい……いい女がいるな」
「ガキよりあっちのほうがいいな」
「そうだな。ガキは殺してあっちをさらうか」
いやいやいや、どうしてこっちに矛先が向くのかな!
「ちょい待てーい! なんでニルハの価値が虫けらレベルに落ちるんじゃ!」
お前も盗賊からの評価なんて気にするなよ。逃げること考えろよ。
「そこの旅人さんたちよぉ〜、ちょっと立ち止まってくれるかねえ?」
盗賊は、少女にひとりが刃を突きつけ、他の9人がこっちに展開してくる。
うわあ……面倒なことになってきた。
「あのー、僕らを襲わないほうがいいと思いますよ。これでも冒険者ですし」
「ぶっ! 冒険者……!」
僕が言うと、盗賊たちがぎゃははははと笑い出した。
ショックだ……これたぶん、僕がまだ14歳にもなってないと思われてない?
「上玉3人か。男は始末していいぞー……そんじゃ、おめぇら、襲え!」
「おおっ!」
9人が一気に距離を縮めてくる。
「ここは俺っちに任せろィ。公国で暴れられなかった鬱憤晴らすぜェ」
「それならあたしだって鬱憤溜まってるけど?」
「わたくしもです」
「……ンなら、ひとり3人ずつってェことで」
僕がなにも言わない間に全部決まってた。
僕を中心に三方に展開する女性3名。
「がはははは! 銀髪美女いただき——」
盗賊の腹に、なにかがめり込んだ。
魔法による空気弾だと何人がわかったろうか? 男は「く」の字になって背後に吹っ飛んでいった。
「うっひょお! メイド服最高だ! 俺にも奉仕させてやる!」
「——身の程を知りなさい」
盗賊の意識は一瞬で刈り取られた。
頭に直接叩き込まれたリンゴの蹴り。これで意識を失わないわけがない。だって、ゴーレムの岩を砕くんだよ?
「お嬢ちゃん、そんなにでっかい武器持っても脅しにもならないよぉ〜?」
「脅しのつもりはまったくないけど。実用品だし」
「は?」
エリーゼの太刀筋を、たぶん盗賊は目で追えなかった。
彼女が引き抜いた大剣は空気を切り裂く音だけを残し、盗賊が手にしていた山刀を叩き割った。
「ひぇ……」
「ひえええええええええ!?」
仲間が瞬殺されていくと、残りの盗賊たちは恐怖にパニックに陥る。
蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
ていうかすごいな、3人とも。魔物相手だろうと人間相手だろうと敵には容赦がない。
まあ僕だってそうだけどね。
このご時世、相手に気を遣ってたら骨までしゃぶられるのはヴィンデルマイア公国での僕の扱いを考えてもわかる。魔物より人間のほうが怖いよ。
「く、クソッ! このガキだけでも殺してやる!」
「ちょちょちょちょーい!」
少女へと、盗賊が山刀を振りかぶる——その手に、僕がパチンコから放った弾丸がめり込んだ。
「ぎゃあああ!?」
山刀が落ちる。まあ、手の甲は砕けただろうね。
「僕言ったよね? 冒険者だ、って。冒険者を襲ったんだから、当然反撃がある。覚悟はあったんでしょ?」
「ひッ……」
「盗賊なんて魔物と同じ。情け容赦なく殺せ。これ、冒険者になったときに冒険者協会から教わったことだから」
「ひぃっ……!」
僕が歩いて行くと、腕を押さえてうずくまっていた男が後じさる。
こいつだよ。僕が冒険者だって言って最初に笑ったのは。
あれはね、傷つくんだよ? イラッてくるんだよ? わかってるのかな〜?
「死ぬのを恐れることはないよ。なあに、これを頭に食らえばあっという間に死ねるから」
「ごごごごめんなさい! ごめんなさい! もう悪いことしませんから!」
「じゃあね」
「ぎゃあああああ!!」
僕はパチンコから弾丸を放った。
男は、白目を剥いてぶっ倒れた——弾丸はこめかみをかすらせて飛ばしただけなんだけどね。
「……ご主人様、お見事でした。あの圧のかけかた。すばらしかったです」
「そんなに褒めるようなもの?」
「ぜ、ぜ、是非、今度はわたくしめにも……ゴミを見るような目で、罵ってくださいませぇっ!」
あ、リンゴが変態だということをすっかり忘れていた。
盗賊は鎮圧された。
10人中2人が逃げたけど、8人は気絶させたのでロープで結んで近場の木にくくりつけた。
次の町で通報しておこう。
「で」
問題は、この少女だ。
「我が名はニルハ! よくやったぞ旅人ども! 褒めてつかわすのじゃー!」
「じゃあ、僕らはこれで」
「ちょちょちょちょーい! どこ行くんじゃ!?」
「……あなたに話す必要はありませんし」
「その他人行儀! せっかくこんな美少女を救ったのじゃ。すこしは興味関心を示すことを許すぞ?」
「……なんで盗賊に追われてたんですか?」
「…………」
「じゃあ、僕らはこれで」
「ちょっ! えぇっとじゃな……腹を空かせてふらふらしていたらいいにおいがしてな……それが賊の食事とも知らず食ってしまったんじゃ」
盗賊から盗むとは、業が深すぎる。
想像以上にめんどくさい子だ。
「納得したか?」
「はい。じゃあ、僕らはこれで」
「ちょーい! 話したじゃろ!? 正直に話したのに!」
「じゃあ、僕らは……」
「ちょい!」
「じゃ……」
「ちょーっ!」
「うわ!?」
腰にタックルされるようにくっつかれた。
……え?
僕は、“ある驚き”に身体が硬直する。
「ニルハを連れて行けぇーっ! そして腹一杯食わせるのじゃ! 損はさせぬ、ニルハは女神ヴィリエの末裔じゃからーっ!!」
彼女は——亜人としての見た目からは想像できないほどに、軽かったんだ。
そしてまったく、ニオイがなかった。




