132 冒険者協会本部
スカ、だった。
図書館での調べ物ではめぼしい成果が上がらなかった。
結局5日間、フルで図書館にこもっていたけど、神の試練や創世神話について得られた知識は初日以上のものがなかった。
そして残念な情報もひとつあった。
リンゴのお父さん——製作者のことだ。
「1000年前の大戦では、創世神話だけでなく様々な技術も失われました。それらは失われし技術として、技術の根幹が不明であるもののアイテムとして残っています」
シャルロットさんが説明してくれた中に、その情報は紛れ込んでいた。
「たとえば建築様式、機械、自動人形といったあたりでしょうか」
「オートマトンも、ですか?」
「はい。過去には人間と見まがうほどのオートマトンもいたそうです。著名なクリエイターもおおくいました」
「人間と見まがう……」
「興味があるならご覧になりますか?」
そうしてシャルロットさんが運んできたのは大型の書物だった。
画集と言ってもいいかもしれない。
オートマトンのスケッチ、設計図、製作者の肖像——。
「あ……」
ひとりの肖像画の前で、リンゴが小さく声を上げた。
ルンネル=ヴァーサント。
没年は今から1200年ほど前。
特に人間に模したオートマトンを作ることを得意としていた。しかし働き盛りだった40代半ばで、愛する娘を事故で失い、その悲しみからオートマトンの製造を止めた……と書かれてある。
リンゴに聞くまでもなかった。
彼女の顔を見れば——悲しそうで、懐かしそうな顔を見れば。
それが彼女の製作者なのだと。
ルンネル=ヴァーサントの拠点としていた都市は現在も存在している。だけど方向が逆なので、いつか行こうと僕は心の中で決めた。
「っああ〜〜〜、退屈だったわ……ほんと、5日間も引きこもるなんて、久しぶりよ」
図書館都市を出発する日、エリーゼが伸びをしながら言った。
久しぶりってことは以前にもあったんですかねえ……。
ともあれ僕らは馬車に乗って町を出た。移動はずっと馬車が続いてるな。相変わらずゲオルグはひっそりとついてきているみたいだ。
リンゴは、町を出てから一度だけ振り返った。
つられて僕も見る。
遠くに2本の尖塔——大図書館の東塔と西塔が、見えた。
捨てる神あれば拾う神あり——そんな言葉があるらしい。
まさにそうだ、と思った。
大図書館ではスカだったけれど、次に向かった冒険者協会本部では情報を得られたからだ。
「へえー……ここが」
僕はね、ものすごく大きな建物であったり、近代的な建物を想像していたんだ。
だってさ、世界に広がる冒険者協会の本部だよ?
大量の事務員がいる、巨大商会みたいなものじゃない。
だから驚いた。
僕らがやってきたのはレンガ造りの二階建て。
パッと見、歴史的な価値のある教会——まあ「協会」ではあるけど——だったんだから。
赤い絨毯の敷かれたエントランス。
重厚な造りの扉や階段は、今度は貴族の邸宅にでも来たような気分だよ。
「冒険者ノロット様ですね。こちらで少々お待ちください」
通された応接室もまた貴族然としていた。僕らをここに連れてきてくれた受け付け嬢は、今まで見てきたどの協会の受け付け嬢よりもきれいで、知的で、しっかりしていた。
……リンゴさん、エリーゼさん、僕は別に見とれてるとかそういうんじゃないんですから、にらまないでくださいよ。
「珍しいですか?」
受け付け嬢は僕らを通したあともお茶を煎れてくれたりと世話を焼いている。
僕が部屋をきょろきょろ見回していたからだろう、そんなふうに聞かれた。は、恥ずかしい。まるでおのぼりさんじゃん、僕。
「え、っと、まぁ……そうですね。本部っていうくらいだからもっと大きな建物なのかと……」
「ふふふ。みなさんそうおっしゃいますよ。実務を行う建物は別にございますから」
「あれ、そうなんですか? じゃあここは?」
「総合受付と、役員たちがおりますわ」
「な、なるほど……」
「この建物が冒険者組合発祥の地でありますから、今でも使っている次第です。なるべく当時のままにしようとはしていますがさすがに年月を経てますから、何度も建て替えみたいなことをしたらしいですが——と、来たようですね」
受け付け嬢は一礼すると部屋の扉を開けた。
廊下にいた男性が入ってくるのと入れ替わりに、受け付け嬢は出て行った。
「……ようこそ、冒険者協会本部へ」
年を取った老人だった。総白髪で、適当な長さで適当に切っている。着ているものが仕立てのいい洋服なものだから、違和感が半端ない。
ゆらりと幽鬼のように歩いてくると、応接テーブルを挟んで僕らの向かいに座った。
「……協会本部の理事を務める、キッシンと申す。キッちゃんと呼んで欲しい」
「あ、僕はノロット——」
ちょっと待て。今なんて言った? キッちゃん?
「まずは冒険者認定証を見せてくれまいか」
「——は、はい」
キッちゃんなんてないよな。聞き間違いだよな……。
なんかドキドキしながら僕は冒険者認定証を出した。
するとキッちゃん——じゃなかったキッシンさんは懐から拡大鏡を取り出す。
「?」
見ているのは表じゃなく、裏だった。
謎の模様。組合魔法が刻まれているんだっけか。
「……なるほど」
キッシンさんはしばらく眺めてから、うなずいた。
「なにかわかったんですか?」
「……うむ、さっぱりわからぬ」
わかんないのかよ。
なにがおかしいのかエリーゼが笑いをこらえている。リンゴは無表情を貫いている。
返された冒険者認定証を僕がしまっていると、
「……それが『女神ヴィリエの海底神殿』を踏破したパターンというわけか……」
「今——なんて?」
「……いや、なんでもない」
なんでもないわけないだろ!
