130 筆頭司書
ムクドリ共和国を出てから1週間ほどが経った。
この間、僕らはずっと移動をしている。もちろん途中の町で買い物をしたり軽く観光をしたりはするけどね。
先を急ぐ旅じゃないし、ゆっくりしていたらモラが追いついてくるかもしれない、という希望もあった。
まあ、まだ追いついてないんだけど……っていうかモラ大丈夫かな。たまに不安になる。モラってすごい魔法を使えるし剣もすごいんだろうけど、たまに抜けてたりするからね。心配してもどうしようもないんだけどさ。
「魔女の羅針盤」が売っていたらアラゾアの名前で反応を見てみようかと思ってるんだけどなかなか売ってない。そんな簡単に買えるんだったらオークションやったり「63番ルート」を攻略したりする必要なんてなかったわけではあるけども。
幸い、金額的には余裕がある。西方で一般的に使われている通貨「ルノ」に両替をすると、今は手元に6500万ルノあることになる。
一般的な職人の年間給金が200万ルノだから、相当な金額だってことはわかるだろ?
そうそう、記者会見では僕らに「同行する」とか言ったゲオルグ。
僕は彼のことをすっかり忘れかけていたんだけど、あるとき気がついた。
それは……僕らしかいないはずの馬車の停留所で、神の試練に関する話をしようとしたときだ。
言葉が出てこなかった。
周囲に誰かいると話せなくなるという例のヤツ。
誰もいないよな? と、イスの下や壁の裏をチェックしてから――思い出した。
いるじゃん。気配も姿も消せる人。
「……ゲオルグさん、いるんでしょ?」
「…………」
「わかってますから。出てきてください」
「……よくわかったな」
聞くと、ゲオルグは僕らの旅につかず離れずというところでついてきたらしい。
怖すぎない?
「しかし、俺の姿は完璧に消えていたはずだが」
「それ以上に神の試練の制約が勝ったっていうことでしょう」
「他者のいる場では話せないとうアレか? ……なるほど、とんでもなく厄介な制約だな。たとえば刺客を潜ませたとしても言葉を発せなくなる、という事実だけで気づかれてしまうではないか」
ああ、そう言えばそういう使い方もできる……っていうか発想がいちいち物騒なんだけど。
「なるほどな。『女神ヴィリエの海底神殿』で俺の潜伏を破ったカラクリはこういうことか」
この人、「覚悟」の試練でぼこぼこにされたんだもんな。
なんというかこの「話せない」という制約は、隠蔽を見破る魔法的ななにか、というより、物理法則に近いもの、のような感覚がある。
「覚悟」の試練だって「覚悟」を示さなきゃいけないわけだから、隠れるんじゃないよって話じゃない?
「そんなわけで、迷惑なんでついてこないでください」
「ふん。世界の秘密を知るまではついて回る。さもなければ知っていることをすべて俺に話せ」
「できたら苦労しませんよ……心から信頼できる仲間にしか話せないらしいですから」
「ふん……」
え、えぇ……? ちょっと信頼して欲しそうな顔してるんだけど。
この人ってこんなキャラだったっけ?
結局、プライバシーに踏み込まないこと、逆に僕は行き先をゲオルグに正直に伝える、といった内容を約束した。
一方的にこっちは被害者なんだけども。
まあ、そのうちいなくなるかどうにかするんじゃないかな。
ようやく僕らはサパー大図書館がある都市へとやってきた。
大図書館が中心になって形成されている学問の町でもあるので、「図書館都市」だなんて呼ばれていたりする。
1人1泊1万ルノする部屋をホテルで借りた。ホテルのグレードで言うと上の下ってところ。お金には余裕があるから無理はしない。
5日はいるだろうから、3人で5日間、15万ルノ……金貨1枚に大銀貨5枚。これだけの高い支払いはなかなかないな。
「へえ……これがサパー大図書館……」
「やはり大きいですね」
「――なんか、前に見たことがあるような感じだけど、リンゴ?」
「不思議な……来たことがあるような、ないような感覚です」
リンゴの、とびとびになっている過去の記憶。
ストームゲートで話してたときには、リンゴの製作者は「昔話を調べてる仕事の人では」みたいな推測もあったんだよな。
それが事実だとしたら、世界一と名高いこの図書館に来ていてもおかしくない。
さて、大図書館だ。
「東塔」「西塔」と呼ばれる――塔と言うには巨大な建造物が2つ、そびえている。
高さは10階建てらしい。
そのすべてに本が詰まっている。
しかもそれだけでは足りずに「東塔別館」に、「西塔第1書庫」から「西塔第8書庫」まである。別館はお屋敷みたいな大きさだけど、さすがに書庫は一軒家レベルのものがあるくらい。それでもすごいけどねえ。
建物は渡り廊下で結ばれている。全体の敷地は高い塀で囲まれていて魔法による防御も施されているとか。
正門には8つのゲートがあり、図書館を訪れる者を兵士がいちいちチェックしていた。
「次の者」
並ぶこと15分ほど。
僕らは3人でひとかたまりになって兵士の元へと向かう。
「身分を証明するものを出しなさい。また、武器の類はすべてこちらで預かる」
「はい。武器はありません」
武器が一時預かりになることはわかっていたから、持ってきていない。丸腰はちょっと怖い気もしたけども、この図書館都市は治安がきわめてよいようなので面倒を避けるために武装はあきらめた。まあ、ちょっとしたお金だけしか持ち歩いていないし貴重品はホテルに預けてあるから大丈夫だろう。