叫びそうになるのをぐっとこらえる。
というかこの人、あまりにマイペースだ。なんとかして話させなきゃ。
「キッシンさん、僕らを呼んだのは認定証を見るためってことですか?」
「……キッちゃん、だ」
「え? なんですって?」
「……認定証をみるため。それもある」
なんだか釈然としないけど、話を進める。
「裏の組合魔法の紋様を確認して、ほんとうに僕らが神の試練を踏破したのか確認したかった?」
「……確認しようがない」
ないのかよ。なんなんだよまったく。
こっちが当てずっぽうでカマをかけても全然引っかからない。
というか目的が全然わからなくて気持ち悪くなってきた。ここに行くべしと教えてくれたタラクトさんを恨むよ。
「誰も……踏破したことがなかったのだから、それが本物かどうかわからない……」
中空を見つめてキッシンさんは吐き出すように言った。
「——ということは、やっぱり、神の試練を踏破するとこの裏になにかが出るんですか?」
「さよう」
そうなのか。さっさと教えて欲しいよ、そういう重要なことは。
ヴィリエも言っていたけど、「女神ヴィリエの海底神殿」を踏破した人は今までいなかったみたいだ。このキッシンさんは認定証を確認したけど、知らないパターン……模様? が出ていたってことなんだろうね。
「……神の試練を突破するたびに、ここに来なさい」
「パターンを確認するためですか?」
「さよう」
「……結構めんどくさいんですけど」
くわっ。
いきなりキッシンさんの両目が開かれた。
僕がのけぞると、
「……めんどくさい、だと……!?」
鬼気迫る声で言われる。
「あ、えっと、その、ここまで来るのは遠いですし、それに」
「年寄りの楽しみを奪うでない!!」
「…………」
あんたの自己満足かよ。
ツッコミたい気持ちをぐっとこらえた。
なんか最近こんなのばっかりな気がする。僕のフラストレーションはどこへ放出したらいいのか。
「……すまぬ、熱くなってしまった。ここへの交通費は払おう」
「遠隔地からだったらかなりの金額になりますけど……」
「裏金を流用するから問題ない」
問題しか感じられないんですがそれは。
「……では」
「あ、ちょっと待ってください」
立ち上がったキッシンさんを僕は止める。
ここで帰るの? あまりにあんまりじゃない?
僕らこのためだけに来たってことになるんだけど。
「……なんだ?」
「神の試練に関することを教えてもらえるかと思って来たんですけど」
「それはできない。なぜなら……口外できないからだ。知らなかったのか?」
あ。
そりゃそうだ。神の試練の内容を他の人間に伝えることはできない。
「神の試練について話せるのは、神の試練に関わった人間だけだ……神の試練の守護者たちだ」
「…………」
ヴィリエやオライエのことだろうか。
うーん、それすらも聞けない。話そうとすると僕の口の中で言葉が消えてしまう。
厄介だな、これ。
「それじゃあ、組合魔法との関係は話せませんか? 神の試練と関係がありますよね?」
「……話せる」
「教えてください」
「……聞いてどうする?」
「神の試練を突破したい気持ちが、すごく強いってわけじゃないんです。でも、どうしてこんな遺跡が存在しているのか、とかは興味があります」
「……ふうむ」
すとん、とキッシンさんは腰を下ろした。
「……細かな技術内容は失伝している」
「大戦によってですか?」
「それもある。単に歴史が深いというのも理由だ。……組合魔法は冒険者組合創設のときにはあった。魔神ルシアが作り上げた独自の魔法形態で、他に類するものはひとつもない」
お、おお……そうなのか。
すごいな、魔神ルシア。「海底神殿」じゃあオライエに怒られてたけど。
「冒険者認定証に刻まれているものもそうだし、遠距離通話などのマジックアイテムにも使われている。冒険者組合を運営するのに必要な魔法はこの組合魔法にほとんどが含まれていると思っていい」
「……聞けば聞くほどすごいですね」
「さよう。しかしその大半は、原理のわからない魔法だ」
「え?」
「あるものをあるとしてしか、我々は使えない。マジックアイテムによっては壊れてしまえば、修復もできない」
それって結構ヤバイんじゃないの?
「めっちゃヤバイのだ」
いきなりくだけた言葉使いになった。
「……私の担当は、冒険者認定証なのだ。ゆえに君たちにここに来てもらった」
「理解できました。それでパターンを確認したかったんですね」
「さよう」
「役に立てました?」
「……さよう」
なんでちょっと間が空いたんだ。たぶん、なんの参考にもならなかったんだね……。
「僕らはこれからヴィンデルマイア公国に行こうと思っていますが」
「それがいい」
食い気味に肯定してきた。
やっぱり、「勇者オライエの石碑」があるんだろうか?
「だが……いや、行ってみればわかる」
「なにがですか?」
「おそらく大丈夫だが、がんばるのだ」
「……だから、なにがですか?」
すんごく不安になるんだけど。
「この10年以上……うまくいっていないが、がんばるのだ」
「だから、なにがですか!?」
ふー、とキッシンさんはため息をつく。
あ、ちょっとわかった。
神の試練に関することなんだ。だけど、それを言葉にしようとするとできない。
だからふわふわした言い方になる。
「行けばわかる」
「……わかりました。しょうがないですよね」
僕はうなずく。
これでほんとうに、ここで聞けることはもうないだろうな。
そう思って立ち上がろうとして——キッシンさんは言った。
「……まったく、研究が進まぬ。それもこれもノーランドのせいだ」