「僕と付き添い2名です」
「冒険者か……」
僕が冒険者認定証を差し出すと、兵士は眉をひそめた。どうも冒険者によい感情を持っていないようだ。
……確かに、冒険者ってトラブルを起こす人も多いしね。
「名前に、グレードは――え?」
兵士が認定証を見て、僕を見て、もう一度認定証を見て、また僕を見る。仲間の兵士に「どうした?」とか聞かれている。
「あのー、不備はありますか?」
「い、いえ……ありません。どうぞお通りください」
冒険者認定証を返却される。ふふふ。すごいだろー、ダイヤモンドグレードだぞー――とか言わないですよ。嫌みだし。明日も明後日もたぶんここに来るから、心証はよくしておきたいしね。
「あの、ノロット様」
ゲートを通ったところで、兵士に呼び止められた。
いきなり「様」付けになってびびる僕。
「ノロット様がこの都市にお越しであることを領主様に報告してもよろしいでしょうか?」
するとエリーゼの肩がぴくりと動いた。
実は、この図書館都市にやってきてからエリーゼの表情が優れない。実家に近いからだろうね。よほどイヤなことを思い出すのか口数がどんどん少なくなっていた。
僕はエリーゼに、「先に冒険者協会本部に行っててもいいよ」と言ったけど、エリーゼは僕らといっしょにいることを選択した。
「あまり目立ちたくはないんですけど」
「しかし、ノロット様ほどの方が滞在されていることを報告しなければ、私の首が飛びます。領主様はきっと歓待したいと考える方なので」
「うーん……」
僕が困っていると、他の図書館利用者たちが「なんだ?」とばかりにこっちに視線を向けてくる。
これはこれで良くない傾向だ。
「じゃあ、それなら報告いただくことは構いません。ですが、僕らには接触しないでくれと念押ししておいてください。今回の滞在は調べ物が中心です。歓待は結構ですから」
「はい。承知しました。――おい、お前。シャルロット筆頭司書に連絡を」
兵士のひとりが図書館へと走った。
……目立ちたくないって今僕言ったよね?
困るな。ダイヤモンドグレードってのも。特に今回はエリーゼのことがあるからひっそりと行きたいところなのに。
とはいえ、僕にとってメリットもあった。
僕らが図書館に入ると、兵士が先に報告していたらしくひとりの女性がやってきたのだ。
「ようこそ、サパー連邦図書館へ」
みんな「大図書館」と言ってるけど、正式名称は「サパー連邦図書館」だ。まあ、その辺のことは割とどうでもいいや。
美しい湖のようなブルーの髪は短く切られていて、頭には小さな帽子がのせられている。白をベースに、紺色のリボンが巻かれている。これが司書のマークらしい。
同様にブルーの瞳はメガネで隠れている。シルバーフレームの、軽そうなメガネだ。
知的美人だ。
もうたたずまいからして知性が漂ってる。
長袖のワンピースも白。ワンポイントで紺色が使われていて、もうどこからどう見ても歩く知性だ。
「筆頭司書のシャルロット=ド=ラ=ガーデと申します」
「冒険者のノロットです。ふたりはパーティーメンバーで、付き添いです」
エリーゼがさりげなくリンゴの陰に入る。
そうだよね。筆頭司書ってことはここで結構偉い人なんだろうし、エリーゼのことを直接知らないにしても名前くらいは知ってるかもしれない。
だからまあ、僕もわざわざ名前を言わなかったんだけども。
「本日はどのような本をお探しでしょうか?」
「ええと――まず、数日かけて調べたいんです。なのでいろいろとお手を煩わせてしまうかもしれません」
「もちろんそれは構いません」
「それで、できれば……歴史や地理の分野に詳しい司書さんを紹介していただきたいのですが」
「かしこまりました。でしたら、私が対応します」
「え?」
「あらゆる分野において私の右に出る者はこの図書館にはおりません。これは自信過剰というわけではなく冷静に分析してもそうであると考えられます」
「あー……」
難しそうな人だな、と思った。
そしてこの直感はすぐに裏付けられる。
「それならシャルロットさんはお忙しいんじゃ?」
「そうですね――忙しいかどうかと問われれば、間違いなく忙しいと思います」
「毎回シャルロッテさんにお願いしてお仕事を中断してしまうのは気が引けるのですが……」
「そちらは問題ありません」
「?」
「ノロット様につきっきりでお世話いたしますので、他の仕事が中断されることはありませんから」
なんかすごいことさらっと言わなかった?
僕の背後で「お世話はわたくしの仕事ですが?」「つきっきりなのはあたしなんだけど?」とかいう声が聞こえてくる。エリーゼさん、隠れてるんじゃなかったでしたっけ?
「えーと……ダイヤモンドグレードの冒険者にはそうする、みたいな決まりがあるんですか?」
聞きたくなかったけど聞いてみた。
自分から「ダイヤモンドグレード」とか言うのはなんか、ねえ。
「ありません」
あれ、ないの?
「これは私の独断です。ノロット様は――『女神ヴィリエの海底神殿』を踏破したノロット様は、神の試練の調査のためにやってきた。違いますか? このような興味深い調査に、立ち会わないだなんてもったいない」
…………。
もう伝わってんのかよ……。




